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純情男子

 私はいわゆる優等生である。この高校はそれなりの進学校だが、私はテストでは上位をとり続けてきた。

 今となってはこれも私の完璧キャラの演出のひとつなのかもしれないが、成績に関してだけ言えば私は特別な勉強をしていたわけでもなく、たまたま最初から成績が良かったのだ。

 私は進学校の生徒だから高校の勉強の先には大学という、教育ではなく学問の世界があるのは分かっている。でも私はそんなところには全く興味が無かった。ただ自分のイメージ作りのために勉強をしている。つくづく自分のことを打算的な人間だと思う。

 けれども一度始めてしまったことというのは意外とやめるのが難しい。ことに勉強は、親だとか先生とか周りの生徒から受けるプレッシャーというのも大きくて、やめるわけにはいかなくなるのだ。

 できることなら勉強なんてしたくないし、早く学校から解放されて自由になりたい。現実の話をすれば、進学せずに就職してしまいたい。

 でも私もバカではないから、もちろん分かっている。勉強以外にたいして能力もない私が生き残れるほど、社会は甘くないということを。体育とか美術の成績は例によって良いのだけれども、そんなものは専門家になりでもしない限り役に立たない。

 要するに私は、モラトリアムを得るために学校に通っているのである。


 白紙の進路希望調査と五分くらいにらめっこをした後、とりあえず自分の名前だけを書いた。

 そして「滝沢結衣」という文字列をさらに五分くらい見つめたのだが、一向に良いアイディアは出てこない。

 初めは進路は無難に大学進学で、適当に地元の国立大の名前でも書こうと思ったのだが、それだと担任には「もっと良いところに行けるはずなのに」だとか言われてしまうのだろう。建前では大学は偏差値じゃないなどと言うものの、結局のところ学力基準で教師は大学を勧めてくるのだ。

 それじゃあ最難関大学の名前を書いておこうかと思ったが、それはそれで私はギリギリの学力なのでプレッシャーをかけられそうだ。

 これ以上悩んでも仕方がないだろう。私はスタンドの電気を消して眠りに就いた。

 布団を被ってみたが、一向に眠くはならない。冴えた頭で「二週間後に模試があったな」なんて考えてみた。それが何というわけでもないが。

 本当は、問題は進路のことだけじゃない。私が思っている「エイくん」のこともあった。

 進路と恋の二つのものから分かれる枝葉は増え続けて、私はもう自分の悩みの全容が分からなくなりかけていた。だから、今は何かを考えことをしていて眠れないのではなくて、何から考えればいいかすら分からないほど頭が混乱していて、眠れないのだ。


 朝の訪れを告げたのは太陽の日差しではなく目覚まし時計だった。

 布団から出た私が耳にしたのは激しい雨音だった。梅雨にしてはまだ時期が早すぎる。なんのことはない、ただの寂しい雨天だと思いながら、朝食をとって身支度を整えた。

 確かにこの雨音はうるさい。けれどもそれは、 他の音を打ち消してしまう静寂の象徴でもあった。


 朝学校に着くとエイくんが私に「おはよう」と言ってきた。私は笑顔を作って挨拶を返した。

 この頃はエイくんとは挨拶ぐらいしか交わしていない。何かしらのイベントがあれば、私に限らずエイくんも積極的なのだ。でも、こういった何もない日にはお互いの内向的な性格が表れるのだった。

 あと数日もすれば、面談がある。進路希望調査の提出期限は明日なのだが、私はまだその紙を書き上げていない。休み時間もずっとどうしようかと考えていたくらいだったが、四時間目が終わって昼休みが終わったあたりでこれ以上悩んでも無駄だと思い、適当に難関大の名前を書いておいた。

 次の日、私は期限ギリギリでその紙を提出した。そして面談の日、初日に割り当たっていた私は図書室で一時間位時間を潰してから、教室に向かった。

 

 二年教室がある二階廊下は厳粛な雰囲気で、息が詰まるような気持ちがした。二のAの教室の前に置いてあった椅子に腰掛けていると、前の生徒が後ろの扉から出てくるのと同時に、担任の先生が前扉から私を呼んだ。

「滝沢結衣だね。入って。」

 担任の先生は男なのだが、何を考えているのか分からない感じがして、私は少し苦手だった。

 机を寄せ集めただけの面談席に座ると、担任はいくつか資料を出してきた。

 何の事はない、私のいままでの成績と、先日提出した進路希望調査である。

「志望大学は難関だけど、結衣の学力なら狙えないこともないだろうね。」

 担任はいきなり本題を持ちかけてきた。確かにこの面談というのは実質大学進学のアドバイスではあるのだが、普通はもう少し軽い話題から入るものだろう。部活がどうだとか、この行事がどうだとか、委員会の仕事がどうだとか。

 まあそもそも一年生の時から優等生ではありながら、面倒な仕事は回避してきたのでそんな話題は膨らまないのかもしれない。

「結衣は大学に行って何かやりたいことはあるのか?志望学部は書かれていないみたいだけど。」

「まあ、まだ色々考えている途中です。」

 無難な返事を返しておく。

 実のところ私には、大学で学びたいことはおろか将来の夢も全くないし、ただ刹那的な生き方をしているだけの人間なのだ。

 面談はその後すぐに終わった。担任から言われたことは要約すれば「勉強を頑張って」というくらいだろう。そもそも私は優等生だからいちいち何か釘を差しておく必要もないだろうし、放っておくほうが確かに楽だ。

 あとは一応五月の模試の話もされた。この模試は志望校の判定も出るらしいから、一応それなりに勉強はしておこうと思った。

 優等生とは言え、私はそこまで勉強時間が多いわけではない。もちろん授業は一度も休まずに受けているが、家庭学習時間で言えば少ないほうだろうし、塾にも通っていない。

 なぜ勉強をあまりしないのかというと、そのことにあまり価値を感じていないからだ。定期テストで上位をとるためなら、直前にちょっと勉強するだけで私は充分だ。


 久しぶりに勉強をしようと決意して、いいアイディアを思いついた。エイくんと勉強会をしてみよう。

 次の日の朝、いつものようにエイくんと顔を合わせると、私はすれ違いざまに言った。

「今日、勉強会しない?」

 そういえば私とエイくんの関係は何度もクラスメイトに邪推されているのだが、最近は私とエイくんが話していても特に何か言われることもなくなった。みんなの目も慣れたのだろう。まあ、それでもおそらく私達はカップル予備軍として扱われているのだろうが、あながち間違いではないから文句は言わない。

「どうしたんだ?突然。」

「いや、五月の模試もあるし、いい機会だから勉強しようかと思って。」

「滝沢は一人で黙々と勉強しているタイプだと思っていたんだけど。」

「そもそも自主学習なんてたいしてしないわよ。」

「へぇ、それで成績いいのか、意外。」

「それで、やる?」

「いいけど、どこでやるんだ。」


「私の家とか?」

 とりあえず時速百五十キロくらいのストレートを投げてみる。

「ああ、お邪魔してもいいなら。」

 ……どうしてだろう、全く動揺がない。

「えっと……まさか本気でそのつもり?」

「まあ、滝沢がいいならな。」

「ええと、そういうつもりなの?」

「そういうつもりって?勉強はしてもいいとは思っているけど。」

 この男、どうやら本気でわかってないようだ。

「あのね、女の子の家に行くっていうことは――」

 そして私は耳打ちでその意味を教えてやる。――教えようと思うのだが……

 なんと言ったものか。

 と言うか、意味をエイくんが理解したら、私は恥ずかしいことを口にしたことになってしまうのではないか。

「ええと」

 私はエイくんの耳元で言い淀んでいるところなのだが、傍から見れば何か勘違いされてしまいそうだ。

 そうこうしているうちにエイくんの耳が少し赤くなってきた。少し得意になった私は、その勢いで「意味」を教えることにした。……本当は、教えないほうが良かったのに。

「エッチな事をするっていう意味なの。」

「へ?」

 そうしてエイくんの耳が今度は真っ赤になった。

「つまり?」

「うん、どうしたの?」

「僕が滝沢とエッチなことをするってことかい?」

 予想外の反応に私は驚いた。

「あの……エイくん、冗談って知ってる?」

「え、あ」

 エイくんは恥ずかしそうに顔をそむけた。

「その、私は冗談で言ったつもりだったんだけど、エイくんがすぐに理解してくれないから……」

 ……恥ずかしいことになったのだ。すぐに理解してもらえれば、エイくんがあたふたしているのを見て楽しめたのに。

「そんなこと言われても分からないよ……」

 本気で分からなかったと言っているのか。一般的な男子高校生としてはある意味レアなのではないか。

「普通は分かるの!勉強不足だ!」

 確かにそんなことは学校では勉強しないけれど。

「いや、分からないって。」

「百人高校生がいたら百人知ってるって!男女も問わない!」


「おや、朝からアツアツだね~お二人さん。」

 翡翠咲が教室に入ってきて言った。咲は最近では二人揃っているときもこのネタでいじってくる。否定はできないけど。

「そんなんじゃない!」

 久しぶりに二人で口を揃えてこのセリフを口にした。

 すると、エイくんが口を開いた。

「翡翠さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」

「な~に?彼女さんの前で私に恋愛相談かな~?」

 相変わらず私たち二人の前では咲はテンションが高い。

 というかちょっと待て。まさかこの男はさっきの話のことを聞こうとしているのではないだろうか。

「エイくん、ちょっと待ってもらえる?」

「どうしたんだ。」

 咲は会話を遮られて少し悲しそうな顔をしているが気にしない。

 私は咲から背中を向けて、エイくんの体も無理やり回転させて、私たちはヒソヒソと話をする。

「まさかとは思いけど、さっきのことを聞こうとしてた?」

「そのつもりだったけど。」

「……私の話聞いてた?」

「だから」

 今度は彼が私に耳打ちする。

「エッチなことをするって意味だって、言ってたよね。」

 突然恥ずかしいことを言ってきた彼から、私は顔をそむけた。

「だ、だからそんなこと人に聞けないでしょ!」

「あ」

 彼もまた、恥ずかしそうに俯いた。


「え、どうしたの、二人とも~」

 興味津々にそんなことを尋ねてくる咲を横目に私たちはただひたすら俯いていた。

 改めて気づいた。私が好きになったらしい男は、やはりどこかおかしい。


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