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(注)この小説はフィクションです。本文中に、未成年が飲酒・喫煙する描写がありますが、当方はこれを助長する意図はありません。
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涙というものは、見方によって美しくもそうでないようにも見えるものなんだろうかと、あらためて思う。例えば、その子が、周りからじゃ簡単に読み取れないような、曖昧な感情を持っているとき。嬉しいのか、切ないのか、よく分からない涙がすーっと一筋頬を伝ったときの、見ている側がどきまぎさせられてしまうような、そんな美しさ。ただ、瞳で泣いている。そんな場面に遭遇すると、一体どんな気持ちなんだろうと、私の知らないような甘やかな経験をしている子たちを、むしろ羨ましく思ってしまうほどだ。
反対に――例えば、私の目の前にいる千尋みたいに――そんな気をまったくと言っていいほど起こさせない人もいる。理由は簡単で、彼女は、ただ悲しいだけだからだ。感情によって涙を流すのではなく、涙によって感情をすべて表してしまっている彼女には、同情したり慰めたりしてあげられたけど、確かに感動はしなかった。やっぱり、あやふやな感情を見せている時が、人は一番魅力的なのかもしれない。
それはさておき、なぜ私がこんな分析を広げていて、なぜその目の前で千尋がこんなにも悲しみに暮れているのかというと。
「……おかしいと思ったんだよねぇ、いきなりハッキリしなくなってさ、ていうか私のこと避け始めたわけ。アイツ絶対隠そうとしてたんだ。しかもさ、私より可愛くて綺麗だったらまだしも、麻里だって! 論外じゃない!? なんであんな性格悪い遊び女みたいなのがいいの? あぁ、損したわ。デートして、手つないで、キスまでしたのにさ」
そうおたけんで、千尋はまた突っ伏してわんわん泣き出した。これでこの流れは3回目。右手にはビール、左手には鼻をかんだティッシュを持ったまま、缶は少しつぶれて。もう疲れたよ、なんて言ったら彼女はもっと悲しんでしまうだろうか。少なくとも、そのお相手――征志くんは、千尋とキスして得した、とは思っていないだろうに。
失恋にはヤケ酒だろうと、私は千尋に付き合わされて、彼女の家にあったビールやチューハイなんかをこっそり並べてみたんだけど、2本目に入るか否かのうちに、もう彼女は泣き出した。私は、慣れないビールをちびちび啜りながら、不思議ととても冷静に彼女を見つめていた。初めのうち、私も彼女と同じように、麻里のことをああだこうだ言ってたんだけど、だんだんと飽きてきたようで、色々なことを考える余裕が生まれてきてしまったのだった。やっぱり、彼女は悲しくて悔しいんだろうとか、そんなことを思ったりして。
「ビールって、全然美味しくないよね。苦いし、炭酸だし」
夏にはビール、と騒ぐ大人を横目に、大学に入って皆と飲んで同じように騒いでいる自分の姿を、私は全く想像できない。
「で、それはそれとして麻里が、絡んで、どうしたの?」
これ以上他のことを考えていたら、本当に千尋のことから興味がなくなってしまいそうなので、本題へ振ってみる。
少しの沈黙のあと、彼女は悔しさしかないといったふうに口にした。
「またいつものパターンだよぉ。あいつはハマらないって思ってたのに、信じてたのに!」
「あー、それはまたヤバいことに……」
――麻里。彼女は、はっきりいって、この学年の女の子たちほぼ全員から嫌われていると言っていい。女の子が嫌う女の子の典型みたいな人で、ある程度懐を深めにもつ私でさえ、彼女に対しては関わりを持ちたくなかった。
男の気を引くことに関しては全て知っている。麻里を一言で説明するのはすごく難しいけど、そう言うこともできる。茶髪にミニスカートくらいなら、その辺りにごまんといるような社会の中、髪も派手でなければ着崩してもいない彼女を遠目に見れば、ちっともトレンディなビジュアルじゃない。けれど、近寄って見ると、ウェーブをかけた長い髪を靡かせて、薄手のストッキングを履いた脚を組ませている姿なんか、とても周りの女の子たちと同い年に感じさせないのだ。いったい彼女は、放課後どんな格好をして街を歩いているんだろうか。ぞっとするくらい迫力のある瞳をアイラインで縁取って、うんと踵の高いヒールの音を響かせているんじゃないだろうか。仮にそうでないとしても、そう思えてしまうほどに、彼女にはブレザーやチェックのスカートより、我儘が似合ってしまうのだった。
その麻里がもうひとつ嫌われる理由に、その容姿ゆえの恋沙汰がある。いつもは静かな女子に思われているらしいが、彼女がひとたび本気で仕掛けると、学年の男の子たちはことごとく落ちてしまう。彼らに恋人がいようがいまいが関係なく、よりにもよって彼を取られた女の子も少なくない。そして、女の子たちに被害が及べば及ぶほど、周りの友人たちも麻里のことを口々に罵る権利を得てゆくのだった。
結局、千尋もその一人になってしまったわけで、しかも一番仲良くすべき時期に、彼が標的にされてしまったのだという。もっとも、それほど深みに嵌まる前に、麻里の方から“お断り”されたらしいのだけれど、それすらも千尋にとっては気に入らないことであって。
「でもさ、結果的に彼のほうは麻里に取られたわけじゃないんでしょ? 気持ち落ち着けたらさ、やり直しっていうのはダメなの?」
私の言葉に顔をあげた千尋は、鬼の形相をしている。
「できるわけないじゃん! あんな女に浮気して、しかもフラれたんだよ? 情けないし人間として最低だもん」
それだけ言うと、またもや泣き出してしまった。悲しいというか、よっぽど悔しいんだろうな、と今も思ってしまった私は、やっぱりどこか冷めている。
――あんなに仲良かった二人なのに。
私は思い出す。学級、いや学年にもそういないイケメンと付き合うことになったおよそ一年前のその時、千尋は涙を流していた。勿論、今とは全く異質な色の。時って残酷だな、と見当違いなことを思ったけど、もしそれが時のせいじゃないとしたら。
それに、彼女たち、よくティーンの子たちにありがちな、恋愛をしている自分に酔っているベタついた雰囲気じゃなくて、ちゃんと恋愛していたもの。そのことについては、私は千尋が羨ましかった。どんな感じなんだろうって想像は、私の言葉じゃ追い付かなかったけれど。
やっぱり、私は麻里に敵対すべき人間なのかもしれない。
そう考えると、ビールの味が変わったような気がした。
***
「征志くんとはもう話はついたの?」
あの日からしばらくしたある日の放課後、ようやく話せる時間ができた私は、千尋のいる教室へ向かってみたのだった。彼女は、ぼんやりと窓辺に寄り添い、少し傾いた夕陽を眺めていた。
「まだ、ダメ。でも整理はつきかけてる。」
風が彼女の髪を揺らして、石鹸の香りを辺りに漂わせていた。どうやら、朝のシャワーに気をつかうくらいには立ち直っているようだ。
「不公平、だよね」
「……征志くんのこと?」
「ん、ていうか、麻里のこと。私がどんなに頑張っても、あいつは麻里に惚れちゃったわけじゃん? 時間も、努力も、全部負けたわけ。あーあ、私、自分に自信なくなっちゃうなぁ」
「そんなことないってば。千尋、絶対、麻里より綺麗だし、ズルいとこないし」
「本当にそう思ってる?」
千尋は唇を尖らせてこっちを振り返っている。決して、怒っているわけじゃなかった。
「……ごめん、正直わかんない」
「だよね、私もわかんないもん。麻里に何が勝ってて何が負けてるかさ。でもきっと、素直じゃなかったんだろうな」
「素直?」
「うん。私ね、あいつとちゃんと恋愛してたと思ってたんだけど、案外そうでもなかったのかなって。」
「本当は征志くんのこと好きじゃなかったってこと?」
「そんなこと、ない。好きだったもん、本当に」
少しの沈黙を作って、ぎゅっと目を瞑った彼女は再び窓辺に寄りかかった。
「一番に考えてた、あいつのこと。はっきり言って夢中だったもん。でもね、それ以上に、誰かに取られたくないって、あいつを一番知ってるのは私だって、そういう思いのほうが強かったから」
その時の彼女は必死だったんだろう。あまりにも人を好きになった時の症状って、確かにある。それはたぶん、目の前の相手しか見えなくなって、恥ずかしいって思う基準がずれることと、結果的に自分も見失ってしまうことだ。
「千尋は、これからどうするの?」
「どうするって?」
「しばらくは新しい恋なんていう気分じゃないでしょ? 麻里と決着つける、とか」
そう言うと、彼女はふふっと柔らかく笑った。
「まさか、決着だなんて。でもつけるとしたら、まず自分との決着かな」
自分と恋の決着。これって結構、ハードだけど重要だ。
一番簡単なのは、今までの相手を大嫌いになって、気の済むまで言いたいことを言うこと。そう、この間の千尋みたいに。でも、これって少し問題があるんじゃないかな。それは、今までその相手に夢中になってた自分まで否定しなきゃいけないから。そんなの私には無理だ、なんて言いたいけど、と告げると、千尋も困ったように眉を曲げて振り向いた。
「だね、まず、それを見つけなくちゃだよね。どうせ消せないんだったら、せめて想いを小さくしなきゃ」
やっぱり、紡ぎ出す言葉によって、唇の美しさは決まるらしい。
いつも可愛い彼女だけど、少なくとも今は、“あんな男”に釣り合っていた彼女でも、そのことを泣きながら否定する彼女でもなかった。
拗ねたように形作られた彼女の頬を撫でる風の行方を追う。私の頭の中では、さっきの考えがクエスチョンマークを伴ってぐるぐる巡っている。
***
「――で、結局なんの話?」
彼女の声は、普段のイメージを全部ひっくり返すような不機嫌さを顕にしていた。
今さらながら、なにしてんだろう私、と自問自答している。一人で来るんじゃなかった、こんな怖い雰囲気に飲まれるなんて。
麻里に面と向かって話をするのは、これが初めてだ。遠くから見ると一瞬窺える、目立たなくて静かな空気は、実は制服を着るとこによって作り出される精巧な偽物で、実際はぞっとするような本物の迫力を纏っている。スケバンのような不良さとはかけ離れた、もはや“女の子”というワードでは追いつかない感じ。そう、この子はもうこの年にして教室が似合わないのだ。そして、そんなことを改めて彼女の前に立って感じている自分が、不思議で仕方ない。
「黙ってるんじゃわかんないって。あたし忙しいんだけど」
我に返ると、今までスマホに注がれていた彼女の視線がこっちに向けられているのを感じた。透き通るような、それでいて尖った眼差しが、心に刺さる。
「……あのね、征志くんのことなんだけど」
「あー、あいつね、どうかした?」
彼女の視線は再び手元に移った。毅然とした態度を思い出さなくちゃと、かろうじて冷静な頭のどこかが叫ぶ。
「千尋、泣いてたんだよ? 二人とも、せっかく上手くいってたのに」
「上手くいってた?」
「それなのに、割り込んできて、征志くん取られたから……」
また、彼女の視線は私に突き刺さる。一体何を言ってるのか分からない、といった表情で。
「なんで、そんなことしたの?」
「わかってないなぁ」
ギクッとした。本気で呆れて、軽蔑するような声色。
「あのね? 男と女に永遠なんてないの。普通さ、どんなにその気がある女が現れても、彼女がずっと第一だったら、あたしに付いて来ないって。でもそいつ、征志くん、だっけ? そいつは彼女ほっぽりだして来たわけじゃん。上手くいってたなんて絶対ウソだって。あたしのアプローチを受け止めちゃうくらい、隙間があったってこと」
絶句した。私がしたのは、男の子と女の子の話であって、決して男と女の話ではないのだから。この人の話していることは、どこの世界のことなのだろう。
「それにさ、あの子の方もあの子だよ。男をフラフラさせちゃうなんて、甘いのよ。だいたい、男の魅力を引き出すのなんて女の仕事の一番大事なことなのに、それもしないで取った取られたなんてこっちが迷惑だし」
まぁ、魅力なんてこれっぽっちもなかったけどさ、と彼女は口角を上げる。私はただ、その奇妙な光景を棒立ちで眺めるしかなかった。
「じゃあ征志くんとのこと、ちゃんと千尋に説明してあげなよ。かわいそうじゃん」
「説明するもなにも、なんにもないって、初めっから。からかっただけって言ってるじゃん。そりゃ、最初顔はいいかなって思ったけどさ、すぐ付いてくるわりにキスの仕方も知らないなんて気色悪かったもんね」
鼻で笑う代わりに、彼女はにこりともしていない。校内一のイケメン、という呼び名も霞んでしまうほど、頭の世界がかき回されている。
混沌の中から、私は辛うじて1つの問を拾い上げる。
「じゃあさ、千尋はどうしたらいいわけ?」
目の前からは、はぁとため息をつく音。
「まだその子の話?」
「だって、千尋、あんたのせいで傷ついてるんだよ? せめて、ちゃんと失恋させてくれる方法くらい教えてよ」
「ちゃんとした失恋?」
急に真顔で私の言葉を再生したあと、麻里は思わず堪えきれないという様子で吹き出した。冗談じゃない、こっちは真剣に対峙しているというのに。
「ごめんごめん、それ、おもしろーいっ」
突然、彼女が男の子の前でアピールするような声色を使うものだから、私も思わず眉間に皺を寄せてしまったようだった。余計な媚を売られているような気がして。
「分かったって。そんなに恐い顔しないでよ。はいはい、じゃあ、あたしが教えてあげよっか」
麻里は、傍らのパックのコーヒーを一気に飲み干すと、箱を投げ捨ててから立ち上がった。
「ね、レクリエーションはこれくらいにしてさ、あたしと本当の遊びに行かない?」
「……は?」
「だから、何度も言わせないでよ。お勉強しに出かけましょうねーってこと」
今から、とか、何で私、とか色々聞きたかったところだけど、あんまり颯爽と教室を後にするので、私は黙って付いていかざるを得ないのだった。
こんなはずじゃなかったのに。私は何かよく分からず腹を立てたまま、すでに陽が沈んで暗くなった校舎を出た。
空が茜色から藍色に変わりゆく時間。辺りは質量のある暗さに支配されようとしている。
隣を見れば、瞳を輝かせながら歩く麻里の姿。変なの、と思う自分がいる反面、得体の知れぬ魅力のようなものを感じているのも否定できない。
「ねぇ、遊びにってどこへ行くつもりなの?」
「うーん、気分によるなぁ。今日は 寒くもないし、強めのお酒が飲みたいからさ」
唖然、とはこのことを言うのだろう。活き活きとした彼女の表情を見て、私ははたと思い出す。私達みたいに夕方のチャイムで終わりを迎える生活でなくて、彼女は、夕方から全ての生活が始まる人間なのだということ。
高校の最寄り駅から、私は普段と逆の方向の電車に乗せられた。
「うち、目黒だからさ、寄って着替えて出かけようよ」
「えっ、服持ってないよ」
「貸してあげるって、服とヒールくらい。そのペッタンコ靴とガキっぽい顔でどうやって歩くのさ」
「ヒール!? 私、履いたことない」
麻里のような女の人だったらともかく、私なんかが履いてもただの田舎者の背のびにしか見えないんじゃないだろうか。
「冗談でしょ? でもその脚、せっかく似合いかけてるのに」
「それが、誘った理由?」
「んー、まぁ色々あるけどさ。なかなかあたしのところまで一人で文句言いに来る人っていないし、来たかと思えば他人の文句だし、それに失恋の仕方を教えて、なんてそんな人間会ったことないんだもん」
にしても質問多いね、と彼女が呟いた頃、ちょうど電車は目黒の街に滑り込んだ。私は怒りを通り越して恥ずかしくなったけど、なぜか足は麻里に付いてゆく。
麻里の家は駅からすぐだった。すぐさま私は着替えさせられ、化粧の仕方を習い、香水の付け方を指導され、見た目だけは“大人”に変身したのだった。鏡の中の私は、全く中身と釣り合ってなくて、なんだか不気味だ。
「青山は子供っぽいし、六本木行こっか」
家を出てそう呟いた麻里は、知り合いか誰かに電話しながら、どんどん歩いていく。私はまだ、こんな風に男のために装うことを知らない。お気に入りのワンピースやダッフルコートだって、全部私が好きなものだし、私のためのものだ。でも、彼女みたいな人は、男が好きなものを纏っている。そしてたぶん、それを好む男を好きになる。
六本木の駅に降り立つとき、妙な感動を覚えた。別に来たくて来たわけじゃないけど、それくらい馴染みのない場所で息をしているということだ。
「意外と似合ってるよ。今度、千尋ちゃん、だっけ、連れて行こうよ」
いやいや、今度があるのか。すっかり、麻里は私をしばらく連れにするつもりらしい。
駅を出てお店までの道すがら、麻里とすれ違う男の人はみんな、彼女の方を振り返った。数えきれないくらい、声も掛けられた。彼女は時に笑いながら、時に面倒くさそうに、華麗に交わして夜の街を闊歩してゆく。慣れ、というものなのか。でも、こんなの、17歳の女の子が慣れることじゃない。
どこまで行っても、街だった。ようやく彼女が足を止めたのは、案の定、落ち着いた大人の雰囲気のお店。ドアを開けると、カウンターの中から、麻里ちゃーん、と声がかかった。
「どーもー」
「あれ、お友達?」
「まぁね」
カウンターの中から顔を出したお姉さんは、私を一瞥するなり、可愛いね、といささか事務的に呟いた。麻里以上に、綺麗な女の人だ。革張りのソファに腰を沈めると、思い出したように爪先が悲鳴を上げ始めた。
「まだまだだねぇ」
目の前の席に同じくどっかり座った麻里は、涙目になって爪先を押さえる私に、妹を見るような眼差しを向けている。
「だから履いたことないんだってば。こんなのよく履いてられるね。無理してないの?」
たかが男に好かれるためにこんなに無理をするなんて、果たして自然なことなんだろうか。
「どうして? 無理も何も、私がやりたいようにやってんだから、私に合ってて当然じゃない。自然に、なんて考えること自体、不自然じゃない?」
そうなのか、とか思ってしまうのは、やはり麻里より私の経験が浅いからだろうか。
時々後ろのドアから入ってくる男の人に、麻里はアイコンタクトしつつ片手を上げて挨拶している。皆、お金持ちそうな人ばかりだ。
「あのね、女は女であることを忘れた瞬間、男に見放されちゃうの。言い換えれば、努力していれば男は飽きないワケ。千尋ちゃんの場合、たぶん彼女のほうも悪いんじゃないかなぁ」
「でも、千尋はちゃんと付き合ってて、一番征志くんのことを理解してたんだよ?」
麻里は脚を組んだまま、酒のグラスを左手に持ち、右手に持った煙草をふかしながら考え込んでいるようだ。あーあ、そんなもの摂取しちゃって。それでもそれらは、彼女を安いっぽい演出以上に飾っていた。
「完全に二人の人間が理解するって、そんなの無理だよ。そんなことがあったら、片方がいなきゃ人間がダメになるじゃん。そもそも、ちゃんと、付き合うっていうのが分かんないなぁ。彼女、理解してるのは本当は昔の彼氏だけなんじゃない?」
全く分からない。麻里が浮かべる煙の行方を追うことしかできなかった。人って、変わってしまうのか。人って、変わらなきゃいけないのか。
いつの間にか、麻里の両隣には男の人がぴったり寄り添っていた。あぁ、この時のために、彼女は女なのだ。
君も飲みなよ、とその男の人の片方によって、私の目の前にはグラスが置かれる。飲んではいけないんだろうと思いながら、私は口にしてみる。ソーダの上に乗っかってくるのは、甘いようで、喉で燃えるような、手強い味だった。悔しいような、腹が立つような、そんな気持ち任せて、グラスを続けて傾ける。目の前から、男の感嘆の声が聞こえたような気がする。
「そういうもんだから。きっとそのうち、美味しいって思えるようになるから」
そうポツリと呟く麻里は、明らかに私達と同じく甘いものを味わって喜ぶ年齢じゃない。同じクラスなのに、同じ学年なのに、なのに彼女はもう、こういうものを味わう舌と、それに見合う自分を身につけている。
さっきの答え、たぶん麻里は言ってくれないだろう。
彼女みたいに、進んで自分の世界を手に入れれば、前の彼氏のことなんて眼中から消えてしまうんじゃないかって、思う。彼女は、たぶん、お酒と煙草と男が必要な世界。
その人を価値のないくらい小さなものに仕立てるのか、その人が小さく見えるほど自分の世界を広げて、大きくなるのか。
「わかんないなぁ」
私の声に、麻里の声が重なった気がする。頬が熱くなって、身体中が火照る。香水が蒸発して、私を包むのがはっきりわかる。
けれど、視界は霞んでいて、感覚はふわふわしている。
どうやら、まだ私の輪郭は無責任で、世界はぼんやりしているようだ。
Fin。
こんばんは、翠月です。皆様、覚えてらっしゃるでしょうか?笑
無事大学生になったし活動再開、という一発目が紆余曲折ありつつなんとかお見せできることと相成りまして、改めてごあいさつ致しますです。
短編にしては、長かったですね。私もそう思う。
……にしても色々忘れているもんですね。
作風とか描写の仕方とか地の文ダラダラとか〆切ブッパとか、ガックリだわ、なんて方いらっしゃったら申し訳ないです……
どうぞご感想などお寄せいただければ幸いです。
では、またお目にかかれますように。。。
翠。




