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メンタル?揺さぶり?能力者!?

 「自分の感情をコントロールできる能力」とは何か。冷静に考えてみると、これが理解できない。

 まず、滝沢が自制心が極端に強い人間なのかもしれないと考えた。もしかしたら、モテる人間というのは自分の恋心さえも制御できてしまうのかもしれない。人間関係が希薄な僕には理解できない能力だ。不思議に思うのも当然かもしれない。

 しかし、こんなにも自分にとって不可解なものをそのまま片づけるわけにもいかないので、他にも仮説を立ててみることにした。

 まずは、僕を揺さぶるために滝沢がハッタリをかけている可能性だ。でも何のために?本当は好きでもない人間の心を(もてあそ)んで楽しいのか?――彼女の性格ならありえなくもないか。

 それとも、滝沢は本当に超能力者なのかもしれない。僕はああいう人気者系の人間については何も分からないが、かといってそういう人は自分の感情をコントロールできるものなのだろうか。だから、彼女は本当は異能の使い手で――

なんてバカなことを考えていると、目の前の改札が警告音をあげた。ICカードを再びかざすと、いつも通り改札を通過できた。後ろに並んでいた人たちは、一瞬眉間にしわを寄せた。怖い社会である。

 まるで禁忌を知ってしまった一般人が口止めをされるかのように。というのは考えすぎだろうか。


 電車に乗り込んだ僕は、車両の連結部付近に立つと、一組のカップルを見つけた。

 電車の人ごみの中でさりげなく密着しようという算段かどうかは知らないが、二人は僕と同じ高校生らしく、一緒に下校しているようだ。

 そこで僕は考えた。もし僕が滝沢の提案を受け入れたとする。すると僕と滝沢の関係はどうなるのだろう。……彼女の言い草からして主従関係のようなものにも思えてくるわけなのだが、彼女は僕のことを好きだと言っていて、恋愛対象としてふさわしいかどうか見極めたいと思っている(はずの)わけで、ひょっとしたら僕と滝沢の関係は目の前のこのカップルのようになるのかもしれない。

 そんなことを車窓の景色を眺めながら数分考えていたが、目の前にいるカップルに目立った動きはなかった。彼氏のほうが壁に寄りかかるようにして立って、そこで「彼女さん」が彼氏の方に寄りかかっている。どうやら世の男女はこの光景を見て腹立たしく感じるらしいが、僕にはその気持ちは分からなかった。それで二人はただ自分のスマホを眺めている。

 僕は二人それぞれの隣にいる異性の存在意義を理解しかねた。ただスマホというパートナーさえいれば十分じゃないか。いやきっとこのあたりが、僕が友達に「エイは年頃の高校生の気持ちが分かってない。」と言われる所以(ゆえん)なのだろうが、分からないものは分からない。


 結局自分が思ったことは、「僕は滝沢さんの恋人役なんか無理だろう。」ということだった。

 恋する気持ちがまず理解できない僕に、恋する乙女の気持ちはもっと分からないし、恋する変人を満足させるのは、もっと困難である。


 家に着くと、特にやりたいこともなかったので買ってあった文庫本を開いた。最初の三十ページくらいを理解するのにはいつもより時間がかかって、それより後のページは読み進めても頭に内容が入ってこなかった。きっと今日の分の頭のメモリーはもういっぱいなのだろう。滝沢が僕を呼んだ意図だとか、今日の滝沢の言動一つ一つがずっと僕の頭を駆け巡っている。

 それでもなにか作業を続けないと、また頭がフル稼働してそのことしか考えられなくなりそうだったので、僕はページをめくり続けた。


 夜は驚くほど眠れなかった。頭が冴えきってしまっていた。布団をかぶり続けて熱くなりきった体を冷やすために、ベッドから出て窓のカーテンを開けると、国道の方の灯りは明るくともり続けていた。終わらないように孤独のように感じられる夜にも、人の営みが続いていることを体で感じて、僕はようやく眠りについた。


 次の日の朝は無事に寝坊した。身支度を早々に済ませて朝食を抜いて玄関のドアを開き、自転車に乗ろうとすると自分の部屋に鍵を置いきたことに気付いて急いで戻った。

 僕の通学路は人も車もそこそこ多い道なので、爆速で自転車を走らせるのはあまりにも無謀である。たかだか朝のホームルームのために事故を起こすのはバカバカしいので、安全運転に徹していたが、駅に着いてもうすぐ電車が発車することを確認すると、僕は広い駅構内を走り抜けた。僕がホームのエスカレーターに乗るのと電車がホームに入ってくるのはほぼ同時だったので、僕はゆっくりと歩いてエスカレーター直下のドアに乗り込んだ。

 いつもは混雑回避で電車に乗る時間帯をずらしているが、ギリギリの時間帯で乗ったせいか今日はだいぶ混雑していた。ただ、この便に乗ってしまえば学校には間に合いそうだ。

 すると車掌がドア閉めの笛を吹くと同時に、一人の男が電車に乗り込んできた。僕はこいつの顔を良く知っている。

 三条(さんじょう)静斗(せいと)。中学時代からの友達で、高校では二年生になる今年度から同じクラスになった。

 そういえば件の美少女滝沢とは一年の時から同じクラスなのだがそれはまあいいだろう。

 ……ところでこいつも、どうやら遅刻寸前で滑りこんできたようだ。

「よう、エイ。」

 遅刻予備軍は余裕の表情であいさつをしてきた。

「静斗、朝に会うのは珍しいな、お前も遅刻ギリギリだったな。」

 すると、静斗きょとんとした表情を浮かべた。まるで「何か変わったことでもありますか。」といった感じで。

 そういえば静斗が遅刻常習犯であったことを思い出した。

「まさか、静斗はいつもこの時間に電車のドアと競争してるのか?」

 ドアに張り付きながら僕が尋ねる。

「そうだが、何か?」

「いや、なんでもない。」

 確かにホームルームは出る意味がないから遅刻しても良い……という主張は理解できないでもない。納得はしないが。だからあえて追及はしなかった。

 身長が百八十センチ以上あって体育会系の静斗は、混雑した車内でも平然としていたが、僕は少し体力を削がれた。おかげで口数がだいぶ少なくなった。


 さて、電車に間に合ったおかげで遅刻を回避した僕らは、悠々と教室まで向かったが、二年の教室が二階にあるせいか、結構教室に入った時間はギリギリだった。まあ間に合ったのだから良いだろう。かくして二のAのホームルームは始まるわけだが、僕は重大なことを忘れていた。

 


 そう、この教室には滝沢がいる。

僕の席からチェスのナイトの動きをすれば、彼女の席になる。具体的には僕から一つ前、二つ左に行った席だ。僕は最後列の席で、彼女は窓側。髪をなびかせて美少女感を出すには、もってこいの席だろう。もっとも、僕の花粉症が悪化するので窓は極力開けないでいただきたいが。

 そして僕は今日一日、滝沢にどんなアクションを起こされるかに怯えなければならない。

 僕は、例の告白の時のように机の中に召集令状が入れられていないか確認したが、何もなかった。やがてホームルームが終わったが、彼女はなにも行動を起こさない。ただ自分の席に座って誰もいないグラウンドを眺めている。すると彼女のもとに女子が二、三人集まってくる。

 ……この女子達は、「滝沢結衣」をどう思っているのか。できれば何か肩書をつけて聞いてやりたい。「(悪女滝沢結衣?最強メンタルの滝沢結衣?それとも能力者滝沢結衣?)のことをどう思う。」と。

 自分で彼女の肩書を考えてみて、能力者はありえないか。と心の中で否定した。


 午前の授業は何事もなく終わった。僕はと言えば、彼女のことを思うと勉強など手につかない。勿論恐怖的な意味で。

 いくら相手が美少女であろうと、人は変化を嫌うのだ。まして「自分の感情をコントロールできる」なんてオカルト的なことを言われれば尚更だ。


 昼休みこそ何か起きるのではなにかと四時間目に推測していたのだが、昼休みになると、滝沢は席を外していた。周りの取り巻きが食堂に行こうとかなんとか言っていたので、おそらく、しばらく滝沢は戻ってこないだろう。しめたと思って、僕は静斗の席の隣に行って、昼食をとることにした。束の間の平穏。ああなんて平和なんだろう。

 そこで僕は気を緩めてしまったのだ。


「静斗、昼ごはんを食べないか。」

「ああ、いいよ。」

静斗は快諾してくれた。

一緒に昼食を取ると言っても、僕らは登校中にもう話しているわけで、特に目新しい話題もなかった。そこで僕はこう切り出した。

「静斗、理性的な女の子ってどう思う?」


失言であった。僕が意図する「理性的な女の子」は当然「感情をコントロールできるあの子」である。僕の頭の中は彼女のせいでもうこんがらがっていた。

 それで、僕はかつてほとんどしたことがない「ソウダン」を、遠回しにしようと思いたってしまったわけである。


 静斗は目を見開いた。女の子の話を普段一切しない僕が、こんな発言をしていることに驚いているんだろう。


 ああ、このまま滝沢のことを感づかれて、「あの滝沢が!?遊ばれてるよ!?」なんて言われて、クラス中の笑いものにされて、「地味な奴」から「みんなのおもちゃ」にジョブチェンジするのかなぁ。


——などと持ち前のネガティヴ思考が働いたが、よく考えたら僕は「理性的な女の子」としか言っていない。そんなことはありえないはずだ。

 固唾を飲んで静斗のリアクションを待つ。すると……静斗は立ち上がって


「エイがついに女に取られたぁ!!」


などと叫びやがる。頼むから誤解を招く発言はやめてほしい。色んな意味で。


斉田(さいた)英雄(ひでお)に断じて女はいない、頼むから落ち着いてくれ。」

静斗のせいでクラスメイトから大分冷たい視線が飛んできた。まだ二年生も最序盤だと言うのに、僕の平和な学校生活をこれ以上壊さないでほしい。

  静斗は名前に不釣り合いなほど騒がしい男である。中学の時はまだマシだったのだが、高校に入って部活に情熱を注ぎだしてからずっとこのテンションである。勘弁してほしい。

 まあ、そういう僕も名前に不釣り合いなほど地味なのであるが。エイというあだ名は静斗が考えたらもので、「エイユウ」ではかっこ良すぎるので「エイ」らしい。それでも充分自分には勿体無い名前である。


「じゃあどうして『理性的な女の子』の話なんてするんだ?」

……そのあと僕は女子高校生は一般に活発な人が多いと思うけど感情じゃなくて理性で動く女の子って普通の男はどんな印象をもつのかな

という具合に適当に話を丸めておくと、静斗は真剣に悩んでいた。


 さて、滝沢結衣は「理性的な女の子」なのか、「能力者」なのか、はたまた違う存在なのか。

 その答えを出すには、彼女と向き合わねばなるまい。

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