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第一五章 「灼熱」


日本国内基準表示時刻1月7日 午後14時20分 東京 内閣総理大臣官邸地下 官邸危機管理センター


 つい30分前より始まった報告が、始まったばかりの戦争を半世紀以上も過去の事象に押しやったかのようにセンターに詰める一同をして忘却させていた。


 発端は、ノドコール方面の定時的な戦況報告とハイジャック対策に関わる協議に、半ば割り込むようにして入室を果たした防衛省情報本部(DIA)幹部の蒼白な表情であった。彼は列席していた本部長 筧 正毅陸将に耳打ちし、次には筧自身が同席していた特殊作戦幕僚長 牧村 享空将補と特殊作戦群群長 御子柴 禎 一等陸佐に目配せする。三人が一斉に席を立ち、そして再び卓に戻って来るのを、坂井 謙二郎総理大臣をはじめとする列席者は神妙と無感動の内に待った。その後に、過日のローリダ本土核兵器製造施設爆発事故に関する新たな報告が始まる。ただし報告は、平穏の内には受け容れられなかった。


「核兵器が……奪取されたと?」


 聞き返す坂井総理大臣の口調に、動揺は見えなかった。むしろその隣席にあって苦虫を噛み潰した様な表情を隠さない官房長官 蘭堂 寿一郎の方が、むしろ坂井総理の内面を代弁しているかのように見た者が列席者の中には多かった。

 その蘭堂が言った。

「信用できるのか? その内通者は」

「信用以前に、まず内通者の素性を明らかにすべきでしょう」

 と列席者の一人が言った。現地展開の特殊作戦群が送信した内通者との通話記録データから、内通者の所在地と声の割り出しは既に始まっている。技術的にそれらふたつは判別可能でも、持主の素性が情報機関のデータベース中に存在するかどうかは未だ未確定の段階であった。


 それまでノドコール方面の戦況を表示していた広角情報表示端末の一端が切り替わる。ローリダ本土の地形図と併せて映し出された仮面の人物の写真に、特に閣僚及び文官たちの間からどよめきの声が上がった。防衛省情報本部が「仮想敵国」ローリダ共和国唯一の国営商社にして最大の民間軍事会社たる南ランテア社の最高幹部、その詳細を収集していない筈が無い。むしろそれは写真の人物の仮面に抱いた、何か非現実的なものに直面したかのような違和感の発露であった。


「素顔は無いのか?」と蘭堂。

「申し訳ございません。最も遡った映像記録を調べても、三年前の仮面姿しか確認できておりません」と、筧 正毅 防衛省情報本部長が頭を下げた。「推測ですが、それ以前の記録は抹消された可能性もあります」


 坂井総理が、筧情報本部長に聞いた。

「それで内通者の言う、このガーライルというのは本当に危険な人物かね?」

「客観的に見ても危険な男です。ただしノーマークでありました。これまでのノドコールにおけるロメオの独立工作に対する、彼の関与は薄いと思われておりましたので」


 列席の文官たちが口々に言った。

「その男が、仮にもロメオ本国に於いて重要な地位に在る筈のこの男が、飼い主の手を噛んだということかね? 内通者はその後始末を此方にして欲しいと? ずいぶんと舐められたものですな我が国は」

「内通の中身が正しければ、今起きている全てはこの男の掌の上でしかなかったってことだろう? これじゃ道化ではないか。ロメオも日本(われわれ)も」

「静かに」 蘭堂の眼光が、彼らの放言を制した。

「かといってガーライルをこのまま野放しにしておけば世界の秩序が崩壊してしまう。無法者が核を持つ限り、どのような非道も罷り通るというのは、前世界で皆も痛いほど思い知らされている筈だ。どうしますか総理」

 言い、蘭堂は坂井総理に向き直った。「提案」と御子柴一佐が声を上げる。

「御子柴一佐」

「D分隊をガーライル専従にし、新たな任務を与えるというのは?」

「新しい任務……とは?」

「拡散した核兵器の捜索及びガーライルの捕縛、あるいは抹殺です」

「出過ぎるな。それを決めるのは総理おひとりだ」

 牧村特戦幕僚長が窘める様に言った。表情ひとつ変えず、坂井が言った。

「わたしも御子柴一佐に同意見だよ。ただし事の真偽が判明していない上にノドコール情勢とハイジャック事案といい、我々は別の優先すべき案件を抱えている……そこで松岡幕僚長、筧本部長」


「はっ」二人が同時に応じた。

「D分隊にガーライルとその一党関連の情報を集め、彼らの任務遂行に必要ならば可能な限り支援も与えるように」

『宜しいですか?』と蘭堂は坂井を見遣った。坂井が無言のまま頷いた。

「ハッ!」

「これ以上の支援は当面出来ないが、やらないよりはましだろう」

「事が(フェイク)であれば、その限りではありませんしね」

 坂井と蘭堂、ふたりの視線が横目がちに交差する。御子柴が情報表示端末を見遣り、告げた。

「そのD分隊が、敵に捕捉された様です」

「――――ッ!?」


 端末全面に映し出されたノドコール方面の戦況、その一角が警報と共に瞬く。

 先刻の任務を果たし、回収地点(LZ)に到達しようとしている特殊部隊(SF)のアイコンがひとつ。

 それを包囲せんと蠢く敵軍の指標が三つ。

 



ノドコール国内基準表示時刻1月7日 午後15時34分 ノドコール中部


 破裂の音――森が震え、そして小鳥が群れとなって舞い上がる。


 潜伏地点(IP)に身を伏せていると、それらの気配が良く判る。全身で感じ取ることが出来るからだ。破裂の音は手榴弾の音。此処に至るまでの元来た途に仕掛けた(トラップ)――不運にもそれに触れた敵が、埋伏させておいた手榴弾を起爆させてしまった破滅の音だ。潜伏してこの方三時間、二等陸曹 高良 俊二はすでに五度は炸裂音を聞いている。そして音の度に、迫り来る人間の気配もまた消えていく――此方に殺意を抱き、追って来る敵の気配が。


 敵を殲滅するためではなく、敵に出血を強いつつ敵の追跡速度を殺し、此方が離脱する時間を稼ぐための罠であった。しかし爆発の間隔が短すぎることを俊二は察し、そこで敵の移動速度の速さと、その執念の深きに内心で戦慄した。万難を排し司令官を殺したニホン人を、やはり探し出し、殺すために敵の前進は続いている……恐らくは途上で罠に掛って死に、あるいは傷付いた仲間を置き去りにしてでも――


『――早いな。早過ぎる』

 誰かの声を共通回線に聞く。敵の動きに対し、俊二と同じ感慨を抱いた者がいることの証であった。爆発の間隔からして、この速度を維持すれば敵が此方と接触するまであと五分を切っただろうと、俊二は考えた。既に住む者のいない、かつては集落であった場所。そこで俊二の属する陸上自衛隊 特殊作戦群「D分隊」7名は敵の追跡を待ち伏せている。迫る敵の総数は、多方面よりもたらされる情報を総合すれば、二千名を越えるのではないかと目された。


 「全ての元凶」――ミステルス‐ル‐ヴァン‐ガーライルという名のローリダ人――と、D分隊指揮官 二等陸尉 鷲津 克己との現在に至る因縁の一部始終を、伏撃のための配置を済ませた一時間も前に、俊二は鷲津自身の口から聞いた。あの「スロリア紛争」以前にまで遡る、公にされない戦いの記憶。それを聞いたところで、推定で二千名を越える追跡者を一掃できるというわけではない。ただし追跡を振り切り、生き残るための動機がその後には生まれた。


「――追跡者は、ガーライルの配下でしょうか?」

「――それはわからない。もしそうだとすればおれ達と内通者の接触を察知したから、口封じのために配下を差し向けたとも言えるし、そうでなかったならば、現地の民兵連中が普通に司令官を殺されてぶちキレただけとも言える。どっちにしても追手がおれらを始末して一番得するのはガーライルだろうな」

「――しかし、こっちを目指して真っ直ぐに来るとしたら?」

「――前者の確率は飛躍的に高まるな」



 その追跡者は、此方へ向かい「真っ直ぐに」移動している。

 罠の爆発する地点からそれが判る。現地のローリダ人にまで及ぶガーライルという人物の意思、執念の存在に内心で驚くのと同時に、興奮すら俊二は内心で覚えた。特殊部隊として、敵としてこれ以上の相手に不足は無い様に彼には思えた。それも、尊敬する指揮官と浅からぬ因縁を有する敵だ。映画や小説でも、ここまで凝った設定は作れないだろう。そして俊二はこう願う――自分は生きてこの戦いの終わりを見届けたい……と。


「…………」

 深呼吸――木造の廃屋に穿った穴、そこから距離を離して据えたデグウスⅡ 分隊支援機関銃の木製の把柄を俊二は握り直した。二脚に支えられた銃口とアイアンサイトが、森と集落の境界を睨んでいる。分隊支援機関銃は、壊滅させたローリダ軍の指揮所から持出したものだった。回収地点の防御を固めるための「Dチーム」指揮官 鷲津二尉の指示だ。同じく持出した手榴弾と爆薬で、今や集落跡は(ブービートラップ)を凝縮させた一群の要塞と化している。この辺り、分隊の破壊工作担当たるヤクローの采配は巧みであった……そして鷲津隊長は、すでに「追撃」あるを予測していた?


「…………!」

 気配が、境界を越えた。

 草木をかき分け、あるいは垣根を乗り越えて武装した人影が無数、横隊に近い群となって森を抜けて来る。整然とはしていない。しかしそれが迫り来る破滅に現実感を与えている。ローリダ軍ともKS軍とも様式の異なる、より実戦的にさえ見える異国製の戦闘軍装に覆面をした男達、得物もまた分隊支援機関銃から軽量対物ロケット発射機と幅が広い。グナドス製の最新小銃を構えている者も見える……もはやそれだけで、俊二には追跡者たちの素性がわかってしまう。


「…………」

 ローリダ人じゃない?――生じた疑念と共に、掌大の遠隔操作スイッチを俊二は握り直すようにした。敵の進路上に配した無数の罠、武装勢力の先頭集団は既にその只中に踏み込んでいる。あとは指揮官たる鷲津二尉の命令が下りれば――『――まだだ。もう少し行かせる』俊二の逸る心を見透かしたように、鷲津の言葉が入って来る。その鷲津の言葉が届かない敵兵は、やや行き足を速めて集落に分け入らんとしている……もはや撃てば横隊の誰かに当たる距離。俊二が侵入者を百人まで把握したところで、鷲津の命令が飛んだ。『――デルタ7、やれ!』


「――――っ!」

 スイッチ!――瀑布の如き轟音が周囲を圧した。侵入者の足下から生じた爆発が同時多発的に火と黒煙を噴き上げ、彼らを喰らう様に包む。奪取した手榴弾と爆薬、砲弾……そして集落で調達した螺子釘と石礫……それらに時限式発火装置とヤクローの工作技術とが結びついたとき、侵入者たちが浸透を果たした村は一個の巨大な地雷(クレイモア)と化してしまっていた。

「――――!?」

 恐慌が怒声と悲鳴となって一帯に充満する。そこに四方八方に向けられた銃声が重なる。銃口を向けるべき相手を見出せないままの反撃が効果を上げる筈が無く、むしろそれは廃屋に潜む狙撃者をして、罠を生き残った敵兵の数と位置とを容易に暴露させてしまう。


 デグウスⅡの引鉄を俊二は絞った。重い射撃音と共に吐き出される眩しい曳光弾が、容赦なく敵影に注ぐ。弾幕に貫かれ、あるいは薙がれる敵兵が無数。引鉄を引き続けるだけ量産される死また死――廃屋に潜む射手に気付いた数名が俊二に銃口を向ける――その側面方向から飛び出し、刺さる銃弾に貫かれ、斃れる敵影。俊二と同じく境界付近に潜んだケンシン、トウジの銃撃だと判った。混乱が恐怖を引き連れて、さらに拡大していくのが手に採るように判る。

 混乱を目前にして俊二は70発の弾丸を撃ち尽くす。「装填!」まるで自衛隊の銃器でも扱う様な手際の早さで、俊二は弾倉交換に掛る。敵兵のうちさらに数名が分隊支援機関銃の脚を立てた――応戦のため、あるいは崩壊しかけた統制を回復するために敵の前進が止まった。『――デルタ5、やれ!』


 更なる爆発が生まれる。それも停滞した敵群の中心であった。地面に埋設された無数の機関砲弾が、即製の地雷となって足下から敵兵を襲う。一発一発の威力は拙くとも、埋設された機関砲弾は地上の敵兵の躯、それも脚を吹き飛ばすのに十分な威力を持つ。それが群としての敵の動きを更に封じていく。

 完全に動きの止まった敵に向かい、装填を終えるや俊二は再び引鉄を引き絞る。弾薬、銃器と総じて二十キログラムに及ぶ重量物を抱え、距離にして百キロメートル近くを此処まで北上した甲斐があると言うもので、これを可能にしたのはレンジャー訓練の賜物と言うべきかもしれない。指揮官格の男が怒声を上げ前進を促しているのが見えた。直後、機銃弾よりも重く早い一発が飛び、男の首から上を消し飛ばす――俊二たちより後背に控えるブレイドの撃った対物ライフルだ。指揮官を失い、さらに拡大する混乱と停滞。同時に一方的な殺戮もまた拡大する。その只中で、俊二はデグウスの弾丸を撃ち尽くす。


「デルタ7、撃ち終わり!」

『――デルタ5、撃ち終わり!』

『――7、5、離脱しろ! デルタ6は援護!』

「7了解!」

『――5!』

『――6了解(コピー)!』

 

 得物の89式カービンライフルを掴み、俊二は身を起こした。半壊し掛けた廃屋の二階の壁、その隙間から対物ロケット発射機を構える敵影が視界を掠めた。ロケットの先端が此方を向いていた。二階から飛び降りることに、躊躇は無かった。身を捻じらせて着地と同時に受け身を取る。取りながらに迫り来る敵影を89式カービンで撃ち斃す。撃たれたロケットが二階に刺さり、瓦礫が弾けて降った。細かいそれらに身を打たれつつ、あるいは粉塵に塗れつつ俊二は走り、撃ち続けた。走る背後で、ロケットを被弾した廃屋が雪崩の様に崩れる。走りながらに遠隔爆破スイッチを再び握る。地階に仕掛けたC4爆薬が、発火と同時に破片と粉塵を津波の様に拡げ、追跡者から視界を奪った。そこに俊二たち三人が離脱する時間が生まれる。


 後背の第二防衛線を目指し三人は駆ける。その後を機銃弾、ロケット弾の着弾が獰猛なまでに追う。第二防衛線の、それも自身に宛がわれた平屋の廃屋に俊二は滑り込む。予め据えて置いた照準鏡付きのザミアー7小銃は、俊二が特に択んだ得物であった。窓の外の光景、迫り来る敵、煙幕を脱した敵影の複数から獲物を選び、俊二は撃った。一人が斃れ、数人がその後に続いて斃れる。やはり専用の配置まで逃げ込んだケンシンとトウジの仕事だ。しかも鷲津隊長らが控える最終防衛ラインの有効射程でもある。ばら撒かれる弾幕が迫り来る敵を打ち倒す。擲弾が降り、破片と衝撃波が敵影を文字通りに飛ばす。


 弾幕が再び敵の前進を止めた。身を隠す場所が廃墟しかなく、そこに潜ったまま、敵の動きが再び止まる――『――デルタ3、やれ!』

「――――!!?」

 爆発!―― 一際高い黒煙が、複数箇所より立ち上る。廃墟に仕掛けられた即製爆発物の威力であった。廃墟を避けて交通路に躍り出た敵影、秩序を喪失し掛けたそれらが交通路に溢れたその瞬間を、鷲津は見逃さなかった。

『――デルタ1 爆破する!』

 爆風が廃屋を揺らし、そして地面が烈しく揺れた。風塵が路地に溢れ、居合わせた敵兵をその只中に取り込み、そして押し流す。ザルキスの司令部から持出したただ一発の対戦車砲弾が、路傍に埋設されたIEDの炸裂となった結果であった。砲弾自体の炸裂の他、衝撃波で数棟の廃屋が崩れる。鷲津からすれば廃屋の倒壊すら計算の内であった。倒壊に巻き込まれる様にして拡大していく死傷者が追撃の切先を鈍らせ、そこに新たな離脱の機会が生じる。


「デルタ7、援護する!」

 ザミアーを撃ちつつ、俊二はインカムに叫んだ。撃つ度に跳ね上がる空薬莢が、十を越えたところで止まる。ザミアーの弾丸には余裕があったし、近距離での威力の高さも捨て難かった。破れた窓を越えて廃屋を駆け出し、居合わせた敵兵二名を撃ち斃す。俊二と入れ替わるように廃屋に突入を果たそうとした敵兵の分隊、だがそれは入口のドアを蹴破ったところで挫折した。ドアに繋がれた釣糸が切れる――そのまた釣糸に繋がれた手榴弾のピンが外れ――


 バン!――追手を瞬殺した破裂音を顧みることなく俊二は走る。直後に散発的に他の廃屋からも破裂する音、あるいは悲鳴が上がる。此方を掃討するべく、あるいは射点を確保するべく廃屋に踏み入った敵兵が、仕掛けられた罠に掛った瞬間であった。

 前方、トウジが14式分隊支援火器(14SSA)を撃ち放し、此方の後退を援護してくれているのが見える。集落は既に抜けていた。牧草地の只中を俊二はケンシンと駆ける。向かうべき前方は動きを止めた風車小屋の聳える崖。風車小屋には対物ライフルを担うブレイドがいて、風車小屋の上階からその発砲炎が点滅している。その点滅の数だけ追跡者が斃される。だが……


『――デルタ4! もういい離脱しろ! 射点が暴露(ばれ)てる!』

 鷲津二尉の声が切羽詰まっている。倒壊した家屋が撒き上げた土埃、それを抜けた鋼の鏃が、歪な軌道を描いて風車に延び――

「デルタ4! 誘導弾! 誘導弾! 逃げろ!」

 誘導弾が俊二の頭上を越えた。ブルルルッという空気との摩擦音すら聞こえる近距離であった。ブレイドが上階から飛び降り、受け身を取って地面に転がるのが見えた。ロメオの軍隊がRPG発射機で撃てるレーザー誘導式ロケット弾を有していることは、自衛隊側では既に特殊作戦群の人間以外にも知られている。一瞬遅れて誘導弾が風車小屋の尖塔を直撃し、破れた羽根が完全に吹き飛んだ。


『――デルタ5、装填!』

 トウジの声に、俊二は後退を止めてザミアーと共に後背を顧みた。照準鏡に入った敵影を手当たり次第に撃った。その中の一人、屈教な男どもに取り巻かれる様にして命令とも叱咤とも知れぬ声を張り上げる人影を見出し、俊二は息を呑んだ。事前の手順通りに離脱しようとして、照準鏡を覗きこんだまま表情を固める。


「――――!」

 反歯の女、かつてロメオの地対空ミサイル部隊を指揮していたあのジャージ服の女がそこにはいた。「なつかしい」とは思ったが、任務を完遂するという意思が雑念に勝った。照準が半ば運命の様に女の躯に重なる。

『――こちらヴァルキリー401、戦場上空到達まであと三分! 目標指示を乞う!』

「…………!?」

「シュンジ! 後退だ! 止まるな!」

 何時の間にか傍に駆け寄って来たケンシンが、89式カービンを撃っていた。セミオートだが、発射間隔の狭さがケンシンの狙いの正確さ、そして迫り来る敵の多さを物語る。言い換えれば、あれ程殺したのに、敵の数は一向に減ってはいなかったのだ。俊二ですら、次の瞬間には女を撃つことを諦め、照準を近接目標に切替えざるを得なくなっていた。後背に控える鷲津二尉らの援護射撃も、今となっては何時まで持つか判らない。擦過弾の唸りすら、今となっては鼓膜を不快に揺らし始めていた。芽生えかけた絶望の中、ザミアーの弾丸を完全に撃ち尽くし、89式カービンに得物を切替える僅かな瞬間――


「う……!」

 倒れる気配を察した時には、俊二はケンシンの躯を支えていた。ケンシンの意識が無い。外傷は見えず、一方で軽量ヘルメットが被弾し割れている。失神だと察した。脳震盪かもしれない。無数の跳弾が足下と言わず周囲と言わず地面を削る。眼前に飛び込んできた曳光弾が風圧を伴って俊二の傍らを抜ける。位置が露見したのだとも俊二は察した――あの反歯の女が、自分を指差し何やら叫んでいるのが見える。


「デルタ7、デルタ6が受傷! 受傷!」

『――動かせるか!?』

「…………っ!」

 応答も忘れ、俊二はケンシンのボディーアーマーを掴んだ。その頭越しに敵兵に向かい味方の擲弾が注ぐ。弾け飛び、あるいは千切れ飛ぶ敵の躯。その血生臭さすら嗅ぎ取れる近距離であった。

『――デルタ! 目標指示は未だか!?』

「…………!」

 眦を決し、俊二は片手で89式を撃った。狙いは付けられない。その一方で乱射故に敵も狙いを付けられない。

「隊長! 目標指示を! 目標指示を乞う!」

『――シュンジ!?』

「大丈夫! ケンシンは生かす!」

『――この馬鹿野郎!』

 

 ただ仲間の生還こそを俊二は望んだ。それは熱望と言っても過言では無かった。鷲津二尉も判っている筈だ。救難部隊が近付いている。しかしその滞空には制限がある。

「…………!」

 胸部に烈しい衝撃――否、打撃――を受けたと俊二が感じたとき、全身を波打つような悪寒と同時に89式が手から零れた。次には撃たれたと察しつつ、俊二は脱力し倒れた。それでも保っていた意識と視覚が、迫り来る敵を捉える。止めを刺さんと近付いて来る敵影の中心に、俊二は自ずと眼を見開いた――反歯の女! 

 目が合ったと思った時、女の眼が笑った。仇を目前にし、その仇に対する勝利を確信した笑いだと思った。何故「仇」という単語が出て来たのか、その時の俊二には判らなかった。


「…………」

 いや……動ける。被弾はしたが、弾丸そのものはボディーアーマーが食い止めてくれたと俊二は察する。だが敵はそうは思っていないようで、その後は撃ちかけることもせず、ただ只管此方に距離を詰めてくる……


『――デルタ7被弾! 被弾!』

『――生きているか? やつは生きているのか?』

『――この距離からじゃわかりません!』

『――デルタ1! ヴァルキリー、目標を指示した!』

『――ヴァルキリー!……攻撃!』


 戦闘機の決意の声を俊二は聞いた。その後にやるべきことはとうに決めていた。諦観と殺意の籠った戦闘機の声が、共通回線にこだまする――横目で伺った先、ケンシンはまだ動かなかった。

「…………?」

爆音が近付いて来る。頭上をジェットの爆音が航過する。ジャリアーの爆音だと察し、それが当っていることを低空からの上昇に転じるジャリアーの機影が教えてくれた。フレアーを撒き、軽快に銀翼を翻す小振りな機影――眼前の敵もまた、浮足立つ。銃口を上げてジャリアーに撃ちかける者もいる。その時に逸れた注意を、俊二は見逃さなかった。


「――――!」

「――――!?」

 「死人」が突き付けた銃口を目の当たりにしたとき、反歯の女は最初は唖然とし、次に左右を固めていた部下が斃されたとき、彼女は思い出したように怒りに表情を歪ませた。言語に表し難い叫び声と共に、小銃の銃口が俊二に向かう――滑るように地上に突っ込んできた爆弾が、二人の間を別つように炸裂し火の壁を作った。怒りの絶叫が、恐怖の発露としての悲鳴に転じる。

反射的に身を起こし、俊二は未だ動かないケンシンの上に伏せた。その後に地震を思わせる烈しい振動と熱量を伴った暴風の交差が襲ってきた。暴風と恐怖、そして希薄化する空気――それらに取り巻かれつつ、俊二は倒れた同僚を庇う。二人の上に爆弾が落ちてくるか否かは、この距離ではもはや神の采配に任せるしかなかった。

 

『――ヴァルキリー、帰投する』

 ジャリアーが雲間まで昇り、そして遠ざかる。

「……効果甚大! 敵軍……退いていきます」

 報告するトウジの上空を、ジャリアーのそれとは打って変わった異形の機影が航過する。巨大な双フロップローターを回転しつつ旋回待機を続けるJV‐22オスプレイが一機。旋回待機とはいえ、長居は許されなかった。鷲津自身、回収地点までの移動を部下に命じたものの、彼自身は未だ空爆の後に残り、還って来ない彼の部下を待ち続けていた。風塵は立ち上り、そして渦巻きつつ、未だ空爆地点から集落に至る広い範囲を閉ざし続けていた。現在、追跡者たちは予想外ともとれる反撃に直面し、潮の退いた様に消えているが、いずれまた戦力を再編して迫って来る可能性がある。自分がガーライルならそれを命じるだろうと、鷲津自身は考えている。


 既に息絶えた敵兵の骸まで、鷲津は歩いた。風塵はやや晴れたが、それに成り替わる様にして、死臭が満ち始めていた。手足と首の歪んだ敵兵の骸。その胸に挿された電話機が点滅しているのを鷲津は見た。衛星通信回線専用の、特別仕様の電話だと鷲津は気付いた。周囲に目を配りつつ、鷲津は電話機を取った。

「ガーライルか?」

『――…………?』

「わからねえか。おまえが殺し損ねた日本人だ」

『――我らは必ずお前達を殺す。何故なら目障りだからだ。ガーライル様の覇業を妨げんとする者は、何者であれ殺す。逃げられはしない』

 女性の声がした。暗く冷たい声だと思った。「逃げるわけがねえだろ。タコ」

「お前らのボスに伝えとけ。四年前、失われた世界でいい男にしてやった感想はどうだ? この鷲津 克己が気にしていたと」

『――貴様……!』

「もう一度、お前のボスのバカ面に弾丸(たま)を撃ち込みに行く。楽しみに待っていろ」


 一方的に回線を切るのと同時に、風塵が退き始めた。集落の方向に向いた鷲津の眼差しが、険しさを増した。その険しさが驚愕に転じるのに数秒も要しなかった。何かを担ぎ、此方に歩み寄って来る気配が、風塵の薄れと共に次第に明確な輪郭を宿していく。それにつれて、鷲津の口元が急角度に歪んだ。会心の笑みであった。三等陸曹 伏見 憲信を背中に担いだ二等陸曹 高良 俊二はその装備の殆どを拭い去っていたが、むしろそれ故に死地より生を拾ったことの凄惨さを無言の内に伝えてくる……


「どうやって爆撃から逃れた」

「擲弾の炸裂跡を見つけましてね。ひと二人入るのにちょうどいい大きさでした。あとは……」

「あとは?」

「爆弾がこっちに落ちてこない様、悪魔に祈ったことぐらいですかね」

「何故悪魔なんだ?」


 共に歩く様、鷲津は俊二に促した。

「悪魔の方が神様よりもこういうところはきっちり仕事するって、何処かで聞いたことがあるんですよ」

「悪魔は願いを聞き届ける代りに、代償を取るそうだ。シュンジ、お前は何を代償にした?」

「ガーライルの命……じゃ駄目ですか? 多少は仕事がし易くなると思うんですが」

「ガーライルの命だけで済むかな」


 そう言い、鷲津は反射的に口を噤む。自分の言葉に不穏な予感を抱いたこともあるが、その一方で、この新人の強運ぶりに新鮮なまでに驚く鷲津がいることも確かであった。強運?……いやいや不死身と言うべきなのだろうか?


「おいシュンジ! 離せ! おれを下ろせ!」

 (ようや)くで意識を取り戻したケンシンが、脚をばたつかせている。鷲津と俊二は煤けた顔を見合わせ、そして同時に苦笑する。低空を過るオスプレイが鷲津たちのことをやや慌て気味に誰何して来る声がイヤホンから漏れる。苦笑交じりの嘆息――インカムを通じ、鷲津がオスプレイに着陸を命じた。オスプレイの異形が三人の頭上を航過し、崖の先へと向かう――僅かな間の平穏の先に、新たな煉獄が待ち構えている。灼熱の煉獄だ。


「……シュンジ、お前のネームを思いついたよ」

「ネーム?」

 俊二の顔からそれまでの精悍さが消えた。そして惚けた少年の様な怪訝へとそれは変わる。何時しか完全に高度を落としたオスプレイが、二人の向かう先に降りてその機体を正対させていた。




以後、(一応)不定期投稿

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新待ってましたーーーーー!
[良い点] 3年ぶりの更新ありがとうございます! 戦況や心情を詳細かつ擬音を用いずに表現される所は、なろうの架空戦記で一番だと思います。 また、自衛隊・政府での対立や架空兵器の登場も非常にバランスが良…
[良い点] 更新キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!! やったぜ(∩´∀`)∩完全勝利UC [一言] もう更新されないかと思ってました。 感謝です<m(__)m>
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