第121話ウルフ
4次元目が終わり、昼休みに入った。
ツバキは隣のユウキが教室にまだ戻ってない事を良い事に、松葉杖で、出来るだけ速く教室から抜け出す。
誰も、自分が教室を出たことにあまり気づいていないようで、少しホッとしていると。
「お、いたいた」
「また、付き合ってもらうぜ?」
予想通り、たちの悪い上級生に捕まった。
この事にまだユウキは気づかない、それはツバキに危険時に押すようにバッヂを渡していたからだろう。
だが、決してツバキはそのバッヂを押さない、だからユウキは気づかない。
前と同じように、同じ部屋で、同じ場所で、鉄パイプで殴られる。
何故だろうか、何度も殴られたせいか痛みで声が漏れなくなった、我慢できるようになった。
ただそれはあくまで痛みのみで、体は耐えられなくて、カノンのおかげで繋ぎかけていた骨はまた嫌な音を響かせた。
その音を聞いて満足したのか、ツバキの髪の毛を掴み上げる。
抵抗する事はこの腕じゃあ、できないからただ、睨みつけた。
「まだ言う気がねえのか?おい!!聞いてのかぁ!?」
「......」
「ダメですぜこいつ、舐めてやがる....」
その時に5時限目、始まりのチャイムが鳴り響く。
すると上級生は舌打ちをする。
「次はすぐに言う事だ、じゃねえと、次は命はねえからなぁ、ぐはははは!!」
そんな笑い声が多数聞こえてきて......
また、バレないように注意しつつ、反対に曲がった左足を気づかいながら、這いつくばるように保健室に向かった。
♯
ツバキが連れて行かれた少し後、ユウキは教室に戻ってきた。
席に戻ったが、ツバキは何処にも見当たらなかった。
仕方なく目の前で友達と喋っているウォーカーに声をかけた。
「なあ、ウォーカー」
「ん?どうしたユウキ?」
「ツバキ見なかったか?」
「...見てないな...すまん」
「いや、助かったありがとう」
(あいつ、何処行ったんだ?...)
食堂に行ったのか?
なんて思って、席を立ち廊下に出ると。
「ユ、ユウリ!」
息荒く、慌てて駆けてきたラサーナがそこにはいた。
「どうした?何か用か?」
「ツ、ツバキ...見なかった、か!?」
「ツバキ?見てないぞ、俺も探してるとこだ....」
「クッソが!!遅かった!!」
その俺の答えを聞いた瞬間ラサーナは、イラつくように地団駄を踏んで、また廊下を駆けていった。
「何かあったのか?」
少しだけ気になったが、ツバキには危険な時押すようにバッヂを預けてある、その事からつい安心してしまったのだ。
#
ツバキが酷い暴行を行われている事など、全く知らないカノンは、新しく出来た友達と、仲良く中庭のベンチでお弁当を食べていた。
日常的な世間話をして、お弁当を食べ終わると、後ろから声をかけられた。
「おはよう、カノン、奇遇だねこんな所で」
その声はうざい奴の声で、完全無視して、友達と駄弁る。
「あの、カノンちゃん、いいの?無視して」
「......はぁー、すいません、先に戻ってて下さい」
「うん分かった」
友達の女子生徒は、心配そうにカノンを見て、走っていった。
「ありがとね、時間作ってくれて」
「何の用ですか?私はあなたに構ってる暇なんてないんですが?」
「カノン...Xの事が好きなんでしょ?」
「そうですが何か?」
「いや、さ、もし、Xが潰されたらどうする?」
カノンに問うたモリヤの瞳には、微笑が浮かべられていて、それを見ただけでなんとなくカノンは何をしようとしているのかがよく分かった。
だからこそ、笑って挑戦的に言ったのだ。
「嫌いになります」
「そっか、それだけ聞ければいいかな、じゃね」
手を振り何処かにいこうとしているモリヤをカノンは呼び止めると。
「最後に1つだけ言っときます、あなた、全て奪われますよ?.....それだけです」
これがカノンのせめてもの情け、それだけ伝えて教室に戻っていった。
「奪われる?何を言ってるんだ?、奪われるのはXの方だ」
勝てるわけがない、Xがどうすれば二年生全員に勝てると言うのだろうか?
数の暴力、Xが学院最強というのはあくまで個人の話、こっちには第1位階、第4位階、第5位階、など上位陣のコマが揃っているのだ、それに比べてあちらはたった1つ、将棋でいう王1人に周りにはコマが取り囲む、まあつまり詰んでいるのだ。
(王1つで何をするというんだ?....)
こちらが勝てるという、思想の元さらなる動きを始めた。
♯
第五時限目は、何やら急遽変更で詠唱の歴史、必要性などの授業から、体育館(闘技場)での実戦練習に変わった。
ホワイトは何か不満げだった事から何か圧力がかけられた、だろう事はすぐに理解できた。
(二年生だな....ま、放置だな)
確実にモリヤがXを特定に来ているだろう、その予想は全く正しかったようで、床に体育座りをする俺達の目の前に、そいつらは現れた。
堂々とした姿、まるで自分達が強いかのように、多分だが二年Sクラスだろう、余程自信があるのかホワイトの前だというのに雑談が絶えない。
その先頭には青髪の男の姿が、微笑を浮かべている。
多分こいつがモリヤ、それよりも気になるのは隣の黒髪オールバックの男、腰にさした長剣、白い装飾が施されていて、シンプルな見た目だがものは一級品。
(こいつ....なんで戦争時、出てこなかった?)
一般兵よりは多少強いはずだ。
とにかくコイツは、学生とはかけ離れた実力である。
ちょっとだけ、本当に少しだけだが、カノン達と戦わせたくなった。
「やあ皆さん!俺はこの学院最大派閥リーダーであり!2年生徒会長、ナラヤワ=モリヤだ!.....おや、Fクラスにも多数知り合いが見える、皆こちらへ」
手招きすると、一斉に大半の生徒が立ち上がりモリヤの後ろへ。
(もう、こんなに....これは確かに問題だな...)
「今日は皆を鍛えて上げようと思ってね、合同練習の場を設けてもらった!だが、実はね、今から呼ぶ人には専属の人が付いてくれるから、少し見所があるらしいからね」
そう言って、名前を呼んで行く、最初の2人は全く知らなかったが、最後の3人だけはよく知っていた。
「ウォーカーには、ドラマ、ツバキには、サトシ....最後、ユウリにはウルフ、第1位階で、この学院最強の人だ、せいぜい胸を借りてくれ」
「よろしくお願いします、ユウリ君」
「はい、胸を貸していただきますね」
それだけ伝えると、俺は後ろを見た、当然ツバキの事だ。
一応昼休み終わりごろに戻って来たのだが、何故か怪我が増えている、その事を言ったら階段から落ちたと言っていたがどうなのか、よくわからん。
一先ずモリヤとかに伝えとく。
「すいません、ツバキは怪我をしてて練習に参加できないので、俺と一緒にしてウルフさんの見学にしていただけませんか?」
「.......ウルフ、2人見れるか?」
「見学だけでしたら、問題ないかと.....」
「オッケー、わかったツバキとユウリは2人でウルフに教えてもらってくれ、じゃあ皆練習を始めてくれ!」
そう告げたモリヤの顔は歓喜に満ちていた。
今この闘技場には戦力を測る測定器が、至る所に設置されている、それはモリヤの金と権力の賜物だ。
確実に見つけてみせる、そんな考えが丸わかりだった。
俺は狙いの強者の実力を見る事が出来そうで、少しだけ嬉しかった、けど自分も本気で戦えないのは残念だ。
「では、そうですね.....別の....少し遠いですが対人専用の部屋に移動しませんか?」
「私は構いませんが、ツバキ....動けるか?」
「大丈夫っすよ!気にしないで下さい」
そう言って松葉杖をブンブンと降るが、流石に我慢だと分かる。
仕方ないから、松葉杖を左手で奪うと、ツバキの体重を自分の背中に預けさせ、腕を足に絡めるとそのまま持ち上げた。
「ちょっ!?いや、大丈夫っすよ!自分で歩けるっす!」
「無茶すんなっての、こういう時は友達頼れ馬鹿」
その言葉が何処かツバキに響いたのか、頼っていない自分に気づいたのかボゾボソと抗議の声は小さくなり、ついには黙ってしまった。
「では、行きましょうか」
ウルフが小さく頷くと、ツバキを背中に乗せ、そのまま闘技場を後にした。
長い廊下を抜けた先、に見えたのは闘技場の8分の1位の大きさの闘技場、観客席があり上から戦いの状況を確認できるようになっていた。
確実に一対一を目的とした場に、何やら不安を感じた。
まさか教えるために俺をボコる気だろうか。
近くのベンチにツバキを下ろし、ウルフの真似で真ん中に近寄った。
するとウルフは、鞘から剣を取り出し抜き身の剣を眺め始める、刃こぼれの確認だろうか?
「私はこの学院最強、などと言われていますが、本当にそうだと思いますか?」
「どうでしょうか、私はウルフ先輩の力を見た事が無くて.....」
「そうですか....あなた出身は?」
「平民ですよ、そういうウルフ先輩は?」
「私は....この国の貴族の出ですね、父はこの国の兵士として日夜魔物と戦っています」
抜き身の剣を軽く片手で降る、剣先が見えない素振りだ。
これで片手、どれほどの鍛錬を積んだのか。
両手で降ればどれほどになるのか、興味が湧く。
「実は天才などと、言われてきて父にも言われていました、私ならばこの国最強となれる、と」
「それは大変凄いことでは?」
「ですが、グリエス戦争後から父は言うのです、キリア王の兵隊に入る事を目指せと、あの戦争でキリア王の実力を間近で見た父は、すっかり魅入られてしまったようで....」
「ウルフ先輩なら、頑張ればなれるのでは?」
これは曖昧な言葉では無く、事実だ。
もし今俺が感じている強さが本当なら今すぐ国専門の兵隊に入れてしまいたい。
それを謙遜と取られたのか、首を振り静かに告げた。
「この学院でまずは今以上に強くならなくては、キリア王の兵隊は目指せないと.......ハッ!!」
その瞬間、閃光が煌めく様に俺の頬をかすめる。
躱さなかったのは、絶対に殺しにはこないと読んでいたから。
「御教授願えますかな、Xさん」
剣を俺の首に向けて、ウルフは確信を持って告げた。
正体がバレたと言うのに、俺は何処か冷静で、ただ1つだけ聞いた。
「何故私が....俺がXだと?」
「こうして立ち会ってみれば分かります、私達武道家は、優れた武道家となればなるほど相手の、気、と言うものを読み、実力も測れます....ですが貴方は全く持って測れません、許容オーバー、この様なこと初めてです」
「何故、上級生の前で皆に教えなかったか、聞かせてもらっても?」
「もし、今から立ち会って頂いて私の予想より弱ければ伝えるつもりですが、予想通りならば.....伝えるつもりはありません、無駄死にさせたくはありませんから」
「そうですね、御教授してあげますよ...折角ですから魔法は使いません」
「魔法を.....舐めているんですか?」
体から闘志が漏れ出し、怒りの相貌でこちらを睨む。
だから俺は指輪を抜き去り、全力でそれに答える様に魔力で空気一帯を覆った。
闘志など丸め込んでしまうように。
「ナッ!?...こ、れは」
場の空気が淀み、ウルフは自分の腕を押さえつける。
(残念ながら....武者震いじゃない...)
理解した、この男はダメだ。
絶対に敵に回してはいけないと。
「理解しろ、お前は俺に勝てない、だから手抜いてやるって言ってるんだ」
それは事実だ、だが悔しげな顔でウルフは小さく呟いた。
「分かり...ました、今日はそれで満足しましょう、ですが絶対にいつか本気を出させてみせます!!ハァッ!!」
強烈な一撃が俺の足を捉え振り払う、それを踏みつけるとそのまま回し蹴り、その回し蹴りを剣で捉え鍔で受け止めた。
ウルフは今の一連を当たり前のように、これくらいは分かっていたと、目で訴えかけてくる。
「本気で行きますよ!!魔力変換、展開雷鳴」
黄色い魔力の幕が、ウルフの掌から一気に広がり闘技場全体を囲ってしまう。
次の瞬間、ウルフが視界から消えた、と自覚した時足から血が流れた。
「雷鳴は、体の魔力を雷のごとく強制的に暴発、運動能力を途端にあげる能力です」
「へぇ、見えなかったよ」
「はぁッ!!」
俺の言葉も待たず、3連、なんとか捉えようにも見えず、手を足を肩を切り裂かれ、鮮血が舞う。
「ユウリさん!!」
途中まで安心して見ていたツバキだが、流石に魔法を使わないというのは無理があったのだと、自覚する。
心配で声をかけたのだが、ユウリは密かに笑っていた。
(これなら、いいな、使える)
完全に決めた、ウルフ、兵隊に入れる。
そして手を抜くのもやめる、いや魔法を使うわけじゃない、スキルを使うことにした。
「わかっていただけますか!?貴方は私を甘く見過ぎた!!本気を出せ!X!!」
「わかってるよ、舐めて悪かった、けど少しだけだ」
「なッ!?...そこまで...愚弄しますか!....」
「愚弄じゃない、正直これは手を抜いたに入るか分からないから...」
右手を空に向けて振るとステータス欄が現れる。
そこで少しだけ確認した、大丈夫しっかりと、その状態になっている、それを見てしっかりとウルフを睨みつけた。
次の瞬間、全身から力が溢れ始める。
それを感じとった
「何を!?」
「制限解除」
その声がユウキから響くと、空気が爆発。
異様な圧力がウルフにかかり、ユウリの姿が変わっていた。
いや、正確には足だけが、化け物らしい紅いの血濡れのような足、血のように見えたそれは装甲だ。
少し前エミリーの氷塊を破壊したそれに見えるが、全くの別物、足には装甲、その周りを飛び周る焔が装甲を紅く染め上げているのだ。
「ッ!!」
その足を見た時、ウルフの雰囲気が明らかに変わった。
息を潜め、剣を構え直すと、一気に振りかぶる。
それと同時にユウリの姿が霞と消え、ウルフも消えた。
瞬間、闘技場の真ん中で激しい衝撃音が響いた。
ユウリの後ろ蹴りと、ウルフの剣がぶつかり合う、怪我が痛みそうな衝撃がツバキを揺らした。
「坂巻・螺旋!」
スキルの引き金をウルフが引くと、圧倒的連撃がユウリを襲う。
それなのに、ユウリは一撃も受けていない、傷が見られない。
だが、ウルフは.....
「ぐぅッ!?.」
腹に大きな火傷の跡と、靴の形がめり込んでいた。
「...今、いつ蹴り込みましたか?」
「剣防いで、蹴っただけ」
「一応、見えない剣、というのが売りでしたが.....これは......次こそは!私の剣を届かせてみせます!」
手を鞘のようにしてそこに剣を収めると、抜刀の構えを取る。
それに呼応するように俺は踵を鳴らした。
「行きます!....はぁッ!!」
自分の手を切りながらも剣を滑らせ、一閃。
その一閃は本当に見えなかった。
決起迫る、というやつか、絶対に勝ちたい、思いの力というやつか不思議なほど速い一閃だった。
それでもまだまだ、振り抜かれる剣を、カノンのマッサージで柔らかくなった足で蹴り上げると、左足を腹部に叩き込もうとして...止めた。
それは完全な決着だったから。
「負け、ました...」
剣を地面に落とし、膝をつくウルフ。
頬には汗が滲んでいる、確実に死を覚悟していた、その反動で気が抜けたのだろう。
そんなウルフに向けたのは、1つだけ、賞賛だった。
「凄い、本当に凄かった、まさか制限解除を使っても動きを少し超えるくらいだとは思はなかった」
「ご謙遜を、貴方がもし魔法を使っていたら何秒で私を片せますか」
「15秒位?」
そのさも当たり前のように、首を傾げながら告げたユウリに、ウルフはただ絶句するのみだった。
「私は....まだまだですね....」
ウルフが自嘲気味にそう呟いて、自分を照らしているライトを見上げると、負けのゴングを告げるように、授業終わりのチャイムが鳴った。




