第18話 王宮へ
「シビアナ帰るぞ。その続きは家でやってくれ」
未だイージャンの耳を笑顔で引っ張っているシビアナを嗜める。
そろそろイージャンを解放してやれ。自業自得とはいえ、見ているこっちが痛々しくなるんだよ。
それにこれから始まるであろう折檻のことを考えるとな……。
「はい」
そう言うとシビアナはイージャンの耳から手を離す――って思ったら離さない。
そのまま自分の横顔を夫の耳に近づけた。
は? 何してんだ?
シビアナが口を開く。
どうやら何か小声で喋っているようだ。ここからじゃ聞き取れない。
「……血……肉…………呪……殺……」
おい、何話してんだよ……。
イージャンの顔が見る見るうちに青褪めていくんですけど。
シビアナは笑顔だが目が笑っていない。
何その顔。超怖い。
背筋が凍るようなその囁く様に、若干狂気も感じるのは私の気のせいか。
あ、イージャン体も震えだしたな。
うん……。
浮気なんてするもんじゃないね。でもなんか酷過ぎる気も……。
さっきの笑顔に反応したイージャンが、よっぽど癇に障ったんだろうなあ……シビアナの奴。
あいつどんな顔してたんだろう。
しばらくすると、気が済んだのかシビアナの呪詛じみた囁きは聞こえなくなった。
やれやれ終わったか……ん?
「なっ!?」
イージャンの顔が見る見るうちに赤らんでいくだと!?
今度は何故かイージャンが顔を赤くしながら固まっている。
私は何が起こっているのか分からなかった。
直ぐに状況を理解しようとシビアナを見る。
「えええ!?」
さっきとは打って変わって、何とも艶かしい表情で囁いていた。
何その顔。超エロい。
そして、その囁きに反応するかのようにイージャンの紅潮が増していく。
さらに赤くなったその耳に、ふうっと息も吹きかける。
イージャンの体がびくんと悶えた。
シビアナはそれを見て妖しく、ほくそ笑む。
エロい! エロいよ! このシビアナエロスが!
今夜はこんな感じになんの? 予行演習なの? なあ、夜のシビアナさんよおおお!
ていうかお前はイージャンをどうしたいんだよ!
やりたい放題か!
あ!
これ――飴と鞭だわ。
私は悟った。
これがシビアナ流イージャン調教術だと。
ただ一方的に責め立てるだけではいつかイージャンも限界が来る。
行き場をなくした夫が安らぎを求め、他の女性に走るかもしれない。
そうなればシビアナも困るはず。家庭崩壊だ。
そこで自分の鬱憤を完璧に晴らしつつ、イージャンが逃げないように妻の甘い優しさを、絶妙なさじ加減で与えてるんだ!
そういえばここに来た時も同じようなことしてなかったか?
私はここに来た時のシビアナの行動を思い出した。
なるほどな……これが奴の手口か……。常套手段なわけね。
勉強になります。
――はっ。
「いや、本当に家に帰ってからやってくれないかなあ! そういことは!!」
流石に声に出てしまった。
まったく何してんだよ。つい見入ってしまったわ。
「はい。申し訳ありません殿下」
シビアナがやっとイージャンの耳を離した。
その顔はやりたいことやって、とてもすっきりしている様に見えた。
夫婦って色々大変だな。特に夫が。イージャンを見てしみじみ思うわ。
完璧に尻に敷かれているよなイージャンの奴。
――私も結婚したらシビアナみたいなことするのかな?
あの後いい雰囲気になって、仲良く帰り支度をするアホ夫婦を見ながら、ふと思い立った。
いや……ないな。それはないだろう。
私の場合は即半殺しだ。
はっはっはっ。
いやでも、シビアナの技術もきちんと検証しよう。
あれを有効に使えれば私も夫に対して優位に立てる。
まあ結婚を決めなければ意味がないが。
ローリエはどうかな? あの子は浮気に対してどう対処するんだろう。
ローリエたちに視線を移す。
先生は復活したみたいだ。仲良さそうに談笑している。
女の子と普通に話してるなあ。はあ……。
あ、まさかローリエに向かって猥談とか言ってないだろうな。
ああいや、婚約者だから別に私が口を出すことではないか。
ローリエがシビアナの様になって、先生の耳引っ張ってる姿は想像出来ないよなあ。
うーん。
どうなるんだろうな。ちょっと好奇心が湧いた。
私が色々考えていると、シビアナ達が戻ってきた。
帰る支度は終わったみたいだ。
「殿下、この中庭どういたしましょう?」
シビアナが周りを見ながら尋ねてくる。
中庭の事どうするかシビアナに言ってなかったな。
うーん。
私の力を使ってもいいんだが止めておこう。
感情の変化が面倒くさいし。
それに地面は元に戻せるだろうけど、外壁の修繕とかになると、どこまでできるか分からないからな。
ここは素直に専門家に任せよう。
「ん……。帰ったら修繕を手配してくれ」
「畏まりました」
それじゃ先生に帰りの挨拶をして王宮に戻りますか。
「先生。そろそろお暇します。色々とありがとうございました」
ローリエと談笑していた先生に帰ることを伝えた。
「うむ。そうか」
「中庭はその……後日私の方で手配しますので」
「わははははっ。ああ分かった」
結構ひどいことになってしまったからな。
外壁も一部壊れたし。
早めに修繕できるようシビアナに手配してもらうか。
「そうだ。研究所の増改築が必要ならついでにやって下さって構いませんよ? 費用はこちら持ちです」
「ふむ……。そうだな。考えておこう」
迷惑をかけた分、これくらいはしてもいいだろう。
婚約祝いだな。
勿論、ちゃんとした婚約祝いは他にきちんと用意するが。
「それでは先生、お邪魔致しました。今夜は頂いたお酒でも飲んでゆっくりしますよ」
「ふっ口に合えばいいがな」
そこはあんまり心配していなんだけどね。
お酒の趣味は先生とよく似てるし。先生が好きなら私も大丈夫だろう。
「ローリエも――またな」
「は、はい!」
ローリエは元気よく返事を返してくれた。
先生たちが正門まで見送りに来てくれるというので、一緒に馬車が泊まっている所まで向かった。
「リリシーナ」
私たちが馬車に乗り込むと先生が声をかけてきた。
「はい。何でしょう?」
「お前の髪色……。黒若しくは白に変化できるようになったりしてないか?」
唐突にそんなことを聞いてきた。
いきなりだな。
髪ねえ……?
私の髪は黒っぽい色や白っぽい色には変化するけど、純粋に黒、白となるとそれはできない。
「いえ。出来ませんけど……?」
私は首を振った。
何だろうね。
私が知っていることは先生も全部知っているはずだ。
だからあの聞き方は、ここ最近でってことだよな。
うーん。
最近は髪の色を変えないようにしていたしなあ。
特に何もなかったはずだ。
「ふむ。ならなんでもない。忘れてくれ」
「いいんですか?」
え? いやちょっと気になるんだけど。
「うむ。問題ない」
「――分かりました。それでは先生、失礼します。また来ますね」
無理矢理話を聞くのもあれだな。
仕方ない。
「うむ。いつでも来ると良い」
こうして私たちは先生とローリエに見送られながら、シドー研究所を後にした。




