第3話 王との謁見 その3
開かれた扉の中に、シビアナとその後ろにはイルミネーニャの姿があった。二人はお辞儀を終え、
「失礼致します」
と、シビアナがそう言ってから、足を前へと進める。そして、パデューカムの手によって、扉が静かに閉めれらた。
二人のその顔を見れば、シビアナは普段通りなのだが、イルミネーニャが少しだけ違う。俯き加減で不安そうな面持ちだった。ああ、ササレクタの事が気掛かりなのかな? この子も心配していたし。
「二人とも、よく来た」
父様の声が、後ろから聞こえた。機嫌が良いのを抑え込んだような声だ。振り返っていた体を戻すと、父様が胸の前で腕を組んだまま、険しい顔をしている。…………。こういう時って、声だけの方が分かりやすいんだね。
先に聞いていたから、その険しい顔も無理矢理抑え込んでいるだなと、どうでもいい事を察してしまった。気配り王女を目指していると、こういった些末で碌でもない事さえ、拾ってしまえるようになる。極めて遺憾な弊害だ。
左右にいるクロウガルとステライは、素直に笑顔でお出迎え。父様もこうやって素直になればいいのに。
軽くでね? 軽くで良いのよ。口を閉じたままで、軽くその端を「にっ」て感じで広げればいい。
歯は見せちゃ駄目。それで笑うと、獰猛な獣を髣髴させてより怖いからね。食べられそうでさ。まあ、私たちは慣れてるわけだし、それでも全然良いんだけど。
「さて。では、お前たちへの用事を済ませよう」
父様は、二人を座らせることもなく、組んでいた腕を解いた。用事? 襲撃の事か。なら、座らせなさいよ。立ち話でする様なもんじゃないでしょうに。そう注意しようとしたが、その前にステライが口を開いた。
「あら、イルちゃん。どうしたの?」
イルミネーニャの様子に、彼女も気付いたようだ。これで、シビアナと爺がこの子に顔向け、先生が体を振り向けた。そして、父様が訝しげに眉を片方だけ顰める。
「む? どうした、イル?」
「あ、いえ。えっと……」
パデューカムの時の様に、読み違いでないのだとしたら。まあ、聞き難いわな。事件が事件だ。この子も、結構重い罪になるんじゃないかって考えちゃってるだろうし。でも、さっきの話だけじゃあ、そう考えるのも仕方がない。私だって同じだったからね。
「ほら、ササの事ですよ。だろ? イルミネーニャ?」
聞き難いなら私が代わりに。だが、違ってたらいけないので、もう一度振り向いて確認した。
「う、うん……」
やっぱり。かなり関心もあるようだ。落ち着かない様子で何度も頷いている。ササレクタの事は、後で私に聞けばいい。けど、それでも心配だったから、早く知りたかったのだろうね。
「ああ、それか。大丈夫だ、イル。大した事ではない」
「そうですか……」
父様に納得したような返事をするが、その声から暗さが抜けない。不安げな表情も残ったままだ。これは、納得しきれてないか。けど、問題ない。きちんと説明を受ければ、私と同じようにすぐほっとするさ。
「イルちゃん、心配しないで」
ステライが微笑みながら言う。
「はい……」
「さっきのはね、陛下と姫様の喧嘩みたいなものだから」
これを聞いて、イルミネーニャが目をぱちくりとする。いや、だからさ。そういうの挟まなくていいから。さっさと、きちんとした説明をしなさいよ。
「え? そうなんですか?」
答えたその声から、急に重々しさが抜けて軽くなった。へ?
「ほっほっほっ! うむ、そうじゃよ。いつものあれじゃ」
さらに爺がそう言うと、今度は体の緊張が無くなる。そして、
「はあー……、何だ。それなら良かったです」
溜まった息を吐き出し、不安だった様子も嘘のように明るくなった。
どういう事? それで、払拭されちゃうの? 何なのよ、その晴れ晴れとした顔は……。ていうか、私たちの喧嘩って、どんな感じで見られてんの? 他の皆にも聞いてみたいんですけど。
『…………』
体を戻すと、再び父様と視線がかち合う。そして、気まずくなって、すぐに私は顔を逸らした。同時に父様も逆向きへと逸らす。そして、厳ついながらもバツの悪そうな表情をしたまま、口許に握り拳を当てた。
「ん゛っん゛ん! まあ、それよりもだ、イル」
「は、はい!」
「取り敢えず、お前はそのままそこに立っておれ」
「え? は、はい……」
立っておけ? 話をするんじゃないの? 父様は、自分の隣に顔を向ける。
「ステライ」
呼ばれると、彼女は悪戯っぽく笑った。
「あら? 私がやるのですか?」
「む……。余がやるわけにもいかん。頼む」
「ふふっ! 畏まりました」
口許を隠しながら笑うと、表情そのまま立ち上がった。んん? 何が始まる? 不思議に思いながら、事の成り行きを見守る。
「イルちゃん。目を閉じて」
「え?」
「いいから」
「は、はい……。……?」
振り向けば、首を傾げ訝しながらも、イルミネーニャは目を閉じていく。ステライを見ると、彼女は近くにある棚の前まで歩いていき、身を屈める。引き戸を引く音が聞こえた。中から何か取り出し、両手に乗せ立ち上がる。
重ねて二つあった。薄い紙に包まれたものだな。中が若干透けて、上が薄茶色で下が青だと分かる。大きさと厚みは、椅子に乗せる座布団くらい。ああ、これって――。私は、その中身が何であるか察しがついた。
ステライは、それを私が座っている長椅子の端に並べて置く。包まれている薄い紙を広げていった。中身は、案の定だ。そして、一つだけ包みを取り終えると、中にあった物を持って、イルミネーニャに近づきその前に立った。
「シビアナ。手伝ってくれる?」
「ふふっ。はい、畏まりました」
シビアナも、当然察している。笑顔で答えた。ステライが手に持った物を広げて、イルミネーニャの肩に掛けた。これで、この子も気付いたようだ。
「あ……」
と、小さく呟き、にやつくのを我慢するように口許が歪み始める。それを見て、シビアナとステライが可笑しそうに目を細めた。そして、二人は手を動かしていく。
お披露目の準備はすぐに終わった。最後に、ステライが鏡を移動させ、皆が見えるように卓の後ろに置く。ああ、だから用意してたんだね。そして、シビアナが、イルミネーニャの両肩に手を置き押していく。その前に立たせた。
「はい。じゃあ目を開けて」
ステライに言われ、ゆっくりと瞼が上がっていく。そして、鏡に映った自分を見て、目と口が大きく開かれる。
「わあ!!」
そこには、薄茶色の外套を着せられた姿が映っていた。厚めの布地で、腰回り程度の丈。上半身がすっぽりと入っている。裾には、草花の模様と、鳥の翼を模したであろうギザギザの模様が銀糸であしらってある。両腕を広げれば、鳥が翼を羽ばたかせている様に見えるはず。
後ろには頭巾。そして、胸元には蝶結びの赤い平紐。それが銀の飾りで止められている。それから、その下に銀の釦が二列になって三つずつ続く。
両脇辺りには、裾と同じような模様で縁取りされた、縦の切り込みが入ってあった。ここから腕が出せれるようだ。それから、手が余裕で入るほどの衣嚢(ポケット)も、切込みの下にそれぞれ一つずつ付いている。
「ふふっ。本当は、謁見が終わってから、渡そうと思っていたのだけどね」
ステライが言う。そうか。父様は、これをあげたかったんだ。私は、以前にもこのような事があったと思い出す。で、先生の研究所で言ってたのが、その前振り。それから、大抵、一々理由をつけてから渡すんだよ。テレルの時もそう。
「すごーい! 可愛いー!」
イルミネーニャが嬉しそうに体を左右に振ったり、後ろを向いて外套を着た自分の姿を鏡に映す。その様子を見ながら、父様が腕を組み無愛想を装いつつ言う。
「ふん。お前には、いつも天鸞甘楽に行ってもらっているからな。だが、その麓はいつも肌寒い。そういった羽織れる服は、いくらでもあった方が良いだろう」
今回はこれが理由か。しかし、何とも回りくどいやり方をする。
「ありがとうございます、陛下!」
勢いよくお辞儀をして顔を上げた。その顔は、幸せそうで嬉しさに満ち溢れている。ふふっ! この子は、本っ当に良い笑顔をするよねー。満面の笑顔とは、正にこれ。何度見ても、そう思う。
「ふん! 風邪を引くなよ、イル!」
「はい!」
一年中、上半身裸のおっさんが何か言ってる。だったら、まずあんたが上着を着ろよと、私は突っ込みたい。せめて、冬だけでもさ。見ているこっちの方が、寒くなるわ。
ていうかさ。何故、上を着ない? この国の王なんだよ、あんたは? 絶対おかしいだろ。
ステライや爺とかは、もう諦めてるのかねえ。私が言っても聞く耳持たないし。まあ、子供は思ったことを口にする。いずれテレルから「上着を着ないのは気持ち悪い」とか言われて、心に抉られるような深い傷でも勝手に負えばいい。
「うふふ! 素敵よ、イルちゃん!」
ステライが褒めると、爺も顎鬚を撫でながら頷く。
「うむうむ。よう似合とおるわい」
「ふっふっ。そうですな」
「あ、ありがとうございます!」
先生にもお褒めの言葉を貰い、イルミネーニャの機嫌は鰻登りだ。
「どうかな、シビ姉、姫姉?」
「ええ。似合ってますよ、イルミネーニャ」
「うん、似合ってる」
私たちにも褒められると、機嫌も最高潮か。
「本当!?」
さらに嬉しそうにして聞き返してくる。それに、頷いて答えた。
「ホント」
模様が可愛いんだよね。
「色合いも、あなたにぴったりです」
シビアナも目を細めて頷く。すると、イルミネーニャは、外套を自分の顔まで持ち上げて、気持ち良さそうに頬ずりだ。
「えへへ……。良い肌触り、良い匂い……」
ふふっ。感極まって泣きそうな勢いだな、これ。しかし、あの外套は、誰が選んだのかな? 父様? それとも、ステライ? ふむ――、父様に女性物の服なんて分からない。何点かステライが絞り込んで、そこから父様が選んだってとこか。
執務室に戻ったら、きっとヴァレータの品定めが始まる事だろう。生地も装飾も上等そうだ。それなりの値段はするだろうね。もう一つは何かな? 幾らでもあった方が良いって言ってたから、同じような外套かな?
「それから、シビアナ」
「はい」
シビアナが、父様に顔を振り向ける。
「そっちは、テレルに渡しておいてくれ」
父様の視線は、ステライが置いたもう一つの包みに向く。え? テレル? どうやら、あれはイルミネーニャの分ではなく、あの子のために用意していたようだ。シビアナが長椅子まで歩いていき、紙に包まれた青いそれを手に持った。
「陛下、これは――?」
「西黄服だ」
西黄服――? それをテレルに? ――あ。私は察した。ほっほおーん……。
「まあ、時期が悪いかもしれんが、構うこともあるまい。確か、お前たち三人は持っておるが、テレルだけ持っておらんかったであろう? ならば、持っておけ」
「ありがとうございます、陛下」
シビアナが丁寧なお辞儀をする。
「うむ」
腕を組んだまま尊大に頷くと、察した通り。こちらに、勝ち誇った顔を見せつけてくる。そう言う事。これがあったから、さっき執務室に来た時も、その顔をしてのか。テレルに西黄服を渡すからと。
しかも、それは自分の方が先だと。そして、あの子は初めて見る西黄服に驚き、それを着てきゃっきゃとはしゃぐ事だろう。その時に見せる笑顔は、自分が齎したものになるんだと。そう言いたいわけか。なるほど、なるほど。
「ふっふっ……」
目を瞑り余裕の笑いで返す。浅はかなり。そう言うのを、愚の骨頂と言うのだよ。
「何だ、その笑いは……?」
「いえ、別に?」
私が悔しがるとでも思っていたのか、しかしその予想に反してこの態度。だから、疑問に思ったのだろう。父様が、不機嫌に尋ねてきた。ふっふっふっ……。
「リリシーナ」
もう一度せっついてくる。はあ。やれやれ、仕方ないなあ~っと。私は目を開いて、余裕綽々で答えた。
「いやあ、実は西黄服って、昨日私も買って渡したんですよねえ」
「な!? 何だと!?」
驚愕した父様の目が見開かれる。馬鹿め! テレルの初めては! この私が、既に頂きましたーん! けーっけっけっけっ!
「えーと。確か、二着ほど渡しましたか」
更に、この事実も突き付けた。しかし、自慢になれば品位が下がる。宙を見ながらすっとぼけて、自然を装う。
「に、二着――、だと!?」
「はい」
あんたは三着目。
「あの子は、大変気に入ってくれたようで。西黄服を着たら嬉しそうにしていたみたいですねー。ああ、これはイージャンから聞きました」
最後にこの事実を告げた。すると、全てを持って行かれた父様は、私の代わりに、その顔が悔しさ一杯に歪む。
「くっ……!」
ぶはははは! 何、その顔! 勝ち誇った顔を二度も見た分、更に滑稽だわ! まさに、これは返り討ち。よもや、自分から反撃の機会をわざわざ持って来てくれるとはねえ。いやーご苦労様。ぷぷぷぷー!
私は、声に出して笑いたくて笑いたくて仕方がない。でも、そうすると喧嘩になるから、勝利の味が台無しになる。だから、必死に堪えた。
しかし、口許はもう無理。イルミネーニャの様に、歪みまくっている事だろう。ま、別に構わない。はあ~、この顔を鏡で見てみたいわ~。けど、こっからじゃあ、ちょっと見えないんだよね~。
「ふふふ! 陛下。殿下にもらった物とは、色合いや模様も違いますので」
「う、うむ」
「どちらも大切に致します」
「ああ……」
シビアナから擁護を貰う、駄目駄目で無残な敗者。ふっ、哀れだな。見ていると、こちらまで悲しくなってくる。だから、私も労わる事にした。
「そうですよ、父様。こういうのは順番ではありません。大切なのはその気持ちなのです」
勝者の上から目線で、そこから講釈を垂らす。
「お、お前――!」
この言い方が悪かったのか、怒りで父様の目が見開かれた。おやあ? 挑発になりましたかな? でも、そんなつもりはないですしー。労わっただけですしー。
「それに、あの子はそんな事、気にしませんよ。私の分も父様の分も、同じように喜んでくれるでしょう」
「くっ……」
さらに、その思惑が浅はかだったと指摘。すると、忌々しげに睨んでくる。ふふふ……。まあ、ここら辺にしといてやろう。後で怒られるのが確定だから、抑えておかないと。反撃が酷くなる。
「ま。立て続けに同じような服を貰えば、驚きは激減しますけど」
「ぐっ!?」
睨むその顔の額に、血管が浮き出た。やっぱり、抑えきれなあーい。どうせ怒られるんなら、同じだってーの。くけけけけ!
「でも、嬉しさはきっと変わりませんって」
「ぐぐっ!」
「ええ。きっと」
そんな訳ないだろ。驚きがなくなれば、当然その嬉しさも大きく激減する。「あ、何だ。また同じ服か」ってね! 残念ながら、これは如何ともし難い子供の心理! 残酷な事実なのだよ!
「ぐぬうう……!」
父様の三つ編みが怒気で揺れる。状態は、さっきより酷い。爆発寸前だろう。だが、怒れまい。手も出せまい。何故なら、馬鹿にしているのは心の中だけ。悪い事は、何もしてないし言ってないもの。良くて、口許が歪んでいるくらいだ。
これにだって難癖はつけられないさ。それでも怒れば、理由は丸分かり。皆から器が小さいと、顰蹙を買うだけ。
がっはっはっはっ! やってやったぞ! やってやった! がつんと一発、いや二発くれてやったわ! しかも、自滅! だっさいなあ、もう! ホントださい! だーっはっはっはっはっ! 勝負はついた。私の完全勝利ー! いやっほーい!
はあー、すっきりした! 私は、湯呑を手に取りお茶を啜る。そして、ほっと溜息。パデューカムの入れたお茶は、やっぱり美味しいね!
周りを見れば、皆が苦笑い。ただ、席に戻っていたステライだけ、俯いて笑いを堪えながら肩が震えている。
父様は、悔しそうに歯を食いしばって私を睨んでいたが、その怒りを飲み込むように目を閉じる。自分を落ち着かせようとしたのか、「ふー……」と鼻から息を出す。
これで、揺らめいていた髪が落ちる。浮き出た額の血管も引いた。あんなんでいいんだから、何気に器用だよね。それから、湯呑みを手に取り、一気にがぶ飲み。飲み終わると、荒々しく湯呑を置き、シビアナたちに目を開いて向けた。
「とにかく、イル、シビアナ。お前たちへの話は以上だ。戻ってよい」
はあ? 何を言っている? 襲撃の件は?
「陛下」
ステライが言う。
「ん? ああ、そうだったな。イル」
「は、はい!」
名を呼ばれて姿勢を正す。やれやれ、何で忘れてんだよ。ていうか、さっさと二人を座らせろ。
「今朝見たことは、誰にも言うでないぞ。内密にな」
「分かりました!」
「うむ。では、二人とも戻って良い」
は? 私は耳を疑った。え? それだけ? しかも、何なんだ、その簡単な物言いは? いや、まあ、確かにそれだけ伝えれば、他には特にない。今朝見た事、つまり機密に該当する事を、黙っておけと命じておけばいいだけだ。でも、今ので済むなら、わざわざここに来る必要もない。という事はだ――。
どうやら、二人を呼び出した理由は、あの買った服を渡す事だったらしい。だから、シビアナも呼ばれていたんだ。おかしい。何だこの違和感は? 父様たちは、今回の襲撃の件を軽く見過ぎていないか?
今後の対応について、話はしている。これは、ササレクタの件から分かった。しかし、この異様に呑気な感じは――。おかげで、危機感が全く感じられないんだが……。
「待て、ジャムシルド」
私が不審に思っていると、先生が口を開く。
「何だ?」
「シビアナは同席させてくれ」
「む? 何故だ?」
「こちらからも、機密関係の報告がある。シビアナはいた方が良い」
「報告だと?」
「うむ」
父様は、思案気に先生とシビアナを交互に見つめた。
「――分かった。シビアナ、座れ」
「はい。畏まりました」
鏡の前にいたシビアナが歩いてくる。私の隣に腰を下ろした。はあ……、そうだった。折角勝ったのに、これから怒られると思うと気が滅入るな。だが、私にはちょっとした策がある。ガミガミと怒られる時間を、最小限に抑えれるであろう策がね。
「では、イル。お前だけ戻ってよい」
「は、はい。あの、陛下……」
「ん? どうした?」
「えっと……」
それだけ言うと、俯いてしまう。何だろ? すると、ステライが笑う。
「ふふ! 大丈夫よ、イルちゃん。ここには私たちしかいないから」
これを聞いて、イルミネーニャが顔を上げる。表情も、ぱーっと明るくなった。そして、ステライに「はい!」と返事をすると、父様に向き直る。それを訝しげに父様が眺めた。
「父ちゃん! ありがと!」
そう言って見せたその顔は、それはもう屈託のない満面の笑顔だった。さっきのとも違う。きっとそれは、その呼び方にも現れている親愛の情。これが籠っているからだろう。
呼ばれた父様は、動かなくなる。そして、顔が若干赤くなると、そっぽを向きながら言った。
「ふ、ふん! 早く戻っておれ!」
「はい! それじゃあ失礼します!」
イルミネーニャは、そう言ってお辞儀をすると、扉まで歩いていく。そして、こちらを向き、もう一度お辞儀をしてから扉を開け退室した。
「ほっほっほっ! 相変わらず、イルの笑顔はとびきりじゃのう!」
「うふふ! ええ、本当に」
爺とステライが笑い合う。ふふっ、そうだね。間違いない。私も、滅入っていた気分が吹き飛んでしまったよ。
「うちの曾孫も、あれぐらい表情豊かになって欲しいもんじゃのう。ほっほっほっ」
「ふふふ!」
爺の言葉を聞きながら、ステライは父様の空になった湯呑に土瓶を傾ける。お茶を注いでいった。いやー、しかし父ちゃんか。久しぶりに聞いた気がするな。でも、昔はずっと言ってたんだよねー。今は、そうそう呼ばないけどさ。
この国の王である父様を、父ちゃんなんて呼べるのは、イルミネーニャだけ。まあ、それは、あの子がここに来た経緯によるものなんだけど。ちなみに、父様は、ああ呼ばれるのを気に入っているらしく、別に直せとは言ってないそうだ。
その父様の機嫌は、うん――。確実に良くなってるわ。笑顔にならないよう頑張っているらしいが、そのおかげで、眉間に寄った皺がぴくぴくと動き、笑っているような怒っているような――。まあ、何か変な顔になっている。
そして、ステライがお茶を注ぎ終わると、その湯呑みを手に取る。ゆっくりと味わうように飲み始めた。これに釣られてか、先生たちもお茶を飲み始める。シビアナの分は、すぐにパデューカムが持ってきた。これで、私を含め皆がお茶を飲む。
「さて――」
少しして、湯呑を置いた父様が言う。その顔も、元の厳ついものに戻っていた。
「では、お前たちの話を聞こうか。何があった?」
おっと、それはいけない。
「いえ、父様。まず先に、謁見の理由を教えて下さい」
怒られるのは最後にせねば。これは、考え付いた策にも関わる事でもあるのだが、そもそも怒られた後だと色々聞きにくいし。それに、順番で行けばこれが最初だろう。ササレクタが早朝に言ってた件だ。これで謁見が決まったんだろうし。
「それは、もう良い」
「え?」
もう良い?
「じゃあ、何で謁見を?」
「ふん。分かっているだろう?」
そう言うと、胸の前で両腕を組む。え? その言い方で、他にって事になると、一つしかないよね?
「いや、まあそれは――」
「良かろう。ならば、先にその話をしてやる」
不遜に顎を上げた。それから、その顔を戻すと凄むようにして睨む。
「何が聞きたい? 言ってみろ」
こうして、シカルアヒダについての質問が始まった。




