第20話 異変 その3
判明したのは、火事などでなく、先生の研究所が襲撃を受けているという、信じ難い事態だった。
「そんな――!」
その事実を聞いたイルミネーニャが、驚いて口を両手で塞ぐ。彼女は心配してずっと焦った様子だった。でもまさか、そんな事にまでなっているとは、思っていなかったんだろう。
「敵襲……!」
「こ、これは、一大事であります!」
そして、レイセインもグスコの二人も、襲撃という言葉に衝撃を受けていた。レイセインは、表情が強張り、グスコも落ち着きを失って挙動不審になっている。
「一体、誰がそんな事を――!」
イルミネーニャが呟いた。流石に、どんな奴らが襲っているのかは、見当をつけきれない。だが、目的は分かる。私は、遠くに見える研究所を、睨み付けた。
――ミーレちゃん! やはり何か厄介事を持って来ていたな!
シカルアヒダ王国の一行が、シドー先生の研究所に泊まった途端にこの襲撃だ。知っている者なら、誰でも結びつける。狙いは、シカルアヒダ王国王女、シカルアヒダ・ミーレ・モーサに間違いない。くっ! こんな事なら、王宮に滞在してもらうべきだった! あそこなら、警備も厳重だったのに!
先生の研究所も、近衛騎士隊が今臨時で警備に当たっている。だが、爺がどこまで人員を割いてくれていたのか。それが問題だ。襲撃者の数次第で、対応できなくなる恐れがある。シカルアヒダの人間だけではないのだ。あそこには、戦えない王宮侍従官たちもいる。そして――。
「ローリエ……!!」
先生の婚約者であるローリエもいるのだ。最悪だぞ! あの子に、もしものことがあったら――! 襲撃者にローリエ、ミーレちゃんにも危害を加えられ、そして――。心を抉る、ぞっとするような未来。赤黒い怒りが全身を駆け巡り支配する。私は、かつてないほど激しく憤るのを感じた。
「おのれ!!」
そんな事は、絶対にさせてたまるか! すぐにでも行って、その報いを受けさせてやる!
「ササ!」
彼女に向かって叫んだ。
「私を投げてくれ! 先に行く!」
そう言うと、顔を移して、残りの三人の顔を順々に見ながら指示を飛ばす。
「レイセイン! お前は下の二人と一緒に、シビアナを探してこの事を伝えてくれ! 近くまでは来ているはずだ!」
「はい……!」
まずは、シビアナだ。あいつにこの事を、知らせなくてはならない。シビアナがいるといないでは、天と地の差。事態を迅速に対処できるかどうかの、大きな分かれ目となる。
「『王女代行執行権』を、そのままシビアナに!」
「はい……!」
レイセインは、頷いて返してくれた。
「グスコ! レイセインに人手の貸し出しを頼む! 共にシビアナを探してやってくれ!」
「はっ!!」
「それから、門はこのまま閉めておけ! 事態が収拾するまで、絶対に開けるな!」
「はっ!! 了解であります!!」
グスコは、気迫ある敬礼をして答える。
「イルミネーニャ!」
「うん! 分かっているよ!」
「よし!」
そして、イルミネーニャは、意思の籠った力強い目をして、しっかりと頷いてくれた。
ふふっ。頼もしいねえ! ありがたいことだ! 本当に、この子が私の侍従官であってくれて良かった。この事態にいち早く対処できるのは、彼女のおかげだ。
それに、イルミネーニャだけではない。レイセインもグスコも、いざという時に見せるその能力は、並々ならぬものがある。積み重ねてきた経験を元に優れた判断を下し、的確な行動が出来る奴らだ。心強いことこの上ない。
そして、何より心強いのが、先生がいるということ。至極天も呼び出している。その至極天と先生は、相性が抜群にいい。しかも、他の至極天にはない仕掛けが、色々とある異質の至極天だ。この緊急事態にも遺憾なくその能力の真価を発揮できる。
舐めた真似をしてくれたな……。だが、至極天を使うトゥアール王国の英雄を、そうそうどうにかできると思うなよ!
そして、ここには更にもう一人、心強い奴がいる。
「ササ! やるぞ!」
トゥアール王国最強の戦闘能力を持つ一人。西方将軍、千手戈音ササレクタ。こいつがいる。私を投げた後は、後続で研究所に来てもらうつもりだ。戦力が段違いに増える。
その間に、私はさっさと研究所へ直行だ! 奴らにはこの世で地獄を見せてやる! それをあの世に逝って後悔しろ! ――って、あれ?
「おい、どうした、ササ?」
ササレクタを見ると、様子がおかしい。神妙な面持ちのまま、研究所の方を見ながらじっと固まっている。私の声にも反応しないで、心ここにあらずだ。
「ササレクタ様……?」
ササレクタに後ろから抱きかかえらているイルミネーニャも、異変に気付き不思議そうに背後を振り返る。
「ササ……?」
おい、どうしたんだよ? 何やって――。
「――姫ちゃん」
ササレクタが、無表情で私にその顔を向けた。そして、口を開く。そこから零れた言葉は、彼女なら決して口にしない事だった。
「私が、行きますわ。姫ちゃんは、ここでそのまま指示を」
「え?」
何を言ってんだ……。一瞬、意味が分からず呆然とした。だが、すぐにその意味を理解して、怒りの感情が昂ぶる。どういうつもりだ、こいつ!? そんな事は許されない! 私はトゥアール王国の王女だぞ!
「それは駄目だ! 私が行く!」
「いいえ。私が行きますわ」
何を考えているんだよ、お前は!? こんな押し問答をやっている場合じゃあないんだぞ!?
「ササ! いいから私が行く! お前が投げるのが一番早いだろうが!」
「いいえ。至極天の使える私が行きますわ。姫ちゃんは、ここに残りなさい」
はあ!? 残れだと!? こいつ、この私に残れと言ったのか!?
「お前、なに馬鹿な事を言っている!? そんな事できるわけないだろうが!」
「できないわけないですわ。ここに残りなさい」
「くっ!」
何も受けつけない。いくら言っても、ササレクタの頑な態度は変わらなかった。くそ! これでは、埒が明かない!
「ならば、私は走っていく! お前の力は借りぬ!」
「それも駄目ですわ。姫ちゃんは、ここを動かないで」
ササレクタは、そう言いながらイルミネーニャを離す。そして、自分の体を横にずらして、私の進路を塞いだ。何をやってるんだ、お前は。そろそろ我慢の限界だぞ……。
「そこをどけ! ササ!」
「どきませんわ」
ササレクタは怒声にも怯まず、変わらない冷淡な口調で真っ向から私を見据える。そして、有ろう事か拳を突きだし構え始めた。
「それでも、行くというなら私を倒して行きなさい」
「ササアアア――!」
「私は――、引きませんわよ?」
その手には、いつの間にか握られた青紫色の音叉。至極天を使ってでも、阻止するつもりのようだ。だが、それは無益だ。あまりにも愚かすぎる、無益な行為でしかない。
「これでは、二人とも研究所に行けない! 手遅れになるぞ!」
「この際、それも致し方ありませんわね」
「お前、何を言って――!?」
「私には、それよりも大事なものがあるんですの」
「大事なものだと!? それが、今のこの状況よりも優先されるってのか!? ふざけるな!」
「ふざけてませんわ」
「…………」
その答えで、我慢の限界は、もう既に頂点へ達している事に気付いた。
「それに、シドー様や近衛騎士隊がいるんですから、大丈夫ですわよ。そちらに任せておけば問題はないですわ」
「…………」
「あの方の強さは、姫ちゃんが一番よく知ってるでしょう?」
「…………」
「だから、行く必要なんか何処にもありま――」
「いい加減にしろ!!」
私の一喝に吹き飛ばされ、しんと場の静寂が広がる。誰も声を上げない。その中で、ササレクタを睨み、叫んだ。
「ササ!!」
こいつの、この豹変。正気とは到底思えない言動。これはもう、一つしかない。私は確信を持って、それをササレクタに突きつけた。
「お前――、襲撃している奴らが、誰だか知っているな!?」
「……!?」
「え!?」
「なっ!?」
私の言葉にレイセインが目を見開き、イルミネーニャとグスコからは驚きの声が上がる。
正確には思い至った、だ。ついさっき気付いたんだ。黒幕の正体を――!
火事だと言った時は、まだだろう。そんな感じはしなかった。だが、その後の爆発と敵襲の知らせ。そして、そこにシカルアヒダ王国の王女が滞在しているという事実。これで、あいつの中でも確信に変わったに違いない。
そして今、私はこう思っている。「シカルアヒダ王国は、何らかの事情を抱えている。それも、王女の命が狙われるような、とんでもないものを。その解決のために、このトゥアール王国に――、いやシドー先生に会いにやって来たのだ」と。
ササレクタが護衛をしていた事。これもついでの護衛などではなく、本当に命を狙われているから、頼んだのではないだろうか。だが、恐らくミーレちゃんの事情や本当の目的は、ササレクタにも伏せられていた。でなければ、あいつは火事とは言わない。
少なくとも、黒い煙が上がっていると知った時点で、すぐに敵襲と考え様子が変わりそうなものだ。だが、それはなかったからな。
しかし、西都はシカルアヒダに一番近い。その内情は、この国でも一番詳しく分かるはず。そして、西都の最高責任者は、西方将軍であるササレクタだ。表沙汰に出来ない情報も、知ることが出来る立場にある。
だから、自分の知り得ていたその情報とこの状況を組み合わせて、襲撃をしている連中と、その黒幕を悟ったのではないか。そして、それを私に黙っていたという事は、これもまた抵触するのだ。
「答えろ! ササ!」
「知りませんわ」
ササレクタは私の目を射抜きながら、起伏なく感情を一切消して答えた。そう。これも機密なんだ。だから、私には言えず、無理矢理この場に留めておこうとしていた。
留めておく理由。機密のその内容――そこに含まれる襲撃者の素性。これも、どういった連中か、多少見当がつけれた。
ササレクタは、機密だから行かせないなどという選択をしている。この状況ならむしろ、機密を無視してでも、率先して私に行けと言うような奴なのに。しかも、その機密は無視しても問題ないと言っていい。
そもそもササレクタも、この襲撃は寝耳に水だったはずなのだ。機密だと気付いたのもついさっきのはず。襲撃者に察しがつかなかった、分からなかったと言えば、言い訳はつく。
だから、機密にただ抵触しているのではないだろう。襲撃を行っている賊に、私が向かうことを躊躇わせる何かがあるのは間違いない。では、それは何か? それは、好戦的で最強の一角も担うササレクタにさえ、そう思わしめる連中。私の強さを知っているのに、それでも行かせたくない程、やばい連中だという事だ。
私を投げた後、ササレクタは研究所に来るだろう。そこまで時間が掛かるとは思えない。シドー先生と私、そしてあいつが揃えば文句なしだ。
しかし、そうなるというのに、行くのを阻もうとする。私達三人が揃っても、危うい事になる可能性が高いのだろう。そして、それが分かるという事は、知っているんだ。その強さを。肌で感じたことがあるんだよ。ササレクタは、その連中に遭ったことがある!
「はあ……」
どんな事を言っても、例え機密だから行くなと言っても。そして、その内容を喋っても関係ない。私は向かう。ここで引き留めるには、手段を選べない。力づくでやるしかない。だから、こいつはこんな事をやりだしたんだな。それは、あいつが言った大事なものを守る為か。
その大事なものって、ひょっとして私の事なのかな? だから、ここまで頑なに行かそうとしなかった、とか? ううっ。ちょっと言い過ぎか。そうじゃなかったら、赤っ恥もいいとこだわ。恥ずかし過ぎる。止め止め。ま、でもさ――。私はササレクタの顔を見た。
苦しそうに嘘までついちゃってさあ、もう……。研究所に行かないなら、ここで殺すとか言いそうな奴が、行くなと言えばそりゃ違和感も覚えるさ。無表情でも分かったよ。だから、我慢の限界だったんだ。聞いてられなかった。でもその結果、この事実に気付けた。
「ササ。お前が、何を考えて止めようとしてるか、今の私にはそれを知ることが許されない」
色々推察して辿り着けた事実はあった。でも、本当のところは結局ミーレちゃんと機密の内容次第なんだろう。
「でも、お前からは真剣に心配してくれてるんだと思える。だから、本当の所どうなのか分からないが、そう思った以上こっちで勝手にありがたく頂く」
「姫ちゃん……」
大事なものが私だとは言わない。でも、身を案じてなければ、行かせないなんて事も言わない。心にもないことまで言って。だから、そう思った。
「しかし、私はトゥアール王国の王女だ! ここで行かなければ、それは私にとって見捨てると同義! そんな事をすれば、誇りを失う! 二度と胸を張ることも出来ない! お前たちにも、そして自分にも! そんな者に、王女である資格はない! この王国を受け継ぐ資格もない! 何もかも全て失うんだ!」
誇りを失う。これは、王女であろうがなかろうが、関係ない。同じことだ。だが当然行くのは、王女として行く。言うまでもなく、私はトゥアール王国の王女。その何者でもない。
「故に私は、『王家の本懐』を遂げなければならない! 行かないという選択肢は、初めから存在しない!」
『王家の本懐』。それは、トゥアール王家の信念。意志。王家の人間に求められる生き様。初代女王から脈々と受け継がれてきた、精神に基づくもの。
「お前は、それを知っているだろう!? 見てきただろう!? ずっと前から! なのに、それでもここに残れと、そう言うのか!?」
私は、真っ直ぐとササレクタの瞳を見つめた。
「答えよ! ササレクタ!!」
ササレクタは握りしめた音叉をさらに強く握りしめる。そして、苦しそうに顔を歪ませ、目を落としその目を瞑った。
「それでも……。それでも、私は引けない……」
そして、絞り出すような声で、明かすことのできない滲んだその思いを吐き出す。
「それが、私の本懐に繋がりますのよ!」
真情を吐露したササレクタの目は開かれ、音叉の共振が始まる。音色が膨らみ広がっていく。
「ササレクタ様――!?」
イルミネーニャが驚きの声を上げた。グスコもレイセインも、どうしていいか分からないのか、呆然とササレクタの動向を見つめている。
それがお前の答えか……。いいだろう。私は、ササレクタお前を倒していく。そう覚悟し、睨み付け構えた。しかし、ササレクタは私を見ていない。その視線は、この背後に現れた気配に釘付けになっていた。そして、声が聞こえてくる。
「ササレクタ様。どうぞ、殿下の仰せのままに」
この声――!?
「貴女、いつから――!?」
音叉の共振は静まり、ササレクタは唖然とした表情で動きを止めた。
「シビアナ!?」
私も振り返り、その姿を見つけ驚く。お前、ここまで来ていたのか! そこにいたのは、私の筆頭侍従官。シビアナだった。だが、いつもの雰囲気とは少し違って見える。威圧的なものを感じた。
「シビ姉!」
「シビアナ……」
「シビアナ様!?」
驚く皆の前を通り過ぎ、シビアナはゆっくりと歩きながら、私とササレクタに近づいてきた。そして、私たちの目の前で、その歩みを止める。
「殿下は、立ち向かわなければなりません」
シビアナは、毅然とした態度で堂々とそう言い放った。
「それが、我らがトゥアール王家、王者の血に連なる者に課せられた宿願。如何なる艱難においても、道を切り開き続ける先駆の剛刃。そして、その中でこそ王家の本懐は果たされます」
「そんな事、貴女に言われるまでもなくてよ!」
既に喧嘩腰だ。シビアナを苛立たしそうに見ていたササレクタが、食って掛かった。
「であれば、どうぞササレクタ様。殿下の仰せのままに」
「――っ!?」
その言葉の何処が癇に障ったのか、いきなりササレクタはシビアナに向かって荒々しく歩き出す。
「シビアナ! 貴女は、いつもそうやって――!」
「ササ!!」
私は、その肩を両手で掴んで止めた。
「姫ちゃん……」
「聞け、ササ」
これで、最後だ。最後の説得――。私はそう思いながら、ササレクタに話しかけた。
「お前も言っていただろ? 己が窮地をその拳で破壊し、粉砕し、叩き潰し! そして、突き進む! それでこそ、我がトゥアール王国の姫君――ってさ」
ササレクタはハッとするように、目が一瞬見開かれる。
「それは……」
「その通りなんだよ。そして、お前の言う王女であり続ける」
「…………」
「ふっ。私は、お前に嫌われたくないからな」
「…………」
――あれ?
これ、説得じゃなくない? 思ったこと言っただけだよね? 言った後に気付いた。ああもう! 最悪だよ! 全然、駄目じゃないか! 何で、もうちょっとこう、心に響くようなこと言えないんだよ、私は!
「…………」
ササレクタは、無言のまま私を見つめていた。ううっ。やっぱり駄目か……。そう思っていたのだが、彼女に変化が見える。目を閉じると、
「ふー……」
天を仰ぎ、長い溜息をついた。
「そうですわ。ええ、そうでしたわね」
そう呟いて、開かれた目。その顔は、憑き物が落ちたように吹っ切れた表情だった。おお! 何とかなったのか!?
私の説得まがいが効いたのではなく、他に思う所があったのだろう。それが、何のかはよく分からないが、どうやら納得はしてくれてそうだ。やれやれ。良かったよ。これで、戦わずに済みそうだ。
「姫ちゃん、ごめんなさい。私が、どうかしていましたわ」
「いや、どうかしていない。嬉しかったよ」
「う・ふ・ふ……! 泣きそうな事、言ってくれますわね……」
ふふっ。調子が戻って来たかな? 少し弱々しいが、らしさを感じる。そして、ササレクタは、「ふう」と短く息を吐くと、
「姫ちゃん! アレで行きますわよ!」
と、気持ちを切り替える様に威勢よく叫んだ。弱々しさも一気に吹き飛ぶ。これで、いつも通りのササレクタだ。うん、いい感じだ! よし――!
「ああ、勿論だ! それで頼む!」
そう言うと、顔を移して残りの三人、そしてシビアナの顔を順々に見ながら、もう一度指示を飛ばす。
「レイセイン! お前の剣を一つ貸してくれ! 何でもいいから!」
「はい……!」
レイセインは、腰から剣を取り外し始めた。相手がやばい連中かもしれないのだ。念のため、剣を借りていこう。
「グスコ! お前は、シビアナの指示を聞け!」
「はっ! 了解であります!」
グスコは、力強く敬礼をした。グスコの事――王都守護兵団の事はシビアナに任せればいい。ふっ。手足として、こき使われるだろうがな。
「シビアナ! ここは任せる! 執行権を存分に行使せよ!」
「はい。ご武運を、殿下――」
シビアナは、優雅にお辞儀をした。こいつがいれば、後顧の憂いはもうない。任せられる。私は敵を打ち倒すのみ。最後にイルミネーニャへ顔を向けると、彼女は少し涙を浮かべて、酷く心配そうな顔をしていた。
「姫姉! 気を付けて! 凄く嫌な予感がするんだよ!」
「――っ!?」
嫌な予感がしてたのか――! だからこの子は、ずっと焦ってたんだな。黒い煙を見ただけでは、なかったか……。この予感を感じていると、彼女はそわそわし始める。しかも、運の悪さが原因で酷い目に遭ってきた経験からか、その嫌な予感はよく当たる。
「分かった! 気を付けよう! あとは頼むぞ、イルミネーニャ!!」
「うん!」
イルミネーニャは、しっかりと頷いた。
私は、ササレクタに向かって飛び上がり、彼女の手の上に足を乗せてしゃがみ込んだ。すると、ササレクタがこちらを見ないまま、足早に歩きながら小声で話しかけてきた。
「姫ちゃん。正直、相手の強さは私にも測りかねますわ。その規模も不明なんですの」
「そうか」
測りかねるって事は、幅があるのか? 強い奴もいれば、弱い奴もいる? 規模って言ってんだから集団だな。その中にやばい奴も含まれているのか。だったら、ササレクタが私に会わせたくない奴らは、今回いるか分からないな。しかし、イルミネーニャの予感からして――。ま、兎に角だ。
「行き当たりばったりで、やるしかないって事か」
「ええ」
強さが不明なら、仕様がないね。やれやれ。
「ただ分かっている事はありますわ。でも、それは私の口からは言えませんの。だから、詳しく知りたいならシドー様にお聞きなさい。必要に応じて教えてもらえる事は、あるはずですわ」
「分かった」
機密に引っ掛かっているからな。全部は無理っぽい。でも、どういった攻撃をしてくるかぐらいは、教えてもらえると助かるが。
「シドー様がその相手について知っていれば、ですけどね」
「了解だ」
ササレクタは言い終えると、足を止めて向きを外壁門の外へ変える。私を投げる為の、助走の距離は取れたようだ。これで、準備は整った。
「姫ちゃん! 私も、すぐに駆け付けますわ!」
「ふっ! お腹に何か入れとけよ!」
「分かってますわよ!」
「よし! ササ、思いっきりだ!」
「ええ! 行きますわよ!!」
ササレクタが走りを始める。先生! ローリエ! ミーレちゃん――! すぐに行くから待ってて! それまで、どうか無事でいてくれ!
「はあ!!」
ササレクタの気合と共に、踏み込まれる左足。地面に衝撃音が轟く。同時に腕が振り抜かれ、私は目にも止まらぬ速さで勢いよく飛び出した。
私の大切な者を脅かす輩! 尽くこの拳で破壊し! 粉砕し! 叩き潰す!
目指すは、シドー先生の研究所。体は風を切り、ぐんぐんと飛距離を伸ばし飛んでいった。




