第二五章 「シレジナ攻防戦 前編」
シレジナ方面基準表示時刻1月9日 午前11時23分 ローリダ政府直轄領シレジナ 南西部防衛線
ノルラント軍の前進と接近を告げる警報から、丸一日が過ぎた。
視界を妨げるミルクを流した様な霧は、先々日からだらだらと降り続く雨の産物であった。その日、野戦気象分隊の届けてくれた気象情報は、シレジナ半島の付け根に端を発する前線が南下していることを教えてくれた。南下はそのまま停滞し、戦場に設定された丘陵に、戦闘が始まってもいない内に陰鬱さを齎していた。太陽の光の注ぐ下か、灰色の雲犇めく下か……生き残るのに果たしてどちらが好都合であろうか?
ローリダ共和国陸軍一等兵 セオビム-ル-パノンは、共和国国防軍 シレジナ沿岸防衛線西の丘陵地帯、通称「カデス丘」斜面の個人対戦車壕に在って、南から迫り来るであろうノルラントの影を目で追い続けていた。配置に付いて二時間。影は、未だ見えなかった。
個人壕とは言っても、ひとつに付きひと三人までが余裕で頭まで潜れるほどの深さを有する。ついでに他の個人壕とを繋ぐ交通壕まで付随する――着任以来、非番であれば有無を言わさず参加させられてきた陣地構築作業の結実としての対戦車陣地。此処まで来れば立派な塹壕だが、それは壕に潜るパノンにひとつの葛藤を与えていた――始終此処に留まり続けるのと、各壕へ逃げつつ応戦するのと、どちらが生きて今日を乗り切る可能性が高いのだろう?
壕に据え付けたピアッティス3改 対装甲誘導弾発射器 通称「魔王殺し」を、パノンは防火手袋を嵌めた手で撫で付けた。既に装填した一発。そして相方の装填手 クリム-デ-グースが抱えてきた六発……単純に全弾命中させるとして、七両のノルラント戦車を屠ることができるはずで、恐らくはパノンと同じ目算を抱いている対戦車特技兵が、丘陵一帯には優に一個小隊分相当数は散っている筈である。そして、進撃するノルラント人を待ち構えている対戦車兵器はピアッティスだけではない……
「…………」
二時間前、共に壕に入った筈のクリム-デ-グースの様子がやけに静かであることに気付き、パノンは傍らを顧みた。個人壕の底にへたり込み、堕眠を恣にする相方の姿に、怒りではなく苦笑をパノンは覚えた。緊張の糸が切れたのか、または今になって警戒配置の疲れが出たのか……どっちにしろ戦友の肝は太い。クリムなら余裕でこれから始まる戦いを生き抜くことだろう。
パノンの場合、緊張を拭えないまま、そこに尿意が重なった。少し逡巡した後、パノンは持ち込んできた屎瓶に小便を向けた……これも訓練で何度も繰り返した経験だった。出し切るのと同時に、緩い欠伸がこみ上げてきた。そのまま眠り込みたいところだが、屎瓶の中身は壕を出て遠くに棄てに行かねばならないのが憂鬱だ。
そう言えば昨夜から三時間も眠っていない。昨夜――決戦準備の喧騒に満ちる中、ただ一度まともな食事を取った記憶が脳裏に蘇る。戦闘を間近に控えた将兵の発する殺気と嬌声の交差する陣地後方の段列。補給処から早めに弾薬と非常食の交付を受けて配置に向かうパノンとグースを、物陰から呼び止める声があった――
「――パノン? パノン……!」
「――…………?」
顧みた先に見出した人影に、パノンは緊張で引き攣った顔を綻ばせた。「司令官閣下の姪」こと、リュナ-ミセルベス-アム-ロートが仮設倉庫の陰から手招きをしているのを見る。気付かずに先を行こうとするクリムの袖を引き、リュナの元に踵を返すのに躊躇は無かった。
何を考えているのだろう?――パノンたちと同じ共和国国防軍兵士の軍服姿が、やけに板に付き始めているように見え、それがパノンには微笑ましく、そして愛おしくすら感じられた。パノンの思いを他所に、リュナは無言で付いて来るように促したものだ。長い路、それも人気の無い路を故意に択んだ先に辿り着いた狭い部屋が、寝室をも兼ねるリュナ個人の部屋であることに気付いたとき、パノンとクリムは若さゆえに尋常ではなく動揺した……息を呑むふたりの男子の前、拡げられた折畳みテーブルの上に、毛布で包まれた鍋が重々しくも静かに置かれる。
「シチューだ!……アダロネスシチューだ!」
「アダロネス風、な」
鼻をひくつかせつつクリムが相好を崩し、パノンもまたクリムの言葉を修正しつつ、今更のように空腹を覚えた。思えば昼の敵接近以来、まともな食事をとった憶えが無かった。凝視するふたりの目前で毛布と鍋蓋が取られ、そして静かな動作で深皿にシチューが注がれる。低く薄暗い天井の下、芳香混じりの湯気が、ランプに淡く照らし出されつつ立ち上る。
「……おじ様たちに作ったんだけど余らせちゃった。だからあなたたちにって」
「いいのか!?」
遊びから腹を空かせて帰って来た子供の様な声をクリムが上げた。黙々とシチューを盛るリュナの横顔に、パノンはと言えば別れて久しい母のそれを重ねた。
「……まるで母さんみたいだ」
「パノン、何か言って?」
「い、いや……!」
呆然と言い、慌てて頭を振る。そこで、パノンは気付く。
「リュナ、退避しなかったのか?」
司令官の親族権限を使ってでも、リュナには生き延びる途を択んで欲しかった。要塞の防備は盤石な筈だが、それでも一度は自分たちで抜いた要塞だ。再度の奪取はノルラントに出来ないことではない……パノンの問いかけに、リュナは長い睫毛を憂いげに俯かせた。
「わたし……親類はもうおじ様だけだから」
「そうか……」
「大丈夫、おれ達が守り抜くさ。なあパノン!」
盛られた端からシチューをかき込んでいたクリムが声を上げた。香辛料の匂いを感じつつ、パノンは力無くシチューの皿に目を落としたものだ――
「――またリュナちゃんのシチューを食べたいな」
「――じゃあ頑張って生き残らないと……」
「――リュナちゃんにもまた会いたいしな」
「――おまえ……」
ふたたび、前線――クリムと個人壕に身を埋めつつ、冷気が満ちてくるのをパノンは感じた。分厚い防護服の上に軍用コートを着込んでいたから窮屈で堪らない。それをしなければならない程にシレジナの丘陵は冷たい。鼻から口、首に掛けてはマフラーを巻いていた。それでも漏れる白い息……酷使の末、所々が解れ、破れて指が覗く防火手袋を思わず覗く。忍んで来る冷たさを、手をコートに突っ込んでしのぐ……敵を待ち構える何処の壕でも、恐らくは同じ光景が繰り広げられている。時間が過ぎ、緊張もまた融けていく。
「クリム、クリム……?」
「……ハッ! 軍曹殿!?」
戦友は、沈思する自分の傍で、眠りの女神に心を委ね掛けていた。それを咎める理由をパノンは見出す積りは無かった。
「小便捨ててくる」
「ああ待って! 今やるから」
「…………」
苦笑……屎瓶に慌ただしく注がれる小便から暖かな湯気が上がる。それが臭気と共に狭い壕内に満ちる。最後に使っておきながら、屎瓶の処理は相棒にやらせるという図太さにパノンは本気で呆れたが、怒る気にはなれなかった。何より、身体を動かして気分を変えたかった。屎瓶は小さく、持ち上げた途端に入り切れない小便が地面へ溢れて落ちた。
「急いで戻れよパノン。前が何か……騒がしい」
「クリム……」
敵の方向を見つめながら話すクリムの横顔が、マフラーの下で引き攣っていた。こういうときのクリムの勘は信用が置ける。この日に先立つこと数度、前線で続いた分隊から小隊単位の「小競り合い」で体感したことだった。言い換えれば、危険を察知する勘の鋭さだ。
なお湯気の微かに立った屎瓶をぶら提げ、パノンは交通壕から外に出た。彼以外の人影は、丘陵の見渡す限りにひとりとして見えなかった。戦場であることを考えなければ、それはあまりに奇異な光景だ。小便を満たしたブリキの缶を下げた影がひとつ、交通壕から離れた一隅、クレーターの様な着弾痕の広がる山肌に向かう。当初は緑の萌える丘陵の一部であった場所。だがノルラント人が防衛線の麓に展開してからというもの、嫌がらせの積りか連日散発的に砲弾を撃ち込むようになった結果、前面の稜線に亘って掘り返された斜面が現出した……そこが、格好のゴミ捨て場所になった。クレーターの底に中身をぶちまけ、パノンは足を早めて持場へと帰る。
丘陵の向こう、質量が上昇し、滑空する音がひとつ――
「…………?」
はじめは、信号弾の音だと思った。敵のさらなる接近を察知したのかと。
ひとつの滑空音に、別の滑空音がひとつ、またひとつと重なる。滑空音の束が質量をも伴って降りて来るのを察した瞬間、パノンはその小柄をクレーターの群にまで急いで引き返させた。
「いけねえっ!」
叫んだ直後に足を縺れさせて転んだ。その後には手足を使い這って走った。滑空音が無数、絶叫の様に一体に降り注ぐ。クレーターに潜るのと同時に、地面が烈しく揺れた。巻き上げられた土埃が石くれを巻き上げて丘陵一帯に降り注ぐ。足を縮め、頭を抱えてパノンは地べたに蹲る。神への詞を詠唱るのも忘れなかった。他の個人壕でも繰り広げられている光景であろう。
対地ロケット弾であった。前進に先立ち、障害となり得る敵防衛線を破壊するために制圧射撃を行うことぐらい、いち兵卒のパノンですら知っている。ただし撃たれるのは未経験であった。その代わり、先年の上陸作戦の際、こちらがシレジナに制圧射撃をした側であったことが、爆風と振動に苛まれる中で微かに思い出された。迫り来る死の影を目前に思考と記憶の境界が崩壊し、パノンは生への執着へと意識を傾注した――生きたい! 死にたくない!――いち兵士の死地など超越者から斟酌される筈も無く、無慈悲に撃ち込まれるロケット弾の束、また束!……もううんざりだ! やめてくれ!
「…………?」
気が付けば、砲撃は止んでいた。
縮めた姿勢のまま目を開けるのと同時に、鼓膜がその機能を放棄しているのに気付く。何も聞こえない。ただ頭の内側が聖堂の鐘の様に延々と唸っていた。三半規管が摩耗した状態では、まっすぐ、すぐに立ち上がることすら不可能に近かった。視界は丘陵に舞う硝煙で醜いまでに塞がれていた。立ち上がろうとしては躓き、それを何度も繰り返しながらパノンはクレーターを抜け出して走った。腰が抜けていた。走りながら埃と硝煙を掻き分け、防御陣地の最果て、交通壕への入り口を前方に見出したとき、次は蛙の鳴く様な音がやはり無数、上空から降り注いで来る。先刻の滑空音よりも遥かに下品な音であった。
「…………っ!!」
頭から、文字通りに頭からパノンは交通壕に飛び込んだ。直後に弾着へと状況は一変する。先刻のロケット弾とは違う、重い質量の弾着であった。あまりの衝撃に弾着の度に伏せた身体が前後左右に揺れ、浮き上がった。それも絶え間ない衝撃だ。射程距離と引き換えに炸薬量を増やしたロケット榴弾だ。終りが見えない恐怖に飛びそうになる意識を、パノンは歯を食いしばって必死に引き止めようと試みた……砲撃は急に止んだ。
立ち上がり、交通壕をパノンは走った。人気は無かった。みんな退避壕に逃げたのだ。クリムは? 他の兵士は?……仲間の安否を考えながらパノンは走った。持ち場の魔王殺しは無事だろうか? クリムのやつ、投げ棄ててはいないだろうか? そんなことより……
「おれの持場、何処だっけ……!」
冗談を口走る余裕を、パノンはクレーターに忘れた。
「――ノルラント軍、戦線全域に亘り砲撃開始。制圧射撃と思われる」
「ノルラントの攻勢準備はどうなっている?」
軍用地図にディバイダーを走らせながら、ローリダ共和国国防軍 シレジナ防衛軍司令官 中将センカナス-アルヴァク-デ-ロートは前線からの報告を聞いた。尤も、報告が達する前には弾着の振動が天井から半地下の指揮所を揺るがせていた。吊るされた裸電球が乱暴に揺れ続けていた。
「アルバ、ゼナタ各監視処より報告。ノルラント軍一部兵力、ベル-カディス南西に迂回機動の兆候あり。他各隊、前進の兆候なし」
「主力も動かないか?」
「主力も同じくです!」
報告した部下に、ロートは頷いて配置に戻る様促した。その間も指揮所も含まれる正面防衛線への弾着はさらに激しさを増していた。ロートの表情は動かない。そのまま彼は、テーブルに拡げた軍用地図を凝視した――
――先年末、シレジナ半島南端の地ナガフルに上陸し橋頭堡を構築したノルラント軍は、マナビアス湾を挟む半島南端部東西に亘り展開、布陣を果たしている。北よりベル-ミルフィヤ、南にベル-カデスといったふたつの山地帯を抱える北部及び南西部のノルラント軍は、迂回機動による防衛線後背部打撃を企図しているように見える。比較的平野部の多い北方のノルラント軍は、正面の海岸防衛線後背に対する主攻と、防衛線後背に拡がるブッカー平野への進出を企図しているように見えた。
この際、南からの攻勢は陽動とも言える。前回、攻守が逆転したシレジナ攻防戦では、半島の北と東よりブッカー平野方面に侵入し南進したローリダ軍機械化部隊が、防御の薄いノルラント軍防衛線の後背を痛撃し彼らを四散せしめた。ノルラント東方軍の陣容と意図は、その際の雪辱を晴らす形になるだろう。展開する彼らに野戦に適した装甲、非装甲車両が充実しているのがその証拠であるようにロートには思われた。マナビアス湾を跨いで布陣する南方軍主力は攻城の主力と防衛線の後方連絡線遮断とを担い、北方軍の側面支援といったところか――
無線有線両方の通信と伝令とを伝い、敵情は続々と入って来る。
現状、ノルラントの制圧射撃は防衛線の南部に集中している。それが終わった後に始まるのは地上軍の浸透だ。戦車を押し立て、丘陵地帯を跨ぐ友軍防衛線の蹂躙に掛かる筈である。当然、そのための備えは対戦車陣地の構築として開戦前から実施している……ただし、兵力の制約から対戦車陣地はベル-カデス方面に重点的に構築されている……そのベル-カデス方面への砲撃は、すぐに下火へと転じ始めていた。ローリダ海軍の妨害により、海上輸送による砲弾の集積が不十分なままなのも原因だが、それ以外にノルラント軍が防衛線の突破に時間を掛ける意図を持っていないことの、何よりの証明であるように思われた。
「独立対戦車各中隊長に伝令、配置の把握と射撃手順の徹底を厳守せよ。有効射程に入るまで敵を撃つな、と」
「ハッ!」
対戦車部隊には新型の対戦車誘導弾が充足しているが、実戦未経験の新兵の手でそれが浪費されてしまうかもしれない。命令を伝令に託したのは、何よりノルラントの傍受を恐れての措置であった。通信の内容はともかく、傍受位置から伏撃ポイントを推測されるのが怖い。何より敵には……
「……ナジース-ジレがいる。あの男はやりにくい」
部下と軍用地図に頭を付き合わせつつ、ロートは呟いた。決して小さな声ではないが故に、若いローリダの士官らから表情が一瞬消えた。用兵家としてのナジース-ジレの「悪名」は、ローリダ軍下級、高級士官にも広く知られるところであった。防備に万全を期してはいても、僅かな襤褸は出せない相手であることを、ロートは昔から知っている。
主防衛線への砲撃は、尚も続いている。
敵が主防衛線に火砲と兵力を集中させていると判断した結果の、徹底的な砲撃であった。ノルラントは陸上兵力こそ充実してはいても、大口径火砲を有する大型艦を保有していない。それ故に制圧射撃は揚陸した大口径榴弾砲及び野砲、あるいは多連装ロケット砲に依存するしかない。そのロケット砲は小型船を改造した多数の砲艇という形で、マナビアス湾内外で活動していることが報告されている。これはナジース-ジレの入れ知恵かもしれない。海を砲撃陣地に変える発想を、あの「頭でっかち」のノルラントの幹部がいきなりする筈が無い……偏見ではなく、これまでの軍歴で幾度かノルラントと干戈を交えてきた経験からロートはそう考えている。
マナビアス湾内でロケット砲艇を遊弋させている一方で、攻勢に先立ちノルラント軍はその外洋に広範な機雷源を現出させていた。彼らの有する巨人飛行艇からの空中散布によるものであったから、その実施は迅速でタイミング的にもロートの意表を衝いた。ローリダの海軍力によるマナビアス湾突入と制圧を防ぐための港湾封鎖……しかし海上からの補給は元より海軍力によりシレジナ戦線に介入することが儘ならないのは、もはやノルラント軍とて同じであった。自軍の布陣が不利であるのなら、その周囲の状況(あるいは情勢)を有利になる様変えればいいのだ、と考える軍人や政治家は意外と多くは無い。戦争は将棋ではない。将棋の様に盤上だけで戦わなければならないという事は決してない。ノルラントはローリダの生命線を断ち、同時に自らの退路も断った。
「ナガフル方面の敵はどうなっている?」
「――ナガフル展開のノルラント軍、依然東進の兆候なし」
ロートは送受話器を取り上げた。連絡用の有線電話回線が、主防衛線のはるか後方。そこに布陣する一軍の指揮所へと繋がる。
『――ティヴァリだ』
「ロートです。閣下、前進を願います」
回線の向こうの沈黙が、「了解」を告げた。
『――息子の方は三十分前に先行したよ。事前の協議通りだ』
「では、大物を釣上げてくれることを願うのみですね」
『――ああ、今夜のディナーは豪勢と行こう』
「閣下、御武運を」
『――君もな』
送受話器を下ろした直後、一層に指揮所の床と天井が揺れた。一瞬消える電球……弾着が近い。それも複数。ロートは再び送受話器を取上げて耳に充てた――見事に切断されていることを察し、舌打ちする。こういうときに抱く悪い予感は、ほぼ的中するものだ。
「――航空偵察より報告。ナガフル方面の敵軍、前進開始!」
「前進? 南下か?」
「――南へ迂回し、ブッカー平野に出る模様!」
確かめるようにロートは聞き、報告はロートの予想に沿っている。その間もまた、新たな戦線が開いていく。
「――前線監視処カリオより報告、敵戦闘機の発進を確認。北上の兆候あり。その数およそ二十!」
「――誘導弾大隊に迎撃させろ。戦闘機は間に合わん!」
「――誘導弾大隊より報告、レーダーが離陸した敵編隊を探知、敵編隊シレジナ南方海上に出る。集合の後北上する模様」
「――追跡を継続しろ」
指揮所要員を構成する士官と通信士の会話は、砲撃下にあって陽性の活気を生み出していた。地図を張ったプロッピングボードが彼我の配置を示す符号で埋まり始める。新たな情報が入る度に、符号の位置と数が目まぐるしく変わる。その度に戦場となるシレジナの、戦場に向かない「狭さ」を思い知らされる。敵機の発見がレーダーより監視哨による目視が早いのもそのせいだ。
「天侯はどうだ?」ロートは聞いた。
「――現状は曇り。晴れ間は殆どありません。湿度も上がっています。午後から雨天の可能性大です。霧も出るかもしれません」
「霧……だと?」
ロートは思わず報告した士官を見返した。
「シレジナ全域か?」
「――その様です」
恐縮する士官から視線を外し、プロッピングボードの地図に向き直る。主防衛線の後背、毛細血管の如くに細流の廻る広範なブッカー平原に目を細め、ロートは感嘆した様に言った。点在する湿地の効果か、このままでは平原もまた、白い霧の海と化すだろう。
「これでは……カワナカジマだな」
砲撃が下火になりつつある中で、ロートの呟きを聞いた士官はいなかった。
シレジナ方面基準表示時刻1月9日 午前11時50分 ローリダ政府直轄領シレジナ ノルラント南方浸透軍
絶叫の様な唸りを上げて、火の矢が曇天へ延びる。
半装軌車から発射される短射程対地ロケット弾だ。壺の様な太く寸詰まりな弾体が、火線を曳いて空に赤い曲線を描いて飛ぶ。それらは着弾するや、緑萌える丘陵を、爆風と黒煙の蹂躙する地獄へと変貌させていく。火と鉄による耕作の風景であった。弾着の下にいた生命体全てが生命を失うだろう。尤も、そのための制圧射撃である。丘陵に潜む敵を殺し、これより進撃する味方を生かすための。
『――最終斉射……全弾弾着……効果大と認む……』
長大なロッドアンテナを積んだ指揮通信用ハーフトラックの荷台、通信機から聞こえる前進観測班からの報告に、ノルラント同盟 第109軽突破兵団「瞬電」司令官 上兵佐 ホボリウム-ダスカはほくそ笑んだ。通信が明瞭ではなく、雑音混じりなのはローリダ軍のというよりも友軍の電波妨害による副作用であった。ローリダ軍も対策はしている筈だ。具体的には塹壕から指揮所に至る防御陣地全体に通信線を埋めているのであろう。ノルラント軍砲兵はそれらを火力の集中で掘り返し、そして断ち切る。広範囲に及ぶ破壊に混乱を上乗せし、防衛線を切り刻む。
ダスカ司令官は片手を上げた。「瞬電」兵団が軍の先陣を切り、精強なるノルラントの兵が寸断された敵防衛線に楔を穿つのに、絶好のタイミングであるように車上の指揮官には思われた。楔が穿った穴を後続の兵団が拡大する。その進撃の先、敵海岸防衛線の側面を突破し、北部より南下して来る友軍と合流して防衛線を後背から叩く。要塞を守るローリダ人はそのままマナビアス湾へと叩き出されるであろう。
「先鋒集団、前へ!」
ダスカ司令官の指揮官席から臨む遥か前方、エンジンの生む排煙が昇り立つ。立ち昇る排煙が砂塵と交じり視界を塞ぐ。兵団の先頭集団を構成する増強戦車大隊が、ひとつの戦術単位として前進を始めた。混沌と破局の幕が開く。勝利を望み、攻勢に身も心も委ねたダスカの背中には、見えぬ翼が生えていた。
「ノルラント軍、前進を始めました!」
双眼鏡を覗き、一等海尉 磐瀬 詩郎佐が叫んだ。双眼鏡の視界からはハーフトラックに乗って命令を飛ばす先鋒兵団指揮官の他、戦術を実施する準備としての「運動」を開始する隷下部隊の様子までが、手に取るように覗くことができた。それらを肉眼で、二等陸佐 佐々 英彰は憮然として睨んだ。任官以来一度として経験したことの無い、あまりに虚しい攻勢がいま始まる。その前途はぱらつく雨と眼前に流れ始めた霧とに隠されて、全く見えなかった。
佐々と磐瀬はいま、ノルラント軍シレジナ奪回軍集団の一翼、南方浸透軍に従軍している。
当然、戦闘要員としてではなく観戦武官としての任務であった。軍用地上車の客となり、ふたりは進攻の波に身を委ねる。戦域が拡大している以上、日本の観戦武官団もまた分散して任務に就く必要に迫られた。団長たる一等陸佐 花谷 靖人は北方装甲軍に参加した。二等陸佐たる佐々が次席であることからして、ナガフル方面よりシレジナ半島中心部を南進する北方装甲軍がこの作戦の主攻であることは明白だ。
「――南方浸透軍の作戦区域は敵要塞中枢に近い。よって激烈な抵抗が予想される。危険な任務になると思うが安全の保証には万全を尽くす所存だ。ところでサッサ中佐、怖いかね?」
攻勢発起の直前、ノルラント同盟シレジナ方面軍司令会議議長 軍監長 イザク-アリイドラは傲然と言い放った。傲然というからには佐々に対する心証は当然悪いわけで、その点、直接の上司たる「ノルラントの有人」花谷一佐との対立が影響している。協力を望めない者に対する敵意の剣は儀礼の薄い皮衣を容易に貫き、佐々の眼前に向けられた。
「――怖いですが、花谷団長の命令である以上は仕方がありませんね」
剣の切っ先からは超然として佐々は言った。花谷一佐の命令、という発言は事実であった。ただし直接顔を合わせて受けた命令では無かった。花谷一佐の署名付き電文という形で南部戦線への参加という命令を受けたときには、花谷一佐は主攻たる北方装甲軍に、やはり観戦武官としての責務を全うするべくとっくに出発した後であった。通信がノルラント軍の管制下にある現状では、抗命は事実上できなかった。
「――仕組まれてますね。これ」
磐瀬一尉が言った。無垢な若者の様にあっけからんと言ってのけたものだが、異国の軍と自衛隊高級幹部が結託して邪魔者を排除しようという、社会通念上余りに看過できない背景が佐々を危機に陥れている。当の磐瀬もまた不条理な現実からは超然として、佐々の行く末に付き合おうとしているかのように見えた。
「――君は来なくてもいいぞ。危険に晒される者はなるべく減らした方がいい」
「――私は此処に残るよりも貴方にお供した方が安全だと思っていますよ?」
佐々は磐瀬一尉を見返した。豪胆な武人の顔ではない。ごく平静な好青年が、微笑と共に二等陸佐を見返していた。無関心と白眼視の交錯する指揮所を出たところで、待ち構えるように立つ人影を見出し佐々は表情を消した。
「――前線に向かう。世話になった」
「――君にしては無謀な決断であるように思うが?」
軍監 ナジース-ジレが言った。軍用道路を行き交う将兵と装甲非装甲の車両の生む激しいまでの喧騒でその背後が占められている。ジレもまたその喧騒からは超然として、佐々の旅立ちを見送る積りであるように思われた。
「――そう言う割には軍監長に口添えをしてくれなかったんだな」
「――口添え? 何のことかな?」
と、ジレは微かに首を傾げた。
「――言い方を変えよう。ノルラント軍は、丸腰の日本人ふたりを前線に放り込んで何がしたいんだ?」
「――…………」
沈黙が、無表情の中に逡巡を佐々に感じさせた。
「――軍監長どのは、貴公の死をお望みだ。そして軍監長の意志は、前線では絶対だ」
「――私がローリダ人に殺されれば、日本人はノルラントに靡くとでも?」
「――軍監長どのは、そう考えている。君らは貴重な犠牲なのだと」
「――殺意を向けられているのなら、逃げるしかないな」
「――逃げる? 何処へ?……ローリダ軍の前線にでも奔るか?」
「――あまりに外聞が悪い話だが、この際ローリダ軍の指揮官はあのロートだ。駆け込んできた投降者を殺すことはすまいよ」
「――ベース-ソロモンの件があるだろう。判らぬぞ」
「――だから、その真偽を聞きに行く。いい機会だ」
「――アリイドラよりは信用ができる、か」
上官に対する敬意は、やはり心からのものではなかったか……考える佐々と対峙したまま、ジレは無言で手を上げた。魁偉な外見の軍用地上車が前のめり気味に停まった。
「――乗って行け。幸運を祈る」
好意を無下にする意志は無かった。後部座席に上る間際、軍用道路の対面、仮設倉庫の陰に在って此方を伺っている人影に佐々は気付く。
「――鼎か……!」
スカーフの隙間から覗く眼光が、その険しさと共に佐々を見送る。
軍用車が動き出した。ジレと道路を挟んで対峙する寸前、スカーフに顔を覆った女はその姿を陰に消した。
シレジナ方面基準表示時刻1月9日 午後12時03分 ローリダ政府直轄領シレジナ ノルラント北方装甲軍
「――憂国の志を同じくする主人公たる皆様、そして偶然動画に廻り遭った主人公たる皆様、小官はいま、新世界の歴史を変える壮途に立会人として赴かんとしております。生命の保証はありません。前方に待つは暴戻なるローリダ軍です。特に敵の指揮官はテロリストと名高いセンカナス-アルヴァク-デ-ロートであります。シレジナ奪回の闘志に燃えるノルラントの精鋭は、野戦に於いてロートを仕留めるかもしれません。あるいは、小官が将来、また別の地にて彼と対峙し用兵の妙を競うことになるかもしれません――」
装甲された半装軌車を背景に、観戦武官団団長の言葉が紡がれている。カメラを向けるタブレットの画面の中で、一等陸佐 花谷 靖人は一見泰然として、時には微笑すら見せて実況を続けていた。配信動画のコメント欄が、日本では平日の昼間に関わらず日本語の滝を作り上げていた。途切れない言霊の滝、愛国心の奔流だ。それが若い資明には面歯がゆい。今更ながらに、この任務が自分独りの意志に基づくものではないのだと資明には思い返される。この士道 資明もまた、若くして本土で行動と変革を望む日本人の代表なのだと。
『――国士キター!』
『――花谷大佐! 花谷大佐! 花谷大佐!』
『――いよいよ戦場突入ですか? スロリアに負けず大いに暴れてください!』
『――ノルラント軍と花谷大佐の勝利と無事な帰還をお祈り申し上げます』
『――士道中尉! 花谷大佐を恃みます!』
「…………!」
不意に飛び込んできたコメントに、二等海尉 士道 資明は思わず両目を見開いた。仰け反る様に画面から視線を離した先で、花谷一佐は配信を切り上げてカメラに手を振り続けていた。微笑から覗く並びのいい白い歯が、戦場には似合わない清涼感を与え、それが回線の向こうの平和な世界に、軍神としての神々しさとして伝わっている様にも見えた。「軍神」――資明の記憶が正しければ、それは壮烈な戦いぶりの末、戦場に斃れた者に与えられる称号だ。それが壮途に臨む今となっては妙に不吉に響いた。
不意に背筋に走る悪寒――それを抑えようとして資明は背を糺した。設定時間が予め確保していた枠に達し、ライブ配信の終了表示が画面に出る。タブレットを構えたまま呆然とする若い幹部の異状を、「軍神」は見逃さなかった。
「士道二尉?」
「あっすみません!」
問いかけられて我に帰り、慌てて頭を下げる。叱られるかと思った予感は外れた。迷彩作業服の上にボディーアーマーを着込んだ一佐の姿が、生来の長身も加わって武官特有の精悍さを嵩増しさせているように見える。笑顔のまま、花谷一佐は資明の肩を抱いた。
「海の上と違って、全方位至近距離から弾が飛んでくる環境だから無理もないか」
「いえ……未だ若いからだと思います。経験が無いですから」
「それはおれに対する嫌味か?」
「違います!」
逆鱗に触れたと思った。但し何処が、とまでは判らなかった。防衛大学校で上級生に、理不尽な干渉を受けたときの様に、半ば恐怖に任せて背を糺そうとした資明の耳元、労うような笑みが微かに聞こえた。肩に触れた花谷の手に力が籠る。
「この戦いが終わったら、我々は戦友になる。そしてこの戦いは、すでに勝利が確定している」
「勝利?……本当ですか?」
「本当だ。何故なら、ノルラント軍にはこの私がいるからな」
「え……!?」
はっとして、資明は花谷の顔を見返した。端正な顔立ちが生む微笑の種類が変わっていた。不敵な、立場に不相応な何か大それた事を企んでいる笑顔だと思った。
「心配することは無い士道二尉、君はこのシレジナで起こる奇跡を見届けるだけでいいのだ。そして奇跡を起こすのはこの私、花谷 靖人だ」
「花谷一佐……!」
希望を語る花谷一佐の顔に、資明は改めて目を見開く様にする。
凛々しい顔だ。だが、自衛官の貌ではないと思えた。
シレジナ方面基準表示時刻1月9日 午後2時14分 ローリダ政府直轄領シレジナ 南西部防衛線
最初は足元から響いて来た振動が、一時間の内に対戦車壕全体を揺るがすまでに拡がっていた。
陸軍一等兵 セオビム-ル-パノンが制圧射撃の混乱を脱し、方々の体で配置に辿り着いたときには、本来配置に付いている筈の友軍の姿は一人として無く、すでに戦争そのものが終わったかのような静寂が荒廃した一帯を支配していた。終わっていないことは、個人壕も交通壕をも跨いでは崩して周囲に拡がる着弾痕の連なりが、不気味な静けさの中でパノンの視界に物語っていた……辿り着く。そう、敵の第一撃から持場への復帰まで、「辿り着く」を地で行く逃避行であった。ただし生命の保証は未だ得られてはいなかった。
虎の子の対装甲無反動砲「魔王殺し」が、崩れた土壁に半分近く埋もれた姿を見出したとき、パノンは顔から血色を無くして引き上げに掛かった。素手で土を払い、大して損傷の無い「魔王殺し」の様子に安堵する間、退避壕から這い出して来た将兵が三々五々と配置に戻り始めるのを気配で感じた。ただし、硝煙交じりの風に乗って聞こえて来る彼らの会話が、序盤の制圧射撃を生き残った兵士たちが決して多くないことを暗示していた……あれだけ撃ち込まれれば、退避壕を直撃した弾もあっただろう。じゃあクリムは?……思わず顔を引き攣らせたパノンの背中に、間の抜けた歓声が追い縋って来た。
「パノン! 生きてたか!」
「クリム!」
声を掛けられた背後を顧みた先に、パノンは眼を引き攣らせた。戦闘服の爪先から鉄兜の天辺までを土に汚したクリム-デ-グースの姿は、とうに一度負け戦を経験して来たかの様な錯覚をパノンに与えた。背負って来た予備弾を下ろしたクリムの黒く汚れた顔が、パノンには昔読んだ恐怖小説に出てきた「歩く死人」を連想させた。その「歩く死人」が無数、退避壕のあった後方から配置に付き始める様を、パノンは半ば呆然として見送った。足をよろめかせ、落ちる様に壕に入る兵士の姿も見えた。
「直撃には耐えられたけど、もうあすこには逃げたくない。もう一回食らったら終わりだ。全壊した壕もある」とクリムが教えてくれた。事前に休憩時間を潰しても尽力して来た陣地構築は無駄であったのか? 制圧射撃の弾着する中を必死で逃げ回った自分はまだましであったのかと、パノンは携帯無反動砲を構え直しながら思う。周囲の壕から「配置完了」の掛け声が上がるのを聞く。と同時に、持場への移動を命じる軽笛が響き渡るのも聞こえた。兵士の被害は、それ程大きくないのではないかという希望――――
クリムが懐を弄り、イヤホンを引き出して耳に嵌めた。コードがニホン製の小型無線機に繋がっていて、予め周波数の設定されたそれは対戦車班の射撃指揮所と繋がっている。指揮所からの許可無く射撃することをパノン達は予め禁止されていた。ニホン製の無線機……玩具の様に小さいそいつは、本土からの航空便で運ばれてきた支援物資のひとつだ。
「……28番、配置完了」
イヤホンと一体化した小型マイクに、囁く様にクリムが報告した。やはり周囲から壕の番号と配置を告げる報告が臭い風に乗って聞こえてきた。水筒の水を口に含み、パノンは照準器を覗いた。「魔王殺し」の照準器起動ボタンは押さなかった。こいつの蓄電池が余り持たないことを、過去に行った幾度かの実射訓練でパノンは知っていた。照準器のファインダーの向こう、敵影は未だ見えなかった。
「パノン、水飲ませてくれよ」
「……まさか、水筒落したのか?」
クリムの苦笑が、追い縋る様に漏れるのが聞こえた。呆れ交じりの嘆息と同時に水筒を差出す。「銃とか落としてないだろうな?」
「……退避壕に置いて来た」
「バカ野郎!」
パノンは本当に呆れた。対戦車誘導弾の装填の他、射手たるパノンの護衛が装填手たるクリムの任務である筈が、はなから想定が破綻している。当のパノンからして、この「魔王殺し」の他持っている武器は護身用の拳銃一丁しかない。生身の人間はともかく、そんなもので完全装備の兵隊を倒せる筈が無い。言い換えれば気休め程度にしかならない。事前の打ち合わせでは、全弾を撃ち尽くしたら速やかに後退し対戦車弾の補充を受けるか、あるいは只のいち歩兵として前線に戻るかという計画である筈だった。どちらになるかは対戦車陣地の活躍次第、というわけだ。
「言い訳がましいけど、あの砲撃だ。みんな同じようなもんだぜ。何かしら無くして来てるってものさ」
「クリム、その辺の木切れでも拾えよ」
「殴り合えってのか? ノルラント人と?」
「銃みたいに構えとけば、奴さんも寄って来ないさ」
「うう……」
年下の相棒が怒っていることに、クリムは今更ながらに驚いたかのようであった。年上としての矜持からか、不承々々という風に拾った木材を銃身のように壕に据える相棒を横目に、パノンは再度嘆息した。
「……こっちに来なけりゃいいんだけど」
「敵さんの戦車って……堅いんだろ?」
「縁起でもないこと言うな」
苛立たしさが、敵に直面する恐怖を却って消した。そのことを自覚するのと同時に、密度と黒さを増した雲々が徐々に、だが大粒の雨を降らせ始めた……雨雲は更に拡がる
「雨だ」
「やべぇ……」
軍用コートのフードを被る。それ以外に雨風を防ぐ手段を、パノンとクリムはおろか此処一帯に散るローリダ軍の将兵は持っていなかった。
黒雲の各所に瞬く光――雨雲の拡がりに、遠雷が禍々しくも重なり始めるのをふたりは聞いた。