第49話正義
読者の皆様、気づいている方と気づいていない方があるでしょうが、16、5話を投稿しました。
一応番外編扱いですが、後々本編に関わってくるので読んでいただけると幸いです。
今回は短めですが、後々のストーリーに関わってくる話です。
今日は城の完成日、そして俺たちが獣人の国を出ていく日だ。
獣人の国正門前、そこには国の獣人たちが大量に集まっていた。
まあ、一応獣人の国を救った英雄的な目で見られているわけだから、この人数もうなずける.....いや、それにしても多すぎないか。
皆そんなに暇だったのだろうか。
複雑な気持ちで、門を見ている俺の隣では、フィリスがカノンにしがみついていた。
「また来るにゃよ!絶対にゃよ!」
「分かりました!分かりましたから離してください!」
必死にフィリスを引き剥がそうとしているカノン。
それでも放さないフィリスの執念が怖い。
「本当にもう行くのか?」
「ああ」
バルザの残念そうな声に俺は無愛想に小さく返す。
「そうか、お前達には色々と世話になった、困ったことがあったらいつでも訪ねてこいよ」
「それは、こっちのセリフだ、ほら」
そう言ってポケットから畳んだ紙を投げ渡した。
「これは.......」
「もし困った事があったらそこの場所に来い、俺達が力になってやる」
「そりゃあ力強い味方だな、ありがたくもらっとくよ」
そう言ってバルザはポケットに無造作に紙をしまった。
そんな別れの挨拶をしている隣ではいつも通りの二人がいがみ合っている。
「クルメラお主そろそろ男でも作ったらどうじゃ?いい年じゃろ」
「あんたに言われたくないわよ、永遠のロリやろうが」
「誰がロリじゃ!」
「ロリそのものでしょうが!」
そう言っていがみ合い、二人してふんっとそっぽ向いてしまった。
喧嘩するほど仲がいいというが、この二人は本当に仲がいいのかよくわからない。
「そうだクリム、ありがとな本こんなに貸してもらって」
「お気になさらず、また返しに来てもらうための布石ですから」
「安心しろ必ず返しに来るさ」
いつも通りの淡々としたクリムの喋り口調に微笑を浮かべ、空を見上げる。
空は薄く赤く染まっていた、夜になる前に出なくては、明日の朝までに目的の場所につけなくなってしまう。
「じゃあ、俺達は行く」
少しペースを速めに馬車に乗りこむと。
いがみ合っていたリンと、フィリスに捕まりぐったりしていたカノンが後に続き乗り込んだ。
「おう、また来いよ、絶対だからな!」
「また来てね!!ー」
俺は後ろにいるであろうバルザに軽く手を振りながら、獣人の国を旅立った。
その日の獣人の国では一週間ぶりの大雨が降ったそうだ。
♯
国ホープの近くにある深き森の中。
陽光が差すことはないじめじめとした森、湿気が体にまとわりつき、雨のせいかぬかるんだ土から、泥が跳ねる。
「はぁ、はぁ、」
「急げ、急ぐんだ!」
二人の子供が体に着く泥など気にせず、必死に魔物から逃げ回っていた。
後ろから触手を伸ばしてくる魔物はマッドイーター、恐怖心を持った人間が好物の魔物だ。
「ぐっ!」
「お兄ちゃん!」
ぬかるんだ土に滑ったようだ、二人の子供のうち片方の少年が転んでしまった。
それを心配そうに妹の動きが止まる。
それを見た兄は腹の底から声を上げた。
「構うな!逃げろ!!」
「で、でも!!」
「早く!!」
「っ!!う...ぅ....無理だよ...お兄ちゃん....」
ついには逃げ出すという決断ができず妹は泣き出してしまった。
そもそも兄を見捨てて逃げ出させるという決断を、こんなに小さい妹にさせるほうが酷というものだろう。
(このままじゃ、二人とも!!)
伸ばされた触手が頬すれすれまで近づいてきた、そのまま兄の首にまとわりつく。
もうだめだ....死を覚悟したその瞬間。
マッドイーターは、真っ二つに割れた。
そして、真っ二つに割れたマッドイーターの後ろには魔物の返り血をたっぷり浴びた、青年が現れた。
「あ、ありがとうござ......」
条件反射でお礼を返すと....少年の胸にはいつの間にか、何かで突き刺されたかのような穴が開いてしまっていた。
「どうし...て....」
すぐに、これをやったのは助けてくれた青年だと理解した少年は疑問の言葉を残し、地面に倒れつくした。
ぽっかりと空いた穴からは、ただ鮮血が流れ出る。
「お兄、ちゃん?お兄ちゃん、返事してよ....」
妹は兄の前に崩れ落ちるようにして、地面に膝をつくと兄の体を揺すった、まるで胸に空いている穴など気づいていないように。
「あ....」
だが、揺すった時に手についた血を見て全ては現実に引き戻される、兄が死んだという疑いようのない事実が、妹の頭の中に刻み込まれていく。
「いや、だよ....お兄ちゃん...」
それでも揺すり続け大粒の涙をこぼす少女に、青年は歩み寄ると、ニヤリと口元をゆがめた。
「ほら、僕が憎いだろう?憎いだろう?なぜ何の罪もない兄を殺したのか気にならないかい?.....」
青年は言った、泣きじゃくる妹の前で、目を合わせて。
自分が本当のことを言っているのだと、確信させるために。
「それはね?僕が人間だからさ!人間というのは人を殺し愉悦に浸る、最も穢れた種族....欲のために何もかもを、大切なものまで壊す!だから僕は人間らしく人を殺して見たんだ....」
狂っている、大人ならそう思えたかもしれない。
だが相手は小さき少女、青年の言葉が真実であるかのように脳に刷り込まれていく。
「僕は穢れた人間だけど、君だけは見逃してあげようくくく!.....ただ一つだけ覚えておくことだ.....」
しゃがみこみ、小さな少女に耳元に口を近づけると、そっと小さく耳打ちをした。
「この世で最も醜く、殺すべきなのは人間さ....君もいずれきづくことだろう...」
そう耳打ちすると、体がびくびくと動く。
その背中を静かに押し、指をさした。
「ほら、あの光が差すところが、醜い人間の集落だ....さあ、早く戻るといい...」
「うっあう...!!」
涙を撒き散らしながら子供は走り去って言った。
一人青年は森の中で微笑を浮かべていた。
あの子供は兄貴が死んだトラウマでもう二度と危ない所に近寄ることはないだろう、そして、あの子供の親達も危険な事をさせないようになり、周りの人間にもあそこの森が危険だと理解することだろう、そして魔物の被害は最低限になる事だろう、その為にこの兄貴を俺はわざわざ殺したのだ。
だが、本来の狙いはそこではない、いま僕はあの少女に種を植え付けた、僕の思想という種を。
もし、少女が僕と同じ考えを持ったその時、あの娘はこの集落の人間を皆殺しにしてくれるだろう、そうなれば少女は人間をやめ、ついには僕と同じ次元まで上り詰められる。
そして正義の名のもと新たな世界の住み人になれるだろう。
(それにしてもやはり....僕の倒すべき悪がいないようだ、どこにいるのだろうか真なる悪と呼べるものは....まあ、気長に探すとしよう....種が芽を出すのを待ちながら、ね....くくく...)
狂い、狂い、飲み込まれた正義の歩みが止まることはなかった。




