第17話 男爵と取引
領主軍が来た翌日もシェフは何事もなかったかのように店を開いた。
いつもと違うのは、合間に《モンスターズ アイ》で映像を確認することである。
ただ、店が忙しくて、街から馬が出たことしか確認できなかった。
数日後、リカルドたちがダンジョンに向かって出発することを確認した。
その日は客が来ないと思っていたが、どうやらリカルドたちが根回しをしていたようである。
移動を開始した集団の中には、リカルドとクルト以外の兵士は見たことのない者ばかりであった。
しかし、それ以上に目を引いたのは、兵士の中に妙齢の女性がいるところである。
その女性は、人力車(?)に乗っているので、偉い方ではないかと思われる。
それを確認すると、残っているアサシンドールに頼んで、領主たちをダンジョンの外に連れ出した。
もちろん、その間は領主たちにはお眠りになっていただいた。
「シェフさん、お久しぶりです。って、準備万端ですか!?」
「お久しぶりです、リカルドさん、クルトさん。皆様が来るのが見えましたので」
「すまない。領主たちを預かってもらって」
「いえいえ」
「今日は、サスガ男爵様も連れてきた」
リカルドが顔を後ろに向けると、人力車(?)から女性が降りて歩いてくる。
「初めまして、サスガ=ユーリナリアと申します」
「…… は、初めまして、この店の店主のシェフと申します」
シェフは、サスガ男爵の容姿とその仕草に見惚れてしまった。
まさに、淑女の礼というにふさわしい動作が容姿と相まって、より一層美しさを醸し出していた。
「少しお話をさせていただいてもよろしいですか」
「は、はい。話をするなら中へどうぞ」
シェフは中に促すと、リカルド、クルト、サスガ男爵と数名がついてきた。
移動中、リカルドが隣に並んでくると、小さな声で見惚れていたな、とからかってきた。
「こちらにおかけください」
そう言って椅子に座ってもらっている間に、飲み物を用意した。
飲み物を持っていくと、座っているのはサスガ男爵と一人の男性だけで、他の者は立っていた。
「領主のことでご迷惑をお掛けしました」
「さ、サスガ様、話は私からしますので」
「謝罪に地位など不要です」
「はぁ、分かりました。これ以降の話は私がしますので」
座っていたもう一人の男性はサスガ男爵の執事である。
しかし、言葉のやりとりから苦労人でありそうな感じがする。
「彼ら元領主たちは、私たちが国に送り届け、裁判を受けることになるでしょう。そして、街には新しい領主を派遣するように国へ依頼を出します」
執事は、領主の件について淡々と報告を述べていく。
その中で、兵士たちは今まで通りの生活ができると聞いて、シェフは安心した。
執事の話が終わったところで、シェフは自分の本題を出すことにした。
「私からも話をしてもよろしいですか」
「はい、何でしょうか?」
「店の認可をいただきたいのです」
「そうですか。話は聞きました。最近、お店を開いたそうですね」
「おいしいと聞きましたわ。私も食べたいですわ」
「サスガ様…… その件も国に連絡を致しましょう。ただし、税は納めていただきますよ」
「はい、売上の三割をお支払いします」
「「なっ!?」
サスガ男爵と執事は驚いた。
他の兵士たちは、何故二人が驚いているか分かっていない。
売上の三割、通常この税を取ったら法外と言われるだろう。
しかし、《めしや ダンジョン》では仕入れ額がゼロなので、現状では売上と利益で同じなのである。
そのため、売上でも全く問題ない。
むしろ、売上から利益を計算して税を納めるほうが、都合が悪い。
「ほ、本当によろしいのですか? 利益ではないのですか?」
「売上です。ただし、二つお願いがございます」
「どうぞ」
「一つは、私の身分証明書が欲しいのです」
「私が身分を証明しましょう」
「さ、サスガ様? 分かりました。手続きをしておきます。明日にはお渡しできるでしょう」
「ありがとうございます」
「もう一つは、奴隷が、女性の奴隷が欲しいのです」
そう言い出したシェフの顔が少し歪んだのをリカルドだけが見逃さなかった。
一方で、女性の奴隷というところで、サスガ男爵が反応を示した。
執事がそれに気付いて、フォロー(?)をした。
「だ、男性の方ですから」
「そうですよね。男性の場合、女性がいいですよね」
まさかフォロー(?)をして、それに返答が返ってくるとは思っていなかった執事。
それに対して、さらにフォロー(?)をしようとして間違った方向に行ってしまった。
「男性が好きな方もいなくはないですが、奇抜な方だけですから」
「女性でも、女性のほうがいいと聞いたことがありますが?」
「え?」
「さ、サスガ様はそんな方ではありません!」
「そうですか? 出迎えしてもらうなら、女性のほうがいいと思っていました」
「「「「え?」」」」
出迎えという言葉を聞いたとき、サスガ男爵と執事は何かおかしいことに気付いた。
後ろに控えている兵士たちも、つい口から疑問の声が出てしまった。
「失礼ですが、何の話ですか?」
「え? ウェイトレス…… 給仕係のことですが」
「あぁ、そ、そうね。それなら、女性が嬉しいわね」
「?」
男性が女性の奴隷を買うということは、そういう行為をするためと思ったのである。
自分がそういう行為に勘違いしてしまったことに、サスガ男爵は恥ずかしく思い、
その頬にはわずかに赤みが差していた。
「オホン! 奴隷に関しては、身分証明書があれば、奴隷商人から購入できます」
「一つ聞いてもいいかしら? 奴隷ではなく、人を雇うのではいけないのかしら?」
「企業秘密がありますので」
「きぎょう?」
「いえ、この店特有の秘密がありますので」
すべての話が終わり、サスガ男爵たちが帰ろうとしたとき、シェフは身分を証明してくれることのお礼も含めて手土産を渡すことにした。
もちろん宣伝の意味も含めているので、兵士全員分用意する。
「こちらを皆様でお分けください」
「そういうものは受け 「有難く頂くわ」 サスガ様?」
「だ、だめかしら?」
「はぁ。今回だけですよ」
「中身はクッキーと言います。なるべくお早めにお食べください」
用意した手土産は、数種類のクッキーである。
それを見たリカルドは、探るように口を開いた。
「お、俺たちの分は?」
「リカルドさん……」
「ありますよ。こちらです。兵士の皆さんで分けてください」
「よっしゃーー!!」
「はぁ」
「できれば、感想をいただけると嬉しいです」
「分かった、分かった♪」
用意を始めたときに、片方だけに渡すのは問題かなと思って準備をしたが、まさかリカルドがこのような反応を示すとは思っていなかった。
要求してくるなら、若いクルトの方だと思った。
私生活ではクルトの方がしっかり者かも、とシェフは思った。
シェフたちが外に出ると、兵士たちは既に護送車に領主たちを乗せて休憩していた。
しかし、サスガ男爵を見ると、スッと立ち上がった。
男爵が声を掛けると、すばやく行きと同じ隊列になり、街に向かっていった。
シェフはその姿をしばらく見届けていた。
* * *
「あらあら、ついに捕まってしまったわ」
「自業自得ですわ! でも、あのサスガっていう男爵に見惚れるなんて男って!」
「あら、やきもち?」
「違うわよ!」




