第122話怒り
「やっと帰ってきたね」
ツバキを背負ってウルフと共に戻ってくると、モリヤと、メイド服を着た女の人だけがその場に残っていた。
もう他の人は帰ってしまったらしい。
「君達ももどっていいよ」
「ありがとうございました、では」
「ありがとうございました」
ツバキと共にお礼だけ告げて闘技場を後にした。
完全に姿が消えるまで見送った後、モリヤは問うた。
「どうだった?ウルフ」
モリヤの問いに、ウルフは少し考えた後、結論を出した。
「どちらも違うかと、気を感じませんでした」
「気、ねぇ、それ本当に感じるの?」
「モリヤ様も武道の訓練をされれば分かるかと」
「それはいいや、ともかくあの2人が違うならもう1人しかいない」
特定できた、そして欲望が動き出す。
確実とは言えないが特定したXを潰すつもりだろう。
含み笑いを浮かべながら闘技場を後にするモリヤ、後ろを追いかけていくウルフはなんとも言えない。
もし、Xの正体を伝えれば二年生が潰されて、嘘をつき、間違ってXを潰したらただのイジメのようなものだ。
(どうしたものか....)
考えても今は全く案が出なかった。
#
授業は終わり、普段通りツバキと共に部屋に戻る。
ただいつもと違うのはツバキを背負っている事だけだ。
「さっきのユウキ凄かったっすね、なんかこうゴワゴワしてました」
「あ〜制限解除か?」
「そう、それっす!」
「あれ近接格闘には強いんだが、弱点があってな〜」
「弱点っすか?」
「制限解除は、自分の持つスキルを強制的に全て発動させるんだ、条件無視でな、その分身体への負担が酷くて、最高でも15分が限界、魔法も使えば10分」
ちなみに、実は霊鬼の状態で、制限解除で魔法を試した事があるのだが。
(2分しか、持たないんだよな〜....)
冗談抜きで、化け物だった。
霊鬼の状態と、霊鬼+制限解除を比べると天と地ほど差があらわになる。
「実の所、制限解除だいぶ手を抜いたんだぞ」
「あれでっすか?」
「制限解除はあくまで殺し合いを想定してるから、少しでも本気出すと確実に殺しちゃう」
俺が少し笑うと、何故かツバキが少し怖がった。
そんな適当な話をしていると、いつのまにか家についていた。
「ただいま」と言って部屋の中に入ると、中ではカノンのみがいた。
「おかえりなさい、ご飯できてますよ」
エプロン姿のカノンはオタマを持って、微笑んでいる。
なんか凄い絵になる、てか新妻に見える。
なんて伝えたら絶対に調子にのるから俺は言わない。
「ありがとう」
とだけ伝えて、荷物を部屋に投げ入れてから、席に着くと夜ご飯を食べた。
ツバキの怪我が悪化していることに気がついているのかいないのか、カノンは特に何も言わなかった。
食べ終わった後、お風呂、というか温泉に入り、ツバキの背中を流してやる。
怪我がとても目立つ、手にヒールをかけた状態でツバキの背中をさすると多少は治っていった。
風呂を出て、寝る支度を整えて、カノンと一緒のベッドで眠りにつく。
今日は多少変な事もあったが、いつも通りなんら変わることのない日常、ユウキはそう思っていた。
「知ってますか....この学院には凶悪な不良派閥マインというのがあるんです」
それは寝ている時カノンが俺に訴えかけるような言葉。
「その派閥は暴力でなんでも好き勝手するそうで、そのトップがロースという男らしいです」
「そうか、そんなのがあるのか....」
「なんで....気づかない....」
「ん?今なんて....」
小さく呟いた一言、ユウキは聞こえなかった。
カノンにこれ以上言うことはできない。
ツバキに言われたから、迷惑をかけたくないと、私と同じ思いだから、と。
けど、これは....
ユウキに教えてあげた方がいい、このままだとユウキは、友を見捨てた最低な奴になってしまう。
それでもカノンは言えなかった。
一先ず考えるのは明日の事、今日知ったカノンは明日必ずツバキを守り抜き、相手を半殺しにする。
カノンもラサーナも同じ気持ちで、常にツバキの動向を確認する事にした。
胸に芽生えるのは怒りの炎は、静かに燃え上がる。
カノンにとってツバキはどうでもいい存在ではない、少なくとも友だと思っていた。
♯
ついに今日という日が来た。
この日奇跡的にも2つのグループの意思が重なる。
マイン派閥の二年生は、三年生は、確実に今日Xを特定、ツバキを殺そうと、カノン、ラサーナは絶対にツバキを助け、逆にその派閥を消そうと。
ただ、どちらも気づかない、最悪が起こる可能性を。
いつも通りユウキとツバキは学院に向かい、駄弁っていた。
「今日は何か、体の動きが悪いっす」
「俺は絶好調だな、ようやく魔力も戻ってきたみたいだし」
「魔力が戻ってきた?」
「戦争時に魔力使いすぎて、ずっと本調子じゃなかったんだ」
「うわぁ、ユウキさん、それウルフさんに話したら怒りますよ」
「仕方ないだろ、本調子じゃないから戦いません、なんて、言えるわけないし」
「それはそうかもっすけど.....」
「そう言えばツバキどうする?」
「何がっすか?」
「学科だよ、魔法学科か、近接格闘にするのか」
1年の後半に入ると、選択授業というものが始まる。
ニス=グリモア学院では、卒業後3つの道に分かれる。
1つが実家に帰り、家を継ぐなり、冒険者になる。
2つがニス=グリモアなどの多国の軍に入る事。
3つが魔道兵として、特殊な機関に属する事だ。
魔法には多種多様な使い道があり、植物科、日常科、戦争科、などなど、色んな使い道を考える機関に属するというのが、3つめだ。
その2と3を初めから分けて、出来るだけその専門的な技術を多く学ばせるのがニス=グリモア学院のやり方。
そしてユウキは聞いている、2と3、どっちにするのか。
「俺は魔法学科っすね〜、皆ほとんどそうなんで、合わせる事にしたっす」
「ツバキがそれなら、俺もそうするかな....」
なんて喋っていたら、学院の玄関についた。
靴を脱いで、専用の学院内の靴に履き替えると、そのまま教室に。
中に入ると、この前のようにツバキが取り囲まれる事はなかった。2日めにして慣れたのかもしれない。
そのままツバキと席に着き、一時限めの授業を受けた。
一時限め、二時限めと終わり、休み時間が始まる。
ツバキは「ちょっと、トイレに行ってくるっす」と言って、教室を出て行った。
その姿をカノンとラサーナは監視用魔道具で監視していた。
念の為、ユウキのポーチからカノンが盗んでおいたものだ。
映像を見る限り普通、なんともない映像。
ただ、あまりにも長い、授業開始のチャイムがなっているのにツバキは出てこない、不思議に思っていると、次に映ったのは返り血を浴びて、大笑いしている上級生の姿だった。
その瞬間動いていた、カノンとラサーナは動いていた。
「ちょっと!?カノンさん!ラサーナさん!」
教師の驚いた声も届いていない。
カノンとラサーナは全力疾走だった。
(出遅れた!)
自分達と離れている事が仇となった。
(お願い生きていて!....)
その願いを胸に込めて、走った。
Fクラスのトイレまで。
♯
(ツバキ....遅くないか?)
あまりにも遅い、授業が始まっても姿を現さないので、俺は少しだけ心配になり、呼び出す事にした。
「すいません、腹が痛いのでトイレに行ってきます」
「わかりました」
それだけホワイトに告げて、教室の外に。
真っ直ぐと廊下を抜けて、男子トイレの前まで来た。
「ツバキ!いるかー!」
中に入った時、俺は目を見開いた。
中は血だらけだった、血が床を染め上げていて、俺の足まで届いている。
その血をとめどなく流しているのは、奥の壁で背を預けているツバキだ。
右肩、左肩、両方に斧が突き刺さったまま、傷口を抉ったまま放置されている。
両足に至っては、3本、右足に二本、左足に一本、だが左足にはちゃんと傷がある、本当はもう一本左足に刺さっていたのだろう、だが数が足りなかった、もしくは思いつきからか、一本の斧を抜いて突き刺したのだ、ツバキの首に。
どくどくと滝のように血は流れ続ける、目は微かに開いているが、目に光はない。
壁に寄りかかるツバキの頭の上には、無数のメッセージが。
「助けてX〜!」「友達を見殺しにした!」「最低だぁ!w」「お前なんか友達じゃねぇ!」.....
そんな多数のメッセージ。
ツバキを、俺を馬鹿にしたメッセージ。
「ツバキ.....」
この惨状、血で書かれたメッセージ、カノン達の変わった行動。
全てが繋がった、その時俺は完全にキレた。
メッセージにかかれた、今まで受けてきた暴行が、びっしりと書かれていて、涙さえ溢れそうなはずなのに、怒りが他の全ての感情を消しとばしてしまった。
魔力は感情によって操作できる、そのせいだった。ユウキのあまりの怒りが、膨大過ぎた魔力が神隠しの指輪にヒビを入れ、床に落ちた。
その瞬間、学院はまるっと負の魔力に包まれる。
それを感じるのは、魔力に長けた強者のみ。
「な、なんじゃこれは!?」
学院長は慌てふためき。
「なんでしょ〜?この魔力」
「何かに...怒ってる?」
ヒースミルと、エミリーは首を傾げた。
このレベルの魔力を1人しか知らないから。
ユウキのすぐ後ろには慌ててきただろうカノンとラサーナが荒く呼吸をしている。
だが、ラサーナは過呼吸気味で、体が震える。
ラサーナの頭にある言葉は1つだけ、ツバキへの心配でもなく、怒りでもない。
(怖い....怖い....ユウキが、怖い)
その思いが考えたくないのに、浮かび上がってしまう。
目が霞んでいるせいか、ユウキの姿が違う気がしてくる。
ユウキの動きを見る事に全神経を使ってしまう。
何かを喋ろうと、口を開けた時、心臓は大きな音を鳴らした。
「誰がやった?」
「すいません、私知ってたんですけど、心配かけたくないって口止めされてまして」
「そんなの分かってる、それより誰だって聞いてる.....あ、そうか」
その時思い出したように、ツバキの頭に触れ記憶魔法を発動させた。
ツバキの思いが、苦しみが、痛みが、悔しさが、全てが記憶として、ユウキに伝わっていく。
そっとツバキの頭から手を離したユウキの額には、角が生えていた。
「な、なんだよその角!?」
それを見ただけでカノンは理解する。
今までで感じたことがないほど、怒っている。
「顔は全員覚えた」
右手を振ると、ゲートが一斉展開、中からツバキに突き刺さっていた斧が、ツバキを殴ったパイプが、無数に零れ落ちる。
ユウキは錬成のスキルで、高速錬成を行い、増やしたのだ。
「ツバキに手を出したこと、後悔なんかで済まさせねぇ」
トイレを出て行ったユウキの後ろ姿を見送った後、慌ててカノン治療に入る。
その時に気づいたが、しっかりと何度も治療魔法をかけられている、ユウキがやってくれたのだろう。
それを見てカノンはホッとしていた。
まだ、多少あの人が冷静である事に、本物の復讐まで発展していない事に。
派閥マインにとっての最悪な1日が始まる。




