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リリシーナ王女殿下おっぱい爆発事件  作者: 粟生木 志伸
第四章 おっぱい慟哭編
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第10話 カトゼの武人

「ほっと!」


 私は、二階から階段を飛び下りる。階段は、途中に踊り場があり、折れ曲がっている。その踊り場に着地すると、体を捻ってまた飛び下りた。すぐに一階へと到着。そのまま廊下を走っていく。


 すると、また正油の匂いが漂ってきた。はあああんぬ! いい匂いだよお! もう我慢できない。何があっても、この私を止められるものか! ぐっはっはっはっ! そう思いながら、廊下の角を曲がると、その先が奥まで見える。


「あれ?」


 その奥の方にある何かが、視界に飛び込んできた。人が浮いている。いや、違う違う。あれは――。


「ええええ!?」


 そこには、逆さ吊りにされて、天井からぶら下がる近衛騎士。体中に縄を巻かれ、微動だにしないおっさんが。


「ゴトキイイイイイイル!」


 逆さ吊りにされた、そのおっさんの名前を叫びながら駆け寄る。近づけば、その凄惨さに戦慄した。体は、縄で縛られてるから分からない。だが、その顔が豪い事になっている。


 両頬には殴られたような痣。鼻血が出た形跡、それは口端からもだ。あとは――。いやまあ、もうボコボコだわこれ。何たること。敵の襲撃は、まだ終わってなどいなかったのだ。このおっさんは、その犠牲に――! 


 私は、吊り下がったその体を、ゆっくりと力を込めて押した。すると、縄がぎしっぎしっと軋みながら、ぷらーんぷらーんと大きく揺れ動く。されるがまま、抵抗もなく行ったり来たり。そして、少しずつその揺れが収まり、しばらくして完全に止まってしまった。


「くっ! 死んでる……!」

「し、死んでませんってば……」


 何だ、生きていたか。まあ、分かってたけど。


「何やってんだよ、お前……」

「いや、その……。はははは……」


 弱々しい笑顔で、分かり切った答えをはぐらかす。こんな拷問染みた事するのは、一人だけだなのだ。


「姫様……。その……、降ろして頂けると助かります……。そろそろ頭が、限界でして……」

「ああ、分かった」


 逆さになると、頭が痛くなってくるもんな。お腹空いてるから無視しようとか思ったが、悲惨な事になってたからそんな気も失せていた。


 私が縄を引きちぎると、ゴトキールは足を振り降ろす。そのまま跪くように床へ落ちた。脛当てがぶつかり、がしゃりと音を立てる。体力の損耗が激しいのか、そのまま力尽きて座り込んだ。


「ふうー……。あ、ありがとうございました……」

「いいっていいって」


 軽く手を振る。


「ていうか、他の近衛騎士はどこに行ったんだ?」


 周りに近衛騎士の姿はない。いれば、助けてもらえただろうに。全員、シカルアヒダの方に行ってるのかな? でも多分、護衛と朝食取るのを、交代しながらやってると思うんだよね。だったら、何人かは、ここにいてもおかしくないような。


「いやまあ……、皆察したと言いますか……。向こうで朝食を取っているんだと……。はっはっはっは……」

「そっか……」


 だから、誰もこっち来ないんだ……。よくある事だもんねえ。どうすれば、自分たちに一番被害が来ないか分かってんのな。しかし、早かったわ。お酒飲んでたのが、ばれるの。


「姫様」


 澄んだ声で呼ばれて、その声が聞こえた方に振り向く。ああ、やっぱり。見れば、色白の肩が出た黒い掛衣に黒い袴姿の女性。編み上げの黒い皮草履を履いて、優雅な摺り足でこちらに歩いてくる。


 黒み掛かった青髪。頭の後ろには、大きめのお団子。それに三つ編みを巻き付けている。銀や金のかんざしも何本か挿し込まれていた。


「降ろす必要など、全くありませんでしたのに」


 そう言いながら歩みを止め、自分の夫を見下ろす、ご機嫌斜めのしっとり美淑女。いつも絶やさない温和な表情が、いつもの様に険しくなっている。

 彼女は、シヴァルイネ。ゴトキールの年の離れた奥様。そして、カトゼ大神宮の神官、『カトゼの武人』だ。


 ちなみに、神官なのに武人と呼ばれているのは、武芸が達者だからだ。私も、こう呼ぶ方がしっくりくる。特にこいつは、外見からしてそれがよく分かるだろう。レイセインくらいの大きなおっぱいが、まず目を引きそうなんだが、それ以上に――。


「何だ。お前も来ていたのか」

「はい」


 まず、恭しくお辞儀をするその手には、棘の付いた厳つい金属の黒い手甲がはめられ、棍棒が握られている。それから、腰の両脇には手斧が二本ずつ。赤い腰帯には護り刀が三つ。腰の後ろには交差した二振りの小太刀。


 それから、その背中には特製の背負子を、注連縄しめなわ襷掛たすきがけにして、斜めに背負っている。蜂の巣みたいに沢山の穴が開いた筒だ。この筒は、あんまり長くないから、その底から沢山の武器の柄が飛び出していた。穴に嵌っているのは、直槍すやりや刺又や薙刀、棍棒、金棒。色々取り揃えている。


 武器の柄は、穂先から離れるほど少しずつ細くなっているとか。嵌っている武器が、筒から落っこちないようになっているそうだ。後は、自分の身長より大きい大太刀を、筒と交差するように逆で斜めに背負っているな。この大太刀は身幅がかなり広い。


 しっかし、相変わらずの完全武装だな、こいつは。簪も投擲兼用の武器だし、服の下にも色々隠し持ってたっけ。ん? でも、あれは――。私は、一つ普段とは違う個所を見付けた。


「全く……。この人は、他国の王族が来ているのにも関わらず、非番なのを良いことに、シドー様を唆して二人で大酒を飲んでいたのです。何たる不謹慎……。これくらいは当然の罰です」


 怒りの籠った棍棒を、床に打ちつける。すると、いつの間にやら正座していた、ゴトキールの背筋がシャンと伸びる。


「全く……」

「いやあ、はっはっはっ……」


 愛想笑いをすると、その顔を棍棒が掠める。ぎりぎり当たらないのは、武芸の腕が良いのと、やっぱり手慣れているからだろう。


「笑い事ではありません」

「は、はい」

「いいですか? そもそもあなたは――」


 何かいきなり説教が始まるし。お前らは、悪戯をして怒られる大きな悪ガキと、説教をするその母親か。そんな風にしか見えないんですけど。ま、私は関係ないから、さっさとご飯食べに行こうか。


「シビアナ!!」


 この場を去ろうとすると、後ろで気が焦ったように叫ぶ声が聞こえた。私が来た廊下の方からだ。そこには、階段から降りてきたはずのシビアナが見える。そして、急いで駆け寄っていく、黒髪の近衛騎士が一人。イージャンだ。


 あれ? あいつも、来てたのか。そう思ってなかったから、ちょっと驚いてしまう。あ、血色が戻ってるね。今朝とはまるで別人のようだ。でも、いつもの様子とも違うか。心底心配していたって感じ。


「シビアナ!!」

「え? イージャン……?」


 シビアナも予想外だったのか、目の前に現れたその姿を見て驚いているようだ。


「無事か!?」

「は、はい」

「そうか! 良かった――!」


 そう言うと、イージャンはシビアナを引き寄せ抱きしめた。いきなりそんな事をされたからか、シビアナは目を丸くする。だが、すぐにその目を閉じると、胸の中に身を任せうずくまる。そして、弱々しい儚げな声で呟いた。


「あなた……、怖かった……」


 私は、お前が怖いわ。ビックリするよ。ホント、ビックリする。どこに、そんな要素があったか教えてほしい。事が終わってから来たよね、お前? 


「くっ! すまない! すぐにここに来ることが出来ていれば――!」


 激痛でも受けたように、顔を歪ませるイージャン。おい、騙されてるぞ。お前は騙されている。


「いいえ。あなたが来てくれただけで、私は嬉しいですから」


 やかましいわ。


「シビアナ!」

「あなた……!」


 そう言い合って、ぎゅうーっとお互い強く抱きしめる。はいはい、二人の世界の出来上がり。てか、イージャン、こっちの心配もしろよ。私、王女様なんですけど。


「はあ、相変わらずあの二人は仲が良いですね……。羨ましいことです」


 シヴァルイネが、羨望の眼差しをアホ夫婦に向ける。え? あれが? まあ、傍から見れば、仲睦まじいか。しかし、こっちもこっちで何言ってんだか。


「ふっ。そう言うお前は、その胸にある宝石どうしたんだ?」

「え!? い、いえ。こ、これは――!」


 私に指摘されて、焦り出す若奥様。緑色をした小粒の宝石が嵌った銀の首飾りが、さっきから綺麗な輝きを放っている。こいつは、武人だからな。武装してる時は、あまりこういった装飾品を、着けたりしないんだよね。それなのに、着けてる。という事はだ。


「いやあ。実はそれ、先日私が買ってきました」

「あ、あなた!」

「この前、ちょっとした記念日でして。はっはっはっ!」

「ああっ!?」


 自分の頭を掻くゴトキールにあっさりばらされ、シヴァルイネの顔が若干赤くなった。そんな事だろうとは思ったよ。前にも似たようなことあったからな。


「いいじゃないか別にさ。そんなに恥ずかしがる事でもないだろうに」

「ひ、姫様!」

「なあ、ゴトキール?」


 同意を求めると、おっさんが大きく頷く。


「そうですとも。似合ってるよ、シヴァちゃん」


 親指を立てて満面の笑顔――、を作っているつもりなのだとは思う。歯が剥きだしてるし。


「もう! あなたったら! 姫様の御前で――!」


 それは一瞬の出来事だった。既に顔真っ赤で、照れまくりのシヴァルイネは、手に持った棍棒を掌に乗せ、素早く回転させる。体の外側で回転させたその先端が、ゴトキールの顔を目掛けて振り降ろされた。だが、寸での所で何とか体をずらし、これを避ける。ぎりぎりの所で空を切った。


 しかし、棍棒は回転しているのだ。もう片方の先端が、その避けた先で吸い込まれていくように右頬を捉えた。その瞬間、両手で横薙ぎにされると、めり込み方が変わる。


「ぼばあ!?」


 そして、ゴトキールは、吹き飛んで行った。あーあー……。私の手前とはいえ、やっぱり褒められたのが相当嬉しかったのか、目を瞑り両手を赤くなった頬に当て、一人もじもじとしているシヴァルイネ。そんな彼女を置いて、私はとことこと、おっさんが落ちた先まで歩いていき、しゃがみ込んだ。


「おい、まだ生きてるか?」

「ど、どうにか……」


 大丈夫そうだ。でも、うわー……。その顔はもう、子供が見ていいようなものではなかった。


「初撃は躱せたのに、残念だったな」

「ははは……。む、昔は、もっと避けれてたのですが、最近は呼吸を完璧に読まれるようになりまして……」


 あー。あれは確かに読まれてたわ。避けた先に合わせてきてたもんなあ……。でも、体が本調子だったら、避けれたんじゃないか? ま、どっちでもいいけど。


「そっか。でも良かったよ。獲物が刃物じゃなくて」


 じゃないと死んでたもんな。


「は、はい……」


 そう言うと、ガクッと頭が倒れ込む。どうやら気を失ったようだ。覗き込むと白目剥いてるし。まあ、あとで起こしてもらえ。しかし、何ともまあ愛情表現の激しい夫婦だよ。


「姫様……」

「ん? 何だ?」


 平静を取り戻したのか、顔の紅潮も引いたいつものシヴァルイネが、隣にしゃがみ込む。そして、小声で囁いた。


「こちらに向かっている時、血相を変えたイージャンと鉢合わせしたのですが、私に気付かず追い抜いて行きました」

「へえ……」

 

 まあ、あの様子じゃあ、そうだったのだろうな。


「その時、彼から『玉響たまゆら』を感じたのです」

「え? 本当か?」

「はい、間違いございません」


 玉響と言うのは、空震音叉の発露を示す初期段階の事。あいつ、いつの間に……。


「その走る速さも、いつも以上に速く感じられました。私が全く追い付けないのです。むしろ、どんどんその距離が離れていきましたから」

「…………」


 私は腕を組んで考え込んだ。今ならいけるか? 玉響が出たというなら、至極天を持てば空震音叉の感覚が掴めるかもしれない。駄目だとしても、益はある。慣れるのが早いに、越したことはないからな……。


 これはやはり、先生と一緒に至極天を納めに行った方が、良さそうだな。私は、そう決めた。


「シヴァルイネ。朝食を取ったら、私は先生とカトゼへ行く。至極天を納めにな」

「はい」

「あと、イージャンも連れて行く」


 彼女の目が細まる。


「あいつには、お前んとこの黒刀を使わせる。これは既に決定事項だ」


 彼女は、カトゼの武人であり、黒刀を納めている所の責任者でもある。


「そうですか……」


 私の言葉に、シヴァルイネは静かに目を閉じた。この様子だと聞いていないか。まあ、昨日半ば思いつきで決めたからな。知っているのは、私とササレクタ、そして爺。


 それから、もしかしたら父様とその側近たち。これは昨晩宴会をしたって言ってたから、その時に話として出ているかもしれない。ま、そのくらいだろうな。


「後日、クロウガルからその旨を、正式に伝えられると思うが、この機を逃すのは勿体ない。――いいな?」


 彼女は閉じた目をゆっくりと開く。その目には、強い意志を感じた。


「承知致しました。『黒曜神宮こくようじんぐう』の大宮司として、このシヴァルイネが共に参ります」

「頼む」


 そう言うと、私とシヴァルイネは立ち上がる。


「じゃあ、私はちょっとご飯を食べてくるから。あ、それとな、今の話は内緒にしといて」

「え?」


 どうしてと、シヴァルイネが首を傾げる。


「ほら、あいつ緊張するかもしれないからさ」


 いや、いきなり至極天を使えと言ったら、イージャンは絶対そうなる。すると、あまり良い結果にならない気がするんだよね。玉響も奥の奥まで引っ込みそうだ。なら、その緊張しているその時間は、短い方が良い。


「ふふっ。そうですね、心得ました」

「じゃ、後で」

「はい」


 先程と同じように、恭しくお辞儀をするシヴァルイネに手を振り、私はこの場を後にした。

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