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リリシーナ王女殿下おっぱい爆発事件  作者: 粟生木 志伸
第四章 おっぱい慟哭編
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第24話 黒曜神宮

 私は、黒曜神宮――その本殿を目指し、黒い石段をシヴァルイネと走って登っている。壁もどきの斜めになった部分だ。

 ここにも、灯篭の列が両脇に続くが、その灯篭は石段と同じく黒い。石段の幅は、さっきの倍程度。だが、長さは倍程度では済まない。さらに長い。だから、走って登っているのだ。歩きじゃ流石に時間が勿体ないからね。


 彼女は、武器を背負っていない。持っていく意味もないし、邪魔になるだけだからね。ただそれでも、腰の小太刀は外していないけど。

 イージャンはというと、あいつは下で待っている。ここは、王族と黒曜神宮の関係者しか入れない。後は、黒刀の使用を正式に認められた者のみだ。


 しばらく走っていると、頂上に辿り着いた。風は少し強い。着ている侍従官服をばたつかせながら、私は王都の街並みを一望する。おー……。いやあ、絶景かな、絶景かな。高く登った分、見晴らしは最高。気分も最高。天気が良いのもあり、王都の街並みだけでなく、王宮のある丘までよく見える。


 近くを見れば、林に囲まれた大神宮や聳え立つ各神宮。そして、そのまま視線を階段下に移すと、その先には黒い拝殿があった。あと、四角くなった黒の囲いが、この周りを取り囲んでいるのが分かる。


 拝殿の前には、黒い鳥居と大きな広場。あそこは屋外の稽古場だ。傍には黒っぽい建物が幾つも見える。社務所や稽古場――、あとシヴァルイネたちの家もあるね。ここからではもう小さく見えるが、貴族街にある邸にも見劣りしない立派なもの。


 そして、すぐ目の前にあるのが、黒曜神宮その本殿だ。大きさは見上げるほど。まあ、至極天を担いで出入りするからね。当然そうなるのか。幅は、ここの階段より若干狭い。


 形は変わっている。『黒鳴石こくめいせき』と呼ばれる黒い石を使った柱の列。この柱も大鳥居のと同じくらいはある。それが、壁の代わりになって、黒い梁と一緒に楕円を描くよう立ち並んでいた。柱は全て、中心向かい少し傾いている。


 屋根も、その中心に向かって重なり合いながら、これは黒鳴石が細長い石板のようになって何本も伸びている。数は柱と同程度か。全体的に真っ黒だが、大鳥居にあったような模様が端々にあり、それが金色に輝く。


 出入り口は、正面に見える柱と柱の隙間が、それとなっている。この上には、ここの柱程の太さがある注連縄が、白い二股の紙垂しでを、六枚ほど垂らし飾られてあった。


 うーん。やっぱり変わってるわ。まあ、至極天を震文で呼び出すときは、面白いんだけど。いつか、テレルにもそれを見せたあげたいな。きっと驚くに違いない。


「ふう……。姫様、参りましょう」

「うん。お願いね」


 息を整えたシヴァルイネに促され、私たちは本殿の中に入っていった。







 本殿の中は、少し薄暗かった。柱や天井、さらに床も黒いのもあり、より暗さを感じさせる。だが、ここにも並んでいる灯篭を使うまでもない。屋根の隙間から光が差し込んでいるので、難なく先に進める。

 程なくして、本殿の中心に辿り着く。そこは、小高い祭壇になっていた。これも黒い。真ん中には階段があった。その周りを、水の張られた円い池が取り囲む。


 そして、祭壇の上には、刀掛けを両端に置いた巨大な黒刀が横たえられていた。ササレクタの至極天、『八千穂、此咬み』。これと同程度の大きさ。余計な装飾は一切なく、柄頭にも何もなかった。鈨のような金色の鍔が嵌っているだけ。柄は刀身そのもの。覆われているはずのなかごが、そのまま柄になっている。武骨と表現するに相応しい。


 柄には、右手と左手の黒い籠手がしっかりと握られていた。この籠手は、人のするものとは思えないだろう。手首ほどしかないが、先生の着けていた銀腕よりも大きい。太い柄の方に合わせてあるんだ。


 私は、シヴァルイネと祭壇の階段を上がっていく。そして、この巨大な黒刀の前に立った。すると、不意にその刃へ目が移る。

 刃紋は直刃。だが、その刃は厚く、指を当てても切れない。紙切れを押し当てても、破けて裂ける。切り裂くことは、一般的な刀より遥かに難しいだろう。しかも、この巨体。切断より粉砕になるのは想像に難くない。この鈍器のような鈍刀なまくらがたなが『黒相 紙裂き砕破』だ。


 目を戻し、今度は逆にある柄の方へ向け、歩き出した。そして、掴まれた籠手の前に立つと、それに手を掛ける。五本ある指を、一つずつ取り外し始めた。


「シヴァルイネ、籠手の方を頼む」

「畏まりました」


 彼女に、外した籠手を手渡していく。それが終わると、黒い柄に右手を当てた。


「さて――」


 このまま持ち上げるのは、些か面倒くさい。柄が此咬みより太いから、握れないのだ。今みたいに手を当てるだけになる。まあ、このために籠手があるんだけどね。だから、それを使ってもいいのだが――。


「ふうー……」


 私は、深呼吸を始め拍動を高める。ちょっと空震音叉を使おう。それで持ち上げればいいや。左手も上げ、両手を柄に当てた。――よし。拍動はすぐに高まる。これだけあれば十分。吐いた息と一緒に、高めた拍動を柄にぶつける。


 甲高い音が鳴った。しかし、さっき使った爆鳴気より若干低い。その音が、残響を伴いながら静かにこだまし続ける。これは、拍動を当て続けているからだ。自分の手と、その手がある柄の部分が一体になるよう、広げながら当てている。私は、そのまま両腕に力を込めた。


「よっと」


 黒刀が、刀掛けから浮く。切っ先が天井に向かい持ち上がり出した。両手は当てたまま、握ってはいない。だが、ぴったりと柄に貼り付いている。その手が、柄と離れる事無く、黒刀を持ち上げていく。


 こんな事が出来るのは、『符拍子ふびょうし』という技を使っているからだ。爆鳴気と同じく空震音叉の応用技で、この様に物をくっつけることが出来る。


 この符拍子は、拍動の『白壱越はくいちこつ』ともう一つ、『黒辰泉こくしんせん』を合わせる事で発現する技だ。あと、響く音は同じになるんだよね。例えば、この符拍子を通した鉄琴を叩けば、皆同じ音に聞こえる。


 そして、この拍動を重ねる技、これを『纏奏律てんそうりつ』という。符拍子は二つ重ねているが、爆鳴気は三つとなる。

 

「じゃ、戻ろうか」


 私は、符拍子を使ったまま持ち上げた黒刀を肩に担いだ。


「…………」

「シヴァルイネ?」


 ん? どうしたんだろ? 刀を見上げたまま、じっと見つめている。そして、おもむろに口を開いた。


「先代ヤスキーハ様が、お亡くなりになられてから早二十年――。遂に、この時が来たのだと思うと、感慨深いものがあります」


 そっか……。シヴァルイネは、ずっと主のいないこの刀を護ってきたんだもんな。私も黒刀を見上げた。この神宮を守る大宮司の家に生まれ、それからずっと――。そんな彼女しか感じられないものが、色々とあるのだろう。


 ヤスキーハ様は、以前この黒刀を使っていた人物だ。先の大戦で戦死している。私が生まれる前の話だから、当然会ったことはない。だが、シヴァルイネやシビアナあたりまでは会ってるはずだ。


 ササレクタはどうかな? あいつは、西都よりさらに西の生まれで、小さい頃は王都にいなかったから、会っていないと思うけど。


「ヤスキーハ様……。懐かしいですね」


 シヴァルイネが目を細め微笑む。え? ひょっとしてその感じ――、今から回想すんの? 


「あれは、私がまだ幼い頃の事です――」


 本当に始まったし。 


「あの方は、犬や猫といった動物がお好きな方でした。実際、何匹も飼われていらっしゃいまして――」

「へえ……」


 ねえ、長いの? 長くなるのそれ? 犬とか猫とか言っているその時点で、既にもう興味が一切ないんですけど。えー……。出来れば止めて欲しいんだが。一応、時間も押してるからさ。


 いや、止めようか。クロウガルみたいな話っぽいから、ちょとご勘弁願いたいわ。


「しかし、それが原因で、あの事件が起こったのでしたね」

「え? 事件?」

「はい」


 何だろ? 止めようとする気分が、抑えられる。私は、昔の事を良く知らない。聞いてもあまり教えてくれなかったから、聞かなくなっちゃったんだよね。


 大事件なら、流石に聞いて知っているけど、大抵は書物に載っている程度のもの。だから、こういう言い方をされると、興味がちょっと出てきた。


「もしかして、姫様はご存じありませんでしたか? ヤスキーハ様を語るには、欠かせない事件なのですが――」

「うん、多分」


 このヤスキーハ様って方の事も、一般的なものしか知らなかった。男性の王族で、父様の従兄に当たる方だ。この程度かな? 纏わる話ってのは、殆ど聞いたことがないはず。今、記憶を探ってみても、思い当たる節がない。


「どんな事件だったの?」


 気が変わった。ちょっとくらいならと、尋ねてみる。


「そうですね……。あれは、重樹の討伐がいつもの様に終わって、その討伐に参加していた方々が、万雷山脈よりお戻りになられた後の事――」


 ふんふん。


「お一人だけ残っていらしたヤスキーハ様が、その重樹を飼おうとなされて、王都まで連れ帰って来られたのです」


 ほう、重樹をね。


「――は?」


 何て言った? 重樹を飼うって言った?


「えーと、聞き間違いかな? 今、重樹を飼うって聞こえたんだけど?」

「いえ、それで合っています」


 …………。


「あのでかい奴を? 犬とか猫みたいに?」


 もう一度だけ確認すると、シヴァルイネが口許を隠しながら笑う。


「ふふっ。はい、仰る通りです」

「おいおい……」

 

 何考えてんだよ。重樹は、人だろうが獣だろうが、動くものは何でも襲ってくるような奴らだぞ? 猛獣なんかより遥かに性質が悪いのに。それを飼うって……。


 いや、ていうかさ、どこで飼うんだよ、あんなでかいの。一番小さくても、至極天の半分くらいはあるわけだし。


「ちなみに、大きさは?」


 どのくらいだったのだろうか。重樹には、色々と種類があり、大きさや形に結構差がある。そのため、一応目安と言うべきか、その形や大きさを万雷山脈と比較して区別をつけている。

 シヴァルイネは、微笑みを湛えながら答えた。


「山麓級、『狛狼木はくろうき』です」

「…………」

 

 私は絶句する。シヴァルイネが言ったこの狛狼木はくろうきは、犬や狼のような姿をした重樹だ。そして、山麓級は、ここの大鳥居や百花門より大きい。つまり。


「それって、ここくらいの奴じゃないか……」


 この本殿がある壁もどきと、同じくらいの大きさになった狼だ。


「ふふっ。はい、そうだったと記憶しております」


 おいおい……。


「あの時は、それはもう大騒ぎでした。王都に山麓級が現れたと」

「そりゃあ……」


 そうなるよ。これくらいの大きさがあるんだ。街中を大暴れでもされたら、大変なことになる。ええー……。思っていた以上に大事件じゃない……。


「知らせを受けた陛下――、当時はまだ王子でしたが、その陛下やシドー様、他の至極天使いの方々。近衛騎士。それから、我らカトゼの者が一緒になり、大慌てで退治に向かいました」

「軍は?」

「軍は、それぞれが管轄する場所で、防衛の方を。急いで全王都の守備を固め、厳戒態勢です」

「そっか……」


 まるで、話に聞く王都防衛戦と同じ様相だな……。


「――で、どうなったの?」


 不安になりながら尋ねると、シヴァルイネは簡潔に答えた。


「瞬殺です」


 ほっ。やはり戦力過多だったか。まあ、父様や先生だけでなく、他の至極天使いがいたならね。


「この突然起きた重樹の襲来。しかしながら、迅速に近い対応は、出来たように思えます。重樹が王都に侵入する手前――、つまり大混乱に陥る前には、退治することが出来ましたから。死傷者もなしです」

「それは良かった……」


 本当にほっとしたわ。父様たちや王都の皆にも、被害は出なかったようだ。


「ヤスキーハ様は、罪に問われそうになったのですが――」 

「いや、問われそうっていうか、絶対に問われるわ。間違いなく重罪だぞ?」

 

 王族や至極天使いだからと言って、法を犯せば罰を受ける。それをなしにする特権はない。ただ、程度が低ければ、根回しをしたりして、不問にすることが出来たかもしれない。あとは、それまでの功績に免じて、とかで。


 だが、ここまでのもになると、流石に無理だ。極刑でもおかしくはない。だが、これはなかったか。戦死だからね。でも、少なくとも投獄は免れなかっただろう。


「重罪――。確かに、姫様の仰る通りです」


 シヴァルイネが頷く。だろうな。


「しかし、投獄される様な事は、ありませんでした」


 それを聞いて、私は目を見開いた。

 

「え、嘘でしょ? 何で? そんな特権――。あ、昔はあったのか?」


 今は駄目だが、その時は違ったとか。


「いいえ。そうではなく――」


 シヴァルイネが、首を振る。これじゃない。じゃあ、どうしてだ? 根回しぐらいじゃあ、とても無理だぞ?

 

「実は、姫様。そもそも、重樹を王都に連れて来る事を禁止する法自体が、その当時なかったのです」


 うん、ないよね。あるわけがない。誰がそんな事するのよ。ええー……。


「何、その法の網を潜り抜けた感じ……」

「ふふっ。まあ、法がなくとも、危険行為を行った責任として、罪に問う事は十分出来たわけですが」

「ああ、だよね」


 逆に、そうでないと困る。何のための法だという事になったはず。それに何もしなければ、いらぬ反感を買うだけだ。


「ただ――」


 ん? シヴァルイネの表情が苦笑いになった。


「ヤスキーハ様は、既に陛下たちから制裁を受け瀕死の重傷でしたので。治療も兼ねた謹慎処分で、事が収まりました」

「重罪って……。そういう意味でか……」

「ふふっ。はい」


 父様、ブチ切れたんだろうなあ……。先生も、怒るか……。


「そして、この事件の後、重樹を連れて来ることを禁止する法が、新しく制定される事になったのです」

「…………へえ」


 まあ、法ってのは、重大事件や時代に合わせて、その都度その都度、変わっていくものらしいですけど。だが、どーーにも釈然としないわ。経緯が……。


「ま、これは、いつもの事ですね」


 シヴァルイネが、事もなくさらりと言う。


「え? うちの法って、そういう感じで作られてきたの?」 

「はい。大体そうでしたが?」

「…………」


 釈然としないわー……。


「しっかし、よく王都まで連れて来れたな」


 私は不思議に思った。あの大きさだ。目立ちまくりだったろう。軍じゃなくても、途中で誰かに見つかりそうなものだが……。


 それに、どうやって王都まで誘導したんだ? 自分が囮にでもなって、連れて来たのか? だとしても、万雷山脈から王都までかなりの距離がある。しかも、ただ自分だけが走るってわけじゃない。重樹の速さに合わせなければいけないだろう。


 となると、多分――、十日以上はかかりそうだよなあ。それを、不眠不休で出来たとは思えない。まあ、他に協力者がいれば別だろうが……。


「シヴァルイネは、知ってる?」


 尋ねると、彼女は首を振った。


「いえ。私もまだ幼かったものですから、そこまでの事は――」

「そっか」

 

 まあ、それなら知らんか。


「重樹を見たのも、その時が初めてでしたね」

「あ、そうなんだ」

「はい。あれを間近に見て、いつか必ずこの手で仕留めようと、それから一層鍛錬に励むようになりました。これは、私だけでなく他の子供らも。皆一緒になって、良い目標が出来たと言い合ったのを覚えています」


 ふふっ。倒そうと思うここら辺が、カトゼの気質だよね。


「こう思えたのも、あの方のお蔭なのでしょう。確かにこの事件は、王都に危機を招いたのですが、色々な面で問題点があることが判明し、後の大戦に生かす事が出来たと聞き及んでおります。結果論ではありますが、全てが全て悪かったとは言えないのではないでしょうか」

「なるほど……」


 長い目で見れば、そういう考え方も出来るか。


「ヤスキーハ様……。本当に懐かしいですね……」

 

 再びシヴァルイネが、目を細めて黒刀を見上げる。おっと。また別の話が始まりそうだ。


「ま、まあ、そういうのは、まだ先にしといてよ」

「え?」


 これ以上はもういいかな。時間だけでなく、待ち人もいるわけだし。話を止めると、シヴァルイネが顔をこちらに戻す。その顔を見ながら、肩を竦めた。


「だって、イージャン次第だもん。話はそれからだよ」


 あいつが、空震音叉を体得しない限り、この刀の主は決まったことにならない。折角の感慨が、ぬか喜びのようになってしまうだろう。


「ふふっ。ですが、彼は姫様に見込まれた者です。まず、間違いなく――」


 うっ、そう煽てられてもなあ……。こればっかりは運だよ、運。うんうん。


「だといいけどね」


 はぐらかすよう答え、もう一度肩を竦める。そして、


「さ、戻ろう」

「はい、姫様」


 今度は私が促し、祭壇を後にした。







 階段を下りて、私たちは拝殿の前に戻ってきた。この拝殿も、黒い石造りで金色の模様もあるが、黒鳴石は使われていない。形は百花門に似てるよね。あんなに大きくないけど。代わりに瓦の屋根が付いたって感じか。


 その屋根は、拝殿の正面となる鳥居や広場がある方と、私たちが降りてきた階段の方で、半分ずつ別々に下がってきている。そのまま突き出して、軒下が出来ていた。分かれ目になっている一番高い棟は、一直線だったな。階段を下りてくる時にも、それを見た。


 正面玄関と階段下を繋ぐ道は一つで、真ん中にある。そこを突っ切るように通り道があった。その大きさは至極天を担いでも、通れるほど。扉は、両開きで今は開いているが、普段は閉めていたはず。私たちはそこを通って行く。


 玄関に出ると、その先にある黒い鳥居の近くでイージャンが待っていた。他に人の姿は見受けられない。遠目でちらほらと見える程度。一応、雑念にならないようにと、シヴァルイネに人払いをしておいてもらったからだ。


「イージャン、お待たせ」

「はっ」


 敬礼をして、そのまま私の担いだ黒刀を見上げる。


「黒相、紙裂き砕破……」


 憧れの刀を目の前にして、何だかその目が輝いているように見えるね。


「イージャン」

「はい、殿下」


 呼び掛けると、上向いていた顔がこちらに向く。


「実は、今からちょっと、お前にこの刀を使ってもらおうと思ってな」

「――え?」


 ぽかんと気の抜けた顔になる。思考が追い付いていないのか、少しの間そうなっていた。だが、追いついたのだろう。驚愕しながら叫んだ。


「えええ!? い、今からですか!?」

「うん」

「な!?」


 のっほっほっ。良い顔で驚きよるわ。ずっと黙っていた甲斐があったってなもんだ。あ、でも、黙っていたのは、この顔を見たかったからではないぞ? 本当だぞ?


「いえ、ですがその――!」


 案の定、あわあわしている。私は、それを容赦なく無視。有無を言わさず話を続けた。


「ま、いいから、持ってみろって。シヴァルイネ、籠手を」

「はい」


 シヴァルイネが、イージャンの傍に立ち籠手を差し出す。


「さ、イージャン」

「し、しかし、シヴァルイネ様。私は、まだ仮申請も――」

「それはいいですから、早くなさい」

「は、はい……」


 刀の管理者である大宮司からも急かされ、観念したのか籠手を一つずつ嵌めていく。この籠手には、その中程――掌辺りに柄がついて、それを握るようになっている。嵌め終わると、今度は私が黒刀を差しだした。


「ほれ」

「あ、ありがとうございます……」


 言葉は躊躇っているが、すぐに受け取ろうと両手を前に出した。


「持つ位置を決めてくれ。籠手の指を柄に」

「は、はい」


 私の指示通りに、両方の籠手を、柄へ差し込むように当てた。親指と人差し指他三本との間に出来た隙間へだ。


「イージャン、ここら辺で良いのか?」

「だ、大丈夫だと思います」

「よし。すうぅー……」


 私は、右手で刀をそのまま持ち、左手の符拍子だけ止める。そして、その左手を右籠手に置いて、拍動の黒辰泉を高め発した。すると、高い音が鳴り、籠手の指がゆっくりと柄を握り始める。この籠手は、黒辰泉に反応して指が動くんだ。ま、握るだけだけど。


 ある程度握られたら、今度は反対の籠手に黒辰泉を当てた。これを交互に繰り返していく。込めている力は、空隙籟掌を使う時の白壱越と同程度。ただ、瞬発的に思いっきり発する事はしない。畳扇も使わない。


 でも、緩くもできないからね。ちゃんと柄に持たせないと。力が少ない場合、しっかりと握れないのだ。だから、結構力を込めていた。ちなみに、この籠手も黒刀の一部とされている。つまり、至極天だ。そうそう壊れる代物ではない。


「うっ!?」


 イージャンが体を一瞬震わせる。


「こら、動かない。我慢しろ」

「は、はい」


 拍動は人にも伝わるからね。ただ、この籠手に比べれば、殆ど伝わっていないはず。物から者――、間に別の何かが入って間接になると、拍動は途端に通りが悪くなる。今使っている黒辰泉だけでは駄目なんだ。


 先生曰く、それは性質が違えば違うほど、そうなってくるらしい。例えば、人と金属。布と石、水と土とかね。確かにそういった傾向だと思う。まあ、私が使った限りでは、になるけど。それから、厚みなんかも関係してくるか。


「そろそろかな。どう、イージャン?」


 結構がちがちになるまで、力を込めたつもりだが。その証拠に、黒辰泉を交互に当てると、それだけで左右の黒い籠手が高い音とは別に、両方ともぎしぎし音を鳴らし始めていた。


「はい、いけます」


 イージャンは、締り具合を確かめようと、自分の両腕を動かしたが、籠手はどちらも動かない。うん、いいみたいだ。 


「持つ場所を替えたかったら、遠慮せずに言ってね?」

「分かりました」

「じゃあ、離すから」

「は、はい」


 返事を聞いて、右手の符拍子を解き支えていた黒刀を離す。すると、イージャンの体が沈み、顔が歪む。いや、真剣になったと言った方が良いか。


「くっ……」

「重い?」


 私が尋ねる。両足が、刀の切っ先と一緒に、少しぐらついていた。


「は、はい。――いえ、ですが何とかなりそうです……」


 うん、強がりではなさそうだ。きちんと中段を維持できている。


「やはり、構えますか……」


 シヴァルイネが呟く。持つだけなら、彼女も出来る。だが、構えるとなると、少し話が違ってくる。中段は、刀を自分の体と逆斜めに構えるからだ。

 巨大な黒刀を持ったその両腕に、掛かってくる重さがずしりと増える。単純に、持ち上げるたり抱えたりするより、辛いはず。掴む力も相当必要になる。これは、腰を後ろにちゃんと落としても、さほど変わらない。


 だが、イージャンはやってのけた。腕も震えてもいない。どれだけ持つかはまだ分からないが、二、三十回くらいなら十分振れそうだ。つまりこれは、至極天を使うための基本中の基本は、既に突破済みという事。ふふっ。流石は、私の見込んだお兄ちゃん――、かな? 


「シヴァルイネ。『八咫の太刀』を貸してくれ」

「承知致しました。しばしお待ちを――」


 彼女は、一礼して拝殿へと向かっていく。その姿を、見送っていたイージャン。だが、不意に表情がはっと変わる。ほっほっほっ。気付きましたか。


「で、殿下。もしかして……」

「そうだ、今からやるぞ。実戦形式でな」

「じ――!?」


 武闘大祭の時の様に、生命の危機を感じてもらわなければ、いけないからね。当然、実戦形式だ。日頃の訓練でも、そう感じられるようにしていた事はしていたのだが、効果はなかった。だから、今日はそれを踏まえて、いつもより厳しく攻める。こちらもそれ相応の力を出すつもりだ。よって、


「イージャン」

「は、はい」


 青褪めたその表情を見ながら、私はにっこりと笑顔で凄む。


「やる気満々で行くからね?」

「殺る気満々っ!!?」

「うん」


 あれ? 腕が震え出したね。ていうか、全身が震え出した。大丈夫かな? まあ、生命の危機は、感じているようだから、いっか。大いに結構。


「お待たせしました」


 シヴァルイネが、黒い鞘に入った大太刀を、両腕で抱えながら帰ってきた。この八咫の太刀は、八咫の棍が刀の形に変わった様なものだ。色は違うが、大きさは同じくらいだし。ちなみに、彼女が背負っていたのは、大太刀になるのだが、名は『八咫の小太刀』と言う。八咫の太刀よりその刀身が短い。これがその名の由来だったはず。


「シヴァルイネ。鞘は持ってて」

「はい。承知致しました」


 これも同じだ。私は、鈨を浮かして引き裂くように抜刀する。すると、黒い刀身が現れた。ふっ。しかし、ササレクタにやってもらうつもりだったのに、先に私がやることになってしまったな。


 まあ、至極天に慣れるのには、多かれ少なかれ時間は必要だ。経験を積む必要はある。例え、これで空震音叉が使えるようになったとしても、あいつの出番を取る事にはならんだろうさ。


 私は、八咫の太刀の切っ先を、後ろに回し右脇で構えた。さあて、玉響が出てくれればいいんだが――。目を細め黒刀を見つめる。


「いくぞ! イージャン!!」

「はっ! よ、よろしくお願いします!」


 多少びくついた感はあるが、返ってきた気迫は十分。よし! 頑張れ、お兄ちゃん! 私は、イージャン目掛けて地面を蹴った。 

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