表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/83

第一七章 「スカッド・ハント」


ノドコール国内基準表示時刻1月7日 午後20時14分 ノドコール中部


 海上自衛隊所属 C-130戦術輸送機は、低空飛行から急上昇で雲海を越えた。


 出撃拠点たるスロリア西部からノドコールに跨る悪天候と、ノドコール東部に拡がる山岳地帯特有の不安定な気流は、発進時のブリーフィングで既に織り込み済みのことであったが、上昇するまで続いた激しい震動は、機内貨物室の片隅に腰を下ろしていた海上自衛隊 海士長 高良 謙仁にとっては、これまでの数少ない戦闘経験を忘れる程の恐怖を抱かせるのに十分なものであった。


 暗い赤一色の夜間照明が、恐怖に一層の彩りを加えていた。そこに貨物室特有の閉塞感が加わる。ヘリコプターたるCH-47のそれと比べても、C-130の貨物室はその容積において十分な余裕を有していたが、それでもなお一人の人間というより、一個の荷物として扱われているかのような不快感は消えなかった。


 貨物室内表示のデジタル計器盤が、高度の上昇を示していた。振動が上昇するにつれて小さくなり、やがてはエンジンの爆音以外何も聞こえない、ある意味では静寂が訪れた。


『――機長より貨物室へ。間もなく降下予定地点』

「総員立て!」

 操縦室からのアナウンスが終わらないうちに、部隊指揮官の命令が飛んだ。今次の特殊作戦の指揮を執る長谷川 格 一等海尉、江田島の幹部候補生学校を経て、あの苛酷な特殊作戦要員基礎養成(STOBTC)課程を修了してはいても、今回の隊指揮官着任まで、長期に亘り横須賀の護衛艦隊(SF)司令部にあって特殊作戦担当の幕僚副官を務めていた彼の、特殊部隊指揮官としての能力は未知数と言えた。特技章持ちではあっても、未知数は無能力と同義と考える海上自衛隊特殊部隊隊員が少なからずいることを謙仁は知っている。既に実戦を経験してはいても、着任して間も無い新参であるが故に、上官や同僚を批評する基準を確立できていないのもまた、今の謙仁の立場であった。


 機内の閉塞感は、何も夜間照明のせいだけではない。


 上げる腰が重い。というより全身が重いのだ。躯を縛る自由降下(FF)用の装備に、個人携帯の89式カービンライフルと予備弾倉がスリングベルトで繋がる。ゴーグルと四眼式暗視装置とを繋げた軽量ヘルメットは、通信機用イヤホンも加わって頭と顔に締め付ける様な圧迫感を加えていた。

 兵員用簡易座席から顔を上げた先、物量投下用パレットに固縛された全地形対応車(ATV)は、装備満載状態であることも相まって、ちょっとした小山のように謙仁の視界を妨げる。C-130はこのATVを2両、特別改造の高機動車を1両載せている。

 機上整備員(ロードマスター)機内通話用(インカム)コードを手繰り寄せつつ、巧みに兵員席と積荷の間を潜り、赤外線ストロボと重量物投下器材を自律させるGPSのスイッチを入れて行く。その細い、だが航空ヘルメットで頭でっかちな人影が、謙仁の隣で引っ掛かる様に止まる。


「…………」

 隣席、真壁 譲 三等海曹の目と謙仁の目が合った。海上自衛隊特殊部隊の頼れる先輩にして戦友、熊の如き巨体を誇る彼の目が、場所柄を弁えずに愉しく笑っていることに謙仁は気付く。その理由はすぐにわかった。躯を触れてすれ違う機上整備員の匂い――女体の匂い――に、謙仁も思わず覆面の下で表情を綻ばせる。当人が比較的長身であることもそうだが、分厚いフライトスーツと大きな航空ヘルメットが、二人をして異性の存在を意識させなかったのだ。


「幸先いいっすね」

「チョッパー……おれ勃ってきちゃったよ」

「…………」

 変態め――思いつつも、さすがに口には出さなかった。にやける真壁三曹の、分厚く湿布された鼻柱が痛々しく見えた。だがそれ故に歴戦の勇士然としたこの男の佇まいに凄みを与えていた。減圧が始まり、機内の体感温度を急激に下げつつランプドアが開く――空気の脳髄から耳を貫く、気圧急減時独特の生理を、謙仁はただ目を瞑ってやり過ごす。「ロック」こと先任分隊長 服部 亮二 一等海曹が全開になったランプドアの舳先に腹這い、そして銀灰色の雲海に向かい頭を伸ばすようにした。気付けば満天の星々が、彼らの門出を祝うかのように金銀の瞬きを夜空に振りまいていた。


『――針路よし! 予定通りだ。物量投下まであと三分!』

 操縦席との交信は、そのまま搭乗する隊員たちへの指示となる。きっかり三分後に投下シグナルが赤から青へと転じ、ロックの外れる激しい音とともに、拘束を解かれた重量物投下傘に引っ張られた車両が、虚空へと滑り落ちる。ランプドアから身を乗り出して投下物の数と方向を見守る女性自衛官の機上整備員が、すでに暗視装置を下ろしているのに気付き、謙仁もまた四眼式の暗視装置のスイッチを入れた。


 不意に誰かが謙仁の肩を叩く。先頭を切る服部一曹だ。

「おいチョッパー! 帰還(かえ)ったら別れた女房にこいつを渡してくれや」と、服部一曹は中指を突き出した。

「あのバカ女、おれの家から一切合財全部持って行きやがった!」

 背後で真壁三曹が笑った。言うが早いが、服部三曹は疾駆から飛翔に転じた。その後に隊員が続く、謙仁と真壁三曹はと言えば、長谷川一尉に従い降下陣の最後を占めることになった。特殊部隊隊員としての降下回数は、謙仁よりも長谷川一尉の方が多い筈だが、不思議と経験者に感じる負い目にも似た尊重の念は抱けなかった。ゆっくりとランプドアの先端に立ち、二人が先に降りる。全員の降下を確認して降下するのが、この場における長谷川一尉の役割である。


 降下――先に落下傘を開いて夜空に漂う隊員から瞬く赤外線ストロボが、後から降りた謙仁を降下すべき地点まで導いてくれる。落下傘の間隔は開いてはおらず、それがまだ落下傘を開いていない謙仁を安堵させた。降下後の迅速な集合は、そのまま迅速な作戦行動への移行を意味する。


『――チョッパー! アホ! 隊長を追い抜くな!』

「――――ッ!」

 無線越し、背後から真壁三曹の声が聞こえる。本来の任務を思い出し、謙仁は慌てて加速しかけた姿勢に抵抗を付けた。気流の中で躯が浮き、謙仁と真壁三曹の巨体が並ぶ。

「隊長は?」

『――クソっ! 見失った!』

 えー……呆れつつも、真壁三曹を責める気になれなかった。張り切っているのか? それとも部下の存在を忘れたのか?……暗視装置で孤立したストロボの瞬きを探る。但し落下傘の展開まで残された時間は少なかった。


『――空の上で迷子か、洒落にならんな!』

 真壁三曹の声が笑っている。右腕に嵌めた高度計が2000フィートを切った。

「いたいた!」

 謙仁は指を伸ばして一点を指した。うっすらとではあるが、緩やかに曲がった地平線の輪郭が見えた。その辺縁で蛍の様に瞬く微かな光の連なりに向かい、二人は落下しつつ泳ぐ。あの光の中に長谷川隊長もいるかもしれない……1000フィートで落下傘を開く。迫り来る大地の気配に備え、それからさらに暫くして脚から全身に亘り着地の衝撃を受け止める。


『――ロックより各員へ、送れ!』

『――コング!』

「チョッパー!」

 落下傘を手繰り、降下装具を外しつつ応答する。同時多発的に応答の声が生まれるも、聞くべき名前を見出せず謙仁は内心で焦燥した。


「隊長は? セイバーは?」

『――おいチョッパー! 把握してないのか? コング!』

『――こちらコング、セイバーは先行した模様』

 やや投げやり気味なコングの声を聞いた。「セイバー」こと長谷川一尉の応答がない。服部一曹が舌打ちし、そして声を弾ませた。

『――電波を拾った。コング、セイバーはお前達の北西二キロ先だ。お迎えして差し上げろ』

『――コング!』

「チョッパー!」

 服部一曹の語尾に苛立ちを聞く。部下の不手際を責めると言うよりも、指揮官の出来の悪さを嘆く様な響きだと謙仁には思えた。降下地点は当然、集合予定地点からも離れている。

 捜索を意識し、謙仁は固定を解いた89式カービンライフルに装弾した。折り畳み式の銃床に張られたステッカーに、謙仁は思わず顔を引き締める。「悪鬼滅殺」――開戦時、作戦に参加する海上自衛隊特殊部隊隊員に配られたステッカーだ。昔の人気漫画に出てきたフレーズがそのまま作戦の象徴となったわけで、こいつを他の火器や、あるいは自身の軽量ヘルメットに張り付けている隊員もいる。開戦の経緯が経緯なだけに、滅殺すべき「悪鬼」の存在を、皆が意識させられていた。


「――『自由の翼』がよかったな。血生臭くていけねえ」

「――あれは陸自が使ってるから海幕がダメだと」

「――やれやれ、著作権使用料に幾らかかったのやら……こっちの方が高額(たか)いんだろう?」

「――大昔みたくエンジンや機銃を別々で作るよりはマシだろ」


 出撃前に同僚が交わしていた軽口が思い出された。総重量20キロに達する巨大な背嚢のスリングベルトを締め直した背後で、何時の間にか近付いていた真壁三曹の声が降りかかる。

「チョッパー、ATVだ。歩いて行く積りかタコ」

「あ……」

 真壁三曹がいち方向を指し示した。新型暗視装置の視野は肉眼同然に広く、その一隅にATVの車体が見えた。そのすぐ近く、着地に失敗し横転したもう一台が、三名の隊員の手で復されようとしているのも見える。傍目には軽自動車同然のこぢんまりとした車体を有するATVであるが、そのエンジン出力の高さと軽量な車体故に無類の走破能力を誇るのであった。助手席にMINIMI5.56ミリ機銃を取り付け、真壁三曹は命じた。

「チョッパー運転しろ。おれが誘導する」

「了解!」


 ATVは三名乗りで、前席に運転手と銃手兼ナビゲーター、後席に指揮官兼通信手が座る。謙仁の運転するATV指揮官――というより今次の襲撃部隊指揮官――は長谷川一尉であったので、まずは遠方に降着した長谷川一尉を「回収」せねばならない。

 排気量にして800ccを越えるATVのエンジンが唸り、ホイールが柔らかい地肌を獰猛に蹴り上げる。道なき丘陵を上り下りする度に揺れる車体、荷台は元より鳥籠の様に補強パイプが渡された車体の各所に、装備やら備品が縛られ、あるいは積め込まれている。それらの中で最も物騒な荷物たる01式軽対戦車誘導弾の誘導弾入りチューブを一瞥し、謙仁は今次の任務内容に胸を奮わせた。





「――君たちの任務は重大だ」

 本土、海上自衛隊特殊部隊の直属する海上幕僚監部より派遣されたという幕僚は、ブリーフィングの始まりにあたりそう言った。出撃拠点となったノイテラーネ領南部、エインロウ飛行場に集められた特殊部隊員はその動員の限界に達しており、通常の秘密作戦には過分とも思えるその数は、やはりローリダ近海における浸透工作任務を終え、命令を受けて本土から移動してきたばかりの謙仁と真壁三曹もまた、困惑の色を隠せずにいたものだ。

 既に戦闘地域となったノドコール全土のデジタル地図を背景に、幕僚は銀縁の眼鏡を煌めかせて言った。黒い冬服を官僚然と着こなした水上艦艇徽章持ちの若い佐官、特殊作戦徽章は彼の胸には無かった。


「――海上自衛隊特殊部隊は、これより空路ノドコール中部に浸透、地上より展開の予想されるロメオ-スカッドを捜索し、これらを全て破壊する」

「――…………!?」


 ローリダ軍が鋭意実戦配備中という短距離地対地ミサイルを目標とした破壊工作――突飛とも言える任務付与(タスキング)に動揺した者は確かに多くいた。しかしそれは戦前より想定された任務ではあった。ブリーフィングに参加した隊員の過半が、あの「スロリア紛争」後より広大な富士や北海道の陸自演習場で、仮設敵を相手にATVや小型トラックを駆使した捜索と襲撃訓練を繰り返して来た筈である。パラシュート降下による戦闘地域浸透とそれに続く強襲任務、そして撤収に至る一連の手順の説明の後、質問を求めた幕僚に挙手したのはエインロウで合流した服部一曹であった。


「――作戦内容によると、事前の情報収集活動以外、本作戦は浸透から撤収まで全て海自の独力により行われる様だが、この理由をお聞かせ願いたい」

「――陸空自ともに正面の作戦で手一杯だ。従ってこの任務は海自独力で実施する必要がある」

「――更に質問、この作戦は、陸空自も了承済みのことか?」

「――……勿論だ」

「――…………?」

 「勿論だ」と幕僚は端的に答えたが、その前後に滲ませた歯切れの悪さを聞きとった者は謙仁も含めて少なからずいた。



 車上――前後左右に激しく揺れつつも、ATVは目指す処へと着実に迫っている。道無き道を走っていながらも真壁三曹の誘導は正確だった。助手席に在って広帯域無線機と繋がる地形表示端末を睨みつつ、その真壁三曹が聞いた。


「――チョッパー、どう思う?」

「ワクワクしますね。ロメオのミサイルを消し飛ばす任務なんて」

「違うだろ、こいつがまともな任務かどうかってこった」

「は……?」

 生返事なのは、運転に専念していないと操作を誤って転倒する恐れを覚えたからだ。そのような謙仁の態度を咎める風でも無く、真壁三曹は続けた。

「こんなヤバい任務、海自だけでやれときた。日頃から言ってる陸海空統合って掛け声は何処へ行ったって話さ。こういう仕事こそ統合でやれっての」

「でも訓練はやってきたんでしょう。おれは経験無いけど」

「訓練での作戦成功率は五割だった。空自戦闘機の支援を前提にしてもな」

「…………」

 単に対抗部隊が強かっただけじゃないのか!……唖然とする謙仁には目もくれず、真壁三曹は端末に目を落とした。

「もうすぐ回収地点。そこで止まれ」


 

「…………」

 林が見え、次には木に絡まる落下傘の姿を目の当たりにしたとき、二人は均しく最悪の結末を想像した。暗視装置の視界の中、木々の間でストロボが瞬きつつ揺れるのを謙仁は見る。89式カービンを構え先行していた真壁三曹が舌打ちするのを無線機のイヤホンに聞く。


『――隊長は生きてる。片足が派手に折れてるがな』

「…………」

 驚くよりも呆れた。謙仁も落下傘のすぐ傍、索に絡まりブラブラと所在無げに引っ掛かる人影を見出したからであった。降下中に指揮官をロストしたのは謙仁のミスであるが、着地の失敗は明らかに指揮官当人のミスである。特殊部隊なのに予定降下地点にすらまともに降りられないとは……!


『――チョッパー来い。下ろすのを手伝え』

 近付いて、更に驚愕する。まるで壊れた操り人形のように、所在無げに木にぶら下がる長谷川一尉の索に絡め取られた左脚が、歪な方向に曲がっている。余りに幸先の悪過ぎる展開だと思えた。


「……貴様ら! 何処に降りたんだ!」

 ナイフで索を切り開き、落ちる長谷川一尉の躯を支える間、悪態をつくのを聞く。一方で「隊長、銃は使えますね?」と聞く真壁三曹の表情は平然としている。

「出来れば後送して欲しいのだが……」

「こんな処までヘリは来れませんよ。指揮はできるでしょうが」

「…………」

 容姿の圧力と声の圧力は、階級を軽々と凌駕した。実力本位の特殊部隊ならばそれも尚更だ。古参海曹を前に押し黙った長谷川一尉を運ぶよう、真壁三曹は謙仁に目配せした。

「急げ、ロメオの斥候が来るとも限らん」


 

『――セイバーより各車へ、セイバーは指揮に復した。捜索を続行せよ。繰り返す――』

 先行し実際の捜索と襲撃任務を担当するATV二両、一歩引きATVに支援を提供する高機動車一両……耐久ラリーレースにも似た構成の襲撃部隊は三両の車両から成り、空輸にはC-130一機を要する。空輸には五機のC- 130が投入された。つまりは合計五チームの襲撃部隊がノドコール中部に展開を果たしたことになる。高機動車もまた対地上レーダーと衛星通信装置、補給品を積み、やはり機銃と対戦車誘導弾で武装している。


 時折、分厚い雲を突いてジェットエンジンの爆音が延びるのを聞く。はたまた地平線のずっと向こうから何かが弾ける音を聞く。友軍航空自衛隊による間断無い爆撃が続いている証であった。ATVを走らせつつ謙仁はあることに思い当たる。

「誤爆されやしないだろうな……」

『――それはわかんねえな』

『――…………』

 指揮官席に在ってMINIMI5.56ミリ機銃を構える長谷川一尉は無言だった。先刻のブリーフィングのとおり、この作戦が本当に陸空自衛隊も了承したものであったら、このような心配は生じなかったかもしれない。疑念が不安を呼んだ。

『――イカロスよりセイバーへ、遊撃部隊の所在を確認。高度20000で旋回待機する。以上(オーバー)

『――セイバー了解』

 イカロスはノドコール南方海上より発進した海自航空集団所属のジャリアー攻撃機のコールサインだ。言い換えれば海上の航空護衛艦より発進した艦載機である。ブリーフィングによれば、ジャリアー四機が戦闘地域上空に進出し、「ロメオ-スカッド」に対する攻撃を行う手筈であった。地上よりその目標位置を評定し、爆撃誘導まで行うのが特殊部隊の任務である。


『――セイバーよりブラックキャット、地上反応どうか?』

『――ブラックキャット、北西に移動目標を探知、ロック班が近い。ロック班の前方15キロ。近付く』

 「ブラックキャット」とはC-130隊を追うようにエインロウを発進したAP-3C特殊作戦支援機のコールサインだ。余剰となったP-3C哨戒機からの改造機。高度20000フィート以上で旋回する本機は、対潜作戦用の機材を全て下ろした代わりに、機体左側面に張り付けた合成開口レーダーと下方監視赤外線(DLIR)で作戦地域を捜索し、場合によっては機首格納庫に内蔵した機関砲と主翼下に吊下した誘導弾を使い火力支援も提供する。進空は「スロリア紛争」後のことで、海自特殊部隊が政府命令の下国外で活動していくにつれ、AC-130Jに準ずる火力支援専用機の配備が要求された結果の取得であった。


『――ブラックキャットよりセイバーへ、移動目標は補給部隊と思われる。山岳地帯へ移動中。数トラック7、他小型車両5……以上』

『――ロックよりセイバー、指示を乞う。以上(オーバー)

『――ロック……そいつを叩けるか? 手段は任せる』

『――やり過ごさないのですか?』

「…………」

 運転に専念しつつ、謙仁は困惑する。恐らくは隣の真壁三曹も同様であったかもしれない。機銃を構えつつも、後席を顧み様子を伺っているのがわかる。補給部隊には目もくれず、ロメオ・スカッドの捜索に専念した方が任務としては順当なのではないか?……むしろここで補給部隊に手を出せば、本命たるスカッド部隊に此方の所在を感付かれるかもしれない。


『――見過ごせば前線の部隊に累が及ぶ。ここで叩いておくべきだ』

『――ロック了解』

『――交信終わり』

 ATVはなおも走り続ける。又聞きする無線交信が慌ただしくなり始める。交信内容から、服部一曹は爆撃による制圧を択んだように謙仁には思われた。


『――こちらブラックキャット、セイバー班の南西20キロに車列を確認。偽装していた模様。移動準備中と思われる』

『――ブラックキャット、それが何かわかるか?』

『――巨大なトレーラーが二両。装甲車三両、他小型車三両……詳細はまだ判らない』

「あの小山の裏に回ろう」と、真壁三曹が言った。謙仁は言われるがままATVを急旋回させ、滑り込むようにして小山の傍に入る。「チョッパー、付いて来い」

「おい何処へ行く!」と長谷川一尉。

「目標を評定します。隊長は全体の指揮とブラックキャットとの交信維持を願います」

「くそっ! 行って来い」

 個人用89式カービンの他、赤外線照準器(SOFLAM)を抱えて真壁三曹はATVを降りた。謙仁も続いた。


「89式だけ持って来い。他は要らん」

「了解っ!」

 そこから先は上りであった。江田島の古鷹山を思わせる急勾配を全速で駆け上がる。頂上の寸前で伏せ、擬装網を被って広帯域無線機の情報表示端末を開く。地形と目標を示す示標が表示されるのと、闇空の下、北方の一点が赤く光るのと同時であった。

「始まった!」

 服部一曹が呼び出したジャリアーによる攻撃であった。地上の誘導が巧みであったのだろう。地平線の一点から火柱が上がるのが見える。そのすぐ上空を、フレアーをばら撒きつつ過る機影――余りに鮮やかな破壊の光景に見取れる謙仁の耳に、新たな交信が入って来る。


『――イカロス11、全弾投下! 待機する!』

『――イカロス12、待機する!』

 交信の内容からして、イカロス1編隊で爆装しているのはイカロス12のみである筈だ。ブリーフィングによればもう一編隊「イカロス2」二機が、より上空で待機している筈――

「――来たぞ!」

 SOFLAMを覗きつつ、真壁三曹が叫んだ。小山から見下ろせる平地の一隅を動く車列が見える。ライトの類は点けていなかった。暗視装置が無ければ察知は困難であったろう。その車列が急に止まる。北で起こった異変に気付いたのだと判る。


『――真壁三曹、指揮官権限で護衛艦と連接(リンク)した。巡航ミサイルを使うぞ。座標報せ! 発射まであと五分!』

「えっ!?」

 驚いたのは真壁三曹であった。謙仁はと言えば麓の車列から目が離せないでいる。急停止した車列が再び動き出し、次には此方に方向を変えて来るのが見えた。ローリダ人が突然の空襲に浮足立っているのが遠くからでもよくわかる。

「まずい! こっちに隠れる気だ」

「隊長、敵が接近して来ます。ミサイルは間に合いません。航空支援を要請してください」

『――早く座標を教えろ! ミサイルが早い!』

 緒元入力からミサイル発射まで五分、しかし内陸の此処に飛んでくるまでさらに十数分を要する筈だ。敵がこっちに近付いてきて声を掛けられる様になるまで十分な時間だと謙仁には思えた。うちの隊長はそんなことも計算できないのか?


「イカロス、こちらセイバー班、脅威が接近している。目標を照射するから捕捉次第攻撃してくれ。こっちがヤバい!」

『――イカロス1、了解』

「セイバー、これより座標を伝える。座標は――」

 航空支援を要請している真壁三曹の傍ら、GPSと連接(リンク)した戦術情報表示端末を睨みつつ、謙仁は座標を読み上げた。数字を読み上げる口調のたどたどしさが、我ながら苛立たしく感じられた。少しの間を置き、鋭いジェットエンジンの音が夜空の分厚い雲から降って来る。それがより激しい轟音となって謙仁と真壁三曹の頭上を過り、遠ざかった直後――



『――イカロス12、投弾いま(ナウ ドロップ)!』

「…………ッ!!」

 焔の柱が二つ、車列の中央寄りに重なって生まれた。車列を薙ぎ倒すだけでは収まらない威力の余波が、地面と空気を激しく揺らして謙仁と真壁三曹を心身ともに圧倒した。誘爆か、更なる火柱が車列の在った場所から上がるのが見えた。

「イカロスいいぞ! 効果甚大。車列は壊滅だ。以上」

『――イカロス1、残弾なし。帰投する!』

『――セイバーより各員へ、護衛艦がミサイルを発射した! 護衛艦がミサイル発射! 着弾予定は25分後! 繰り返す!――』

「…………」

 謙仁と真壁三曹は互いに顔を見合わせた。ノドコール南方海上に展開する護衛艦から発射された巡航ミサイルは、正確に25分後、もはや何も無くなった大地を直撃することになる。


「やれやれ……隊長殿はロメオがここでのんびりキャンプでもすると思っているらしい」

「おれ……何か不味いことやっちゃいました?」

「ああ、お前の一存で国民の血税を十億くらいドブに捨てちまったな」

 そして微かに笑った。真壁三曹は謙仁の肩を叩いて立ち上がった。

「移動するぞ。スカッドを潰すにはもっと西へ行く必要があるな」

 しばらく動けず、山肌を降りていく真壁三曹を謙仁は茫然として見送る。「早く来い! チョッパー!」

「…………!」

 我に帰り、謙仁は後を追う――今度は、もう少しましな無駄遣いをしようと思いながら。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 骨太の仮想戦記、なろうとは思えない完成度。 [一言] 更新ありがとうございます。 無能な尉官が今後どうなるのか楽しみです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ