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キサナティック・ウィッチーズ

作者: 葉桜マコト

「キサナティック・ウィッチーズ」


「どうしたの、お姉ちゃん、手が震えてるけど」

「ごめん、エム・イー。ちょっと黙ってて。今真面目に考えてるから」


 四季折々の草花と動物たちを象ったデータ群が漂う電脳空間、ここに二人の少女型管理用AIの姿があった。名前はシー・キューとエム・イー。無限にも等しい時間が許された彼女たちは花札の「こいこい」で暇をつぶしている所だった。

 だが、その場の空気は「暇をつぶしている」と形容するにはあまりにも鬼気に満ちていた。

 場の札を穴が空くほど凝視しているシー・キューの気迫にエム・イーが若干押されている。

 そう、気迫で圧倒でもしなければ正気が保てないくらいにシー・キューの方が追いつめられているのだ。

 現在十八回目のゲームの終盤、シー・キューが二点負けている。これだけならまだしも、今までの十七回のゲーム全てにおいてシー・キューが敗北している。決して彼女が手を抜いていたわけではない。こいこいをやりだした当初は、ちょっと本気を出してしまおうなどとシー・キューは考えていたからだ。姉貴分として、少しは余裕を持って優雅に勝つのよ! と彼女は意気込んでいた。もちろん、適度に負けて場を盛り上げるつもりだった。

 それがどうしたことだろうか、最初は笑顔でキャッキャウフフと札をめくっていた楽しい雰囲気は吹き飛び、今や周りの草花のデータを枯らさんとする勢いの負のオーラがシー・キューからあふれ出している。

 これまでの十七戦においてシー・キューは自分の圧倒的な運の無さと、エム・イーの圧倒的な運の良さで負けを重ねていた。大得点の役を作ろうとすればあと一歩のところで役が揃わず、小さい得点の役で攻めようとすればエム・イーに先を越されていた。

 そうしていくうちに彼女はすっかり精神的に追い詰められていた。そして第十八ゲーム、あと一歩で勝つことが出来るこの試合、姉貴分としてわずかでもプライドを見せなければならないとシー・キューは焦っていた。一時はエム・イーのチートも疑って電脳空間のログも洗ってみたが、そんな痕跡はどこにも見当たらなかった。それに、ずっと一緒に暮らしてきたエム・イーがそんなことをする子ではないと分かっていた。

 極度の緊張で研ぎ澄まされた神経が、時が止まってすら感じるほどの計算能力の向上を彼女にもたらした。だが結局、勝負を制するのは運なのだ。

 あと二点、あと二点さえあれば私の勝ち、と暗唱しながら彼女は考えを巡らす。


「こいこい」は特定の組み合わせの札を集めて役を作った時に「勝負」もしくは「こいこい」を宣言することが出来る。「勝負」を宣言すればその役に設定された得点が入る。「こいこい」を宣言すれば勝負を見送り、さらなる高得点の役を狙うチャンスを得ることになる。そして再度役を作った時にまた「勝負」か「こいこい」を選択するのである。

 そして相手が「こいこい」を行った時に自分が役を作って「勝負」をしかければ得点が2倍になるルールも設定していた。これは本来付けなくてもいいようなオマケ要素であるが、ゲームを始める前にシー・キューが調子に乗って設定したものだった。失敗した、追い詰められた彼女は涙目になりながら後悔していた。次の役のめども立たないうちに欲を出して「こいこい」をしては先に「勝負」を決められ、確実性のある手持ちで「こいこい」を宣言してはエム・イーの起こすミラクルに完膚なきまでに打ち砕かれていた。

 こんな感じで決まる試合が何回かあり、シー・キューは自分の中の何かがガラガラと崩れていくのを感じていた。

 こうしてズルズルと負け続けて一七戦、この勝負が初めて互角に戦えている試合である。姉貴分として、ここは絶対に勝たなきゃいけない、とシー・キューは自分にプレッシャーをかけていた。

  両者ともに残りの手札は二枚。エム・イーのとった札の中でで出来る役の候補に挙がっているのは、「猪鹿蝶」という、山札の中にそれぞれ一種類ずつしか存在しない、「萩に猪」、「紅葉に鹿」、「牡丹に蝶」のカードを集めることを要求されるものだけである。その中で「紅葉に鹿」だけが欠けていた。

 それに対してシー・キューの持っている中で成立する見込みのある役はカス札十枚以上で成立の「かす」まであと一枚、そして草花に短冊が書かれた札が四枚。あと一種類でも短冊の描かれた札がやってくれば「たん」が成立する。あと一つ、草花に加えて動物や物が描かれた種札が三枚。これもあと一種類で「たね」が成立する。それぞれ役が成立しても一点しか入らないが、二点入れば勝利の確定する彼女にとってはその一点こそが死活問題だ。

 彼女は死ぬほど悩んだ。なにせ、場に出ている札と自分の持っている札では見かけ上、「たん」と「かす」のどちらかしか作ることが出来なかったからだ。あとは、山札から降りてくる札が運よく合致するものであることを祈るしかない。

 意を決し、場の「藤に短冊」に手札の「藤に不如帰ほととぎす」を合わせる。二枚しかない場にはあと一つ、「紅葉のカス」がある。

 

 祈るような思いで山札をめくる。


 だが、その動きは突如、空間全体に鳴り響いたけたたましい音のせいで遮られることになった。空間に無数に漂っていた四季折々の草花は無機質な正六角形のスクリーンに変容して規則だって展開された。そこには赤い文字で危機感を煽るように警告! と書かれていた。

 スクリーンが機械的な女性音声のアナウンスを始める。

――警告、ザナドゥ第一三区間にて「クラッカー」の存在を確認。担当のシー・キュー、エム・イーの両名は速やかにこれを排除されたし。繰り返す。ザナドゥ第一三区間にて「クラッカー」の存在を確認。担当のシー・キュー、エム・イーの両名は速やかにこれを排除されたし。

 この通告を聞いたエム・イーの顔が曇る。シー・キューはというと、極限まで高められていた集中を乱されたせいで、一瞬ぼんやりとしてしまっていた。

「えっ、これから引くところだったんだけど」

 と、思わず彼女の口をついて出た言葉がシー・キューの正直な心中を表していた。

 

 楽しみを邪魔されて憮然としている二人の目の前のスクリーンはそんなことはお構いなし、というように映す画面を切り替えた。警告の文字から電脳空間のある一区画へと風景が移り変わる。映像にノイズが走っているせいで詳しいことは分からないが、どうやら戦闘が行われている最中のようだった。一瞬、画面の解像度が上がり、異常の原因を捉える。

 上半身は、中世の騎士のような鎧とスマートなフォルムの兜を彷彿とさせる金属質な物体に覆われている。その容貌は見る者をどこか魅了するような、妖しい美しさがあった。

「おぉ、結構カッコいいフォルム……あっ、そんなことなかった」

 壮麗な騎士の姿を見て感動にも似た感想を一度は述べたエム・イーだったが、スクリーンが騎士の下半身を映すと見事に手の平を返した。

 エム・イーの反応も無理はない。下半身を構成するのは、剥き出しになった人間の目玉のような物体だった。ところどころ血走ったように赤い線が千々に走り、白い下地をベースに黒目とでも形容すべき部分は獰猛な肉食獣を思わせるような形状を成している。後部をグロテスクに装飾する筋肉はピクピクと震えている。この肉は鎧のような部分までも覆い、その様子はさながら宿主から養分を吸収する寄生動物のようだった。異形の騎士の頭の周りを、文字化けしたような文字の羅列が回っている。

「『ザナドゥ』のデータを狙う奴等ってどうしてこうも気持ち悪いのばっかりなのかしら」

 騎士の全身を捉えたシー・キューが妹と同じような感想をこぼす。


 ザナドゥ、それはかき集められた人類の英知を永遠とわに保管しておくために生み出された電脳空間である。ザナドゥはその膨大な、天文学的な単位の数と容量のデータを処理するためにそのデータ群をいくつかにチャンク化し、それに対応する電脳空間を作り出してそれぞれをAIに自治管理させている。そしてその第十三区間を管理するのがシー・キューとエム・イーの両名である。なぜ彼女たちが少女的人格を有しているのかは製作者にしか分からない。


「こんなのを私たちの世界に入れることになると思うと、ゾッとするわ」

 顔をしかめながら悪態をつくシー・キューにエム・イーは頷いて答える。

「うん、だから、今回も頑張ろうね、お姉ちゃん」

 彼女たちの世界は決して安寧の楽園というわけではない。「クラッカー」と呼ばれる情報生命体、今まさに第十三区間を襲撃している異形の怪物がその平穏をかき乱す。クラッカーの生態は非常に単純で、情報を喰らうために活動し、吸収した情報をもとにその構成物質データを変質させる。そう、彼らは文字通り、情報を「捕食」し、それを糧とする。

 クラッカーの起源は定かではなく、どこからやってくるのかも分かっていない。現れた当初は「怪物」とだけ言われたいたが、食われたデータはジャンクになってしまうことから、人類初期のネットにおいて他人のデータを攻撃する「クラッカー」という名称があてはめられていた。


 展開された多数のスクリーンはリアルタイムで騎士の進行状況を映し出している。アナウンス音声が慌ただしく状況を告げる。

――目標、接近中。すでに第二防衛ラインを突破、追加の迎撃プログラム、八割消滅。目標、さらに第三防衛ラインに侵攻中。最終防衛ラインまでの予想到達時間、残り十二分。

 二人はため息をつく。

「さて、どうしましょう、エム・イー?」

「どうするって、決まってるんでしょ?」

 少女たちは小悪魔のような笑みを浮かべて言う。

「さっさとジャンクにして、花札の続きをしましょう」




 電脳空間「ザナドゥ」はその区間ごとにわずかな差はあれど、大体の仕様は同じである。シー・キューとエム・イーのような管理用AIが普段過ごしている、データ管理用のクリティカル・コアと、それを取り囲むプロテクトエリアの二層で構成されている。プロテクト・エリアはその名が示すとおりに、クリティカル・コアに保管されているデータ群を「クラッカー」の脅威から守るための領域である。

 二人は瞬時にプロテクト・エリアへと降り立った。このプロテクト・エリアにおいては移動を妨げる重力は設定されていないが、天地の概念が起動ランになっている。電子基板を剥き出しにしたような、無機質な大地が見渡す限りに広がっていた。

 シー・キューの手には物々しい本が、エム・イーの手にはファンタジー小説に出てくる魔法使いが持っているような杖が握られていた。二人の視線の先には、先程スクリーンで見た異形の騎士の姿があった。

「分かっていたことだけど、あらためて見ても今回のってアレね」

「うん、言いたいこと分かるよ、シーお姉ちゃん」

 二人息を合わせたようなタイミングで口を開く。

「カッコキモイ」

 そんな二人に罵倒されたとはつゆ知らず、異形の騎士は咆哮を上げる。だが、二人は全く怖気づいていない。

 先手を取ったのはエム・イーだった。杖を高く掲げ、周囲に眩いばかりの光があふれていく。そして、彼女の口が呪文を紡ぐ。

「コード、『ランド・デストラクション』」

 その瞬間、辺りに地鳴りが響いた。そして、大地にかかるプレッシャー。その巨大な力をもろに受け止めた大地は形状を留めることが出来ず、大きく変形した。その痕はまるで隕石が落ちた後のクレーターのようだった。騎士が異常を察したのか、猛スピードで宙を駆ける。まるで攻撃が繰り出されるすべての場所を把握しているかのような正確な動きで、一気に間合いを詰めてくる。

 エム・イーは後ろを振り返ることなく叫んだ。

「お姉ちゃん、援護よろしく!」

「オッケー、エム・イー。任せなさい。コード、『スタッガード・ボード』!」

 シー・キューと呼ばれた少女の声に応じて、その手に持った本がひとりでにページをめくりながら燐光を放つ。一瞬にしてページをめくる動きが止まり、燐光がひときわ強くなる。十二枚にも及ぶホログラフィックで半透明な盾が少女の前で瞬時に展開される。

「行きなさい、『スタッガード・ボード』」

 主の命を受け、十二枚の盾たちが空を切り、ギリギリのところで異形の騎士が繰り出した槍の一撃を受け止める。その瞬間に出来た隙を見計らってシー・キューが新たに命令を出す。

「展開せよ、取り囲め、攻撃せよ」

 新たな命令を受けた盾たちは見事な陣形を成して騎士を取り囲み、中心部分の光を増した。

「放て、聖盾せいじゅんの雷」

 手で銃の形をつくったシー・キューは騎士を打ち抜くかのような動作をした。それに応じて盾たちが一筋の光線を一斉に放つ。大挙して放たれる光は騎士に穴を穿ち、ソレを怯ませた。

「エム・イー、今のうちに」

「うん、ありがとう!」

 地を勢いよく蹴り、エム・イーが高く跳躍する。その眼はまっすぐと異形の騎士を見据えている。

 もらった、二人がそう思ったその時、光線に怯んでいた騎士が体勢を立て直し、大きく槍を振りかぶった。光線によって開けられていたはずの穴は無かった。

 そんな、どうして。シー・キューの脳裏に嫌な予感がよぎる。

「エム・イー! 避けなさい!」

 だが、彼女の声は間に合わなかった。

 一閃。異形の騎士が力任せに振るった槍は風を巻き起こし、取り囲んでいた盾たちを木端微塵に切り裂いた。切り刻む風の暴力が、エム・イーへと襲い掛かる。予想以上の速さで繰り出された騎士の反撃に対応しきれなかった彼女は回避に移ることが出来なかった。その手に持った杖は攻撃のために頭上に掲げられていた。

「立て直せ、『スタッガード・ボード』!」

 シー・キューの掛け声に応じ、粒子となった盾の残骸はすぐさまお互いを寄せ合ってまた新たな盾を作り出し、エム・イーを風圧から守ろうとする。だが、それは風の威力を弱めることには成功したが、完全に防ぐことは叶わなかった。放たれた風の刃に切り裂かれたエム・イーの体が宙に投げ出される。シー・キューの頭に血が昇る。

 ユルサナイ、よくもエム・イーを!

 激高した少女は般若の様相で騎士を睨みつけた。だが、彼女にとって、エム・イーに気を取られている時間が致命的となった。騎士はすでに二発目の攻撃に移っていた。しまった、とシー・キューは焦った。全ての防御をエム・イーに回してしまったために、自分の身を守るものが無い。

 無情な風が彼女を切り裂く。服がところどころハサミで無造作に切られたような形状になってしまい、露わになった素肌からは粒子が溢れていく。

 騎士は雄たけびを上げると、下半身にある目玉に力を入れた。黒目のようだった部分は完全に球体を二分する線となり、その線に沿って目玉がぱっくりと割れる。目玉だと二人が思っていた器官は捕食のための口だったのだ。おそらく、さっきの雄たけびもここから出していたのだろう。

 異形の騎士が大きく口を開けた途端、シー・キューの体から流れ出た粒子がそこへ吸い込まれていく。情報を喰らう彼らにとって、管理用AIである彼女たちなど、抵抗してくる餌に過ぎない。

 つかの間の食事を終えたソレは何かに導かれるように飛んでいく。二人にはその行きつく先が分かっている。ザナドゥの情報が一括に保管され、シー・キューとエム・イーの世界となるクリティカル・コアだ。


 盾に守られたおかげで、シー・キューよりはいくらかダメージが少ないエム・イーは地上に降り立つと、クリティカル・コアには目もくれず、すぐさま地面にボロ雑巾のように投げ出されているシー・キューの元へ駆け寄った。

「お姉ちゃん! 大丈夫!?」

「バカね……私のことはいいから、クリティカル・コアを……」

「私はそんなものより大事なものがあるの!」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないの。でも、アレを守らなきゃ私たちもデリートされるのよ?」

 シー・キューはそう言うと、本を持つ手に力を込める。呪文を紡ぐその声は息も絶え絶えだったが、力強さを持っていた。

「目玉ナイト、お前の行き先はそこじゃないし、情報は渡さない。コード、『スコーチド・アース』」

 もうすでに、異形の騎士はクリティカル・コアの入り口付近に迫っていた。だが、その行く先を突如現れた炎の壁が阻む。騎士は槍でもって先程と同じように炎を掻き消そうと試みたが、槍に飛び火しただけだった。

「ムダよ。『スコーチド・アース』はザナドゥの敵性因子だけを燃やすように出来てるから」

 霞む視界で燃え盛る炎に包まれる騎士の姿を捉えながらシー・キューは弱々しく口を開く。


 槍に燃え移った炎は瞬く間に騎士の全身に回り、その冷たい熱を以ってソレを苛んだ。しばらくして、ソレがのたうつような動きを止めようというのと同時に、シー・キューの方にも限界が訪れた。彼女の持つ本が光を失い、炎の壁の勢いが弱まっていく。

 彼女は声を振り絞ってエム・イーに言った。

「今の私じゃ、これが限界。仕切り、直しね」

「そんな、私はまだ……」

「見なさい、アレ、回復力が半端じゃないわ」

 確かに、彼女の言う通りだった。先程、「スタッガード・ボード」によって放たれた光線の傷を修復しただけにとどまらず、「スコーチド・アース」によって受けた傷すらも先程よりかは時間がかかっているようではあるがいくらか回復している。エム・イーは悔しそうな顔をしたが、すぐさま頭を冷やして自分たちの置かれている状況を悟った。

 あれ程の修復力を持つ怪物に対して、手負いの二人。どう考えても一撃で勝負を決めなければならないというのに、それすら出来る見込みが無い。

 エム・イーは傷ついたシー・キューの身体を抱っこすると、クリティカル・コアへと跳躍した。


 クリティカル・コアはあらゆる情報の宝庫となっている。例えば、管理用AIの「治療リカバー」をするための情報といったものもここには保管されている。

 治療用のプラントはバスルームのような作りになっており、どちらかといえば怪我を治すというよりは疲れを癒すといった印象である。だが、そうであることには全く問題はない。彼女たちが傷つくとしたら、それは構成しているデータが欠けるというだけのことであり、外部的にせよ内部的にせよ、その欠けた部分を取り込むことが出来れば支障はきたさないのだ。

 よってバスルームであることに支障はないが、あえてそれを選ぶ必然性もない。究極的なことを言ってしまえば、錠剤を一粒飲み込むだけでもいいのだ。だが、彼女たちはそれを踏まえた上であえてバスルームを選んでいる。これは「クラッカー」との戦いの後には恒例の光景となっている。そしていつものように、少女の甲高い声が響くのだった。

「ひゃっ、くすぐったい」

「ほらほら、動かない動かない」

「お姉ちゃんの方がダメージ受けてるのにそんなに動いちゃダメでしょ。って、どこ触って、あははっ」

 毎回恒例となっている「スキンシップ」である。浴槽の中でじっとしていても動いていても、回復効果は変わらないため、シー・キューは先程からエム・イーの体のあちこちに手を触れている。当然、そんなことをしていれば「色々なところ」に手が触れるわけで、

「ちょっとちょっと、エム・イー。また胸大きくなったんじゃないの~?」

「ひあっ!? そ、そんなことないよ~。お返し! えいっ」

 エム・イーの指がシー・キューの脇腹に触れる。突然のこそばゆさに驚いた彼女は身を捩じらせた。

「や、やめなさい、わ、脇腹弱いのっ」

「えへへ、知ってるよ? お姉ちゃんのことならなんでも」

「こ、こんなところまで、知らなくても、ひひ、ああっ、いいの」

 そんなシー・キューの言葉にエム・イーが口をとがらせる。彼女は脇腹を責めていた指をシー・キューの胸の横側へと滑らせた。不意に訪れた感触がシー・キューの胸の中に熱いものをこみ上げさせる。

 だが、やられっぱなしで終わるシー・キューではない。それに、花札では惨敗していたのだ。これでは姉貴分としてのプライドが保てない。彼女はエム・イーの指責めから逃れようとするのではなく、あえてエム・イーに密着した。そして、桜のような色をした唇に、自身のものを重ねる。

「ふむっ、むぐっ、ああっ、お姉、ひゃん……」

 シー・キューの舌がエム・イーの口内に入り込み、歯の裏側を、口の中の敏感なところを執拗に舐めとる。

「どう? きもひいいれひょ?」

 舌を使っているせいで上手く呂律が回っていないシー・キューの問いに、エム・イーは切なげなため息で答えた。その瞳は潤み、恍惚としていた。シー・キューはそんなエム・イーの様子を察し、わざと顔を遠ざける。名残惜しそうにエム・イーが声を漏らす。

 二人の肌は激しい行為のおかげですっかりと桃色に染まっていた。頬は上気し、息も上がっている。

 異形の騎士が再び活動を始めるまでにはまだ時間がある。エム・イーと絡み合っている間にもシー・キューはそのあたりの計算を頭に入れていた。

 だから。

「第二ラウンドを始めましょう?」

 彼女は手を広げ、エム・イーを、その全てを受け入れる、とでも言うように艶然と微笑んだ。

 シー・キューによる恍惚状態がまだ尾を引いているエム・イーは足元をふらつかせながら、蕩けた表情でシー・キューの胸に飛び込む。二人の戯れはまだ終わらない。

 こうして、彼女たちはその後四回にわたって行為を続けたのだった。


「激しかったね……お姉ちゃん……」

「えぇ、本当に……激しかった……」

 確かに、バスルームでの戯れで彼女たちは傷を見事に回復させた。しかし、激しい運動を行ったからか、その動きはどこか緩慢だった。あの後の二人が何をしていたのかはあえて言及する必要はないだろう。二人の顔には未だに朱が差している。

 気だるげにザナドゥの電脳空間を漂っている彼女たちはいくつかのデータ資料を読んでいた。過去に他の区間で異形の騎士と交戦した記録が無いか調べているのだ。

 「クラッカー」は個体ごとに差異はあるものの、いくつかのタイプに分かれている。二人の読んでいるデータによると、あの異形の騎士はどうやら、「アイオン」という種類の派生種のようだった。通常は目玉のような器官の上に人型のパーツが乗っかっているだけのクラッカーであるが、情報を喰らったことであのような鎧を得たということらしい。ということはそれだけ場数を踏んでいるということである。

 他の区間の管理用AIが残した記録の中にも、あの異形の騎士と交戦した記録が残っている。もっとも、最初期はそんなに攻撃力も高くなく、油断していたところでデータを奪われたようだったが。映像記録も残っており、彼女たちと似たような少女型AIが気を抜いて戦い、敗れるさまが一部始終記録されていた。

 エム・イーは騎士に敗れてきたAIたちの残した文書を読んでいる。

「なになに、仮称・アイオンナイトは度重なる偶然の末に生み出された、他のものとはランクを一つか二つ異にする個体である」

 二人そろって、映像記録を映し出したスクリーンの方を見る。やはりどう見ても油断している。

「油断って書かないで偶然って書くあたりどうかと思うんだけど?」

 呆れたようなエム・イーの口調にシー・キューが頷く。

「ほんとよね。で、えーっと、アイオンナイトの攻撃手段は主に、手に持った槍から繰り出される風攻撃と無数のデータ片を剣の形に召喚して飛ばす飛び道具」

「騎士のくせに飛び道具ばっかだね」

「騎士の風上にも置けないわ。あとは、特徴として、アイオン種の特性である周囲のエネルギー感知能力と高速飛行。加えて特筆すべきは急速な自己回復能力。おそらくは治療用データを奪取されたことによるものと考えられる、だって」

「うーん、どうしようか? お姉ちゃん」

「そうねえ、やっぱり一撃で決めるしかないでしょうね。炎攻撃には現にこうして動きを止めてるくらいには耐性が無いみたいだから、『スコーチド・アース』を起点に攻めようか」

「じゃあ、私は炎に当たらないように上から攻撃すればいいのかな?」

 エム・イーに対してシー・キューはチッチッチッ、と指を立てながら言う。

「それはオススメしないわ。炎に焼かれても動くことは出来たみたいだし、下手に飛び込んだらさっきみたいに返り討ちね。交戦記録で一番いい感じに戦えたのが、動きを封じたときらしいから、罠にかけて仕留めるのが一番現実的ね。あ、でも動きを封じられると剣の召喚を使ってくるみたい」

「それは私のコードでなんとかなると思う」

「じゃあ、動きを止めて、一撃で仕留める。このシンプルな作戦で行きましょう。手を取って、エム・イー。そろそろ目玉ナイトが動き出す頃だわ」

 手をつないだ二人は粒子となってクリティカル・コアから消え去り、二度目の戦いの場へと赴いた。


 数時間前にも見た、電子基板のような大地と異形の騎士。どうやら休眠状態に入っていた騎士は忽然と現れた二人に気配に気づいたようである。兜の奥が赤く光る。

 風を巻き起こして二人に近づく。先程の戦闘の再演だ。だが、同じことやらかすほど、二人は間抜けではない。シー・キューは待ってましたと言わんばかりに嬉々として呪文を紡ぐ。

「じゃあ、行くわよ。これが本気の『スコーチド・アース』!」

 呼び出された炎が二人を守るように広がる。息も絶え絶えに放った先程のものとは異なり、その勢いは倍ほどもある。騎士は自身に襲い掛かるうねる炎を槍の風圧で押し戻す。どうやら、先程の戦闘で学習したのは二人だけではないらしい。直接触れればただで済まないことを察知したようだ。

 うまくいった。ここまではシー・キューの読み通りである。そもそも、「スコーチド・アース」は足止めのつもりだった。おねがい、と彼女はエム・イーに目くばせする。

 エム・イーがそれにウインクと呪文で答える。

「オッケー、任せて! コード、『ランド・デストラクション』!」

 大地を押し潰すプレッシャーが、炎で足止めされた騎士にクリーンヒットする。鎧がひしゃげ、下腹部の目玉からは血のような液体が飛び散る。墜落するボディ。だが、完全には屈しなかった。すぐさま態勢を戻すと、炎から逃れるように急上昇し、空中で槍を振り上げた。

「ヴォォォォォォォォォォ!」

 雄たけびと共に、騎士の周りを廻っていた文字群が煌めく剣へと形を変える。エム・イーが杖を騎士に向けたのはそれとほぼ同じタイミングだった。

「コード、『ハンド・デストラクション』」

 エム・イーの杖から淡青色の光の波が放たれる。光の波は穏やかに空間を伝播していく。

 騎士が槍を二人の方へと振るのと同時に幾多の剣が一斉に射出される。

 エム・イーが微かに笑う。

 放たれた剣は光の波に当たった途端、粉々に砕けて粒子となって消え去った。次々と剣が放たれるが、エム・イーの放つ光の波がそれをことごとく打ち消してしまう。

 してやったり、彼女は内心ガッツポーズをした。学習するのはそっちだけじゃない!

 波にかき消されてもなお剣を出し続ける騎士を見て、すかさずエム・イーがシーキューに叫ぶ。

「お姉ちゃん、風を使ってこない今がチャンスだよ!」

 シー・キューはとても落ち着いた声音で答える。

「ええ、もう終わってるわ。コード、『ポイズン・ピル』」

 光の波に気を取られている異形の騎士の騎士の周りを毒々しい紫色をした霧が取り囲んでいた。霧の中にはクリティカル・コアの中にあるデータと同じように光るホログラムが漂っていた。「ポイズン・ピル」は毒の霧によって相手を幻惑するトラップコードだ。だが、このコードの真価はこの先にある。

 シー・キューの粒子を取り込んだ時のように、騎士の眼の部分が左右に割れる。そこから現れたのは無数の歯が生えた口のような器官。騎士は雄たけびを上げると霧の中に漂うデータたちを貪るように喰らっていった。

 霧の外ではシー・キューとエム・イーが背中合わせに手をつないで精神を集中させていた。彼女がこれから使うことになる技は二人の息が完璧に合っていなければ成功しない。そのため、互いを信じ、相手が自分、自分が相手そのものであるかのような思いで彼女たちは呪文を口にする。

 霧の中の騎士の動きが止まる。そして悶えるように激しく痙攣しだした。これこそが「ポイズン・ピル」の真価である。相手にとって毒となるデータを捕食させ、内側からの破壊を試みる悪魔のコード。完璧に相手を騙すために幻惑効果のある紫色の霧を吸わせる必要があるため、風を巻き起こして霧を散らしてしまう可能性のある騎士相手に使うことには若干の懸念があった。ここを「ハンド・デストラクション」に意識を向けさせてカバーした時点で彼女たちの勝ちは確定した。

 震える騎士はもはや、狩られるのを待つただの哀れな獲物だった。その体にはもはや槍を振るほどの力も残されてはおらず、無尽蔵に働き続ける回復能力が全身を回る毒素と戦い、ソレをさらに苛んでゆく。


 二人の持つ本と杖が輝き、その内側に溜められた力を放出するときを今かと待ち構えていた。

 ザナドゥのプロテクト・エリアに轟音が響く。

 彼女たちの周りの地面が、放たれる力に耐えられないとでもいうように所々に亀裂が走る。

 背中合わせだった二人の顔は異形の騎士へと向けられ、戦いの終わりを告げる呪文を放つ。 


「ダブルコード、『デッドマンズトリガー・シルバーバレット』」


 完璧にリンクした二人の声に応じ、ザナドゥの空間が歪む。

 そして現れる魔法陣。彼女たちが呼び出した最終兵器たるこの魔法陣の放つ「力」はどんなものすら存在を赦さない鋭さを感じさせる。

 だが、青い燐光を発しながら死の秒読みを始めたその魔法陣はどこか神々しさすら感じさせるものがあった。

 地面にはすでに力尽きようとしている騎士が転がっていた。目玉の部分は焦点があっていない。だが、儀式を察知したそれは、どこにそんな力が残っていたのか、ぎこちない動作で槍を振りかざした。

 同時に、魔法陣の発する空気が変質する。もう、この力を留めておく理由などどこにもない。あとは放つだけだ。

 準備はいい? とシー・キューは心の中でエム・イーに問いかける。それに答えるようにエム・イーが頷く。

「これで、終わりよっ!」

 シー・キューの言葉と共に魔法陣が雷のような轟音を轟かせ、眩い銀光を放つ。放たれた光の奔流は紫の霧を吹き晴らし、未だ燃え盛っていた炎までもかき消した。そして異形の騎士に届いたその光は、ソレの回復速度を極度に追い越してその身を灼き払う。光の消えた後には、騎士の影すら残っていなかった。


 光が弱まり、緊張した面持ちの少女達の顔がほころぶ。極度の緊張から解放されたためか、二人そろって地面にへたり込んでしまった。

「やれやれだわ」

「本当だね~」

 何はともあれ、とエム・イーは続ける。

「お疲れさま、お姉ちゃん」

「あなたも、よく頑張ったわ」

 二人はひしと互いの身体を抱きしめ、粒子となってクリティカル・コア、二人だけの花園へと帰っていった。二人の消え去ったプロテクト・エリアには、二人の放った銀光の痕だけが残っていた。


 アイオンナイトの襲撃から少し時間がすぎた頃、ザナドゥ第十三区間の電脳空間は今、四季折々の草花と動物のホログラムで満ち溢れている。

「やった、『五光』と『のみ』だ~!」

「あぁっ、しまった! ぐぬぬ、エム・イー、もう一回よ。次こそ負けないわ見てなさい……!」

「うん。いいよ。私たちには時間はあってないようなものだし、それに」

「それに?」

 シー・キューは首をかしげてエム・イーの顔を見る。エム・イーは溌剌とした笑顔を浮かべていた。

「私たちはずっと一緒、でしょ?」

 その言葉に、シー・キューは思わず顔をほころばせた。微笑を通りこして締まりのない顔になってしまっているのが残念だが。

「えぇ、そうね。クラッカーが来たって変わらないわ」

 彼女がそう言った途端、けたたましいアラームが鳴り響く。このあまりのタイミングの良さに二人とも苦笑いだ。

「どうする? エム・イー」

「どうするって、決まってるじゃない」


「さっさとケリをつけて、続きをしましょう」


 二人は手を繋いでクリティカル・コアから消え去った。かすかに光の粒子が残る。

「さぁ、始めましょう」

「うん」

 永遠を生きる二人の少女の、楽園を守るための戦いはまだまだ続く。

まず初めに、この作品はc85で一橋創作同好会が発行した同人誌に私が投稿した作品の改稿を行ったものになります。ご了承ください。


タイトルから某有名作品を連想された方もいるかもしれませんが、殆ど関係ありません。キサナティックは「ザナドゥ」から、ウィッチーズは凄腕のプログラマーを指す言葉が「ウィザード」なら彼女たちはウィッチだな、と思ってタイトルを付けました。

補足ですが、彼女たちが叫んでいる技名、シー・キューのがM&A用語、エム・イーのものがカードゲーム用語になります。趣味全開です。


ここまで読んでくださった方に感謝の意を述べさせていただきます。ありがとうございました。

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