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下校デートの範疇

 はたまた明くる日、僕はある決心をした。

 滝沢と話し合わなければ。

 一番人目を気にしているのは滝沢であるはずなのに、当の本人からは何も連絡がない。……もしかして、本当に嫌われてしまったのだろうか。それはないと信じたい。

 だから、僕は滝沢に自分から話しに行く必要がある。決行は今日の放課後、彼女をどこか適当な場所に呼びつける。


 僕は緊張していた。朝学校の教室に着くと、その日に限って滝沢はまだ来ていなかった。十分ほど経つと、僕の右隣の席の翡翠が登校してきて、僕に挨拶した。

「おはよう、英雄くん。」

「ああ、おはよう。」

 彼女に滝沢について追及された時は、なんとかはぐらかすことに成功したのだが、彼女はどうやら僕を滝沢ネタでいじるのはやめていないらしく、

「今日はまだ来てないね。彼女さん。」

などと僕に耳打ちしてきた。

「もうその話はやめてくれよ……」

僕が思わずこぼした。

「ふーん、やっぱりやましいところがあるんだよね、ふーん。」

 昨日一日でこのいかにも楽しそうな「ふーん」を何度聞いたことか。僕は文字通り頭を抱えた。

 朝からテンションの高い翡翠を横目に、滝沢が教室のドアから入ってきて僕の席の後ろを通ったが、僕と滝沢は何の言葉も交わすことはなかった。

 その様子を見て、翡翠は少し不満そうな顔をした。

 ……今日もドキドキする一日となりそうだ。


 朝のホームルームが終わると、静斗が僕の席にやってきた。

「あ~おはよエイ。」

静斗は大きなあくびを浮かべた。

「いやー、昨日練習長引いちゃってさ、それで帰ってから春休みの宿題やってたら遅くなっちゃてさ。」

「寝不足なんだよ~」

「まあお前もサッカー部だし、忙しいんだろう――ってなんで今更春休みの宿題なんてやってるんだ?」

「いや~だってあの量は期限内に終わらないでしょ。そういう体で作ってるんじゃないの?」

「それにしても今やってるのは遅すぎるだろ!四月も中旬が終わって下旬にさしかかろうしてるんだぞ?」

「う~ん宿題やらなくても中学みたいに内申とか関係ないし……」

「指定校推薦狙い云々の話じゃなくて、新年度から先生の印象最悪じゃねぇか!」

「てかそこまでやってこなかったなら、もう貫いて出さなければいいんじゃないの?」

「いや~監督が出せっていうから。仕方なく。」

「お前は部活やってないと本物のダメ人間になってたな……」

「いやまあ、それほどでも。」

「褒めてねぇ!」


 新学期早々バカなことをしてくれる静斗のおかげで、少し緊張はほぐれた。しかし、一時間目が始まって教室が静寂に包まれると、僕はまた滝沢のことを思って緊張してきた。

 どうして僕がこんなにも緊張しているかというと、僕は人に話しかけるのが極端に苦手なのである。これが僕の友達が少なく、僕が地味なキャラである原因で、僕は相手から話しかけてもらえないと、人間関係を作れないのだ。

 そういうわけで僕は滝沢にどう話かけるかを、さっきからずっとシュミレーションしている。

 まずどういう状況で話しかけるか。滝沢が僕にやってきたように、放課後の教室という選択肢もありそうだが、またクラスメイトに目をつけられそうなので却下。

 そして僕は会話を切り出すのに勇気が必要だ。

「滝沢。」

「結衣。」

「ねえ。」

「そういえば。」

 などという選択肢がさっきからずっと頭の中を回っている。実際に話しかける場面になったらこの言葉はすべて飛んでしまいそうで怖い。


 このように、僕が滝沢に会話を切り出すには問題が山積みなのだ。これが普通の人ならば、事前にこんなくだらない悩みを抱えることなく立ち回れるのかもしれないが、あいにく僕にはできない。


 そして運命の時は来た。

 僕は、この教室ナンバーワンの美少女滝沢結衣に、自分から話しかけなければならない。僕は、やる時はやる男だ。どうしようもないくらい胸が高鳴っているが、もう行くしかあるまい。

 シュミレーションは何度も重ねたが、結局掃除が始まった後の教室で話しかけるしかないようだ。

 滝沢はもう既に自分の荷物を持って、廊下に出て帰路に就こうとしている。いつものように、美しくもどこか話しかけづらいオーラを放っている。だがここで呼びとめるしかない。

 僕は滝沢の背中を真っすぐ見据え、強く足を踏み出して彼女に半歩手前まで近づいた。


「あの……えぇ……滝沢……」

 あらかじめ決めておいた「滝沢」というワードの前に、余計な声が混ざってしまった。そして肝心の「滝沢……」を弱々しく言った頃には、滝沢は僕の二、三歩前まで踏み出していた。

 聞こえなかったかもしれない。もう一度言うのは僕のメンタルも持ちそうもない。

 すると、滝沢は歩くスピードを緩めた。しかし彼女は振り向こうとはしない。……どうやら僕はもう一度これをやらなければならないようだ。

「た、滝沢。」

「はい、良くできました。」

 ……滝沢はいつものごとく僕を弄んでいるに違いない。一回目の呼びかけで彼女は充分気付いていたはずだ。自分の名前は、小さな声であっても聞きとれるものだ。

「それで、美少女といいコトしたエイくんは私に何の用かな~?」

「それは滝沢が勝手につけた設定だろ!」

「へぇ、私との情熱的な夜を忘れたって言うんだ。」

「それは校外の話だから関係ないって。」

 自分で言っていて恥ずかしくなった。正直僕には関係大アリなのだから。

「まあ、それは良いとして、要件は大体察しがついてるからどこで話そうか?」

「うーん、どこが良いかなぁ。人目のない場所で……」

「いや、流石に野外は無理だよ?」

 滝沢はニヤニヤしながら言った。

「まあ、野外で話はしたくないな。」

僕は平然と答えた。

「え、あ、ふーん。」

と言うと滝沢はより一層口角を上げた。

「エイくんって意外と……」

「え?どうした?」

「ふふーん、なんでもない。」

 ……滝沢の薄気味悪い笑顔は無視しておこう。


「それで、校内だと良い場所なさそうだしどこか店で話しましょう。」

「そうだね。」

 そういえば今日は部活に顔を出す予定だったのだか、まあ良いだろう。

「あ~でも美少女と一緒に校地の近く歩いてるの、見られちゃ恥ずかしい?」

「自分で美少女言うな!」

「あと見られてまずいのは主に滝沢の方じゃないのか。」

「いや~確かに私とエイくんの噂が広まったら、エイくん翡翠さんみたいな人からモテるようになるからね~」

「モテてない、むしろ困ってる。」

「へぇ、そう、翡翠結構いい子なんだけどなぁ~」

 僕は滝沢の僕への恋心をまた疑った。本当にこの人は僕を弄んでいるだけなのではないか。

 そんなことを考えながら沈黙していると、彼女が続けてこう言ってきた。

「えーと、ここは私に一途なことをビシッと表明しなきゃだめだぞ。」

「しないよ!」


「そうこうしている間にも下校デートが始まっているわけだけど」

「なんだかんだで私を受け入れてくれるんだ、嬉しいな。」

 突然滝沢の態度が変わって、なんだか照れくさくなった。

 校地内を歩いていると生徒の視線を感じた。早く校地外へ出ようとしたが、滝沢がわざとらしくゆったりと歩くせいで僕は辱めを受けることとなった。

 話す場所は喫茶店にでもしておこう。


 この前の冷たい態度とは一転して、今日の滝沢は明るかった。相変わらず僕には彼女の気持ちが分からない。彼女の恋心が本当かどうかも、また分からなくなってきた。

 ここまで振り回されながらも僕はこの取引を続けている。続けなければならない理由が、どこか僕の心の奥底に潜んでいるのかもしれない。


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