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第一九章 「地獄と……」


ノドコール国内基準表示時刻1月7日 午後23時37分 ノドコール中南部


 光が激しく揺れた――弾着が近いと思った。

 罅の入った天井から吊られた白熱灯が、前後左右に揺れつつ点滅していた。施設科隊員の努力でせっかく回復した送電網が死に瀕している。「自衛官の恋人」89式カービンライフルを抱く手には感覚が無かった。手放さまいと始終抱き続けた結果として、その手が痺れてしまっていた。弾着が更に重なる。着弾の音と揺れる地面が、仰向けの状態では却って全身ではっきりと感じられる。砲弾が此方に落ちる気配は無かった。



「…………」

土埃の舞う部屋の中で二等陸尉 沢城 丈一は目を開けた。どれくらい眠れただろうか?


 腹筋の要領で沢城は身を起こした。肉体が軋む音がした。寝床とは言ってもとっくに住民の消えた廃屋の、埃塗れの床でしかない。その上に窮屈な軽量ヘルメットから防護服まで身に付けたままの仮眠だ。体力回復効果など多寡が知れている。今はむしろ起きて動いていた方が疲労を忘れられる。これでも開戦前の演習の最中、日出生台演習場の泥の中でまる三日三晩寝た時と比べれば遥かにマシだ。


「小隊長! 沢城二尉!」

 成宮三等陸曹が部屋に駆け込んできた。起こしに来たつもりが既に立ち上がっていた沢城の姿を前に、鼻白んでいるのがその表情から判った。

「敵の兵力と方向を報せ。大凡でいい」

 言うが早いが沢城は駆け出した。「走りながら教えてくれ」

「敵の数およそ一千! 七百余りの集団が集落の北西より接近。三百の集団が真西の方角に展開中です」

「迫撃砲を撃ってるのは西の連中か?」

「そのようです! 着弾音から60ミリ相当のやつではないかと。数は二三門じゃないですかね?」

 精鋭を自認する陸上自衛隊 水陸機動団の隊員であるならば、出来て当然の分析と報告であった。走る途上、沢城と同じく交替で休養を取っていた隊員が、異変に気付き半壊した廃屋から装備を担いで三々五々と駆け出して来る。当初は二人だけで始まった疾走は、目指す防衛線に辿り着いた時には駐屯地恒例の持久走を思わせる大勢力と化していた。彼らは既に決まった持ち場へと、命令されずに散って行く。



 空地(あきち)――否、空地と化したかつては集落の一角であった場所、そこに仮設の指揮所が置かれている。全壊を免れた家屋の中、長大な無線アンテナを囲むようにして数名の隊員が会話を交わし、あるいは無線機に向き直っていた。指揮所を仕切っていた陸曹が沢城を顧み、埃塗れの黒い顔を笑わせた。松中二曹だ。

「沢城二尉、指揮に復する」

「松中二曹、部署に戻ります」

 形ばかりの敬礼の後、松中二曹は語りかけた。彼は元々指揮所配置である。

「よく眠れましたか? 沢城二尉」

「全然だ。状況を」

 苦笑しつつ指揮通信用広角携帯端末の戦況表示タブを開き、松中二曹は報告した。




 ――沢城率いる偵察小隊が増強を得、陸上自衛隊第12旅団隷下飛行隊のヘリ機動でノドコール中部のPKF占領地域に展開を果たしたのは、彼らがロギノール北部の山岳地帯の攻防戦を生き抜いた同日1500のことであった。

 占領地域とは言っても、現状では戦闘全体の終結まで恒久的に占領部隊を置く時間も無ければ兵力的な余裕も無い。そこには敵も味方も消えた沃野が残るのみである。しかも沢城らに与えられた任務は占領の維持では無かった。制圧作戦そのものは10式戦車部隊一個中隊8両によって実施されたが、その際キズラサ国軍の激しい抵抗により一両の擱座が出たのである。特にコンピューターと電気回路系の損傷が当初の予想より深刻で、専門技術を有するチームを後方から呼ばなければならなかった。


 ロギノールから空路海自のSH-60J哨戒ヘリで急行して来た整備隊と現地で合流し、修理の完了まで防衛線の維持を沢城らは命じられた。沢城らがCH-47J輸送ヘリ二機に便乗して降着を果たしたときには、整備隊は既に到着していて、彼らもまた陸自の普通科隊員と見紛うばかりの武装を施していることに、沢城は内心で驚愕した。戦車の乗員三名は全員無事、しかし負傷の程度――三人とも軽傷だったが、内ひとりは精神の著しい消耗を来していた――を考慮し、技術班を送り届けて帰投する海自ヘリでロギノールに後送されている。修理は直も継続中――


「治ったとしても、戦車の支援は期待できないな」

「整備隊も一応は操縦教育を受けているそうですから、そう悲観したことではないかと」

「戦車なんて、燃料(あぶら)入れるだけで動く程度(くらい)でいいんだよ」と、愚痴のひとつも出て来る。


 一方で無人機(UAV)による度重なる航空偵察と監視飛行から、キズラサ国軍はこの集落の奪回を明らかに企図していた。こうして状況報告を受けている間にも、指揮用端末に並行表示させているUAVの赤外線画像が敵兵力の増大を報せ続けている。

 奪回を指向するキズラサ国軍の兵力は推定で一千から二千。先述の迫撃砲の他、お決まりの「ロメオのRPG」ことピアッティス携帯擲弾発射器、さらには無反動砲の保有と連装対空機関砲を載せたトラックの存在も確認されている。これは対空装備というより対地攻撃用であろう。戦車の重装甲には兎も角、普通の装甲車では対抗が難しい。対抗手段として、機関砲の射程外から攻撃可能な01式軽対戦車誘導弾(MAT)は、予備弾も含めてしこたま持ち込んではいるが……


「航空支援は?」

「ロギノールで陸自(うち)攻撃ヘリ(AH)四機が待機中だそうですが、数的にあまり当てにならんかもしれません」

「攻撃ヘリ隊が来れる距離なら有り難い。おれの同期がいるんだ」

「ああ、蘭堂二尉ですか?」

 「英雄」の名を出され、沢城はくすぐったそうに微笑した。今や日本本土では、スロリアやノドコールで特筆すべき活躍をした自衛官個人を指して「英雄」と呼ぶのが流行っていると聞く。世間一般的には「英雄」だが、沢城自身にとっては「親友」でしかない。ケンタ自身、自分が「英雄」扱いされて迷惑がっているのではないだろうか? しかし事前に計画された空自機の支援が無いのは痛い。


「空自機は本当にいないのか?」

「空自はどうも余裕が無いようで……これは知り合いの空曹からのタレコミですが、空自は明日にも出せる戦闘機をキビルまでオールインして一大攻勢をかけるらしいです。ノドコール全土の制空権を一気に掌握するとか」

「それで温存か……」


 迫撃砲の着弾は断続的に続いていたが、着弾の回数と間隔からその数自体少なく、さらには狙いも碌に付けていない様に見える。それ以上に気になるのは、奪回部隊にしては兵力に対して重装備が余りに少な過ぎることであった。先日戦車部隊が此処に突入したときには、敵は対戦車砲や多連装ロケット砲はおろか、最新のガルダ―ン戦車まで装備していたというのに――


「――まともな装備は、此処に置いて逃げたってことか」

 防衛線の一隅で残骸を晒すロメオの対戦車砲を見遣りつつ、沢城は言った。降着した増強小隊が「戦利品」を確保するのは容易であった。「戦利品」とはキズラサ国軍が後退の際遺棄した装備と弾薬がそれで、特に弾薬は沢城自身の発案と松中二曹の指示の下、各分隊の隊員たちが有効に活用している筈である……

「……(トラップ)の配置は終わったか?」

「はい、完了しています」

「では敵がここより半径一キロ以内に接近するまで、一切の反撃を禁止する。徹底させておけ」

「徹底させます!」


 その後、集落の各所に散った分隊への命令と、彼らからの状況報告がひとしきり続く……しかし音声回線を開いて報告を聞かなくとも、広帯域多目的無線機と繋がった情報表示端末には、各分隊の構成と所属隊員の階級と姓名、そして状態が表の様に映し出されている。各分隊を預かる分隊長が無線を使って行うデータ送信の方が、音声通信よりも迅速であるという現実が存在している。音声通信は、そのデータ通信が機能していない際の「備え」のようなものだ。

「小隊長!」成宮三曹が駆け寄ってきた。

「戦車の修理があらかた完了しました。全速は出せませんが、とにかく動きます」

「砲は撃てるか?」と松中二曹。

「撃てますが、精度は保証できないと。GPSとの連接(リンク)は扱ったことが無いそうで……」

「脅し位には使えるな」

 沢城を見遣り、松中二曹はニヤリと笑った。作り笑いで応じる沢城のずっと背後で、土壁が烈しく音を立てて崩れた。北西の方向だった。迫撃砲とは性格の異なる直線的な弾着が続き、集落とその外を隔てる土壁や垣根を砕く様に壊していく。

「状況対戦車砲! 対戦車砲! 総員退避! 防御態勢を取れ!」

 状況を察したのは松中二曹が早かった。敵がより接近している。そして次には、機関砲を撃てる距離にまで迫って来るだろう。



「やれやれ……毎日がクライマックスだ」

 自ら小隊指揮用広帯域多目的無線機(コータム)を引っ掴み、沢城は走り出した。松中、成宮両陸曹も続く。敵襲に際し、指揮を執るべき場所は別に決めていた。未だ生き残っている廃屋の屋上だ。見回せば、他の廃屋の屋上にも隊員の人影が見える。10式軽対戦車誘導弾と予備弾を抱えた特技兵だ。

「ナオエ(指揮所)より各分隊へ、有効距離に入り次第撃て。それまで待機。送れ」

『――チハヤよりナオエへ、我退避所へ後退し指示を待つ。送れ』

「ナオエ了解。おわり」

 「チハヤ」こと10式戦車が後進の姿勢で走り出すのを見た。まるで前進しているかのように勢いのある後進、あれで本当に全力を出していないのかと思えるほどの戦車の俊足に、沢城は驚愕した。戦車は事前に決めていた廃屋の間に捻じ込む様に入ると、そこで乱暴に止まった。戦車には折を見て支援射撃をやらせる手筈だった。乗員は戦闘に関してはずぶの素人だが、それでも此処では戦力として使わなければならない……ことによっては折角修理した戦車を、また壊すことになりそうだ。


「沢城二尉、UAVが西方の敵を捉えました」

 松中二曹が言った。敵の接近より三時間前にロギノールを飛び立ち、上空8000メートルでなお監視飛行中の無人偵察機(UAV)がいる。それが搭載する下方監視赤外線(DLIR)が捉えた敵影を、小隊指揮用広帯域多目的通信機と繋がった情報表示端末が受信している。実質ライヴ中継である。

「チハヤに座標を送れ。砲撃させよう」

「了解!」

 沢城はインカムのマイクを摘んだ。

「ナオエよりチハヤ、砲撃支援を要求する。これより座標データを送る……できるか? 送れ」

『――こちらチハヤ、やってみる。送れ』

「ナオエ了解。おわり」

 屋上から臨む西側の、闇に閉ざされた地平線の各所がピカピカと光るのを沢城は見た。「発砲炎! 西側!」言うが早いが地平線の向こうから光弾が幾重も飛び込み、地上とも家屋と言わず烈しく打ち据えた。勢い余って跳ね上がり、跳ね返った先で炸裂する光弾も見えた。敵はもはや、曲射ではなく水平射撃を多用する距離にまで迫っている。部下隊員に被害が出た報告は無かった。退避場所として補強した廃屋、あるいは地下に掘った退避壕は今のところ十分な効果を発揮しているようだ。



 待機位置の10式戦車の砲塔が廻った。次には紅蓮の発砲炎が闇夜を烈しく照らす。轟音で夜を支配する冷気が震えるのを頬で感じた。赤い閃光が矢の様に西側へ延び、地上の一点で赤く瞬いて消えた。

「命中! トラック二両撃破!」

 松中二曹が弾んだ声を上げた。直撃を受けて四散する一両と、巻き添えに横転炎上する一両、衝撃波に吹き飛ばされる十数名の民兵――それらが、UAVの送信する下方監視赤外線の画面に映し出された全てであった。

「命中を視認。有効だ。続けて頼む!」

『了解! 発砲する!』

 間隔の短い二発が、立て続けに夜空を震わせた。弾着もまた連続する。UAVからの転送画像の中で、隊列を崩した民兵が一斉に前進を始めるのを沢城は見た。後退などもはや出来ないのだろう――その彼らに向かい10式戦車が120ミリ砲を撃つ。撃ち続ける……戦車砲弾が攻める敵兵の数と速度を削っていく。それでも、少なからぬ数のKS兵が集落の近傍まで迫り始めた。


『――こちら第三分隊! 敵兵、西側の道に入った! そのまま有効距離に近付いて来る! 送れ』

「三分隊、敵が有効距離に入り次第点火と発砲を許可する! 送れ」

『――三分隊了! 送れ』

「ナオエ、終り」

『――こちら二分隊、北西の敵影に戦車らしき車両を視認! 数三!……いや四! ガルダ―ンと思われる!』

「ハァ!? ガルダ―ン!?」

 声を上げたのは成宮三曹だった。「戦車なんて影も形も無い筈じゃなかったのか?」

「ナオエ、二分隊、見えているのは本当にガルダ―ンか? 送れ」

『――二分隊、形状的に間違いありません、今探照灯を当てられました……クソっ! 此処まで届くのか?……やけに熱いな。これ敵の兵器ですか? 送れ』

赤外線照射(アクティブ)式の暗視装置だ……多分」と言う松中二曹の声が震えていた。彼の言う通りなら旧い技術だが、戦車の皆無に等しい此方からすれば厄介な敵だ。


「光から離れろ。撃たれるぞ! 送れ!」

『――二分隊、(りょう)。送れ!』

「ナオエ、終り」

「発砲炎視認! 敵戦車発砲! 発砲!」

 暗視双眼鏡を覗き、成宮三曹が叫んだ。北西方向から対戦車砲より重く速い光弾が複数、探照灯の光に沿った軌道を描いて飛んで来た。それらが集落北西の廃屋と土壁に刺さって吹き飛ばすのが見えた。

「二分隊! 無事か! 応答しろ!」

『――……二分隊、一名受傷……戦闘不能に付き後送する。他は異状なし。送れ』

「ナオエ了……全分隊へ、重目標を捕捉したらすぐに射撃せよ。躊躇するな。送れ」

 健在な各分隊から「了解」の応答が上がる。西方ではすでに銃撃戦が始まっていた。白赤緑の曳光弾が前後に飛び交い、あるいは撥ね回る。着弾の土埃まで濛々と上がっているのが夜でもはっきりと見える。まるで子供の頃に見た映画「スターウォーズ」を思わせる光景だ。しかし投射される弾幕の量は、敵の方が多いのが屋上からだとすぐにわかる。ガルダ―ンの戦車砲もまた、弾着として指揮所の近辺を徐々に捉え始めていた。


「チハヤ、北西の敵戦車を狙えるか? 送れ」

『――こちらチハヤ、廃屋と土壁が邪魔して狙えない。射撃可能な位置まで移動する。送れ』

「ナオエ、了」

「…………」

 松中二曹を顧み、沢城は頭を振った。松中二曹が離れて待機する成宮三曹に手信号を送った。

「リョーカイ!」

 01式軽対戦車誘導弾の砲身を担ぎ、成宮三曹は照準器を覗いた。暗視照準器の望遠モード。白黒の世界で蠢くガルダ―ン戦車の影、その中で機銃を撃ちつつ前進する一両の正面がはっきりと見えた。射撃管制装置と連動する目標捕捉シーカーの矩形が、それに重なって動きを止めた。

「――テッ!」

 引鉄を引く。チューブからガス圧で虚空に押し出された対戦車誘導弾がモーターに点火し、花火の様に夜空に延び上がった。必殺の誘導弾が上昇の頂点から急降下に転じる――鋼の矢は直上よりガルダ―ンの砲塔を穿ち。そこに火花の滝と焔の山が生まれた。巻き添えを食った随伴歩兵が吹き飛ばされ、あるいは火達磨となってその場にのた打ち回る。慌てた生き残りのガルダ―ンが、煙幕を張り速度を上げるのが見えた。

「命中! 命中!」

「対戦車班! ボサっとすんな!」

 無線機に松中二曹が怒鳴った。先任陸曹に発破を掛けられ、集落の各所から誘導弾が打ち上がる。戦車を優先して狙ったそれらは個々に曲線的な軌道を描き、夜空を禍々しく彩っていく。その先で徹底的なまでの破壊が量産されていく。

『――三分隊、点火!』

 直後、西側の外が道路と言わず荒地と言わず炸裂した。炸裂に呑まれて刻まれ、消し飛ぶ敵兵の影、また影――それらは地面の揺れがそのまま屋上の指揮所まで伝わって来るほどの勢いであった。西側の半径一キロは、自衛隊員の手により時間と手間をかけて即製の地雷原と化していた。自衛隊が降着後に押収したKS軍の砲弾とその他弾薬が即席爆発装置(IED)と化し、それらはかつての持主に牙を剥いたのである。西側のKS軍攻勢は頓挫したかに見えた。

「三分隊、退がれ! 後退!」

 沢城は無線機に声を張り上げた。IEDの起動は、裏を返せば西側の水際防御が持たないことの証明であった。「三分隊、援護する!」松中二曹が西側、屋上端に設置したM2 12.7ミリ機銃に取り付いた。あの山岳地帯から持出し現在に至る重火器だ。沢城の命令を受け後退を始める分隊、遅れて地雷原を乗り越えてきたKS兵が、小銃を乱射しつつ崩れた土壁に手を掛け、そして群れを為して乗り越える――


「――――!!?」

 KS兵にとって、眼前に迫った勝利は、永遠に辿り着くことの無い彼方へと遠ざかった。西に射点を固定したM2重機が咆哮する。一発で人体を粉砕する威力を有するのは勿論、安普請の土壁など軽く貫通してしまう。土壁を乗り越え、あるいは壁に迫ったKS兵は張られた弾幕を前に薙がれ、刻まれ、そして砕かれた。そこに屋上に展開した他分隊の援護射撃が重なる。地雷原に動きを封じられ、機銃だけでは無く擲弾まで投じられた結果、唯一突破可能な狭い空間は殺戮の坩堝と化した。積み上がる悲鳴と死体。射手が撃たれて狙いの狂ったRPGが打ち上げられ、歪な軌道を描いてあらぬ方向に飛んでいく。


『――二分隊! 点火する!』

 爆発の規模では西側の倍増しとも思える爆発が集落の北西に生まれた。北西側に迫ったのはKS兵だけではなかった。兵士を満載したトラックが複数、10式の砲撃を掻い潜り疾駆する。砲撃を受けて破壊される車もいたが、濛々と舞いあがる砂埃が却って10式の照準を狂わせる。砲撃を突破した車両が集落の目前で停車し、武装兵を下ろし始めた瞬間を二分隊は見逃さなかった。IEDへの点火に大地がせり上がり、鉄と焔の瀑布を噴き上げた。降り切れなかった兵を載せたまま炎上し、あるいは横転するトラック、トラックを降りて展開したKS兵もまた無事では済まなかった。


 集落の周囲に散る無数の死体と、かつては人体の一部であった何か――それでも屍を乗り越え、瓦礫を踏み越えてローリダ人は迫って来る。

「まるでゾンビ映画だな! わらわらと寄って来やがる!」M2を撃ち尽くし、後退してきた松中二曹が言った。

「それで俺たちゃどうなるんですか? 生き残る? それとも喰われる?」と成宮三曹もまた、15式特殊用途銃(SPR)を構え射撃を始めていた。分隊選抜射手用に開発された中距離狙撃用小銃だ。

「増援が来るぞ! 後藤隊長たちが来る! それと攻撃ヘリもだ!」

 情報表示端末を沢城は翳して見せた。ロギノールから北上中の友軍進攻部隊で、沢城らの拠点に最も近い部隊が進路を曲げて移動を続けていた。そして西方からは二機のCH-47輸送ヘリが急行の構えを見せている。翻ってロギノールを発進したAOH-01攻撃ヘリが二機――攻撃ヘリの到着が最も早く、あと二十分程度で到着することを端末画面は示していた。

『――三分隊、点火!』

 再び西側から爆発が連発する。集落の只中、路地の入り組む区域であった。路地の廃屋や道端に設置した即製爆発物やクレイモアに、侵入したKS兵が捉われたのだと悟る。(トラップ)は機能したが、それは却って此処を守る沢城たちに残された時間が少ないことを示していた。KS兵は北西の境界もまた踏み越えようとしている――


『――RPG! RPG!』

 怒声が響き、次には真白い軌条は一閃するのを沢城は見た。北西から突っ込んできたそれは防衛線を縫う様に延び、そして指揮所の在る廃屋を直撃した。

「…………!?」

 足許が振動し、次にはゆっくりと傾き始めた。傾く速度が増すのを沢城は体感した。土台から廃屋が崩れ次の瞬間にはふっと身が軽くなった。崩壊が足下に達するのを沢城は感じた。その後には落下の感覚が訪れた。

「――――!!?」

 烈しい衝撃と共に全身が大地を感じた。激痛を感じるまでも無く、沢城の意識から全てが消えた。




『――小隊長! 沢城小隊長!』

『――敵が来る! 防ぎきれない!』

『――こちら第四分隊! 指示を!』

『――防衛線が抜かれた! 退避! 退避!』

『――馬鹿野郎! 何処に逃げろってんだ!』

 全壊した土壁の向こうに人影が見える。それも無数の影が蠢く姿だ。頻繁に生じる光は発砲炎だと察した。

 敵だ……敵が迫っている!――危機感に突き動かされて身体を弄った先で、胴体に結わえた89式カービンライフルを探し出す。

 意識の混濁は如何ともし難かった。吐き気と意識の混濁が交互に襲ってきた。幾ら力を籠めても起き上がれなかった。焦点の定まらない視界の先を巨大な質量が土埃を立てて進み、そして塞ぐ。友軍の10式戦車だ。そいつが揺れた。発砲か!……と察した途端に烈しい衝撃と音が全身に襲ってきた。目を瞑り、地面にしがみ付く様にして耐える。西に向かって撃った砲身が廻り、別方向へ向いて止まった――荷台に火の付いたトラックが正面から戦車に突っ込むのを見た、そしてトラックは爆発した。

「うわあっ!!」

 反射的に頭を抱え、海老の様に背を屈めて火と爆風に耐えた。爆発に巻き込まれるのには沢城の距離は決して近くは無い。本能的に手を突いて身を起こそうと努める。四つん這いの体勢から頭を上げた眼差しの先、紅蓮の炎を背景に黒い人影が此方に迫る。そいつが自身に向かい銃を構えるのが沢城には見えた。敵!?――察するより先に、銃を構えて撃った。

「――――!」

 敵の撃った銃弾が軽量ヘルメットを掠めるのを感じた。セミオートで撃ち込んだ数発が敵に吸い込まれるのを悟った。足下から崩れる様に倒れた敵。直後、背後から烈しく肩を叩かれる。

「…………!?」

「――小隊長! 沢城小隊長!」

 松中二曹が滑り込むように沢城の前に立った。入れ替わりに構えて撃った89式カービンが小気味よく迫る敵兵を斃す。気が付けば動きを止めた10式戦車を挟み、炎の中で敵味方入り乱れての銃撃戦が始まっていた。多くの敵兵が斃れていたが、自衛隊員らしき骸もその中に埋もれる様に見受けられた。それが闘志よりもむしろ絶望を喚起した。

「成宮! 小隊長を退()げろ! 急げ!」

 成宮三曹が沢城の前に出た。MINIMI5.56ミリ軽機関銃を構え、フルオートで弾幕を張る。此方に向かって放たれたRPGが一発、だがそれは三人の間を呆気無く抜け、瓦礫の山に刺さって虚しく弾けた。射手を斃したのは沢城自身だった。セミオートを維持したまま沢城は撃ち続けた。かと言って狙いを付けている暇は無かった。


「装填!」

 瓦礫に背を預け、弾倉を銃に叩き込む。動かない10式、その砲塔に付属する12.7ミリ機関砲搭載の遠隔操作砲塔(RWS)が動いているのを沢城は見た。機関砲弾が弾幕を撒き、迫るKS兵を薙ぎ倒す。戦車を狙い銃弾だけでは無く複数の手榴弾、そしてRPGが集中する。砲塔に命中弾を受けてもなおRWSは射撃を止めず。それ故に敵の攻撃を集中させていた。

「手榴弾!」松中二曹が手榴弾を投げた。炸裂に巻き込まれて斃れるKS兵の影――成宮三曹がMINIMIを揮う。その灼熱した銃口の先で斃れるKS兵の群――

「――沢城二尉!」

 背後を守る成宮三曹の声は悲鳴に近く、それ故に沢城もまた思わず背後を顧みた。不意に注がれた熱い光が沢城の眼と頬を灼いた。ほぼ無防備な集落の東、赤い探照灯を延ばし瓦礫を乗り越えるガルダ―ン戦車一両と随伴歩兵の影を見出す。ガルダ―ンの椀型砲塔が獰猛に廻り、砲口が沢城たちを指向した――


「――光?」

 夜空から降り下ろされた光が加速しガルダ―ンの車体に刺さる。ガルダ―ンが火花を散らし、砲塔が吹き飛んだ。その後には無数の弾着がガルダ―ンと別働隊のいた一帯を埋め尽くした。爆風によるものではない風圧が、沢城たちから躯の自由を奪う。頭上を爆音が疾風の様に航過する。爆音を伴う質量――攻撃ヘリだと察した。


「救援だ! 救援が来たぞ!」

 歓声を聞きつつ、沢城は西側を顧みる。乱打同然のロケット弾、機関砲弾の弾着がそこでも始まっていた。AOH-01「グリフォン」二機による別方向からの同時攻撃、火と鉄の暴風にKS兵の群が削られ、そして戦場から生の気配が消えていく。フレアーを花火の様に撒きつつ夜空を駆けるグリフォンの機影が、地上からははっきりと見上げられた。一航過目の殺戮から逃れ得たKS兵が、三々五々と離脱と逃走を始めるのが沢城には感じられた。しかし殺戮はあと二航過、三航過、そして追撃を残している。グリフォンは無慈悲なまでにそれらを実行しようと、機首を再び集落方向に転じた。

 ロケット弾の矢束が逃げ遅れた敵兵、なお踏み止まる敵兵に注がれ、一方的な破壊を拡大していく。それまでこの狭い戦場に浸透しつつあった圧力が消えて行くのが肌で判る。潮が退く様に敵の姿は掻き消えて行く。入れ替わる様に集落の南、低空で止まったCH-47の機影が二つ、隊員のラベリング降下もまた始まっていた。


「小隊長!」

 成宮三曹が沢城の肩を叩いた。後背の夜空からローターを羽ばたかせる質量の接近を感じた。UH-1JYとUH-60Jの混成編隊、それらが夜空を滑る様に頭上を過る。7機まで編隊を数えたところで、沢城にはこみ上げるものがあった。烈しい嘔吐感に二三度耐えた後、膝に手を付き烈しく吐いた。

「大丈夫ですか? 小隊長」

 何時の間にか歩み寄っていた松中二曹が背を摩っている。ひと心地付けた後、沢城はゆっくりと頭を上げた。完全に火の消えた自爆トラックの傍で、醜く煤けたまま動かない10式戦車が一両。成宮三曹が部下を引き連れて項垂れた砲塔に上り、乗員の救助を始めていた。

「……戦車は治せなかったな」

「戦車一両が何ですか。壊れたらまた作ればいいんです」

 思い返したように、沢城は松中二曹を顧みた。

「松中二曹、生き残りを掌握したい。各分隊と連絡を取ってくれるか」

 小隊用無線機は崩壊の巻き添えでとっくに何処かに無くしてしまっていた。となれば兵員用の無線機か、そうでなければ伝令を使うしかない。

「了解です!」

 大きく頷き、松中二曹は応じた。周囲にいた隊員を集め、掌握に取りかかった松中二曹を見送るのと入れ替わりに、背後が慌ただしさを増した。軍装も真新しい水陸機動団の隊員が、銃を構えながら足早に沢城の周囲に散る。その数はみるみる増えて行く。



「沢城! 沢城二尉か!?」

 不意に声を掛けられ、沢城は鞭打たれた様に振り向いた。隊員を伴った先任小隊長 後藤一尉が、息せき切って沢城に駆け寄ってきた。敬礼を交わすのももどかしく、後藤一尉は早口で言った。

「全員無事か?」

「掌握作業中です。申し訳ありません」

「無理も無いな……だがご苦労だった」

 沢城の肩を労う様に叩き、後藤一尉は戦車を顧みた。戦場を前にした表情がさらに苦々しさを増す。

「これじゃあ爆破処分して、放って置いた方がまだマシだったな」

「同感です。しかし……」

「…………?」

「何ですかあの敵の数は? 再攻勢というには余りに数が多過ぎる」

「幕僚どもの判断ミスさ。一度敵を押し出しただけで、占領が確定したと思い込んでいたらしい。敵さんの方は多分、誰もいない『占領地』に乗り込んで、日本軍から村を奪回したとでも派手に宣伝したかったんだろうよ。その村に、どういうわけか日本軍(・・・)がいた……」

「その判断ミスで、下手すりゃ玉砕するところでしたね」

「それが後ろめたいから、増援におまけを付けたんだろう」

 後藤一尉は夜空の一点を指差した。遠方、ヘリが複数機下方に向かいミニガンの弾幕を降り注いでいる。夜故に太い曳光弾が糸の切れた数珠の様にばらけては地上に注がれる様がよく見える。追撃に名を借りた掃討が始まっていた。戦争の敗者にとって最も残酷な時間だ。通信兵を通じ、後藤一尉はヘリに降着展開を命じた。増援の兵力が更に増える。ヘリより高い星空を、一機のAOH-01がフレアーを撒きつつ過ぎる。


『――こちらペットショップ2、地上に脅威を認めず。送れ』

『――ペットショップ1了解、着陸地点の北西高度300で集合。地上の指示あるまで待機する。送れ』

『――2了解。送れ』

『――ペットショップ。終り』

 後藤一尉の指揮用無線に入って来る「ペットショップ2」の声には、聞き覚えがあった。それでも具体的に誰の事であったかは、今の沢城にははっきりと思い出せなかった。荒地を流用した仮設の着陸地点に向け、CH-47の巨体が着陸態勢に入ろうとしている。双ローターの生む風に煽られつつ呆然とする沢城の背中を、後藤一尉が再び叩く。

「交替の時間だ。あのヘリでロギノールに帰れ。向こうじゃ熱いシャワーもふかふかのベッドももう陸揚げされてるそうだ」

「…………」

 遠くで健在な部下を集め、何やら指示を下す松中二曹の姿が目に入った。そこで新たな不安が沢城にはこみ上げてきた

 おれはこの戦いで、何人の部下を殺してしまったのだろうか?……と




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― 新着の感想 ―
[一言] 最高の戦闘描写です。続きも楽しみに待っております
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