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不器用な二人

 善は急げ。翡翠に滝沢のことを相談した僕は、その日の放課後に、早速滝沢に話を持ちかけてみることにした。

 昼休みが明けると、天気は晴れた。実際には雲の隙間から太陽が少し顔を覗かせていただけだったのだが、僕に勇気を与えるには十分な変化だった。

 いつもは単なるバックグラウンドミュージックにしか聞こえない授業も、今日は僕の耳によく入ってきた。

 今僕が抱いているのは、緊張感ではなく期待感だ。僕は誰かが自分を励ましてくれることが、こんなにも力になるとは思っていなかった。


 例のごとく帰りのホームルームが終わった。滝沢の表情は相変わらず暗く、すぐにでも家に帰ってしまいそうな勢いだった。

 掃除の時間になり、教室の前の方に机を運んだ僕が後ろをふり返ると、既に後ろの方で滝沢は荷物を持って帰路に就こうとしていた。僕は教室を去ろうとする滝沢を横から呼び止めようとした。

 しかし滝沢の歩く速度は意外にも速く、僕は滝沢の背後を追いかける形になってしまった。

 そして僕は慌てて身を乗り出し、彼女の右腕を掴んで引きとめた。


「え?」

 滝沢が驚いた声を出して、僕の方へ左側にふり返った。

 ……そういえば恋愛心理で、呼び止めて左にふり返ったら脈あり、右にふり返ったら脈なし、みたいなことを聞いたことがあるのだが、あれは本当なのだろうか。もし本当なのだとしたら、彼女は僕に本当に好意を抱いているということだろう。

 なんてくだらないことを考えて勝手にドキドキしていたが、滝沢を呼び止めたのは僕なのだから僕が要件を述べないといけない。

「え、えっと……」

 腕を掴むという大胆な呼び止め方をしてしまったが、僕は元来人に話しかけるのが苦手な人間なのだ。滝沢の整った顔を改めて見せられて少し緊張していた僕は、思わず意味不明なことを口走ってしまった。


「今日、会おう。」

 たった今会っているではないか。

僕は「話したいことがある」とか「相談したいことがある」といった思わせぶりなセリフは口にできなかった。その代わりに、意味の分からない言葉を発したのだ。

 これを聞いた滝沢は笑った。あのとき涙を流してから、初めての笑顔だった。

「分かった。それじゃ『会おう』か、エイくん。」

「ありがとう。とりあえず僕も荷物取ってくるから。」

 そして滝沢の近くから離れると、僕はクラスメイトからの視線を感じた。この地味なクラスメイトの斉田英雄が、クラス一の美少女たる滝沢の腕を掴んだのである。それだけでも驚くには十分だ。

 静斗も他のクラスメイトと同じように驚きの目で僕を見ていた。

 しかしただ一人だけ、翡翠はニッコリと僕の方へ笑いかけてくれた。滝沢と同じ空間にいる僕は、翡翠に笑顔を返して良いのか迷い、中途半端な表情を見せてしまった。


「それで、今日の面会場所はどこにするのかな、私の彼氏さん。」

「彼氏じゃない!」

「え?咲ちゃんは私とエイくんは恋人みたいだって言ってたよ?」

「これで三角関係成立だね。」

 滝沢は相変わらずで、僕はとても安心した。

 まるで滝沢が昨日涙を流したのは嘘のようだ。

「僕は翡翠と関係持ってないから。」

「ええー。今日の昼休みにおしゃれなところで楽しく談笑してたくせに~」

 まさか、滝沢にバレていたなんて。

「な、なんで知ってるんだ?」

「あれ、言ってなかったっけ?あなたのことはリサーチしてるって。」

「ちょっと待ってそれ今でもやってるの?」

「もちろん、エイくんは私の好きな人だって言ってるでしょ?」

 昨日の一件があったにも関わらず、彼女はいつものように照れくさいセリフを口にした。


 こうやって流れる時間は嘘のようだ。そう思った。

 でも、僕は現実からは目を背けられない。

 本当に嘘なのは、今こうしている瞬間のことではないのか。つまり、今滝沢が僕に見せている姿が、虚構なのではないか。

 僕にはあの涙が嘘だとは思えない。滝沢は今、本当の気持ちを隠している。涙を見せたくなるような気持ちこそ、本心である。そう確信した。


「それで、咲ちゃんとは何を話してたの?」

「別に、他愛もない世間話だよ。」

 苦しい言い訳だったが、滝沢のことを相談していたと打ち明ける勇気は僕にはなかった。

「そんなことないでしょ。」

「エイくんはなんの用もないのに、女の子と一緒に昼食をとるようなことはしないはず。」

 ……その通りだった。僕はそういう人間だ。

 そして僕には、滝沢の口ぶりが僕を咎めているように感じられた。

 もちろん僕の気のせいかもしれない。でも、一度滝沢を傷つけてしまったという負い目を感じている僕の心には、その言葉は刺さってしまった。


「ごめん、滝沢。」

「僕は君に嫌な思いばかりさせてしまった。だから、ごめん。」

 僕の本心から出た謝罪の言葉だった。それ以上気の効いたことは僕にはできなかった。


「謝らないで。」

「え?」

「謝っちゃ駄目。」

 僕たちは昇降口の前で足を止めた。

「エイくんは悪くないの。」

「悪いのはすべて私、自分の本当の想いに、素直になれない私が悪いの。」

「滝沢……」

「分かってる、自分では何が悪いのか。」

「エイくんのことが本当に好きなのに、余計な照れ隠しをして、あたかもエイくんのことを弄ぶかのように振舞って、それでエイくんの心を乱して。」

「それでエイくんがわざわざ私の気持ちを勇気を出してもう一度聞いてくれたのに、私は情けない涙を流して突然逃げて。」

「それで…それで……」


「そうか。」

 僕は滝沢の言葉をさえぎった。

「そんなに言うなら、今回の件は君『も』悪いかったことにする。」

「でも」

「僕たちはお互いに不器用なんだ。だから、僕にだって悪いところはあった。いや、むしろ僕の方に非があったと思ってる。」

「でもそんな不器用な行動だって、お互いに悪意を持ってしたわけじゃない。」

「だから」

「今回は不器用なお互いを認め合う、それだけで充分なんじゃないかなって思うんだ。」

「エイくん……」

 滝沢の目は潤んでいた。

「ありがとう……好き」

「遊びとか、そんなことじゃない。本当にエイくんが、好き。」

 そう言って滝沢は僕の胸に飛びついてきた。

 ここは昇降口だ。まだ放課後になったばかりなので、それなりに人目もあるはずだった。

 でも僕はそんなものを気にしている余裕はなかった。

 

 「好き」、その言葉は、一番初めに出会った時の告白よりも重く感じた。

 そんな言葉の余韻に浸っていると、ふと滝沢がしてきていることの恥ずかしさに気付いた。


「そ、その……流石にこれはちょっと恥ずかしいかな……」

「駄目」

「今私がエイくんから離れたら、涙がこぼれちゃう。もう無様な姿は見せたくないの。」

 少し声を震わせながら滝沢が言った。

 だから、僕は続けてとも止めてとも言わないことにした。


 一つ言い忘れていたことを思い出した。

「もう一つ、言っておきたいことがあるんだけど、いいかな。」

 滝沢は僕の胸の中で小さくうなずいた。

「僕は」

「滝沢の気持ちを受け止める。もう二度と滝沢の気持ちを疑わない。」

「ありがとう」

「私も、一つ聞きたいことがあるんだけど良い?」

「なんなりと。」

「咲とは何を話してたの?」

「滝沢のことを相談してた。滝沢は良い友達を持ったね。すごく勇気づけられた。」

「その」

 滝沢は僕の胸にうずまっていた顔を上げた。互いの目と目が意外に近いところにあるのに驚き、滝沢は顔を赤くしていた。……おそらくは、僕も。


「咲と仲良くするのはいいけど、ちょっと嫉妬しちゃうかも。」

「ごめんなさい、どこまでもわがままで、私。」


「ごめんね、焼きもち焼きの滝沢さん。」

 たった今僕は、滝沢のことを本当の意味でかわいいと思った。


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