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ドキドキは突然に

 僕が滝沢に、

「喫茶店にでも行こうか。」

とさりげなく言うと、彼女はとても驚いた顔を見せた。

「え?エイくんそんな場所知ってるんだ。」

 ……いくら地味だからとはいえ、僕が喫茶店を知らないというのは失礼すぎないか。

「僕はそんなにセンスのない人間になった覚えはないよ。」

「あちゃ~」

 彼女はわざとらしく頭を抱えた。

「私の自意識過剰が移っちゃったか~これは手を焼くなぁ……」

「うん、とりあえず色々ツッコミたいところあるんけどいいかな?」

 第一に滝沢が自分を自意識過剰だと認識していたということ。ただこの人の場合は、本当にハイスペックだったりするのが気に食わない。

 第二に僕が「喫茶店というものを知ってる」と主張しただけで自意識過剰認定されたこと。

 第三に滝沢が僕の育ての親のように振舞っていること。

「却下の方向で。」

 まあ僕も厄介事を増やしたくはないのツッコミはやめておいた。


 そんなこんなで僕達は喫茶店に着いた。

「ふぅ~疲れた~」

「何も疲れるようなことはしてないでしょ。」

「運動全般全然できないのに長距離走だけできる体力バカと、か弱い女の子の私を比べないでもらえる?」

「なんか今日毒舌すぎない?」

「愛情の裏返しよ。」

 ……その愛が本物かどうか、僕も疑っているのだが。

「それで、本題なんだけど……」

 唐突に真剣なトーンで話し始める滝沢に、僕は息を呑んだ。


「何の話だっけ?」

 ……お店の大きな椅子でずっこけるのは危ないのでやらないが、本心はそのくらいのリアクションをとりたいところだった。

「ええと、滝沢が調子に乗りすぎてクラスメイトの注目の的になった話。」

「ああ、良いんじゃない。冴えないエイくんにも好都合でしょ。」

「どこがだ!」

「いやー、やっぱりエイくんを本気で愛してる私は満更でもないんだけど。」

 さらっと愛してるなんて言ってくる辺りが滝沢の怖さだ。それが本当かどうかは分からないが。

「そうじゃなくて、滝沢って言ったらクラスメイトにとっては高嶺の花みたいな存在なんだから……」

 本当はもっと悪意のある表現をしたかったのだが、僕には浮かばなかった。

「えっ?……普通に嬉しい。」

 素直なのか素直じゃないのか分からない返事をしながら、滝沢は少し頬を赤くした。

「たわけたこと言ってる場合じゃない。」

「滝沢のいままで築き上げてきたイメージが崩壊するんだぞ、それでもいいのか?」

「まあ、エイくんのためならいいかなって。」

 そして滝沢はわざとらしく自分の顔を両手で覆って、僕をおちょくった。

 ここまで言われてしまうと僕はどうしようもないし、よく考えてみるとクラスの中でのイメージなんてどうでもいいのかな、と思えてきた。

 しかし滝沢と僕について良からぬ噂が立つのは、やはり放っておけない。

「でも僕たちのことがクラス内で噂されるのは嫌だぞ?」

「それじゃいっそのこと本人公認にしちゃえば?」

「そんなことできるか!」


 やはり滝沢と二人きりになるのは危険である。


 結局滝沢にはこの件ははぐらかされてしまい、いよいよ僕の高校生活も波乱の幕開けかと思った。……既に始まっているのかもしれないが。

 もう僕は運命を受け入れることにした。


 喫茶店を出ると、滝沢は僕にこんな風に言ってきた。

「それじゃあ下校デートの一環で私をどこかに連れ込んでもらえない?」

「『連れていく』ならオッケー出すが『連れ込む』ことはしないよ?」

「えー、残念。」

「今日はおとなしくこのまま帰らせてくれ……僕も疲れた。」

「へぇ、体力バカも疲れることあるんだぁ。」

「精神的にだよ!」

 

 今日の滝沢は暴走気味だった。それがいつも通りと言えばいつも通りだ。でも、僕はこの滝沢の態度のせいで、余計に不安を感じることとなった。


 僕は不安に駆られて、ある行動に出た。


「滝沢、話があるんだけど。」

「ん?どうしたの急に改まって。告白なら大歓迎だよ。」

 やはりこの態度では僕の心が落ち着かない。どうしても気になってしまうことがある。僕の胸は高鳴った。


 そして、僕はその言葉を口にする。告白よりも恥ずかしい質問を。


「滝沢は、僕のことが好きなのか?」

「えっ……?」

 滝沢は、その時突然様子が変わった。足元の歩道のタイルを見ながら、もじもじとした。

「僕は滝沢が僕のことをどう思っているのか知りたい。滝沢の本心は、不器用な僕には読めない。だから言葉で教えてほしい。」

「だから……ずっと言ってきた通りだって。」

「それじゃあ、そのことをもっとはっきりと言葉にしてほしい。」

「はっきりって……私はエイくんが好き。」

 滝沢の顔は真っ赤だった。聞いている僕まで恥ずかしくなっていた。

 でも、その言葉は本心から出たものではないように、僕には聞こえた。

「本当かい?」

「え?」

「それは本心から思っていることなの?」

 どこか威圧的になってしまったが、僕には優しい気遣いなどできなかった。

「そりゃ……」

 滝沢は逡巡して、僕から目を逸らしながらこう言った。

「本心だけど。」


 それでも僕には、その言葉がどこか濁ったものに聞こえた。

「滝沢。」

「ふぇ……!」

 滝沢は僕の真剣な声に少し驚いていた。

「滝沢が取引を持ちかけた理由は、僕には分からないんだ。」

「君は僕のことが好きだと言ってくれる。」

「でも僕は君の態度を見ていると、それが本当なのか不安になるんだ。」

 滝沢はただ黙っていた。

「こんなことを聞くのは僕のわがままだって分かってる。」

「僕はもし単なる君の遊び相手にすぎなくても、僕はそれを受け入れる。」

「だから、君の本当の気持ちを教えてほしいんだ。」


 滝沢の答えは意外にも早かった。

「好き、エイくんのことが恋愛的に好き。」

 と言うと、彼女は涙目になった。

「この気持ちは本当なの、でも、不器用な私は、この気持ちと向き合えなくて。」

「私は、いっつも変な態度をとっちゃうの。」

「私の言葉なんて信じられなくても当然だよね、本当、ごめん。」

 

すると滝沢は後をふり返って走り出した。


追いかけるべきだった。


滝沢に、何か気の利いた言葉をかけるべきだった。


なのに、僕はそれをしなかった。


 つくづく自分がダメな男だと思う。いざとなれば、本当の人間力というものが滲み出てしまうのだ。

 すぐに僕が足を踏み出していれば、滝沢を追いかけるのは簡単だった。でも僕にはそれができなかった。

 僕はただそこに立ちつくした。

 滝沢が振り向くと同時にこぼした涙の粒が、僕の目に焼き付いていた。


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