第18話 奴隷
翌日、クルトが身分証明書とクッキーの感想を持って店にやってきた。
どうやら奴隷商館まで案内してくれるそうだ。
クッキーの感想を聞かせてもらいながら街に向かった。
クッキーは、とても好評で、その日のうちになくなってしまったらしい。
街に着くと、奴隷商館までの道のりにある店を説明しながら歩いてくれた。
「ここです」
「わざわざ案内してくれて、ありがとう」
「いえ。それでは、僕はここで失礼します」
道中を共にしたことで、二人の口調も砕けていた。
クルトと別れて、奴隷商館に入ると、白髭を生やした男性が出てきた。
「いらっしゃいませ」
「すいません、女性の奴隷が欲しいのですが」
そう言うと奥の部屋に案内された。
部屋のソファーに腰掛けるように促されて座ると、男性から奴隷に対する要望等を聞かれた。
欲しい技能を順に挙げると、識字、算術、料理であることを伝える。
ただし、算術と料理はあると望ましいが必須ではないとも付け加える。
すると、その男性は、しばらくお待ちくださいと言って部屋を出て行った。
数分後、先ほどの男性が少し太めの男性をともなって現れた。
その後ろから十人の女性を続く。
そして、少し太めの男性がシェフの前に腰掛けると、挨拶をしてきた。
「店主のアラハドです」
「よろしくお願いします」
「要望に合う者は、こちらの十人になります。すべての技能を兼ね備えている者は少ないですが、識字能力をある程度持っております」
アラハドは、名前、年齢、種族、技能、価格を左から順に説明した。
最後まで聞き終えた後、改めて先ほどの情報と照合しながら女性を説明された順番に見ていった。
すると、右側の二人を目にした瞬間、シェフの目が見開いた。
(イ・ヌ・ミ・ミ!? そ、そういえば、狼人族と言っていたな)
どうやら内容を覚えることに集中しすぎて、容姿の細かなところまで見えていなかったようである。
しかも、よく見ると狼人族の女性二人、背の高い女性と背の低い少女の目元が似ているような気がする。
「アラハドさん、あちらの二人はもしかして親子ですか?」
「お、気付かれましたか。そうですよ」
それを聞いて、シェフは少し考える。
人間以外の種族に出会ったのは初めてである。
別の種族が何を好んで食べるのかということは、是非欲しい情報である。
子供のほうは読み書きの能力は同年齢の平均と比べて拙いが、親子を別々にするのは忍びない。
悩んだ末、今後の成長も期待して、狼人族の親子を併せて買うことにした。
シェフが選んだ者は、算術ができる十六歳の女性一人と狼人族の親子、母親は算術も料理もできる二十五歳で娘は九歳、の三人である。
もちろん約一か月足らずの売上だけでは足りないのでDPを使用した。
ここでいうDPの使用とは、DPをお金に換金することである。
ただし、無限に換金することはできない。
DPとお金は相互に交換できるようで、ダンジョンマスター(自分以外でも良い)がお金をDPに変えると、そのお金をDPに換金できるという仕組みである。
シェフが店を開くときに、お釣りに悩んでいた時に気付いた機能である。
シェフはお金を払い、誓約書に名前を記入した。
そして、女性の背中にある《奴隷紋》にシェフの手を重ね、アラハドが《誓約魔法》を使用して、契約を更新していった。
ここで、奴隷について少し触れよう。
この世界で奴隷になる者は、本人の同意を持って、《誓約魔法》を使用して契約する。
奴隷となった者は体の一部に《奴隷紋》というものが浮かび上がるが、奴隷から解放されるとその紋章は消える。
このような仕組みにより、奴隷になったものでも、自分を買い戻したり主人が死んで解放されたりすると、通常の生活に戻れるのである。
奴隷商人になるためには、本人が《誓約魔法》を使えるか、使えるものを雇う必要がある。
シェフは、女性たちを連れて奴隷商館を出たところで、大きく息を吐いた。
奴隷を買うということに、無意識のうちに、緊張していたようである。
「あの、ご主人様」
「ひゃ、は、はい、何でしょうか?」
完全に気を抜いているところに、いきなり声を掛けられ、シェフの口から変な声が出た。
「親子で購入していただいて、ありがとうございます」
「いえ」
「「「「……」」」」
奴隷をどう扱ってよいのか分からないシェフと、どういう主人か分からない奴隷たちの気まずい空気が四人の間に漂った。
「と、とりあえず移動しましょう」
歩き始めたシェフについていく三人は、そのまま街から出たことに戸惑っていた。
三人で「え?」「どういうこと?」と囁き合っているが、考え事をしているシェフの耳には入ってこなかった。
何も話してくれない主人に対して、もうついていくしかないと覚悟を決めて歩いた。
十分ほど歩いたところで、前に人だかりが見えた。
「あ、店長さんだ!」
「お! 早く店を開いてくれよ」
人だかりは、《めしや ダンジョン》のお客であった。
「すいません。今から開けま…… あ!」
店に向かって走り出そうとしたときに、自分の後ろを思い出した。
着いてすぐに、従業員として働かせるのは難しいだろう。
そこで、キッチン側に椅子を用意して、店が落ち着くまで待ってもらうことにした。
* * *
三人の奴隷は椅子に座って、主人を見ていた。
「おかあさん、ごしゅじんさま、いそがしそうだよ」
「そうね。私たちも手伝ったほうがいいのかしら」
「ご主人様は何を考えているのよ!」
「カナリーさん、ご主人様に向かって、その言葉遣いは良くないわ」
「カナでいいわ。でも、何も話してくれないじゃない」
そうやって三人で話していると、主人が向かってきた。
何か仕事があるのかと思ったが、主人の口から出てきたものは全く違うものだった。
「はい、飲み物です。もう少しでお昼ですが、何か食べられないものはありますか?」
「「い、いえ」」
「少し待っていてくださいね」
そう言うと、三人の元を去って行った。
「む~、あの人は何を考えているのよ~~」
「か、カナさん?」
「おねえちゃん?」
次に主人が来たときには、手に何かを持っていた。
「昼食です。何がいいのか分からなかったので、ハンバーグとミートスパゲッティとチキン南蛮、それとサラダとパンです。みんなで分けて食べていてください。もう少し経ったら落ち着くと思うので」
また、一方的にしゃべって行ってしまった。
文句の一つでも言ってやろうと思っていたのに、取りつく島もなかった。
「む~!!」
く~
「? おねえちゃん?」
「~~~~」
「おかあさん、食べていい?」
「そうね、食べましょう。ね、カナさん?」
カナは食事のいい匂いでお腹が鳴ってしまった。
それが狼人族の子供クウェイルに聞こえてしまったようで、赤面してしまう。
クウェイルもその母マイナも、匂いで食欲が刺激されてしまったようだ。
マイナは、クウェイルの興味を引いているハンバーグを切り分けようとナイフを入れる。
すると、中から油が、肉汁が溢れ出てくる。
その断面も見たことのないものだった。
「これは何かしら?」
「(パク)おいひ~」
マイナが料理について不思議に思っていると、その横からクウェイルが料理を取って食べ始めた。
その幸せそうな顔に、カナもマイナもハンバーグに手を伸ばす。
「「!?」」
食べた瞬間に、肉汁が口の中に広がった。
普通の肉より柔らかく、でも時々肉と違った歯ごたえを感じた。
あまりのおいしさに、あっという間にハンバーグがなくなった。
そのまま残りの料理もすべて食べ尽くしてしまった。
「「ふ~」」
「もうおなかいっぱい」
今まで食べたことのない料理、そして味付けに手が止まらなかった。
満足そうにしている三人を見て、シェフも嬉しそうだった。
(注)
本作品では、《技能》と《スキル》は別のものとして扱っております。
識字は技能ではありますが、スキルではありません。
20151024 希望技能について説明が足りなかったので追加
(旧)
欲しい技能を順に挙げると、識字、算術、料理であることを伝える。
(新)
欲しい技能を順に挙げると、識字、算術、料理であることを伝える。
ただし、算術と料理はあると望ましいが必須ではないとも付け加える。
20151024 連れてこられた女性の技能について説明が足りなかったので追加
(旧)
「要望に合う者は、こちらの十人になります」
(新)
「要望に合う者は、こちらの十人になります。すべての技能を兼ね備えている者は少ないですが、識字能力をある程度持っております」
20151024 クウェイルの識字レベルおよび三人の詳細について説明を追加
(旧)
しかし、親子を別々にするのは忍びない。
悩んだ末、人間の女性一人と狼人族の親子を買うことにした。
(新)
子供のほうは読み書きの能力は同年齢の平均と比べて拙いが、親子を別々にするのは忍びない。
悩んだ末、今後の成長も期待して、狼人族の親子を併せて買うことにした。
シェフが選んだ者は、算術ができる十六歳の女性一人と狼人族の親子、母親は算術も料理もできる二十五歳で娘は九歳、の三人である。




