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第三五章 「Pursuit PhaseⅠ」


ノドコール国内基準表示時刻1月13日 午前10時47分 ノドコール中部


 かつてはローリダ軍の戦車であった黒い鉄の塊を横目に、車列は白い大地を走り続けた。

 荷台から周囲を見渡せば、遮るものの無い雪原一帯に、焼け焦げた戦車や装甲車の泥濘に沈む様を認めることができる筈だ。「低文明国」ノドコールの地を耕し、ノドコールの民を「清掃」する高等文明の利器であった筈の兵器の群また群……冷たい向かい風を受けてその様を眺める海士長 高良 謙仁には、それらの成れの果てたる残骸が、所在なく佇む墓標に見えて仕方が無かった。圧倒的な索敵能力と航空優勢が生んだ地獄。その結末としてのローリダ人の墓標だ。


 その侵略者の墓標を踏み締め、ノドコール人は進撃(すす)む。

 横一線に拡がって走る日本製ピックアップトラック、車上に機関砲を載せていない車はもはや一台も無い。(やじり)状に陣形を作って疾駆するピックアップトラック群の背後に、ほぼ同数の軍用トラックが並ぶ。その荷台に血気に逸るノドコール独立軍兵士と重火器を載せたトラックの一団。多くがこれまでの独立闘争と、平和維持軍の攻勢によって鹵獲したローリダ軍の車両であった。「中部ノドコール会戦」の自衛隊勝利に端を発したノドコール独立軍の一大攻勢、この攻勢に際し、独立軍首脳は持てる「戦闘車両」全ての投入を決心した。その結果としての車両の奔流だ。


『――カルセベル騎兵軍団、グザンゲイル城壁東方に到達。防衛線を視認! これより突撃!……防衛線に敵影を認めず』

『――慎重に行動せよ! 待ち伏せかもしれない』

『――ドローンより報告、防衛線から脱出する多数の人影を認む。逃走だ! 逃走を図っている模様!』

『――カルセベル班より統合指揮所(JCC)へ、城門はどうだ? 動きがあるか?』

『――こちらJCC、衛星情報を取得した。西門と南門に動きがある……ロメオの軍民による脱出が続いている模様』

『――民間人? 今のロメオにそんなのいるのか?』

『――問題発言はやめろ! カルセベル・チームより統合指揮所(JCC)へ。航空支援を要請。東だ。東の城壁を空爆で壊してくれ! そこから突入したい!』

『――無人機(UAV)クイナより報告、グザンゲイル東区の住居複数の屋上に狙撃兵と迫撃砲の展開を視認。恐らく捨て(がまり)だ!……広範囲の爆撃で一気に潰した方がいい』

『――AC‐130J(ワルプルギス)を呼び出して掃射させろ! そっちが早い!』


 共通回線の通話内容は物騒だが、その声は弾んだ鞠の様に聞こえた。ローリダ人の退勢を前に勢いに乗るノドコール人の士気の(たか)ぶりが、彼らに随伴する特殊任務班にまで伝染したかのように、イヤホンを抑える海士長 高良 謙仁には感じられた。疾駆するピックアップトラックの荷台で胸に風を受ける。(ぬる)く乾いたノドコールの戦場の風、それ故に血と火薬の臭いも交じっているのがはっきりと判る。



「……ッ!?」

 爆音――凄まじい勢いで迫りくる気配を察し、謙仁は上空を仰ぎ見た。直線翼の機影が回転するプロペラを響かせながら頭上を過り、地上の進軍を睥睨する。機影を追って更に廻った謙仁の視線の先で、無人航空機(UAV)が悠々と雲海の流れる高みへと駆け昇る。その僅かな一瞬、翼下の懸下点(ハードポイント)に誘導弾の連なりが見える――解放軍に航空支援を提供する無人攻撃機だ。


『――各位へ、攻撃機(エアライン)の到達まであと三十分。それまでUAVで持たせる』

『――攻撃機? P‐3Cか? それともP‐1か?』

『――聞いて驚くな。302空のF‐2(バイパー)だ。昨夜百里からロギノールに進出した』


 母親の告げる夕食のメニューに一喜一憂する子供たちの様に、大の男たちが(はしゃ)ぐのを謙仁は聞く。死ぬことも、敵弾に当たることも、その想像力の範疇外(そと)に放り投げたかのような素振りであった。車列が進む、戦場の砲声もまた近付いて来る。その一方――


 百里のFー2だと?――困惑と同時に増援に隠された実情を推し量り、自然に眼差しが険しさを増した――スロリア(ここ)にいる戦闘機だけじゃ足りないってのか? 兵力(へいたい)だって、この亜大陸(しま)を抑えるには実のところ足りていない。何よりも策源地たるロギノールと地上戦の主戦場となったノドコール中部の連絡維持に必要な兵力が皆無に等しいと言っても過言ではない。開戦前に試算されたキズラサ国制圧に要する必要兵力の見通しの甘さが、今になって露見した形であった……あるいは、足りないのを承知の上で、東京の政府は実力行使を決心したのではないか?


 増援として司令部のロギノール揚陸を果たし、後続する隷下戦力の逐次展開とKSとの戦闘、それに加えて兵力再編成まで並行させている第4、9師団。中部戦域の大勝の裏側で、展開の主軸に船舶輸送を置いた両師団の司令部は、港湾の能力不足も相俟って尚も殺人的なまでの恐慌下に置かれている。彼らを空から支えるべきロギノール飛行場もまた、主戦場に展開するPKF主力を支援するための戦闘機から哨戒機、輸送機の展開が増え、その地上も空域(そら)も手狭になり始めていた。


 そこに海路、本土より南スロリア海をロギノールへ急行中の陸上自衛隊 第8師団。彼らはと言えば揚陸時の混乱を見越し、海上輸送の多くを重装備に割き、空輸網も活用しその主力の展開を並行させている。

 ゴルアス半島中部、その位置故に主戦場から離れたPKF飛行場ベース‐ジャブローは、本来哨戒機用途として造営されたが故に大型旅客機の離着陸に十分な長さと広さを有していない。そこに8師は動員が決まるや施設隊を空自機と民間機で送り込み、「隷下ヘリ部隊の展開に備える」という名目で仮設資材を用いた即製の拡張作業を実施してしまった。

 旅客機専用の仮設駐機場まで作るという徹底ぶりであった。施設隊の幹部と曹の中に、四年前の「スロリアの嵐」作戦にて、水陸機動団隊員として、かつてローリダ軍の前線飛行場であったベース‐ソロモン制圧作戦に参加し現地の地理に詳しい者がいたこと、当の施設隊が空自機で「送り出される」のと同時、師団長 安藤 駿河 陸将はじめ師団幹部が揃って上京し折出 大悟 航空幕僚長へ「直談判」した末に実現した「見切り発車」であったという。機動には速度が伴わなければならないことを、安藤師団長はじめ第8師団の幹部たちもまた、「スロリアの嵐」から知っていた。


 「直談判」の結果、一機に付き数百名の隊員と軽装備を載せた民間旅客機が、わずか一日で離発着可能となったベース‐ジャブローに降り立ち、さらに翌一日で師団兵力の三割以上がその周辺に展開した。車両や重装備こそ皆無に等しいが、防勢に回ったキズラサ国軍の予想を超えた、それは凄まじい展開速度であった。

 主戦場を担当するPKF主力に輸送手段の余裕があり、展開場所の確保と補給段列の整備が追い付かないが故に空輸作業にストップが掛かっていなかったならば、九州から長駆スロリアの地を踏んだ第8師団隊員はその所属する半数を超えていたであろう。空輸組の隊員は現地に於いて当分の「自活」が必要なことを知らされていたし、そのための装備と物資もまた持たされている。その隊員たちもまた、済し崩し的に進行する飛行場拡張作業に駆り出される運命にあった。

 

「――徒歩行軍でもいいから、ロギノールまで行かせてくれ!」

 血気に逸る普通科部隊幹部の中には、上官にそう迫った者もいたという。幹部一人の意向ではなく、それは彼の与る曹士に共通する意思であった。スロリアに着いたはいいが、主戦場までは微妙なまでに遠い。行軍でノドコールまでの距離を詰め、輸送能力を有するロギノールの友軍に「迎えに来てもらう」ことを彼らは考えていた。でなければ戦に間に合わない。



 第8師団主力を載せた輸送船は、未だロギノールには到着していない。


『――こちらペルトン、君たちの前方20キロ先にキズラサ国(KS)軍後衛を視認。迎撃態勢を展開中。主力撤退の時間稼ぎと思われる』

「……」

 「ペルトン」――ロギノール沖に展開する航空護衛艦(DCV)内に設けられた無人機指揮室(UAVCP)、その統制を受けて飛ぶ艦載無人機(UAV)のコールサインだ。言い換えれば航空支援を担当する海自無人機が、航空護衛艦から発進したものであることを意味する。謙仁の頭上、海原に在って魚群を見つけた(かもめ)宜しく旋回するUAVの主翼が、陽光を受けて煌めくのが見えた。距離はだいぶ離れている。



『――ペルトン、後衛を叩け。主力の足止めは空自機(エアライン)がやる』

『――了解(ロジャー)、指揮所より交戦許可受領(クリア)。これより射撃を実施する』

 追撃隊「マスターズ」を指揮する「マスター」こと壹岐 護 三等陸佐と、航空護衛艦(DCV)の交信が聞こえる。

 砂埃の上がる地平線の先、頭上を占める凶鳥に向かい弾幕が数条投げ掛けられるのが見えた。数は多くは無く、狙いもまた悪い。精度の高い照準手段を有していないのかもしれない。軽機関銃の類かもしれない。破れかぶれの抵抗にも思えた。


『――マスターズ各員へ、距離8まで近付け! 近付いたら迫撃砲を敷設しろ! 火力支援だ!』

「チョッパー了解(コピー)!」

 マスターの命令が飛んだ。応答代わりに自身の隊員名(ネーム)を謙仁は叫んだ。攻勢開始位置まで、車列と騎馬隊は散開しつつ展開する。距離にして凡そは8キロメートルの距離、追撃隊は算を乱して西進する敵影をマスターズと解放軍は見下ろした。マスターによる針路誘導が絶妙であることの表れであった。ピックアップトラックが反転しつつ停まる。動揺する荷台の上、蹴立てた土埃が晴れた瞬間、黒光りする81㎜軽迫撃砲の砲口が、敵軍後衛を睨んでいる。



『――チョッパー!』

「チョッパー!」

 並走する「コング」こと真壁 譲 三等海曹が謙仁を呼び、謙仁も当然応答した。

『――ドローンを上げた。砲弾の周波数を合わせろ。785だ!』

「チョッパー了解(コピー)!」


 カリナが荷台のボックスを開けた。同乗する遊撃隊の少女が、本職の陸自隊員も驚く様な手際の良さで謙仁に砲弾を手渡した。重い、尖った弾頭部に数字を刻んだダイヤルが見えた。ドライバーを挿し込んで指示された番号にドライバーを合わせる。コングが上げた観測ドローンの発振する赤外線(IR)レーザーの周波数だ。


『――護衛艦隊(SF)め、やけに気前がいいじゃないか!』

 分厚いターバンの下、嵌めた骨伝導式(DB)イヤホンに、誰かの弾んだ声が聞こえた。

 過日の敵機甲旅団襲撃任務――言い換えれば、「ロッキー」こと工藤二等海尉による特務班作戦記録への不正接続(アクセス)が露見して以来、三等海佐ジョーカーの率いる特殊任務班の装備は、見違える程の充実を見た。コングの操作(あやつ)る観測ドローンもそうだが、謙仁とカリナが託された新鋭迫撃砲弾などはその最たるものであろう……であるにしても、奇妙な展開であった。事情聴取――あるいは懲戒――のため、チーム共々日本(ほんど)召喚(もど)されるのも覚悟していたのだが……



 制式名称 81㎜軽迫撃誘導砲弾。厳密に言えば信管に動翼と赤外線センサーの付いた誘導装置である。 

 これを従来型の砲弾に取り付け、レーザー誘導により目標への命中を企図する。去年に運用試験を終え、陸自北部方面隊の軽迫班に配備が始まったばかりの新装備。謙仁としても富士演習場での延長訓練時に、富士学校の教材として配備されていたこいつを数える回数しか撃ったことがない。その経験故に、謙仁は解放軍との合同部隊では迫撃砲手を任されている……


「――誘導砲弾ですか?……あんま射撃()ったことないんですが」

「――でも使ったことあるんだろ?」

 班編成にあたり、服部分隊長(ロック)に困惑をあしらわれた記憶が、砲身の位置調整をする謙仁の脳裏に蘇る。照門を睨んだ8キロ先で、敵後衛の陣形変換が始まっていた。散開し急停止したトラックの敵兵が降車する。重い戦闘車両が急反転して迎撃配置に付く。それ故派手に土埃が上がるからそれがよく把握(わか)る。




『――レーザー照射よし(クリア)、第一目標自走対空機関砲! 砲塔が動いている。チョッパー早く撃て!』

 接近――否、追撃の気配は敵もまた察知しているのだ。自走対空機関砲?――我が自衛隊の作戦機からすれば造作も無いが、その弾幕の威力は地上を這う解放軍(われわれ)からすれば重大な脅威だった。解放軍と合流して以来、機関砲とそれを搭載した車両がいかに脅威か、謙仁たちは当の解放軍兵士からは散々に聞かされている。


「――テッ!」

 気合の声を上げ、砲弾を砲口に滑り込ませた。撃発!――キ……ン!――と鋼製の砲身が弾けて震える。撃発と同時に展開した動翼が大気を切り、それは容易に冷たい上空で水蒸気を生み、日本刀の様な放物線を引いて敵陣に翔んだ。

 弾着を見届けず、二弾、三弾目を釣瓶の様に砲身に落として撃つ。命中精度こそ高いが初弾直撃は常に可能というわけではない。手数を増しての撃破の徹底こそが、いまの謙仁に課せられた任務であった。


『――初弾弾ちゃぁーく!……いま!』

 無線機と繋がったイヤホンに、コングの声が響く。カラビナフックでボディーアーマーに繋いだタブレット画面を覗こうとして、あるべき位置にそれが無い事に慄然とする。荷台を顧み、信管の調整作業を放棄してそれを一心に覗いているカリナの姿が目に入る。


命中(あた)った! 命中(あた)った!」

 少女の声に、手癖の悪さを叱ろうとしたことも忘れて謙仁は前線に向き直った。土煙とは明らかに異なる、どす黒い煙が柱の様に立ち昇る。追撃を告げる破壊の咆哮だ。



『――チョッパー! 引き続き撃て! 第二目標武装トラック! 兵を降車(おろ)しつつこっちに向かってくる! 急げ!』

「チョッパー!」

 部隊名(ネーム)に「了解」の意思を籠めて叫び、謙仁は次弾を砲身に叩き込んだ。調達価格にして新車一台に相当する誘導砲弾が、トラックの荷台まで揺るがして空に飛び上がる。弾着は遠方、随伴するローリダ兵すら巻き込み、三発目で武装トラックを直撃して横転させた。そこに展開を終えた機関砲弾の咆哮が轟いて拡がる。解放軍の持つ鹵獲機関砲、日本より供与されたM2機関砲が一斉に吐き出した弾幕が反撃を薙ぐ。弾幕の一部は、反撃に転じた部隊を超え、防戦と逃避の両極を彷徨するKS軍の戦列にすら達した。


 ドン!――迫撃砲のそれとは明らかに迫力も殺意も異なる激しい音が生じ、同時に生じた衝撃波が再度トラックの荷台を揺るがした。

 近い!――顧みた先で、迫撃砲に続いて敷かれた野砲の列が火焔と硝煙を吹き上げていた。撃つ度にトラックの荷台が揺れる。鹵獲したローリダの軍用トラックの荷台に、特務班の指導の下、はやり鹵獲したローリダ軍の軽砲を載せただけの即製自走砲だ。二年前の「スロリアの嵐」作戦で鹵獲したローリダ軍装備の在庫(ストック)を、謙仁の本国が気前よくノドコール人に供与した結果でもあった。その狙いこそ不正確だが、射撃の数と一発当たりの重さで不利は即座に補いが付いた。



『――チョッパー! 効果大! トラックの撃破を確認! 第三目標対戦車砲! こっちに砲列を作り始めてる!』

了解(コピー)!」

 早い!――応答しつつ驚く。誘導砲弾が、初弾から修正を繰り返しつつ目標制圧を狙うという迫撃砲本来を使い方を変貌(かえ)ている。野砲の直接射撃にローリダ人の反撃は挫かれる。近接信管を曳火に切替え、謙仁は射撃を続けた。曳火射撃――砲列の頭上で炸裂し破片を飛散する――ドローンで目標誘導をするコングが、初弾で対戦車砲数門を破壊したことを告げた。射撃体勢に付いた敵兵もまた――



「騎兵隊だ!」

 タブレットから顔を上げたカリナが叫んだ。遁走を量る敵を、巨大な質量が大地を蹴立てて追うのが見えた。騎兵突撃……騎兵(かれら)が追撃に最適の兵種と見做されたのは、謙仁の生まれた世界では果たしてどれ程昔の話だっただろうか? 現代の騎兵突撃――自動小銃を撃ち、ロケット弾を撃ちながらに騎馬の嵐が疾駆する。



『――王立騎兵団これより突撃する! 戦神の加護を!――迫撃砲射撃やめ! 射撃やめ!』

「……!?」

 一瞬耳を疑い、驚く。怒涛の如き蹄の(あしおと)を背景に、一等海尉 弦城 亜宇羅(つるぎ あうら)の声が聞こえた。

 現在の彼女の肩書は騎兵団と本隊にいるジョーカーとの連絡要員だが、実態はローリダによる植民地化以来、今まさに復活成ったノドコール王立騎兵団の指揮官と呼んでも過言ではない。高性能のデジタル無線機を背負い、状況によっては中型無人機の管制権すら与る彼女には、(まさ)にその風格が備わっている。


『――チョッパー射撃やめ! 待機! 待機!』

「チョッパー!」

 コングの指示に応答し、謙仁は装弾の手を止めた。自身の目で効果を確かめたくて、双眼鏡を覗いて絶句する。高々と上がる黒煙と炎の下で、未だこれ程兵がいたのかと驚く程に、死体とその残滓(きれはし)が荒野に転がる。死体になり切れずに地を這う人影もまた見える。その更に遠方で銃声と砲声の交叉もまた連なる。



「――貴様が単身ロメオの戦車を撃破した様を見て、護衛艦隊司令官(CEF)御自ら装備の大盤振る舞いを決めた。これより君達の望むものは万難を排し全て与えられる。皆このひよっ子に感謝するんだな」

 追撃作戦の前日、特務班を指揮する「ジョーカー」三等海佐は、謙仁を名指ししそう語った。「――もっとも、あれが無ければ君達はすぐ本土(くに)帰還(かえ)れたんだがな」

「――……っ!?」

 驚愕し、同時に周囲の視線が冷たさを伴って肌に刺さるのを謙仁は覚えた。ただしそれらが本気半分、揶揄い半分であることは直ぐに察せられた。


「――当然、本当のところは違うんでしょうジョーカー?」

 ロックこと服部 亮二一等海曹が眉を険しくしてジョーカーに聞いた。謙仁を庇う意図はその口調からは察せられなかった。一方で表情の判らない覆面から覗くジョーカーの眼光から、歴戦の勇士たる余裕が微かに曇るのに謙仁は気付いた。


 ふと、集合した隊員の端、凍った様な無表情でジョーカーを伺う「ロッキー」こと工藤 二等海尉の横顔が目に入る。規則通りならば「逸脱行為」の廉でこの場に参加するどころか、とっくにスロリアの大地から日本(ほんど)へと足が離れている筈の彼とその部下たちは、未だ此処に留め置かれて――否、事実上の軟禁状態にある。「何もやらかしてない」謙仁たちチーム3も、行動の自由こそ認められているものの、スロリア(この島)から出る命令が未だ出ていない点では、取り巻く状況は工藤二尉たちと同じだ。


 傍らの「マスター」に僅かに目配せをし、ジョーカーは言った。

「――君達は知らないだろうが、現在進行中のノドコール戦線の裏で、我々情報本部と特殊作戦群はKS以上の脅威と対峙している……いや、追跡していると言うべきだろうな」

「――この狭いスロリアを駆けずり回って、そいつを排除しろと?」

「――スロリアではない。この新世界中だ。全域を探し、情報本部はそいつを見つけ出す」


「――……?」

 話が大きくなった――ほぼ同時に海自特殊部隊(シールズ)の誰もがそう思い、そして同僚と目配せを交わした。眼前の魁偉な巨漢が、容易く冗談を吐く人間ではないことを、もはやこの場の誰もが知っていた。それ故に意表を突かれ、或いはあまりに壮大な話に聞こえ、驚愕(おどろ)くことすら男たちは忘却(わす)れた。



 再び、追撃戦――

 質量を有する孤影が、大地の荒涼を揺るがしつつ蒼穹を駆けた。影がさらにひとつ、ふたつと続いて大地が揺らぐ。生じる衝撃波に身構えて見上げた頭上を、鋭角的なFー2戦闘機の機影が駆け抜けて遠ざかる。それも謙仁たちの進撃と同じ方向に――


集束爆弾(クラスター)か!」

 2機編隊!――それらが翼下に吊るすものを見上げ、謙仁は思わず声を上げた。

 無数の火珠(フレアー)が撒かれて空に散る。傍らのカリナの黒い瞳もまた見開かれ、ジェットエンジンを焚く日本の戦闘機を見送った。音速で駆ける死神が、地平線に達しかけた満身創痍の隊列に大鎌を振り下ろす。本土の射爆演習場では見たことの無い、それは異次元に在る様な急加速であった。


『――クーガー、目標を視認タイドオンヴィジュアル……目標照準(インホット)!……カウントダウン!……3、2……投下いま(ドロップナウ)!』

 先行する無人機の目標情報は正確であった。まるで駆逐すべき怪物に対するかのような容赦の無さで叩き込まれたクラスター爆弾が数度、烈しく地平線を揺らす。子爆弾の生む炸裂の連鎖が、鋼の暴風と化して人馬と車両を押し流す――


『――マスターよりクーガー、効果大! 効果大! 支援感謝する』

『――クーガー、再度の指示(オーダー)あるまで高度20000(エンジェル20)で旋回待機する』

『――マスター、交信終わり(アウト)

 壹岐三佐と戦闘機の交信を又聞きしつつ、謙仁は遠方を眺め驚いた。蹄を轟かせる騎馬の列が、崩れた敵軍の、それも側面を衝こうと動くのが見えた。嵐と見紛うばかりの砂埃を立て、銃やロケットランチャー乱射しつつ解放軍が瀕死の敵兵を薙ぐ。その容赦の無さに気圧され、呆然としかけた謙仁の意識を、カリナの怒声が現実に引き戻す。


「射点を変換(かえ)る! 騎兵を追って! 急いで!」

「……!?」

 我に還り、運転手に叫び天井を叩くカリナの姿を見出した。急発進したトラックの動揺に、足を取られかけて踏ん張り耐える。傍らに置いたローリダ軍のデグウス軽機関銃を持ち上げて荷台の銃座に据えた。カリナが謙仁の14式分隊支援火器(SSA)を構えて背後に付いた。万事に器用で、抜け目がない。この戦争を生き抜けたなら、彼女は一廉の人物に育つかもしれない――柄にも無い思考に、謙仁の顔が渋くなる。


 射撃姿勢から転回を終えて全速に達したトラックの荷台から臨む前方、残骸や物陰に散り、応戦しようと図るKS兵に、謙仁は撃った。箱型弾倉に詰まった弾丸が薬室に送り込まれて火線を敷き、薬莢が弾け飛んで荷台に転がる。逃げる敵影が見える。弾幕に捉まって斃れる敵影もまた見える。トラックに追い縋り、その周囲を取り巻く様に騎馬の群が疾駆する。騎馬隊は一個の楔、謙仁のトラックはその先端であった。弱い防備を抜かれ、散った敵兵の背後を騎馬兵が追い縋り撃つ。遺棄された車両や物資に火炎瓶や手榴弾を投げ掛ける者もいる。


「チョッパー! 弾丸(タマ)!」

「……っ!?」

 カリナに呼び掛けられるや、謙仁は迷わずマグポーチの弾倉を引き抜き、投げて寄越した。まるで自分の持ち物のように装填を終え、再び撃ち始めたカリナの体躯越し、荷台の後尾から見下ろす限りに、ノドコール人が蹴散らしたローリダ人の骸が転がっていた。

 トラック砲の射撃もなお続いていた。各所に火柱が上がり、直撃を受けた装甲車が横転する。炎上する車体から方々の体で這い出した敵兵に、迫った騎馬から騎兵刀、あるいは火炎瓶が容赦なく叩き付けられる――「地獄」の二文字がそれを目の当たりにした謙仁の脳裏で点滅した。



『――チョッパー!』

 亜宇羅か!――イヤホンに呼ばれるのと同時に、その方向に視線が廻った。それまで馬上で檄を飛ばしていた弦城 亜宇羅が、謙仁を見つつ遠方を指差しているのが見えた。指差す方向の、地平線に向かい走る車列が数台。それらを認めるや、再度の指示が謙仁の聴覚を打った。


『――将官用の車だ! このままだと逃げられる!』

「おれに追跡()えってか!?」

 逃げるやつなんて、どうでもいい!――撃発を疑問に替えて、怒声で吐き出す。

『――捕獲(つかま)えて情報を取る! ガーライルに繋がるかもしれない!』

「……!?」

 絶句するのと同時に、謙仁はカリナに銃座に付く様命じた。少女が疑問を声にするより早く、引き抜いたSFP9自動拳銃が咆哮する。乱戦の中、トラックに銃口を向けたローリダ人が斃れるのを見、問答に時間を費やしていられる状況ではないことを、少女は今更ながらに思い知らされた様にも見えた。


「あの車を追うように言え!」

 亜宇羅の指した車列を指差し、謙仁は迫撃砲に飛び付いた。持上げた砲身を旋回させる中で、車が曲がり始めるのを加速で体感する。そして亜宇羅の言葉を脳裏で反芻し、一瞬考える――ガーライルって……誰だ?



『――チョッパー! ドローンを出すぞ!』

「カリナ、距離を測れ!」

 亜宇羅の声が聞こえた。同時にレーザー測距装置付きの双眼鏡を、謙仁はカリナに放った。亜宇羅がバックパックから投げ出した小型ドローンが、一瞬で主翼を展張するや騎馬隊の直上から脱し、上昇しつつトラックの頭上を旋回して追い越した。そのまま戦闘の環から脱しようとする車上、エンジン音を上げて迫る不穏な気配に、背筋が寒くなる。それまで逃走の列に加わっていた敵の車両が複数、戦闘に加入するかのような急旋回で鼻先を翻し、次には謙仁の目前に迫ってきた。


「距離1800……1750……1680!」

 レーザー照射。視界に表示された数字を読み上げるカリナの声は、悲鳴に近い。そこに、亜宇羅の声がイヤホンを打った。

『――目標を照射した! 撃て!』

「……っ!」

 勝手なことを言う!――舌打ちしながらも身体は動いていた。砲口に滑り込ませた誘導砲弾が撃発し、荷台を激しく揺らしつつ空に跳ねた。砲弾が尽きるまでそれを只管に繰り返す。ここまで手順を無視した撃ち方に、命中(あた)るのかという疑問を差し挟む余地も、その意思も今の謙仁には無かった。

 荒れ地と射撃の衝撃に車体が上下左右に烈しく揺れる。そこにロメオ製軽機関銃の野太い射撃音が重なる。見上げた先、14SSAを捨て銃座に付いたカリナが敵車両に構えて撃っているのが目に入る。足場の動揺、機銃自体の重さと構え方、そして少女自身の体躯――それら全てが、軽機関銃の射撃に不安定さを与えていた。それでも、撒かれた弾幕を前に、追手は此方に近付けずにいる。火箭を吐く銃口から勢いよく延びた弾幕が、一丁で能く追手を防ぐ壁を創っている。



『――チョッパー! 効果大! 効果大! いいぞ!』

「くそっ!」

 追い撃ちと思しき銃火が瞬くのを見る。延びて眼前に突っ込んできた曳光弾がトラックの傍を過り、或いは掠めて跳ねる。今のところは命中(あた)らない。だが敵が小癪な追手を討つべく修正を重ねているのが肌で察知(わか)る――そしていま、自分が追っている目標が、余程の大物であるということも。

「墜ちろカスども!」

 怒りに任せ、14式分隊支援火器(SSA)を拾い上げて謙仁は撃った。光像式照準器(ダットサイト)に入る限りの敵に向かい、引鉄を引き絞る。延びた曳光弾が一台の運転席を捕らえる。オープントップの運転席への弾着!――力なく項垂れる運転手を謙仁が見るや、車は急にその向う先を変え、荷台の兵士を振り落としつつ岩場に突っ込んで炎上した。


「チョッパー!」

「――っ!?」

 銃座から呼び掛けられ、頭を擡げて絶句する。

 向かう先に点々と、だが一つの道筋を作って横転し、或いは炎上する車が見える。誘導砲弾の直撃を受けた敵だと、驚愕と共に気付く。『――追跡やめ! 追跡やめ! 集合!』――前線の総指揮を執るジョーカーの号令が共通回線に虚しく響く。だがジョーカーの指示が飛ぶ前に、追撃を切り上げて元来た道を戻る車列が、更に向きを変えて逃走する車列を追うのが見える。友軍の軽地上車だ。



『――チョッパー! 撃ち方やめ! ロッキーと一緒にやつを追え! 付いて行け!』

「チョッパー!」

 ロックの命令に応答するや、謙仁は手振りでカリナに前進を命じた。まるで馬に鞭打つように、カリナのボンネットを叩く手に反応してトラックが加速する。友軍の荷台から撃ちかける弾幕が、逃げる敵影まで飛んで刺さる。敵影から発射されたピアッティス対戦車ロケット弾が白煙を曳き、それは歪に曲がって車列を飛び越えて弾着し、追随する騎馬隊を吹き飛ばした。生き残った騎馬が、疾駆する馬上から報復のロケット弾を撃つ。一台のトラック、そのタイヤが着弾に足を取られて擱座し、密閉された荷台から飛び出した人影に、謙仁とカリナは均しく息を呑んだ。

 

「女だ!」

 カリナが叫んだ。女だけではなかった。傾いた荷台から、零れるように走り出る女性と子供の群、ノドコール人ではなかった。従軍前に教えられた知識の一端が、謙仁の脳裏を雷鳴の如くに走る。


「入植者……?」

「侵略者だ……!」

 言い掛けた謙仁を遮るように、カリナが再度言った。声が少女とは思えない憎悪に震えていた。武装していない女子供に老人――所謂非戦闘員であることが、謙仁にも一目で察せられた。ローリダ人!――そう察するのと同時に銃座が動く気配がした。殺気を漲らせたカリナが彼らに銃口を向けるのを、咄嗟に熱い銃身を掴んで謙仁は止めた。


「……?」

「戦士になりに来たんだろうが! 人殺しになるんじゃねえ!」

 ただそれだけを、謙仁はカリナに言った。瞳を見開いたカリナを凝視する間もなく、14SSAの銃身が翻る。後方、機銃を撃ちつつ追走する敵トラックのエンジンルームに弾着の火花が走る。カリナの軽機関銃もまた、重い弾丸を吐き出してトラックを撃ち据えた。それでもトラックの勢いは止まらない。

 荷台の銃座から放たれた弾丸が火花を伴って此方の荷台を乱打する。カリナを引き摺り倒して伏せた。少女を庇い抱きしつつ見上げた先、被弾し出血した運転手の顔と、ローリダ語の軍用ナンバーすらはっきりと判別(みえ)る距離にまで敵の貨車(トラック)が迫る。砂塵を抜け、そこに追い縋る孤影が一騎――


「姉御だ!」

 謙仁に抱かれたまま、カリナが叫んだ。ふたりが目を見開いた先で、手綱を叩きトラックに並走した弦城 亜宇羅が、何かを手ずから荷台に放った。騎馬が離れる。兵の蝟集するローリダ兵の間に火花が走り、次には火柱となって吹き上がる。苦痛と怒りの間、阿鼻叫喚が狭い車台上に満ちた。

 手榴弾か!――謙仁は迫撃砲弾を手に取り、床板に叩き付けて投げた。撃発装置の起動した迫撃砲弾が、迷走するトラックの鼻先に落ちて発火した。それを幾度か繰り返す。並走するトラックが怯み、鼻先を曲げた先に、銃座に飛び付いたカリナの軽機関銃が、待ち構えた様に咆哮する。


 火箭が刺さり、運転席に穴が穿たれる。ガラスが割れ肉片が鮮血と共に散って運転席を汚す。針路を狂わせたトラックを避けようとハンドルを切った先で、火達磨になった車が、全速で謙仁たちのトラックに突っ込んでくる――誰かの悲鳴が、謙仁の耳に聞こえた。

 

 衝突!――全身を震わす空気の響きと、足元から突き上げて来るような衝撃に躰が浮くのを自覚する。

 次には三半規管の乱れと背中からの痛打が、転落し大地に叩き付けられた謙仁の意識を消し飛ばす――




『――鼻先を塞げ!』

『――駄目だ! 回避された!』

『――違う……軍人じゃない!』

『――フェアリーよりジョーカーへ!……VIPを視認した……民間人!……いや聖職者だ!』

『――坊さんだぁ? 何で坊さんが乗ってるんだ?』


「……?」

 目が開いた。

 骨伝導(DB)イヤホン越し、脳髄に響く誰かの声が、混濁した意識を激しく苛んだ。

 自分が何者なのか思い出そうとして、脳髄が激痛に疼く。堪え切れず、思わず目が閉じた。

「――チョッパー?……チョッパー!」

「――!」

 少女の声に呼び掛けられ、覚醒――目を開けた先で、名を叫びつつ浅黒い肌の少女が這って来る。

 叫び、這いずりつつ、少女が自分の眼前に手を伸ばそうともがく。

 その背後――

 黒い、小さな影が少女の背中に銃口を向ける――


「――!」

 瞬間的に引き抜いたSFP9が咆哮(ほえ)た。

 軽い引鉄。

 ミシンを打つ様な連射が、弾切れまで続く。

 意識してやったことではない。

 本能同然の反射にそれは近かった。


 そして謙仁は覚醒する。

「装填!」SFP9に新しい弾倉を押し込みつつ、謙仁は跳ね起きた。飛び起きて初めて、トラックの破壊と自分たちが荷台から放り出されたことに気付く。自分を助け起こそうとしたカリナの片足が、歪に曲がっていることにも気付いた。苦痛に顔を歪めるカリナを抱き起して引き摺り、荷台の陰に寝かせた。

「ケンジン……」少女が不安な顔をそのままに、謙仁を見上げた。

「そこにいろ。また来る」応急手当の後、強いるように謙仁は言った。カリナはなお、不安な顔を隠さない――そこで謙仁は、自分が先刻斃した影の正体に気付く。



「……」

 言葉を失った。大人には見えなかった。拳銃弾にその上半分を砕かれてはいても、顔の幼さは隠せてはいなかった。そいつが取り落とした銃とその予備弾倉を謙仁は取り上げた。ザミアー82突撃小銃。新型だと看破する。銃床と把柄の設計(レイアウト)に自衛隊の89式のそれが参考にされたと聞いている。正規軍ではないKSが持つべきではない銃だ。こいつの使い方は――撃って覚えるしかないだろう。


 ザミアーを構えつつトラックの陰から躍り出た謙仁の眼前、飛び込んできた影に謙仁は銃口を向けかけて止めた。影が彼を見出すのが、謙仁より早かった。頼れる相棒(バディ)たる「コング」三等海曹 真壁 譲。20式個人携帯対戦車弾(20LAM)を背負った筋骨隆々たる大男が、馬を早駆けさせるその姿は、古の戦国武将を彷彿とさせる。謙仁を一目見るや砂塵に穢された厳めしい表情を綻ばせ、謙仁の相棒(バディ)は言った。


「良かった! 生きてたか!」

「負傷者がいます。診れる人間はいますか?」

「待ってろ」

 言うが早いが、コングは背後を顧みて指笛を吹いた。ノドコール人数騎が大将に従う家臣の如くにコングの傍に集まる。知性の欠片も感じさせないコングが、ビジネスマンを思わせる流暢なノドコール語で彼らに指示を下す様を、謙仁は半ば唖然として見上げた。下馬したノドコール人が自衛隊式に小銃を構え、カリナと運転席の方向に散っていく。周囲に銃やロケット弾を向けて警戒する様も、手慣れた動作であった。


「ケンジン!」

「……?」顧み、同胞に手当てを受けるカリナを見遣る。

「持って行って!」

 腰に挿したカランビットナイフを、少女は抜いて謙仁に差し出した。立ち戻り自分のナイフを取り戻した謙仁に、乗り手のいない馬の手綱を引いたコングが笑い掛けた。

騎乗()れ! 置いて行かれるぞ!」

 逡巡は覚えなかった。飛び付き、振り払おうと躰を回す馬に嚙り付く様にして、謙仁は鞍に腰を載せた。


「おっ、上手くなったじゃねえか」

「行きましょう!」

 皮肉に返答する余裕を、謙仁は棄てた。言うが早いが、馬の腹を蹴った。前脚を浮かせて(いなな)いた馬が、苦悶しつつ疾走り出す。


 疾駆しつつ姿勢を整えて銃口を向けた先、将官専用車を守りつつ逃走(はし)る車列と、それを追うノドコール騎兵との間で戦火が交叉していた。行き合う弾幕の密度が予想外に濃い。疾駆する馬上から迫るにつれて、それが判る。乗り手を失った馬が数頭、逃げるように戦場から離れて行くのが見える。銃火に斃れ、逃避行の跡に転がる無数の死体もまた、はっきりと見え始める。



『――敵の抵抗がはげしい!』回線に誰かの声が聞こえた。ロッキーだと直感した。

『――チョッパー、ついて来い!』

 道の外に出、荒れ地を二騎は疾走る。曲がりくねる道の間を貫く様に直進し、岩場をも超えて車列の側面を衝く態勢を取る。謙仁とコングが同時に得物の引鉄を引いた。片手撃ち故に命中は期待していない。ただし後続のノドコール人が二人に倣い一斉に撃ち始める。そこに弾幕が生まれ、礫の様にKSの貨車(トラック)を撃ち据えた。タイヤを撃たれた地上車がバランスを崩し滑る。停止しかけた車の尻を、後続の貨車(トラック)が圧し潰して走行(はし)り続ける。その荷台に陣取ったKS兵の抵抗は、尚も激しい。ただし車列を襲う義勇軍は全周囲にいる。火力の集中はできなかった。



 それでも――

「――!」

 戦慄――黄色い曳光弾が濁った大気を斬り裂き、手綱を握る謙仁の横を掠めて過ぎた。謙仁の横に出たノドコール人が撃たれて馬から落ちる。顧みる余裕は無かった。顧みる代わりに身を屈める。馬上で腰だめに、ザミアー小銃の引鉄を引き絞る。車列の先頭、荷台から全周囲に銃火を吐く貨車(トラック)一台の荷台が、距離を縮めた謙仁の眼前に入った。


「……っ!!」

『――馬鹿! チョッパーやめろ!』

 コングに叫ばれたときには、とっくに荷台の外に嚙り付いている。

 持てるかぎりの握力と平衡感覚を駆使し、動揺に堪えて取っ手に張り付くのに集中する。荷台の外板が、鉄板で補強されているのにもこの時気付く。その一瞬――江田島の体力練成障害物走(Qコース)の、理不尽過酷な記憶が、謙仁の脳裏を過る。


 後続の将官専用車からKS軍の幹部が身を乗り出し、闖入者を指差してトラックに向かい何事かを叫ぶ。幹部が謙仁に向けた拳銃の乾いた発射音がニ三発聞こえ、そして不意に途切れる。コングが撃ったと謙仁は思った――外から撃たれ、力の抜けた幹部の骸が放り出されて激しく転がる。それに気を取られ、思わず荷台の縁から身を乗り出した男と、それを見上げる謙仁の眼が合った。


「……!?」

「――ッ!」

 引き抜いたカランビットの刃が、剥き出しの喉笛を引き切った。顔面に返り血を浴びつつ、しな垂れた男の服を掴み、謙仁は勢いを付けて荷台へと駆け上る――そして跳び上がる。

「ニホン人!?」

 車上のローリダ人が驚愕し、闖入者に一斉に銃口を向けた。彼らは致命的なミスを犯した。反撃が無くなった瞬間、四方八方から撃ち込まれる弾丸に二名が斃れた。怯んだ残り四名に、謙仁はカランビットナイフを翻し突進する――


 行ける!――勝機はあると謙仁には思えた。

 手首、首、股間、そして脇――小銃で応戦しようとがら空きになった敵の懐に潜る。急所を引き斬り、刃を刺し、反撃を回避(かわ)しさらに裂く。

 踏み込まれたローリダ人からすれば、味方を撃つ恐怖が、ニホン人に対する恐怖に勝った。

 飛んだ鮮血が狭い荷台を鮮やかに穢す。断末魔の悲鳴が満ちる。そして荷台から生の鼓動は忽ちに消えた。


「停まれ!」

 死体と共に床に転がった、血塗れの自動小銃を謙仁は蹴り上げて構え、そして運転席に向けて撃った。至近弾に怯んだ運転手が、急制動で貨車(トラック)を止めた。反動――謙仁は内壁に叩き付けられ、後続の地上車もまた、急停止に間に合わずに貨車の尻に刺さる様にして制動(とま)った。


『――やつが逃げるぞ! 追え!』

『――停まった! 確保!……確保急げ!』

『――くそっ!……抵抗が……』

「イテテテテ……!」

 苦痛に怒りつつ、荷台から立ち上がる。荷台の外、それも至近距離から銃声がドラムを打つように聞こえた。荷台に流れた血に戦闘服が汚れ、手が滑るところを辛うじて堪える。国外派遣に先立ち、本土の自衛隊中央病院で何本も打たされた感染症予防注射が有難く思える。

 どす黒い血に穢れたザミアー小銃を拾い上げた。構えた先、車列から離れようとして擱座(スタック)した車を守るローリダ人と、周囲から迫る解放軍の間で、最後の攻防が始まっていた。灰色のローリダ人の制服を目の当たりにし、謙仁は声を上げかけた。


『――こいつら民族防衛隊だ!』

 聞き覚えのある誰かが回線に怒鳴る。そこに銃声が複数重なる。悲鳴もまた聞こえてきた。

『――撃つな! 撃つな! 目標に命中(あた)る!』

「チョッパー!」コングの野太い声が、魁偉な気配と共に荷台に昇ってきた。

「派手に殺したな! 動けるか!」

「チョッパー!」

 応答するや、巨大な腕が笑顔と共に謙仁の背を叩く。車を取り巻く様に銃声と馬の嘶き、そして砂塵が上がる。「くそっ、止められんか!」――苦悶を隠さないコングが、謙仁に急いで騎乗するよう勧めた。頭上、爆音を轟かせた無人機の機影が独つ。それは急降下から機首を起こし、墜落寸前の低空で銃撃戦の直上を全速で航過する。生じた衝撃波が土砂と硝煙をかき乱し、報復を(ほしいまま)にしていたノドコール兵の騎馬もまた乱れた。


『――射撃やめ! 射撃やめ! 離れろ!』

 コングを引き連れる形で馬を駆けさせつつ、ノドコール語の通信を謙仁は聞いた。ジョーカーの声であり、しかも焦燥している様に聞こえた。


『――マスター、目標は生きているか? 目標の姿が見えるか?』

『――埃が酷くて見えない……待て、生体反応あり……目標かは判別らない』

『――各員へ、接近し目標の生死を確認! 生きていたら!……速やかに確保! 手足が千切れてても絶対に死なせるな!』

「了解っ!」


 難問だ――砂埃が旋風(つむじかぜ)(ヴェール)となって残骸と化した地上車の周囲を廻る。ジョーカーたちの厳命がようやく浸透したのか、ノドコール人が馬を翻し離れて行く。銃撃戦に斃れたノドコール人も馬の骸も、また見える。埃は接近する特殊部隊(シールズ)にも容赦が無い。目が痛くて思わず瞑る。ゴーグルの着用が必要であった。


 静寂が戻りかけた荒野に、銃声が散発的に響いた。銃火に倒れていても、なお対象への忠誠を失わなかったローリダ人が、起き上がり反撃しようとしてシールズに斃される。動けないながらも、生き残ったローリダ人は多かった……とは言ってもノドコール人もシールズも、この期に及んで彼らを生かす必要を認めていない。小走りに前進しつつ引かれる89式カービンの引鉄、単射で放たれた弾丸は、まるで戦闘というより作業の様に正確にローリダ人の頭を一発で貫き、あるいは心臓をニ三度貫いた。


脅威なし(クリア)!」

 謙仁とコングが叫ぶのとほぼ同時、周囲から「クリア!」の声が砂風に乗って聞こえる。蜂の巣同然に銃痕を開けられた車のドアが一枚、不意に外れて倒れたのに反応し、謙仁とコングは同時に銃口を上げた。そのとき謙仁は、残骸の反対側に気配を感じ取る……そこに、老年(しわが)れた声が温く臭い風に乗ってきた。


「……神よ……偉大なるキズラサの神よ……」

「……?」

 ノドコール語ではない――ローリダ語と謙仁は直感した。ローリダ語をそれ程学んだわけではないが、そう直感した。

「ロメオ野郎……!」傍らで14SSAを構えるコングが、忌々しげに呟くのを聞く。



『――神に祈っている……慎重に接近(ちかづ)け。自爆するかもしれない』

『――ロメオにそんな根性無えっすよ』

『――軽侮(あなど)るな。連中にはごく稀に「本物」が混じっている』

『――「本物」ばっかりだろ……』


 いち早くロッキーと彼の部下たちだ……勝利を前に緩みかけた集中力が、悪寒と共に蘇る。ロッキーこと工藤二等海尉が、最も接近して相手に銃口を向けているのが気配で判る。謙仁とコングは同時に目配せし、別方向に分かれて対象の側面に回り込む――


「神よ!……偉大なるキズラサの神よ……貴方に我が全てを委ねます……」

「名乗れ、ロメオ野郎」

 弱々しいローリダ語を、汚い日本語が遮った。銃口を向けられ、座り込んだ男が肥っていること。散々に追い回された末路か、ボロボロに破れ、汚れてはいるが、長い、紫の衣を纏っていることは謙仁にもすぐに判別(わか)った。但しその顔は煤と血に塗れて、原型を保っているのかすら判別(わか)らなかった。やはり酷く汚れた手に数珠を巻き、祈る様に組んでいるのもまた見えた。



 骨伝導(DB)式のイヤホンを軽く押さえ、ロッキーが言った。防護服(ボディーアーマー)に付けたカメラ越し、情報を集めるマスターも彼の貌を把握する。

「マスター、こいつは誰ですか? 照会願います」

『――いま照会中……こいつは――』



 男の掌が、先刻から何かを包んでいる様に震えていた。

「おいやめろ!」祈っているのではないと気付くのと同時、謙仁は声を荒げた。

 手榴弾のピンを、何時でも引き抜けるように指に嵌めているのだと次に察し、謙仁は緊張と共にザミアー小銃を構え直した。

 集中する銃口――自分の行動が一気に多数のそれに伝染するのを、張り詰めた空気の流れとして感じる。男の前、彼に向かい片手で89式カービンを構えつつも、照会を求めるロッキーの横顔は落ち着いている様に見える。年季の差の為せる業だろうか?


「注意! 目標は自爆する模様!」

「チョッパー!」

「……」

 手榴弾を取り上げろと、ロッキーが顎を尺る様にした。命令される筋合いではないが、それを拒否する選択肢は既に排除していた。反対側から近付くコングに目を流す。カービン銃より重厚な造りの14SSAを敵に向けた大男が、目元を微笑せて「任せろ」と、やはり目元で言った。覚悟は決まった。

 猫の様な歩調で迫り、引鉄に指を充てた銃口を向けつつ、謙仁は相変わらず唇を震わせるローリダ人を観察する……傷付き汚れてはいるが、目鼻はちゃんと付いている。長衣に包んだずんぐりとした体躯と顔にだらしなく付いた肉が、このローリダ人が明らかに「前線向き」の人間ではないことを謙仁に感じさせた。


『――照会完了。目標の名はランデナス‐ガ‐ルイト。従軍司祭……いやこいつはKS軍の筆頭従軍司祭だ。それに……』

「……?」不意にイヤホンに入ってきたマスターの声に、耳を聳てる。

『――捕虜情報では去年の「ベース‐ソロモン」包囲軍の幹部だった様だ。虐殺の状況を聞けるかもしれない』

『――成程、ザルキスの同類か』

「……神よ!……これより貴方の身許に……!」

『――閃光弾防護』

「……っ!」

 ルイトが声を絞り出したのと同時に、無線に割入ってきた女の抑揚の無い声が、謙仁と彼の同僚をして型通りの防御姿勢を取らせた。謙仁は目を瞑ったが、耳を塞ぐ余裕は持ち合わせていなかった。ルイトが寄り掛かる残骸に放り込まれた閃光手榴弾(スタングレネード)の気配を、怯えたルイトが目を見開いて顧みるのと、手榴弾が破裂するのとほぼ同時であった――ローリダ人の聖職者は、視覚と聴覚を一瞬で喪失した。


「確保!」

 破裂音に鈍麻した聴覚に、弦城 亜宇羅の声が聞こえた。耳鳴(みみなり)に耐えて目を開けた先、やはり彼女が蹲る聖職者の巨体を上から押さえつけているのが見えた。ピンを抜いた手榴弾を握ったままの手、(いびつ)に曲げられた聖職者の腕に、片膝から女の全体重が乗っている。此方を睨む亜宇羅の鋭い目が、謙仁に「手伝え」と強いていた――おれは誰彼(どいつ)にでもいいように使役(つか)われる。


「眼がっ! 眼があ!!」

 目そのものを麻酔なしでもぎ取られた様な勢いで、ローリダ人は涙声で捲し立てた。謙仁はザミアー小銃を背中に廻して走り寄る。手を捻り手榴弾を取り上げるのと同時に、亜宇羅に曲げられたローリダ人の腕から乾いた音がした――と同時に、音程の外れた悲鳴が彼から上がる。


「そいつは旧型だ。ピンを抜くだけでは起爆しない」

「あっああ!」

 不意に亜宇羅に言われて頷き、円筒形の手榴弾を謙仁はまじまじと見詰めた。態勢を整えたロッキー達が銃を構えつつ接近してくる。コングはと言えば、亜宇羅を手伝い泣き喚くローリダ人の拘束に取り掛かっている。骨折し歪に曲がった腕を剛力に任せてそのまま後ろに廻し、躊躇なくハンドカフを絞めるあたり、敵に対する容赦の無さが伺えた。拡大する悲鳴――呆然とする謙仁の耳に、ジョーカーの声がまた聞こえた。


『――アウラ、よくやった!』

 視覚を潰され、その上に腕を折られた結果、激痛に抗えず子供の様に泣きじゃくるローリダ人の傍に立ち、亜宇羅は言った。


「神はあたしだ。お前は此処で死ぬ運命じゃない」

 言い捨てた直後、亜宇羅はルイトを引き立てるようコングに促した。眉一つ動かさず、聖職者を引き摺る様に立たせる動作が、コングの回答であった。無言であっても、コングの様な剛勇の士あっても、促す彼女の眼力に逆らい難い何かを見出したかのようであった。味方が集まる中に平然と閃光手榴弾を放り込む傍若無人さ、一瞬で手榴弾の特性を言い当てる観察の鋭さ――怖気と同時に生じた反感が、謙仁をして亜宇羅に声を荒げさせた。


「殺す気かよ!」

「お前も、此処で死ぬ運命じゃなかった様だな」

 また言い捨て、そして亜宇羅は舌打ちをした。「カリナを診てやれ。お前の責任だ」

「はっ? おれ!?」

「……!」

 亜宇羅の眼光が「何度も言わせるのか?」とぎらついた。と同時に、自分が海士長で彼女が二等海尉であることに、謙仁は今更の様に思い当たる。戦闘が終わるのと同時に、特に兵士にとって階級の意味は重くなる。

 突き放される様に亜宇羅と別れてカリナの許へと急ぐ間、独立軍のノドコール人に囲まれた集団が目に留まり、そして謙仁は足を止めた。


「ローリダ人か……?」

 硝煙に穢され、爆風に擦り切れた服ではあっても、彼らが纏っているそれらが戦闘服の類ではないことは一瞥で判別った。ファンタジー世界の農民を思わせる粗末でかつ素朴さすら伺わせる服装の老若男女……自分と同じく、戦禍を生き残った人々であると謙仁は気付く。


 植民者ってやつか――の彼の眼前で、彼らの例外なくノドコール人の足元に座り込み、未来を喪った様に項垂れていた。


「――あいつらどうするんだ?」

「――レオミラ人に売るのさ。健康な奴隷を欲しがっている」


「……?」

 不穏な会話が、乾いた風に乗り謙仁の耳に届く。会話の出処がやや遠く、二人して俘虜たちを見張りつつ話し込むノドコール独立軍の姿となって謙仁の視界に入った。全地形走行車(ATV)が一両、軽快に車体を揺らしつつ、謙仁の背後に滑り込むようにして停まった。


「ドンマイ新人(ルーキー)。亜宇羅に全部搔っ攫われたって形か?」

「……!」

 顧み、そこにジョーカーと「導師(マスター)」 壹岐 護 三等陸佐がやはり二人して乗り込んでいるのに気付き、謙仁は慌てて敬礼した。運転席のジョーカーが覆面の眼を微笑わせて答礼する。彼も海上自衛官である筈だが、雑な敬礼の仕方が「らしくない」。


「あいつら、どうなるんですか?」ローリダ人について、困らせる積りで謙仁は聞いてみた。今更ながら、現実に対する困惑もまた生まれていた。

「……ノドコール人が決めることだ。日本人(われわれ)の専管事項ではない」ジョーカーの回答は即座で、素っ気無い。

「役人みたいなことを言うんですね」

「公務員だからな」

「……」

 言葉を失った謙仁に、助手席のマスターが言った。


JVー22(オスプレイ)を呼んだ。これより新たな任務に備え、我々はベース‐ジャブローに移動する」

「はっ!」

 思わず背筋が伸びた。マスターの言葉には、「雑念を掃え」という無言の圧力が含まれていた。軍人らしく杓子定規に異論を排除しようとしたのではない。寧ろ、雑念を持ったままでは危険が及ぶ作戦に投入される予感を、そのとき謙仁は抱いた。


 謙仁は、聞いてみた。

「あの坊さんの尋問も、ジャブローでやるんですか?」

「お前がやるか?」と、ジョーカーが質問で返答した。否定ではなかった。慌てて頭を振る――特務が言う「尋問」が、穏便に済むはずがない。震える若者を笑い捨て、ATVが動き始めた。舞い散る砂埃に(むせ)るうちに視界が晴れ、次には負傷者を満載した荷馬車が減速しつつ停まる。その間際に、自分の名を呼ばれた様にも謙仁には思えた。



「カリナか!」半ば反射的に、謙仁は荷馬車に叫んだ。その名を呼んだ少女が、負傷者の山から難渋しつつ荷台から半身を乗り出した。治療のため村に帰るのだと、カリナは謙仁に言った。


「おれ達も移動だ。また会えるといいな」

「また来なよ……あたしたちの祖国(くに)に」

 少女の微笑に、思わず惹き込まれて踏み止まる。荷台を共にする男たちの、神妙な視線のせいであった。思い出したように……或いは想いを振り切る様に謙仁は目を落とし、ボディーアーマーを弄った。抜いたカランビットナイフを逆手に、カリナの鼻先に突き出すようにした。


「ケンジン……?」

「やるよ。取れ。道中(みち)を急いでる」

「……」

 逡巡する少女を、「早く取れ」と目線で急かした。荷台から延び、それでも尚逡巡する手を、焦れた謙仁の手が抱く様に、カランビットの柄に強引に握らせた。驚き、何かを言い掛けたカリナを無視する様に、謙仁は御者に走るよう合図した。揺れる荷馬車が走り去り、その反対側、意外な人影が。自分と正対していることに謙仁は気付く。


「……」

 弦城 亜宇羅の短躯が、「合流せよ」と謙仁に顎を杓った。

 直後、巨大な機影が低空、爆音と質量で地上を揺るがしつつ駆け抜ける。それが迎えに来たJVー22(オスプレイ)だと察するのに秒も要さない。

 周囲、解放軍のノドコール人たちも撤収の準備を始め、とっくに馬を降りた海自特殊部隊(シールズ)の男たちもまた、オスプレイの着陸(おり)回収地点(EP)へと三々五々と歩き始めている。その向う先、ノドコール人との連携は解消され、連携の制約を解かれた精鋭たちに、新たな命令が下るのだろう。



 さて……お次は何だ?――仲間に倣いつつ、謙仁はただ漠然とその様なことを考えた。

 そのとき――


『――リトルバットよりジョーカーへ、陸自の特殊作戦群(エス)がイェリカドに入った。街のど真ん中だ。重要目標(VIP)の存在を探知した模様……』

『――戦力は?』

『――一個分隊相当と思われる……少な過ぎる』

『――リトルバット、重要目標(VIP)の詳細は判るか?』

『――判らない(ネガティヴ)。連中、VIPを「赤ん坊」と呼称している……此方の把握していない協力者がいるようだ』

『――リトルバット、特戦(エス)の監視を継続。詳細が判明(わか)り次第最優先で報告しろ。以上(オーバー)

『――リトルバット、通信終わり(アウト)

 

「……?」

 共通回線に流された交信に、愁眉が啓くのと同時、謙仁の背筋も再び震えた。




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― 新着の感想 ―
久々の更新は嬉しいが、更新した内容が枝葉の一局地戦だけなのはどうなのか。 文字数が多いのは良いが、更新頻度を考えたら引き延ばし感が強い。
グザンゲイルはノドコール独立軍の民兵で方が付きそうですね、本来の防衛部隊の北方軍の予備まで突っ込んだからなぁ。 今回はシールズ回ですね、この前別の特殊部隊にぶん殴られてたけどどうなったんだろ?と思…
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