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チカラ

「ちょっと思っていたのと違うかな……」

 私は一人呟いた。

 放課後になり、エイくんが私を連れて行った場所は図書室だった。

 確かに勉強には最適な環境かもしれないが、私が思い描いていた勉強会をするには不向きな場所だった。

 私たちは六人掛けの大きなテーブルに二人並んで座り、勉強道具を並べた。

「何か言った?」

 エイくんが私に小声で話しかけて来る。

「ううん、何も。」

 彼は真面目そうに勉強している。あんまりにも熱心そうにやるものだから、私も負けてられないと思い初めて、ペンを走らせた。

 私は成績が多少いいゆえに、よく勉強法を聞かれたりもするのだが、やっていることはさほど特別なことではない。一時期は「科学的」とうたわれるような勉強法にはまったような時期もあったが、結局は普通の地道な勉強に帰着した。

 今も私は普通に参考書の問題を解いている。


 それからどのくらいの時間が流れたことだろうか。ただただ静かな時間だった。

 長い時間勉強をしていると時間の感覚が普段とは変わってしまうようで、時間を短く感じたり長く感じたりする。そんな時間感覚の変化は勉強法や教科によってもまちまちのようで、おそらくは面白い勉強とつまらない勉強の差によるものだろう。

 私は勉強中には時計を見ない主義である。なぜなら、時間を意識しながらやっていると、嫌な教科では特に、時間の流れを遅く感じてしまうからだ。

 私が数学の問題で最後の答えを書き終えたとき、しばらくぶりにエイくんが口を開いた。

「すごい集中力だね。僕はそんなに勉強続けられないよ。」

「そう?そんなに長い時間続けてたかな?」

「もう二時間くらいは経ってるんじゃない?」

 普通なら大げさなと思うところだが、私に関して言えば珍しいことではなかった。休憩を挟まずに数時間勉強し続けることは当たり前で、集中力が切れることもない。

 時計を探そうと図書室を見渡すと、時計を見つけられなかったので自分のスマホを見た。

 確かに始めてから二時間ちょっと経っていた。

「ああホントだね。」

「いつもこのくらい勉強してるの?」

「まあ、そうかな。」

 私は成績上位だから、この集中力は不思議だとは思われないかもしれないが、意外と普通のものではないらしい。普通の人は長くとも一時間程度しか集中力が続かないというし、集中できていると錯覚していても、実際に効率は落ちていることがほとんどのようだ。

 でも私は違う。何時間連続で勉強しようがこなす問題の分量は変わらない。

 どうやらこれは自分の特別な能力の一部だったようなのだ。それは、端的に言えば理性で自分をコントロールしてしまえる能力。「こうした方がいい」と思うことは、自分の感情を排して行うことができる。

 私がエイくんにあんな取引を持ちかけたのも、この能力があったからだ。自分が好きになった人が本当に自分にふさわしいのかどうかを、確かめる。そうしなればならないという義務感を私は感じていた。

「滝沢って、なんか不思議な人だね。」

 不思議な人。それはまさしく私にふさわしい言葉だった。

 こんな能力をもっているのはもちろん不思議だし、その能力の使い方もまた不思議だ。最も、目の前のエイくんがこの能力を分かっているのかどうかは分からないが。

 私がエイくんに告白し、そして取引を持ちかけた日、自分の能力にどう触れたのか、覚えていない。確か「私は自分をコントロールできる」くらいのことは言っていたような気がしないでもない。

 この能力はどうやらあらゆることに働くようだ。それでも、やはり限界がある。私の能力は人知を超えた異能力だとか、そのたぐいのものではない。ひょっとしたら世界には私と同じような人間はごまんといるのかもしれない。

 それでも、私はこの自分の性質を「特別な能力」と認識している。

 ――なぜならこの能力は、私の内面に大きな影を落としているからだ。


 物思いがどうしても止まらないことがある。何かがあったわけでもないのに、突然衝動にかられて、胸が苦しくなってしまうことがある。

 その夜、私は彼のことを思った。

 これがごく普通の、当たり前の感情だということは私も理解していた。

 恋に落ちる段階というのは、とっくに終わったはずなのだ。恋愛感情が爆発的に増える瞬間は、もうとっくに過ぎ去っていて、あとはそれが維持されるか、放棄されるか、どちらかしかありえないはずだった。

 けれど、私の感情は次第に大きくなっていく。彼と恋に落ち始めた瞬間よりも、より深くへと。

 それがどうしてかは、私は既に分かっていた。私の能力。――それはもう私の感情を抑えきれなくなっているのだった。

 彼のことを目で追うようになってなお、私は理性的でてあろうとした。私は、私にふさわしい人間と恋愛をしなければならない。そう思い込んでいたからだ。

 そうやって無理やり抑え込まれた恋愛感情は、その夜、突然爆発した。

 ……なんだか独りよがりの恋をしているようで自分がみじめに思えた。でも、恋愛なんてそんなものだ。一目惚れなんてロマンチックなことはそうそう起きないし、結局は恋愛する人の意思に、恋心は影響を与えてしまうのだ。

 外は外灯が照っているだけの、暗い景色だった。光など全く入ってもこないはずなのに、私はカーテンを開けた。

 ただ外の景色を見ようとした。

 そして、夕方から夜にかけて充分部屋が冷やされていたにも関わらず、私は窓を開けた。

 ただ外との繋がりを感じたかった。

 私の自分勝手を許してください、エイくん。


 駅前の歩道橋から車の往来を見下ろしていると、なんだか自分が世界から疎外されたような感じがした。

 自分の事情とは関係なく、世界は勝手に回っている。自分がどんなに特殊な事情を抱えていようと世界は決まった法則通りに動いているし、自分がどんなに未熟でも世界は待ってくれない。

 ――私は、初めて思った。こんな力なんていらない。「普通の恋心」なんて世界の法則のうちにくくってしまえないものかもしれないけれど、自然な恋すら許さない力は、私の中にはいらない。

 理性と感情が初めてせめぎあった。いままでは自分の能力のおかげで、理性の力が圧倒的で、感情が負けることなんてなかった。

 「本当に『ふさわしい人』と恋愛をしなければならないのか?」灰色に染まった私の理性に、そんな疑問が浮かんだのは、まさしく感情の強い揺らぎのせいだった。


 ――僕は思う。自分の力ではどうにでもできないものがあるということに。

 分からないのだ、自分が彼女に何をしてあげられて、自分は何をすべきで、自分がどうあるべきなのか。

 同じような中身の悩みが幾つか上がったが、僕の頭に強く残り続けるのは「彼女」のことだ。

 彼女は僕の理解を超えた存在だ。「取引」という言葉を使った彼女の意図、なんとか僕が信じ込んでいる「告白」の言葉。

 僕が彼女のことを何もかも理解できないように、自分の気持ちさえも、よく分からなくなっていた。

 いつの間にか答えを先延ばしにしていた告白のせいで、よくわからないわだかまりが僕の心に残り続けた。そうして僕の心だんだんと見えなくなっていった。

 もし自分の感情とか行動を自由にコントロールできる能力があったのなら。僕はどこまで考えても分からないこの問題に頭を悩ませることはなかった。そんなくだらないことを考えてみたところで、僕は改めて彼女の顔を思い浮かべた。

 分からない。僕は自分の理性を使って何をすべきか考えた。それでも、答えは見えてこないのだ。

 そもそもどうして僕は彼女に頭を抱えているのか。その必要があるのか。本当に何もかもが分からず、ただ行き交う車を眺めていた。




 二人は歩道橋の真ん中の方へと足を進めると、お互いの姿を認めた。

 一人は相手の姿を見て胸を高鳴らせ、もう一人は相手の声を聞いて視界が開けた。

 同じようで違う二人は、そこで再び邂逅した。

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