第127話絶望の始まり
「ん...」
ユウキは目を覚ます。
目に映る光景は昨日と何ら変わりないもの。
いつも通りの日常に昨日と同じように、ほっと胸をなでおろした。
何にも変わっていないと、それに最近は悪夢に魘されることもなくなった。
脳に焼き付いていた子供たちの幻影が消えていく。
そのことにユウキは何も違和感を抱かなかった、理由は単純この今という幸せに完全にのまれて、つらい過去を忘れてしまおうとしているから、ユウキの本能がついにつらい過去を拒絶し始めたから。
「....?」
隣で寝ているカノンが目をぱちくりさせて目を開ける。
そんなカノンにユウキは、やっと思い出した普通な、凄く幸せで人間味を感じる笑顔を浮かべた。
「おはよう...カノン...」
♯
目が覚めたユウキは学生服に着替えた後、何か靄が消えたように軽い足取りでリビングへ。
キッチンの前の椅子に座ると、カノンが料理を作り始める。
「うーん...」
「ツバキ、おはような」
目を擦りながら出てきたツバキにユウキが笑顔で自ら挨拶をすると、ツバキが呆然としたように目を丸くする。
「どうした?」
「いえ、なんか...ユウリから挨拶されるのって珍しくって」
「そうか?...」
そんな風にくだらない雑談をしていると、カノンがお皿を持ってきた。
お皿には野菜等の食べ物が盛られていた。
「流石だなカノン、今日もおいしそうだな」
「え?.....あ、ありがとうございます」
なんて変な返事をしたカノンを気にも留めず、ユウキは皿の中身をたいらげた。
「じゃあ、俺は少し用があるから、また学校で」
それだけ言ってユウキは一度笑顔を向けた後、部屋から出て学校に向かった。
そんなユウキにカノンとツバキは少し驚いたような目で見やる。
「ふぁ~...ん?二人ともどうした?固まってんぞ?」
今更降りてきたラサーナがおかしなものを見たように、怪訝そうな目を向けた。
「いや...なんかいつもよりもユウキが優しくみえるっす...な、なんでっすか?」
「......」
不思議そうなツバキにカノンはただ、昔にまた戻ってきているユウキに満足げに頷いていた。
♯
朝早く、速歩きで向かったのは校長室だった。
それは昨日、明日の朝早くに校長室に来るように言われていたからだ。
正直またお説教は勘弁願いたいのだが...行かないと後々面倒そうなので一応行くことにした。
「来たぞ~...」
ノックもせず堂々と入っていくとそこには怖い顔をしている幼女事学院長がいる。
「おお、来たか」
「何か用なのか?」
「用も何も、貴様との約束を果たそうとしておるだけじゃが?」
「約束?...」
「ナラヤワ卿から救ってくれたらトリサの情報を明け渡す約束だろう?」
「ん~...まぁ...そうだったな」
そんな約束完全に忘れていた。
というかあんまり聞きたいものではなかった、何故か分からないがトリサという人間が全く思い出せない。
何をされたのか、なぜ名前を憶えていたのか、何を恨んでいたのか...凄く不思議だが、別に気にならなかった。
思い出したら何かまた日常が変わってしまうような気がする。
そんな思考が故に働いた防衛本能なのかもしれない。
「ん...話、長くなるだろ?授業終わった後でもいいか?」
「うーむ...まあ、良いじゃろう...」
「じゃあ、そうしてくれ」
自分から言い出した取引だけに今更やっぱいい、なんて言えないから時間稼ぎをユウキは選択した。
「じゃあ、放課後にまた来るな」
「ああ分かった...」
ユウキに声を返した学院長はうかない顔で出ていくユウキを見送った。
「.....」
沈黙が部屋を包み込む、いつもいるスノウホワイトもいない。
学院長ナクリーは机の引き出しから魔道具を取り出した、それは小さなボタンのようなもので、そこには大樹の印が描かれている。
そのボタンのような何かを耳につけると、それを強く押した。
するとノイズが発生して、声が響く。
【...失敗したか?】
「いや、放課後に話を聞くと出て行ってしまった」
【分かった...こちらも時間をずらそう】
「.....」
【しっかり任をこなすように...】
「なぁ...もし私が―」
【...今更逃げるのか?貴様から接触を図ってきたというのにか?】
今自分は恩を仇で返す行為をしようとしていることに、嫌気がさしてきて。
つい弱音を吐きそうになると、それをさせないように通話先の男は止めるような言葉を放つ。
【それまでして貴様はその男の情報を明け渡したくなかったのではないか?】
「.....」
その通り過ぎて何も言えなかった。
言えば確実にトリサが、皆の英雄が殺されてしまう。
「...分かった」
その瞳には確かな決意が宿っていた。
あの少年から、王からすべてを奪う決意を...
♯
授業が終わり、終業のベルが鳴る。
生徒が荷物を手に教室を出ていく中、ユウキは教室内で妹とツバキと駄弁りつつ帰る支度をしていた。
「この前の帰りに食べに行った竜刺しあるじゃないっすか」
「ん~...この前の、味は少し変わってるお肉の事ですか?」
ちなみに今日はお姫様じゃなくて妹の方である。
「まあ、あれはハズレっぽかったっすけど、今回俺が見つけてきたのはゴブリン丸かじり!っていう宣伝がされてた食べ物っす!ちょっと気になりませんっすか!?」
「気になるって言えば気になるが...それ食べ物なのか?食えるのか?」
「わかんないっすけど、物は試しっすよ!どうせこの後暇っすよね?三人で行きましょう!」
「まあ...別にいいけど...あ..悪い、やっぱ無理だ、今日学院長にこの後呼ばれてるんだった...悪いけど二人で行って来てくれ」
「それは仕方ないっすね」
「じゃあちょっと行ってくるな」
荷物を手に教室を出て行ってしまったユウキを見送って、残されたのはフィリアナとツバキ、無言の時間が続き、耐えきれなくなったツバキがポツリと言葉を漏らした。
「...ラサーナも拉致って三人で行きますか?」
「...そうしましょうか」
2人の間にあった会話はそれで終わりだった。
罪悪感に苛まれながら時間が過ぎるのを待つというのは、すぐに時間が過ぎ去ってしまうもので。
学院長にとっては先ほどキリアにあったばかりのような気さえしてくる。
「きたぞ」
「ッ!...あ、ああ...」
扉の開く音、キリアの声に学院長はビクッと肩を揺らし、震える手は持っているマグカップに注がれた紅茶にさざ波が立つ。
「どうかしたのか?...」
「いや...何でもない...」
おっかなびっくりといった様子で、キリアの座った反対側に腰を下ろす。
「すまん...少し待ってくれ」
そう言って深く深呼吸をして、覚悟を固めた。
この少年を完全に壊す覚悟を。
「悪い...もう大丈夫だ」
覚悟は決まったと、右手に特殊な大樹の模様が刻まれた手袋を手にすると机の下にあらかじめ置いておいた立方体の箱を机の上に置く。
「なんだ?...これ」
キリアの質問をいったん無視して、模様の刻まれた立方体の上を押して、出てきた突起物を右に140回して、左に160、上に三段階引っ張り出して...
なんて凄く厳重はプロセスを何段階もクリアしていく。
最後のプロセスをクリアすると、立方体の隙間から白い煙が漏れ出て四つの面が八つの三角形状に開くと。そこには丸い円筒に緑色の液体が満たしていて、中には黒いドクッドクッと脈打つ心臓が、正直グロイ。
「なんだこれ?」
(...これが...史上最悪の呪物...【略奪者の心臓】か...見てるだけで...気持ち悪い)
学院長も話には聞いたことがあった。
この略奪者の心臓に触れた者は、すべてのスキル、魔法、を奪われ、精神が弱いものであれば死に至る。
つまりどんな者でも無力化されるわけだ。
しかもこの呪物、左右の腕、左右の足、頭に、心臓、すべてが集まると世界が滅ぶらしい。
そのうち心臓は紛失したと言われていたが...まさか自分の手に渡ってくるなんて思いもしなかった。
「これに触れれば...トリサの事を知れるだろう...」
当然嘘だ。
この筒に触れさせて無力化するための言い訳で、キリアは何の疑いもせず筒に手を伸ばし始める。
「これに触ればい...」
手が円筒に触れた瞬間プラズマのような光が弾け、その場にキリアは倒れつくした。
「.....すまなかった」
確実に意識が落ちてることを確認して謝罪を述べるが、頭は凄く冷静で何処かほっとしている自分がいた。
これで目が覚めればただの一般人自分に逆らうこともできない、という事に心に余裕が出来たのだろう。
「なんて、もう謝る必要もないか...この世は弱肉強食..だしな」
コップに紅茶を入れ直し、寝転がるキリアに足を乗せて優雅に紅茶を啜り始める、自分の足の下にいる少年が目を覚ませば自分より下の弱者だと分かって。
♯
「早くいくっすよ!」
「お前...これでろくなもんじゃなかったら、例えじゃなく、確実に息の根止めてやるからな」
ご機嫌なツバキが凄く不機嫌なラサーナと普通なフィリアナを連れて門の外に向かっていく。
「そんなことしたら、ユウリに殺されますっすね」
「案外話せばわかってくれそうだけどな...」
気持ちよく寝ていたら顔面に模造品とはいえ虫を乗せられたんだ...女の顔にだぞ?
キリアなら分かってくれるはずだ、別に殺したっていいだろ?なぁ?驚いてびっくりしてベッドから落ちたらさ、ツバキが目の前で爆笑してんだよ。
ぶっ殺そうかと思ったのに耐えた私をだれか褒めてくれ。
「結局何処のお店に行くんですか?」
「ん?第四区画の...」
「ちょっといいかぁ?」
ツバキが質問に答えたとき、ふいに耳元に届いた声。
目の前にはポケットに手を突っ込んだ少年が突っ立ていた。
その両隣には紅のローブとフードに身を包んだ人間がいる。
「なんですか?」
「そこの女...」
すっと右手を前に突き出し指をさす。
その指は真っすぐとフィリアナをさしている。
「ちょっと付き合ってくれよ?」
不気味に笑う紫の髪をした少年のいきなりの言葉に、ツバキとラサーナが許すわけがない。
「何なんだてめぇは、いきなり...フィリアナ、知り合いか?」
「いえラサーナさん、全く知りません」
「だとよ、じゃあ付き合う必要もないな」
黙って通り抜ける。
関わる必要もない、そう考えたツバキたちの考えは―
「....ッ!!!」
後ろから響いた爆風と爆音に何も言えなくなった。
後ろを見ればそこには体育館が消えていた、僅かに横たわる生徒たちに、黒い塊とかした生徒たちが。
そこに何らかの炎系統の魔法を放ったと思われるローブ男が手を向けていて。
「お前らッ!?」
「確保だ」
もう片方の男が右手を向けると、小さな泡を人差し指から飛ばすとふよふよと漂いフィリアナに触れると、水に包まれた。
「【アクアリウム】」
「ごぼぼッ!?」
息ができづ、声にならない言葉がフィリアナから洩れる。
「無詠唱魔法!?ユウリ以外にも使える奴がいたっすか!?」
驚く前にラサーナはすぐに腰の短剣を抜くと左手にワイヤーを持ち戦闘態勢に入ると。
絶望に顔をゆがめた。
「最悪だ...やばい...本当にやばい」
ラサーナはこれで人生三度目だった。
魔眼による力の測定、初めての測定不能はキリアだった、そして今目の前の三人―
(嘘だろ...測定不能...)
あのカノンでさえ測定できた、のに...それ以上。
だがラサーナは諦めなかった。
(相手は魔法使い...それなら...)
先手必勝、地面を蹴った最速の一撃は―
「【雷撃】」
「うぐッ!?」
目で捉えきれなかった雷が、両肩、右足、右手を雷が穿ち、最後、一泊間があった雷撃が腹部を穿つ。
穴が開き、衝撃にラサーナの体は軽々と吹き飛んだ。
「ラサーナ!?」
(レ...レベルが違い...過ぎる...)
ラサーナの口から血の塊がドロリと流れ落ちる。
「ごぼッ...」
ラサーナがふっ飛ぶと同時にフィリアナが泡を吹いて首がだらんと落ちてしまう。
「フィリアナちゃん!!」
叫んで反応はない、確実に落ちてしまっている。
「ありゃ、落ちちまったか...」
男は水の檻の中に手を突っ込むと、首をわしづかみにして無理やり引き抜いた。
フィリアナの口から水が垂れるが、全く意識が戻る気配はない。
「あとは、お前だけだが...どうするよ?」
「...ッ...」
どうあがいたって勝ち目が浮かばない。
見たこともなく強力な魔法、しかも無詠唱、今のところはそれだけだが...
真ん中のやつは今のところ一度も攻撃らしい攻撃をしてこない、実力は不明だが...いかにも強そうだ。
(...ユウキ...どこにいるっすか...このままじゃ...妹が連れ去られますっすよ!?)
今日に限って呼び出しようのボタンを家に置いてきてしまっている。
最悪だ。
「...お前に用はない...消え失せろ」
その言葉が酷く胸を打った。
自分の無力さが嫌になる、結局ずっとユウキに迷惑をかけ続けている自分に。
遠ざかって、どこかに連れていかれてしまうフィリアナを無力にも呆然と立ち尽くし見届けるしかなく...
ただ、心の中で謝罪を繰り返す。
(すいません...俺には...助けられません)
自分の無力に涙がこぼれそうで―怖くて動けない自分を恥じて...
それでも、と喉から声を振り絞った。
「ま、待て!...お、俺と勝負っす!...」
「...ば...馬鹿!...逃げ...ろ...ごほッ...ツ..バキッ!」
その声に一度立ち止まる。
そして後ろを振り向くと、少年は静かに命令を飛ばした。
「...もう飽きた、邪魔だ殺れ」
「分かりました、ノーバン様...【断割の焔】!」
右足を後ろに下げ、まるで走り出すかのようなポーズをとると、右手を地面に付け思いっきり振りぬくと地面が割れる。
割れた地面からは炎獄吹き荒れ、ツバキめがけて地面を割りながら迫る。
「ッ!?」
「ツ..バキッ!!-」
このままだとツバキが確実に死ぬ。
助からない事実に、現実を認めたくないようにラサーナは柄にもなく悲鳴のような声を上げた。
「まったく...これは何の騒ぎですか」
「...え?...」
突如現れた氷塊が同じように地面を割り、吹き荒れる炎ごと凍らせていく。
倒れつくし、血が抜けすぎたのか力が抜けていくラサーナが聞いたのは、カツカツと地面さえも凍らせて歩いてくる音、見えたのは美しい青髪の女性。
ラサーナが人生二度目にみた測定不能、その人だった。
「キリアさんから妹を奪おうだなんていい度胸ですね...確実に地獄に送ってあげます♪」
右手に冷気を集め作り出したのは【零の刀】。
持ち手を掴み引き抜くと、透き通る美しき刀身があらわになる。
その切っ先をノーバンの首に向けると挑発的にエミリーは笑った。




