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桜坂東高校体育祭 前編

 ブラインドから入ってきた春の暖かな日差しを浴びて、今日も一日を迎えた。部屋のカーテンを開け、明るい日光を取り入れる。美しい小鳥の声に耳を澄まして、ほんの小さな雲の、隙間から見える空の青を眺め、その後少し遠くに見える高架の道路に流れる車を見た。

 朝の明るい春は好きだ。目を覚ましてもまだ夜かと勘違いしてしまうような、冬の朝の閉塞感は一日の始まりに似合わない。

 四月ももうすぐ終わろうとしている。桜の話題はもうめっきり聞かなくなった。

 そういえば、滝沢を花見にでも誘っておけば良かったかなと思ったが、新学期が始まってすぐのあたりで見ごろになるこの辺りの桜は、僕たちにとっては都合が悪かった。

 

 乗り込んだ電車はあまり混雑していなかった。早い時間帯だから当然と言えば当然なのだが、新学期だからと張り切って早く学校に来る学生が少なくなったからだろうか。

 今日は制服のブレザーが暑く感じるほど陽気だった。ついこの間までは厚手のコートを着ていた気もするが、季節の流れは案外早いものだと感じた。

 教室に入ると、いつも見慣れない顔がいた。

「やあ英雄、君はいつもこの時間に登校しているのかい?」

 相手は一年の時のクラスメイトの幸谷こうたに明夫あきおだった。


「おはよう明夫、確かに僕は毎日この時間に来ているよ。」

 いつも早く登校する人というのは、同じタイプの人以外には案外分からないものだ。

「へぇ、意外と早い時間に来てるんだな、勉強でもしてるのか?」

「まあ、そんなところかな。」

「明夫こそ、今日はやけに早いじゃないか。何かあるのか?」

「ああ、今から体育祭実行委員の集まりがあってね。」

「ああ、もうそんな時期なのか。」

「とりあえずやる種目のアンケートは取り終わったから、今から集計するんだ。」

 桜坂東高校の体育祭は準備期間こそ短いものの、エンターテインメント性が強く結構盛り上がる行事だ。種目は完全に生徒からのアンケートによって選ばれ、大抵は球技種目がメインとなる。

「それで、今年はどんな種目になりそうなんだ?」

「僕はこのクラスの分しか見てないけど、男子だと卓球が多かったかな。あとは定番のサッカーとかそのあたりかな。」

 種目は例年男女それぞれ三種目ずつで行われ、全学年二十四クラスで優勝を争う。

 体育祭で卓球というのも珍しい。卓球はクラス対抗の団体戦トーナメント形式になっている。去年の例で言うと、卓球は卓球部のエントリーに制限がかかっているので、意外と接戦になって盛り上がる種目だ。

 サッカーなどの種目だと特にエントリー制限はつかないので、部活でやっている人がチームを引っ張る形になるのだが、やはり未経験者も多く、実力が拮抗するのでこれも結構盛り上がる。

「女子だとドッチボールとかバレーとかが多かったけど、もう一種目は色々案があったからどれになるか分からないかも。」

「でも、女子の方はこのクラスもどこかの種目で優勝するかもね。」

「どうして?」

「君も知っているだろ、うちのクラスには滝沢さんもいるし、他の女子も運動部が多いんだ。」

「ああ、そういえば滝沢は去年の一年生ヒロインか。」

 

 ヒロインとはこの高校独特のもので、各競技で学年ごとに一人ずつ投票で選ばれる。

 ヒロインもしくはヒーローに選ばれた人は、閉会式で一人一人インタビューを受ける。プロ野球のヒーローインタビューをもじったものだ。

 正直なところ投票だと知名度がある人が圧倒的に有利なわけだが、企画としてはそこそこ盛り上がっており、毎年続けられている。

 滝沢は、去年バレーで一年のヒロインに選ばれたのだ。

 ……未経験ながらプレーも素晴らしかったものの、やっぱり美少女ゆえの知名度が大きかったようだ。


「というか、君は滝沢さんと仲が良いのにそんなことも忘れていたのか?」

「ま、まあ仲は良い……のかなあ。」

「まあとにかく、僕らも体育祭頑張ろう。女子は結構有望なわけだし。」

「と言っても僕は、スポーツは苦手なんだよ……」

「最初から諦めるなって。球技なんて何が起こるか分からないよ。」

「まあ、そうかもね。」

 すると、翡翠が教室に入ってきた。

「おはよう、英雄くん、明夫くん。」

「おはよう。」

「おはよう、翡翠さん。」

「おっと、もうこんな時間か、僕は実行委員の仕事に行ってくるから。」

「おう、頑張れよ。」

「頑張って~」


「明夫くんって確か体育祭実行委員なんだっけ?」

「うん、そうだよ。」

「もうそんな季節か~ついこの前まで冬だった気がするな~」

「最近暖かくなったよね。」

「あ」

「あ?」

「そういえば、結衣とはあの後どうなったの?デートした?」

「いや、デートはしてないって……」

「それでも、問題は解決したの?」

「まあ、なんとか。」

「ふーん、じゃあ詳細は結衣から聞いておくから。どんなドキドキイベントがあったのかな~」

 あったことは否定できなかった。僕はただ苦笑いをした。

 翡翠は優しいけど、こういうところは少し苦手だ。


 そうこうしていると、滝沢が教室に入ってきた。

「おはよう、滝沢。」

「おはよう、エイくん。」

 今日の滝沢は普通だった。僕をからかいにくることもなかった。

 僕は例のごとく人に話しかけるのが苦手なので、大人しいバージョンの滝沢とは一日会話を交わさなかった。

 これはこれで少し残念な気がした。まあ元々滝沢は学校では大人しかったが、なんとなく寂しく感じた。……別に振り回されたいわけではない、多分。

 カーテンから明るい日差しが差し込む教室では、ゆったりとした時間が流れた。

 何事もない平穏な一日。一つ特別なことは、体育祭の準備が始まることくらいか。


 昼休みになって、僕は静斗の席に行った。

「今日は僕弁当ないんだけど、食堂に行かないか?」

「ああ、ちょうど俺もそうだったんだ、行こう。」

 授業は早めに終わったので、食堂の席には大分空きがあった。

「今日は空いてるな、エイ。」

「ああ、そうだね。」

 僕は日替わり定食、静斗はその大盛りを注文した。

 人が少ないおかげか、料理が出てくるのは早かった。僕たちは取っておいた席について昼食をとった。

「エイ、次の時間ってなんだっけ。」

「確かホームルームで体育祭の話合いじゃなかったか?」

「あ、そうだったっけ。」

「静斗、決まった種目って教室に掲示されてたっけ?」

「ああ、確かに張ってたぜ。」

「確か、卓球、サッカー、バスケだったぞ。」

「まあ、定番だな。」

「静斗は何の種目に……ってそりゃバスケか。」

「ああ、もちろん。」

「それでさ」

「ん?」

「エイはどの種目に出るつもりなんだ?」

「うーん、どうしようかな。」

「俺からの提案なんだけど」

「エイもバスケに出ない?」

「は?」

 さっきは悩んだ様子を見せたのだが、本当は僕みたいな人間は卓球一択なのだ。

 スポーツが苦手な僕にサッカーやバスケは根本的に向いてない。

「静斗、僕がスポーツ苦手なのは知ってるよね?」

「もちろん」

「でもな、バスケって結構ギャラリーがいて盛り上がるんだぜ?」

「ほら、地味な卓球なんてやらないで。」

 ……それは卓球勢に失礼じゃないのか。

「まあ、静斗が言うならやってもいいけど……僕は戦力にはならんぞ?」

「大丈夫、俺がカバーするからさ。」

「はぁ……」

 こうして僕はなぜかバスケにエントリーさせられることになった。

 教室に帰ると、皆体育祭の種目の話で盛り上がっていた。


 昼休みが終わって、五時間目が始まった。

 すぐに実行委員の明夫と女子一人が教卓に出てきた。

「それじゃ、今から体育祭のエントリー種目決めまーす。」

 ……明夫は実行委員とはいえ、元がフランクだから軽い感じで進めている。

「んじゃまず男子だけど、バスケやりたい人~?」

 ぽつりぽつりと手が挙がる。右手を高く上げた静斗は、僕の方に目配せしてきた。

 仕方なく僕も手を上げてやることにした。

「一、二、三、……あれ、一人多いな。」

「六人までしか入れないんだけど、一人抜けてもらえる?」

 スタメン五人とベンチが一人か。……おそらく僕はチームに入っても補欠だろうが。

 というか一人抜けるなら僕が抜けてもいいんじゃ……

 と思っていた矢先、別の男子生徒が「僕抜けます。」と手を挙げていた。

 僕が静斗の方を見ると、静斗は僕の方を見ながら笑ってきた。

 ……どうやら僕はバスケから逃れられないようだ。

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