表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/83

第一三章 「邂逅 後編」


 ノドコール国内基準表示時刻1月6日 午後22時14分 ノドコール中部 

 

 塹壕から遥か向こう、しかし深い夜故に目の当たりにできない何処かが烈しく揺れる。振動が地面と塹壕を震わせ、耐えかねた塹壕の内壁が微かに崩れる気配を、ユウシナ‐レミ‐スラータは毛布に包まりながらに感じた。


「…………」

 目を瞑り、躯に巻いた毛布を更に抱きすくめる様にユウシナは俯いた。深い塹壕の底で頭を伏せた積りでもあった。もっとも、一度ニホン軍の空爆が始まった以上、それは無駄な行為であることは知っていた。先日、隣接する塹壕陣地がニホン軍戦闘機のロケット弾攻撃を受け、多数の死傷者が出たのをユウシナは目の当たりにしていたから――


 先日、密雲の微かな切れ目に見出したそのニホン機の機影は小さく、本土に住んでいた頃に行った空軍の航空展覧会で目にした小型戦闘機の機影をユウシナはその目に重ねたものだ。そして現在、闇に染められた空の遥か高く、傲然と響き渡るジェットエンジンの音は、先日に来たそれよりも重々しく、そして力強い……思わず漏らした吐息が冷気に白く染まり、闇に吸い込まれる様に消えるのすら夜でもはっきりと眼で追える。それ位の寒さだが、位置暴露の危険を冒して火を焚く様な無謀さから、少女は無縁であった。


「エフジュウゴイージェイ ストライクイーグル……」

「…………」

 自分の隣、同じく毛布に包まったまま座り込む気配を、ユウシナは改めて見遣る。イスターク‐エゼルが口走ったのが、高空を奔る爆音の主の名であることをユウシナは察し、おそらくはそれは当たっていた。異国の新聞記者たるイスターク‐エゼルはこの戦線で、今現在ユウシナ達が対峙している敵について最も詳しい人間であろう。しかし、こうしてニホン軍の侵攻が始まり、彼女自身も圧倒的な攻勢に直面している今となっては――


「どうすれば勝てるのかしら……わからない」

「ただ勝利への意思のみが、戦場に在る全てを征しうる」

「…………?」

 思わず目を見開いたユウシナに対し、エゼルは俯いたまま独白するかのように言った。

「死んだ婚約者がね、そう言ってた。士官学校でそう習ったんだって」

 手袋を嵌めたエゼルの手が封筒を握っている。野戦郵便用の封筒だ。封は既に切られていた。

「本国が義勇兵を派遣したわ。明日には第一陣がノドコールの港に付くはずよ」

「本国?……レオミラ王国が?」

 ユウシナの問いに、エゼルは頷いた。毛布の上にマフラーと毛皮帽に覆われた浅黒い笑顔が、寒さに引き攣っていた。

「友人の新聞記者が伝えてる。レオミラ王政府はニホンを潜在的な脅威と認識したみたい。義勇兵だけど、実態は手柄が欲しい予備役の軍人と国に居場所の無い下層労働者階層(シュドラ)たちよ」

「…………」

 歓喜ではなく、むしろ驚嘆をユウシナは覚えた。その後には困惑が訪れた。

「でも……数だけ揃えたところで、どうにかなる相手なのかしら。ニホン人は」

「そこはあなた達の粘りとギルボ‐アイブリオスの外交手腕に拠るのかもね」


 爆弾は、未だに戦線に何処かに落ち続けていた。着弾の衝撃と寒風に乗って誰かの声が聞こえる。それまで暖を取っていた火を消せという声、退避し得る何処かを捜し回る、余裕の無い慌ただしい声だ。特に寒さに堪えられず、不用意に外で火を焚くのは、戦線に来てから日の浅い、戦闘すら未経験の義勇兵に多い傾向だった。それまでの未開人狩りの感覚で、戦闘というより冒険を求めてノドコールに赴いた人々。しかし勇躍冒険の場に辿り着いた彼らを待っていたのは、まるで寡勢を以て悪魔の大軍勢に対するかのような、絶望的な戦場の現実であったというわけだ。まるでキャンプでもしに来たかのような出で立ちでやってきたユウシナと同年代の若者が、凄惨な死傷者の集まりを目の当たりにして、「話が違う!」と指揮官に食ってかかって来たのは、彼女にとっては未だに失笑と共に回想し得る記憶であった。



「……アリファは、奪回できるのかしら」

「そういえば……」

 言い掛けて、ユウシナは口を噤む。空爆と期を同じくして始まった、アリファ飛行場を巡る彼我の戦闘、飛行場近傍に降着したニホン軍の「降下猟兵」を釘付けにし、消耗させ包囲殲滅するのだと司令部付きの幹部が言っていたのをユウシナは覚えていた。この塹壕からも少なからぬ数の男達が志願、あるいは抜擢という形で向こうに異動して行ったが、未だに一人として塹壕への帰還を果たしてはいない。単に戦闘が終わっていないだけだと、ユウシナは思いたかった。


「タカラ‐シュンジ……」

「…………!?」

 エゼルが呟いた名前に、ユウシナは反射的に伏せていた顔を上げた。

「貴方と貴方のお従姉(ねえ)さんが戦場で逢ったっていう伝説のニホン兵も、この戦線の何処かにいるのかもね」

「…………」

 思わず、ユウシナは首に提げたニホン軍の徽章を握り締めた。金属製の徽章は少女の胸に抱かれ、すでに十分な暖かさを宿していた。

「シュンジ……」

 ユウシナもまた思う。タカラ‐シュンジはいま、何処にいるのだろう……と。

 遠方――爆弾の弾着を縫うように車列の進む響きが、閑とした夜をざわめかせ始めていた。





 無灯火のトラックが五台、視界の先を横切っていくのが見えた。夜にも関わらず肉眼で、それは見えた。

 トラックの何れも荷台に幌を被せてはいたが、車内で犇めく民兵の息吹を十分に感じられるほどに彼らの気配が感じられた。運転席上に設けられた銃座の重機関銃、その銃口に天を睨ませたまま、銃座に詰めて夜道を注視するローリダ民兵が暗視装置を被っているのは、それを闇に馴れさせた肉眼で察した俊二にはちょっとした驚きであった。恐らくはその兵士が車列の移動に関して指示を出しているのであろう。ただし車の移動速度から、彼らは夜間の移動に慣れていない様に見え、暗視装置自体の精度も、それ程良好な様にも見えなかった。そもそも無灯火であるということ自体が、航空自衛隊の捜索と追尾を逃れうる完全な保証になるとは言い難かった。


 『先行する』

 それだけを囁き、「ハットリくん」が俊二の肩を軽く叩いて駆け出した。降着と浸透以来、それまで俊二の後方に在って身を潜めていた筈が、今では疾風の如き素早さで先行に移っている。その身のこなしが驚嘆を通り越して非人間的にすら思え、次には畏敬の念すら俊二に惹起させてしまう。かと言って驚嘆に身を任せているだけでは、闇に溶け込もうとしている相棒(バディ)の背中を見失ってしまう――


 それまで使用を控えていた暗視装置を下ろし、俊二は駆け出した。視界全体を緑一色に染められた平原、もはや文明はおろか生命の存在すら感じられなくなった広大な山地系を、ふたつの孤影が奔る。先刻に降下を終えたD分隊はこの広範な戦場に散逸した形だが、それも予定の行動だ。車列の移動もそうだが、この辺り一帯のキズラサ国軍の戦力は此処より西方、現在友軍 陸上自衛隊第一空挺団の奪回したベース‐ソロモンに集中されている。再奪回を企図したものと言うより、平和維持軍による奪回作戦の威勢を借り、圧力を加えて来た現地人独立勢力への防勢という性格が兵力の移動には強かった。従って、再奪回に投入する予備兵力の集結地には間隙が生まれ、俊二たちはその間隙を縫うように浸透を続けている。



 得物の消音器付き89式カービンライフル――それもM320擲弾発射機装着の――を翻す様に後背に構えつつ、俊二は前進を続けた。中~近距離用の銃を使っているのは、今次の任務に当たり閉所での戦闘も想定しているためだ。言い換えれば、俊二たちの()るべき目標は閉所に在る。


 閉所とは、洞窟であった。元来現地人独立派が抵抗時の拠点としても使っていた場所で、それ故に現地協力者を通じ内部に関する情報を得られるのは容易い。その容易い場所から、断続的に携帯電話の交信が続いている。D分隊は三方向より同時に洞窟に突入し、そして目標(ターゲット)の「処理」を実施する。


『前方、車両1及び随伴歩兵』

「――――ッ!」

 暗視装置の高性能と、何よりも俊二と「ハットリくん」の戦場勘が双方の死命を決した。丘陵の死角にふたりはほぼ同時に身を潜め、警戒部隊の行き過ぎるのを待つ積りであった。一台の武装したトラックに、それを取り囲むようにして歩く一個分隊程の武装兵。彼らの服装の所々が眩く光っている様に見えるのは、迂闊に光の使えない戦闘地域の夜に在って、相互の位置を把握するための目印なのであろう。服か装備に夜光塗料を塗っているのだと、特に俊二は察した。二人の予測――あるいは希望――に反し、警戒部隊はその場からは動かない。


『――「フッケバイン」を呼び出せ。爆撃で排除する』

「了解……!」

 地上こそローリダ人の支配下にあるが、ここの上空は今となっては友軍 PKF航空自衛隊の占有する空間となっている。言い換えれば今現在のベース‐ソロモン及びその近傍の空域では空自の攻撃機が犇めき、察知し得る限りの物体に爆弾やミサイルを叩き込んでいる筈であった。空爆は単に攻撃の必要があるという他に、それが連続することで敵の陸上への警戒を逸らし、俊二たち特殊作戦群の浸透を支援するという意味合いがある。さらにその他の真意として――


「フッケバイン」――それら攻撃機の他、ひと際高高度を飛ぶ、その翼下と胴体に計20発の500ポンド統合直接攻撃弾(JDAM)を抱え込んだ海上自衛隊P‐1哨戒機――は、その滞空性能を生かして作戦地域上空で旋回待機し、Dチームに航空支援を提供する「特殊任務」を担っている……


『木を隠すなら森の中というやつだ。この爆撃の規模だ。喩え今ここに爆弾が落ちたところで、洞窟の敵さんは偶然としか思うまい』

「…………」


 了解と答える代りに失笑気味の笑みで応じ、俊二は伏せながらに89式カービンライフルの銃口を警備部隊に向けた。後背部に装着した特殊作戦用広域多目的通信機(エス‐コータム)に繋いだ有線リモコンのノブを回し、周波数を「フッケバイン」に合わせる……


「デルタ7よりフッケバインへ。認証コード1976AF。障害物の撤去を要請。此方の指示通りにやってくれ」

『――認証コード承認。デルタ7、フッケバイン攻撃準備クリア』

目標照射(フラッシュ)

 カービンライフルに装着したレーザー誘導装置を起動させ、俊二は車に向けた。可視光ではない。だが、暗視装置の視界の中では、照射される光線の向かう先はおろか、その太さまではっきりと眼で追うことが出来た。レーザーの終端が武骨な外観のトラックと重なり――


『――フッケバイン、目標視認(ターゲットインサイト)攻撃いま(アタック・ナウ)。投下、投下、投下』

 カウントダウンが続き、それがゼロに達した次には地震とも思えるほどの振動と烈風の如き衝撃波が重なる。身を伏せて頭を下げ、二人は至近の破壊に暫し耐えた。絶えた後に生じた虚無と硝煙の世界を、身を起こし再び奔る。


『――デルタ5より各員へ、「タケトンボ」を飛ばした。目標潜伏地点(TIP)上空到達まであと一分』


 デルタ5……トウジのことだと俊二は察する。そのトウジが操作を担う折り畳み式の小型無人航空機(UAV)――通称「タケトンボ」――を実戦で使うのは、俊二の記憶が確かならば今次の任務が初めての筈である。複合材の骨組みと合成繊維張りの翼から成る、外見だけならばゴム動力の模型飛行機と変わらない「タケトンボ」――だが、Li蓄電池を動力源とするそいつは小型の下方監視赤外線装置(DLIR)を搭載し、最大三時間の滞空時間を有する。ただし、飛ばすのに多少のコツが必要で、モーター起動後、紙飛行機を飛ばす要領で機体を投げ上げなければならないのだが、紙飛行機と言い切るには済まない大きさ故か、タイミングが合わないと機体をそのまま地面に叩きつけてしまう……



『――タケトンボの位置を把握する。俊二クンは周辺を警戒お願いよ』

「俊二……クン?」

 言うが早いが、「ハットリくん」は擬装用も兼ねたブランケットを頭から被り、その場に座り込んだ。広域多目的無線機の、情報表示端末の光を外部に漏らさないための対処であることはすぐにわかった。尤も、戦場におけるサバイバル技術の一つに、ライトを使い夜間で地図を判読するために同じような処置を学ぶから、「ハットリくん」の行為はある意味応用とも言える。


『――タケトンボ、目標潜伏地点上空に到達』

『――見える。洞窟の入口に障害物。機関砲装備の装甲車三両。あと兵隊が一個小隊ほど……RPG装備が四名。重機関銃に対戦車砲もある。これらもベース‐ソロモンに振り分けりゃお味方も多少は楽になるだろうにな』

「臆病なんですね。ザルキスってやつは」

『――用心深い、と言うべきネ』

「…………」

 周囲に向かい89式カービンを廻らせつつ、俊二は恐らくは「タケトンボ」から見えているであろう「視界」を想像する。「タケトンボ」の機載カメラには暗視機能は勿論動体追尾機能も付いていて、視界内に入る人物及び車両を最大10捕捉追尾できる筈である。「タケトンボ」の視界内はその矩形の動体捕捉カーソルで埋まってしまっているかもしれない。


『――携帯地対空誘導弾は無いか?』 鷲津の声だ。

『――今捜してます……洞窟の上に射手一名。もう一名銃手、護衛と思われる。周辺に更なる人影無し』

『――鷲津、目視で確認したタイドオンヴィジュアル

『――――!』


 端末を覗いている「ハットリくん」が絶句するのを俊二は気配として感じた。デルタ1、2、5――鷲津二尉、ヤクロー、トウジらはもう先を行っている!?

『――二名制圧』

 銃声も無ければ敵兵の断末魔の呻きすら聞こえない。だが、先行した鷲津隊長が気配すら晒さずに厄介な敵兵をふたり、それもほぼ同時に制圧したという事実だけが時間にして僅か三秒の内に生じた。隠密殺害の手法として、そういう方法はあるにはあるが、ここまで鮮やかにやってのけるとは……


『――ヤクロー、例の件、できるか?』

『――地形的にも入口の構造的にも問題ありません。10分くだされば実行可能です』

『――7分でやれ。お前ら聞いたな。計画に変更無しだ』

『――やれやれ、でも良かった……C4と雷管がデッドウェイトにならずに済んで』

『――こちらデルタ4、配置に付いた』

『――デルタ6。配置よし』

 拠点の近傍に潜み、対物ライフルのスコープを覗くデルタ4――ブレイドの姿を俊二は想像した。そして彼の傍らに在ってスポッターを務めるデルタ6――ケンシンの姿もまた……彼が狙いを付ける監視地点も兼ねた射点から洞窟の入口まで、最低1キロメートルは離れている筈である……俊二と「ハットリくん」、それまで二人が駆けていたなだらかな稜線が、底すら見えぬ断崖で終わる。手早く登攀用のロープを垂らし、それに身を委ねて断崖から背中を乗り出したところで、俊二と「ハットリくん」は、互いを一瞥し同じ表情をした。



『――デルタ4、突入準備よし』

「――デルタ7よし!」


 力を込めて名を語るところで、意思は通じる筈であった。その先にデルタ1――鷲津二尉の会心の笑みを共通回線越しに俊二は聞いた。

『――よし始めるぞ。デルタカウントダウン……10、9……7……』

 作戦実施に通じるカウントダウンが始まる。その間、俊二とハットリくんは生ける静謐となって断崖を滑る様に降り続けた。

『――5、4……2、1……ゼロ!』

「――――ッ!」

 俊二は身を翻し、滑る躯の上下を逆転させた。足でロープを挟んで減速し、電光石火の如く引き抜いたUSP自動拳銃が五度、消音器越しに底に向かい咆哮する。断崖の麓に詰めていた民兵が、頭上からの不遜な刺客の訪問に気付いた時には全てが終わる。俊二とハットリくんは共に頭から滑り降りつつ、相互の後背をカヴァーする様に消音装置付きのUSPを撃つ。結果としてその場に居合わせた全てのローリダ人が、侵入者にその兵士としての本分を強奪された。一発で脳天あるいは心臓を撃ち抜かれる者、急所を撃たれて倒れ込み、あるいは武器を弾かれた者に向けられる駄目押しの一撃――


「た……たすけて……っ!」

 血の泥濘を這うローリダ人、瀕死でありながら、なお零れ落とした銃を拾わんとするローリダ人への止めの一発……まだ生の気配のある敵影にUSPを向け、戦闘と言うより剪定作業の様にそれを続けつつ俊二は歩く。その意識は彼の進むべき道に向いていた。


『――シュンジ、先行しろ』

「デルタ7復唱(コピー)、先行します!」


 89式カービンに得物を持ち替え、俊二は走り出す。洞窟を利用した通路の突き当り、その向こうは明るくそして騒がしい。入口への襲撃が始まったのだと察する。ブレイドの撃つ対物ライフルによる、容赦ない長距離狙撃の嵐だ。同じく、隊長とトウジもまた、工作中のヤクローを援護しつつ、優位な位置から外の敵兵を攻撃している筈である。薄暗い岩の回廊を、暗視装置の優位と鍛え抜いた射撃術を活用し遭遇した敵兵を撃ち倒す。迎え撃つ側からすれば、この回廊の暗さでは侵入者の察知とその対処の間に少なからぬ時差が生じる。銃口を翻す速さと消音器に抑制された射撃音もまた、敵たるローリダ人をして侵入者の迎撃に齟齬を生じさせていた。掃討を続けつつ達した更なる突き当り、その先の通路は更に広く、より多い人間の気配が感じられた。


閃光手榴弾(スタングレネード)!」


 低く叫び、装具より引き抜いた閃光手榴弾を突き当りに向かって放る。岩壁に当たって跳ね、突き当りの先に落ちる円筒形の破滅――居合わせた誰もが唐突の烈しい炸裂に耳目を奪われ、その後には混乱が訪れる。その混乱の中で撃たれ、そして斃れる民兵。その屍を越える様に、二人は早足でさらに奥へ進んだ。事前に設定した制圧目標たる主回廊に達し、二人はそこで本格的な抵抗に遭遇する。ただし当の敵からしても、入口より正面突破を図らんとする敵の「遊撃部隊」を迎え撃とうと主回廊を進む途上、その側面を衝かれた形となっている。


『――デルタ2より各員へ、点火まで一分切った』

『――装填っ!』

『――装甲車一両撃破!』

 同僚の交信を聞きつつ、俊二は擲弾を撃った。主回廊に通じる交通路の内壁で炸裂したそれは怒涛の如き内壁の落盤を生じ、その場に居合わせた敵兵を押し流す様にして潰す。

「装填!」

 次弾を装填し、俊二は再び撃った。着弾の衝撃に天井のみならず地面の岩盤までが揺れる。自分も巻き添えになって死ぬとは不思議と思わなかった。銃声、炸裂音、怒声、悲鳴――戦場特有の物騒な喧騒に、冷静なまでのカウントダウンの始まりが重なるまであっという間であった。


『――10……8……7、6、5……』

『――デルタ7、援護する!』

「装填!」

 ハットリくんの射撃が迫りくる敵兵を薙ぐ。擲弾の破裂が衝撃とともに硝煙の饐えた臭い、そして裂けた肉と血の臭いを運んでくる。


『――3、2、1!……爆破!』

 頭上――戦闘によるものを遥かに超えた衝撃に大地が揺れる。俊二は不意に背後から引き摺られ、そのまま元来た途に叩きつけられた。天井が落ちる音、岩盤が砕ける音が同時にした。聞くだけで生命を削られるかの様な、凄まじい轟音の奔流、そのような印象を俊二は受けつつ身を伏せ続ける。


『――やってくれたな!』

 俊二を庇い、彼自身岩陰に伏せたハットリくんの声が、喝采を叫んでいるようにも聞こえる。同僚の言葉に我が耳を疑うことは、このチームに入って既に止めた積りであった。入口上部より大量のC4爆薬を埋設する。同時に入口正面より攻勢をかけ、洞窟内の敵兵力が迎撃のため入口近傍に集中したところで爆破し、天井の岩盤を崩す……語るだけならば容易だが、実行にあたり数度空自機による洞窟上部への空爆を繰り返し、稜線と岩盤をある程度「上から削った」末に可能となった破壊工作でもある。「ニホン人の執拗な空爆」に耐えたという洞窟の「実績」は、中に籠るザルキスらを実のところ慢心させてもいたのだった。



 目標たるザルキスの退路を断つのは勿論、ザルキスを守る戦力の掃滅を図った作戦と工作の結果、司令部内の守備兵の大半が岩盤の下敷きとなり、入口そのものも塞がれた。同時に――ザルキスにとっても彼を守る援軍が来る見込みすら無くなった――そして、鷲津らが俊二たちと合流する途もまた、爆破と同時に啓いた。


 爆破の衝撃により崩れた岩盤の一角、頭上、星明りが漏れて破壊に満ちた底を照らし出している。速やかに下ろされたロープから天人の降臨宜しく滑り降りてくる鷲津たちを、俊二は周囲を警戒しつつ見守った。

「酷え面だな。観閲式には出せねえ」

 俊二を一瞥し、鷲津はニヤリと笑う。それを俊二は、涼しい無表情でやり過ごす。今の自分の顔は、粉塵と硝煙で酷いことになっているのだろう……などと俊二は想像する。二手に別れて前進を鷲津は手信号で命じた。もっとも、命じなくても前進するにつれて自然とそうなってしまっていた。


「じゃあ、ザルキスに会いに行くとするか」

「というか、生きてるんですかね」とケンシン。

「生きてるよ。電波を発信してる」広域多目的通信機用端末を睨みつつトウジが言った。

「あの交差の右だ。こいつは携帯の通信帯ですね。本土との最後のお別れってやつですか」

「単に引き継ぎの話をしてるだけだと思うよ。後任が決まってるんだろ」

「……で、またそいつを殺しに行け、と?」

「…………」

 隊の最後尾にあって警戒を続けつつ、俊二は内心で戸惑った。あれ程の破壊にも関わらず、携帯電話用の電波中継基地が生きているということだろうか? 途上、生き残りの敵兵の抵抗を淡々と排除しつつ、前進は続いた。淡々とそれらを実施し得るほど彼我の戦闘技量は開いているというわけであった。一枚の扉の前で前進が止まる。建て付けの悪さ故か、隙間から淡い明りが洩れていた。「此処だ」という手信号をトウジが示した。

「…………」

 爆破によるドアブリーチングを、鷲津は手信号で命じた。

 




「…………!」

 生きているローリダ人が、彼自身を含めこの部屋にいる五人以外に誰一人いなくなったことを、北方軍司令官ロイデル‐アル‐ザルキスが悟った時、脂汗が滝のように顔面に滲み始めるのを彼は覚えた。その後には後悔と怒りがこみ上げて来た――司令部にこの洞窟を選んだことへの後悔、刺客の侵入を許した幾下の兵士の不甲斐無さを責める怒りだ。刺客は何処からともなく現れ、更には岩盤を爆破して拠点ごと守備兵を潰すという想定外の「蛮行」までやらかした。そこに自身を追う執念の様なものを見、ザルキスの様な武断的な男ですら恐怖した。


「ニホン人め……!」

 後悔と怒りの矛先を向けられたのは、この場にいる四人の腹心兼護衛よりも、むしろ始めからノドコールにすらいなかった本土の支援者たちの方であった。こんな筈では無かった。今回の敗北は自分一人の責任では無い。本国の支援がもっと充実していたら、さらに遡って本国政府の支援がもっと断固としたものであったなら、本国が寄せ集めの民兵では無く、より訓練も隊要も充実した正規軍兵士を民間人に偽装して送り出してくれていたら、自分はより存分に用兵家としての手腕を振い、祖国に報いることが出来たであろうに!――「ニホン人はとんでもない電話を創った。生々しくもこうして死に行く者の呪詛を聞かされる様な羽目になるとは……」という、携帯電話を以てザルキスの断末魔に接した支援者たちの辟易を他所に、ザルキスは最後には言い放ったものであった。


「願わくば我に再戦の機会を与えよ。我をして武人の本分を全うせしめよ。政府をしてニホンに打診せしめ、一時の停戦を実施して頂きたい!」

 「再戦の機会」だの「武人の本分」だのとは修辞の妙と言うもので、実態としては単なる助命の嘆願であること位、それを聞けば小学生でもわかる。乱れ撃ち同然に掛けられた電話に応じた支援者たちは、一人の例外なくそれを悟ったが故に――あるいは、ザルキスの要請があまりに非現実的なることに――幻滅し、多くが通話を一方的に打ち切った。やるべきことを失ったその後には虚無と、より増幅された恐怖が襲ってきた。


「…………!」

 表記し難い悲鳴を上げ、怒りと怯えに満ちた眼光が一枚しかないドアを睨む。ドア一枚を隔てた至近にまで迫る死神の足音をザルキスは聞く。死神だけならばまだいい。それがニホン人の姿をしているという事実が、このローリダ人には納得が出来なかった。傍らに置いた軽機関銃に怒った眼が向く。七十発入り円筒形弾倉を繋いだ分隊支援用の機関銃。ドアはおろか内壁を形成する土壁を容易に貫くほどの威力はある。

「司令官閣下……!?」

 震える手で短機関銃を構えた部下が、怯えた声を投げ掛ける。この場における自身の役割が、玉砕戦を運命づけられた指揮官であることがザルキスをして機関銃を構え、恐怖というより武人としての矜持が彼に引鉄を轢かせた。部下もそれに倣った。至近距離から投げ掛けられた大小の弾幕がドアを破り、土壁を削り、そして穿つ――

「え――?」

 発火――大きな音と共に土壁が弾けた。ただし扉一枚無い側面の土壁。穴のあく筈の無い場所に穴が開き、そして銃撃が注がれる。不測の落雷にも似たその後には、両脚を撃ち抜かれ取落した得物を弾かれたザルキスと、他四名の骸が残された。土壁を破って踏み入り、突入をたった独りで為した異形の人影――死神だと、もはや動けなくなったザルキスは恐怖した。


「…………!」

 自らの流した血の泥濘に、立ち上がることの叶わぬ躯を汚しつつ、ザルキスは弾痕に塗れた扉を見遣った。もっとも、扉はそれが闖入者に蹴破られた瞬間に外れて落ちた。扉を蹴破った四眼の異形の人影、彼を先頭に滑る様に部屋に入り込んで来る死神が複数、ザルキスに向けて構えられたまま微動だにしない銃口が、自身の首筋に突き付けられた死神の大鎌の刃であるようにザルキスには見えた。そして死神は、破壊した壁を乗り越えて素早く踏み入り、ザルキスは死神の群に取り囲まれた。


「クリア!」

 ザルキスという男に向けた89式カービンライフルの銃口を微動だにさせず、俊二は鷲津二尉のコールを聞いた。内壁に埋め込んだ対物ライフル用の12.7㎜炸裂弾と、壁に貼り付けた電子点火式の突入用爆薬(ブリーチングチャージ)、その組み合わせが隣室からの内壁の破壊と突入という荒業を可能にした。正面からの突入準備は、言わばザルキス達の注意を側面から逸らす「囮」であった。隣室からの突入と同時に、先頭を切った俊二がザルキスという敵の袖主を視認するのは容易かった。突入と同時に、目標の殺害では無く目標を動けなくすること、抵抗を不可能にすることを俊二は瞬間的に判断した。


「頭を狙うべきでしたか?」

「いや、ナイス判断だシュンジ。こいつには言いたいこと聞きたいことやりたいことが山ほどあるからな。地獄に送る前に」

 応じる鷲津は、得物をUSP自動拳銃に持ち替えている。

「殺せ!……お前等蛮族と話す口は持たぬ!」

 言うが早いが鷲津のUSPが咆哮した。弾丸がザルキスの耳を掠め、耳朶を引き千切る。激痛に顔を歪めてのた打ち回るザルキスに容赦ない言葉が注がれる。

「もう片方の耳は残しておいてやる。それで話を聞け。最初の質問だ。ベース‐ソロモンの虐殺はお前が指揮をしたのか?」

「地獄に堕ちろ!……異教徒め!」

 もう一発――千切れた片耳を押さえていた血塗れの手が撃たれ、指が弾け飛んだ――音程の外れた悲鳴が上がる。

「ローリダじゃ質問者に対する罵倒がイエスということらしいな。次の質問だ。虐殺はお前一人の独断か?」

「その質問に……何の意味がある!?」

「共犯がいれば、お前は地獄で寂しい思いをせずに済むぜ?」

「殺せるものなら殺してみろ。蛮族風情がのこのこ乗り込んだところで、我らが首都では返り討ちにあうのが関の山だぞ」

「そうか……お前の国でも偉い人間が関わってるってことか」

「……おれの同志はノドコールだけでは無く祖国や他の植民地にもたくさんいる。政府がやらなければ、同志が仇を取る!……三年前、お前たちの愚かな首班が死んだときのように!……ニホン人が安寧の下で生きる日は永遠に来ぬ……!」

 一発!――弾丸は鷲津に眼を剥いたザルキスの眉間を寸分違わず貫いた。



「ほざけ阿呆」

 かつてノドコール共和国軍の方面軍司令官であった男の(むくろ)を見下ろし、鷲津は吐き捨てた。部下にザルキスの死体の撮影、破却を免れた文書及び記録装置の押収、拠点の破壊準備を命じる。今後の「外交」のために、自分たちがローリダの首領を殺害したという「事実」、自分たちが此処にいたという「事実」は抹消せねばならなかった。その完遂とD分隊の現場からの離脱を以て、ロイデル‐アル‐ザルキスの死はノドコール独立軍の「戦果」となる。




「…………?」

 着信音を俊二と鷲津は聞いた。「後始末」のために部屋を出ようとした隊員が足を止めた。無論、携帯電話の着信音であった。突入の直前までザルキスが何者かと話し込んでいた携帯電話だ。それが、持主が死んだ今でも動き続けていることに、感銘ではなくむしろ不気味さを誰もが感じた。「罠か!」と緊張した者も当然いた。居合わせた男達の動揺を他所に着信音は鳴り続け、そのまま暫く時が過ぎる……


「……手の込んだ罠を張る様なタマには見えなかったがな」

 言いつつ、大胆にも電話機に手を伸ばしたのは鷲津であった。ひょっとすれば、重要な情報が掴めるかもしれない。僅かな間応答しただけでも、その通話先を割り出せば新たな道が開けるかもしれない……と俊二は鷲津を見守りつつ考えた。今となっては低文明地域でも広く普及を始めているプリペイド式の輸出用軽量携帯電話機、基本は通話機能のみで、メール機能も有するが使用には別途で契約せねばならない。日本では小学生すら見向きもしない、ただ使い易く頑丈なだけが取り柄の「旧型機」……鷲津はスピーカー設定をオンにし、通話ボタンを押した。



「セールスならお断りだ」

『――ザルキスは死んだか?』生の声では無い、機械の様なくぐもった声がスピーカーより聞こえる。加工された声だと誰の耳にもわかる……あるいは、近来普及を始めた人工知能(AI)管制の同時通訳システムが機能しているのかもしれない……であれば、声質から相手の正体を量るのは不可能とは言わぬまでも困難を極めるだろう。

「ああ、俺たちが殺った。ベース‐ソロモンに飽き足らず、もっと日本人を殺したかったそうだ」

『……それは私の趣味ではないな』

「本当か? あんたの国じゃあ日本人を殺した数に応じて出世できると聞くぞ。去年見た映画でローリダの悪いやつがそう言ってた」

『……「海神の雷」だな。あれは私も見た。戦闘シーンは素晴らしかったが、我らローリダ人に対する偏見に満ち満ちている。あのような非文明的なことはローリダ人はしない。あと、主人公の恋人が煩わしい。出しゃばり過ぎだ』

「恋人の(くだり)だけは同感だぜ」

「…………」

 鷲津が微笑っている。俊二は唖然とし、傍らにいたトウジとケンシンがやはり同じ顔で互いを見合わせた。


「…………?」

「驚いたな。ローリダでも日本の映画を上演()るのか?」

「しかもあのクソ映画だ」


 ブレイドが苦笑交じりに毒付いた。先年、海上自衛隊全面協力と監修の下で製作され、上映された戦争映画たる「海神の雷」。海上自衛隊特殊部隊が、日本壊滅を目論むローリダ人のテロリストと世界中を又に駆けて戦うという、ストーリー的には単調な勧善懲悪ものなのだが、海自単体の宣伝効果を強調し過ぎるあまり、陸空自といった他隊を蔑ろにしている観が、陸上自衛官としてのD分隊の面々にとっては鼻に付く……もっとも、海上自衛隊の他隊(他軍?)を一段下に見る傾向は、今に始まったことではないのではあるが。


『――問おう。お前達がニホンの特殊部隊(トクシュブタイ)か?』

「想像に任せる」

「本題か」と俊二は呟いた。

『――お前達とは敵対する立場にあるが、万難を排して敵中に踏み入り、ザルキスを取った勇気に敬意を表そう』

「屈辱じゃないのか? おれ達の様な蛮族にこうしていい様にされて」

『――高等文明の担い手であるからこそ、双無き勇気と献身には敬意を表するのだ。お前達はこの世界でも最高の訓練を受け、国家に対する比類なき忠誠心を持ち、様々な戦場を戦い抜いた精鋭と聞いている。だからこそこの場で聞いて欲しい話がある』

「ヘッドハンティングか? 悪いがお断りだ。ウチは給料こそ安いがそんなに酷い職場環境って訳でも無いんでね」

『――世界平和のために、お前達に殺して欲しい人間がいる』

「他を当たれ。高くつくぞ」

『――ミステルス‐ル‐ヴァン‐ガーライル。殺して欲しい人間の名前だ』

「…………!」



 鷲津の表情から、余裕が消えたと俊二は思った。

「そいつがあんたに何をした? 借金でも踏み倒されたか?」

『――時間にして二日前、我が共和国の重要施設が破壊された。完膚なきまでに』

「重要施設……核兵器製造工場のことか?」

『――想像に任せる』

「あれは事故じゃなかったのか?」

『――であればまだ救いがあったのだが、遺憾ながら真実は違う』

「何……だと?」

『破滅の直前、何者かによって工場に保管されていた神の火……お前達の言うところの核兵器だ。それが不法に持出された。持出された神の火の数も行方も未だに不明だ。そしてほぼ同時刻、我が国本土近傍の海域を、植民地に向け航行中の海軍輸送艦が何者かの襲撃を受け、やはり運搬中の神の火が強奪された』

「……ガーライルがやったのか?」

『――そうだ』

「それで何をやらかそうとしている? ガーライルの目的は?」


 話す者……否、話す余裕を持つ者はこの場にはもう誰もいなくなった。


『――混沌だ。この世界に混沌をもたらそうとしている』

「混沌で済む話か! 間抜け!」

『――判るのだな。神の火が世界に撒かれることの意味が。ならば話は早い。我が共和国にはガーライルが為したことの意味が判る者は、政府中枢にも一人としていなかった』

「止められなかったのか?……やつを」

『――我が国の政軍官、そして財界には彼の支持者が少なからずいる。それ故に彼は力を蓄え、やがては我が共和国の命運すら脅かす程の力を得るに至った。今次のノドコールにおける戦乱も、元はと言えばガーライルの暗躍によるものだ。アリファ飛行場におけるニホン人虐殺も……』

「やつがやらせたのか?」

『――虐殺を実行したのはノドコール共和国軍に偽装したガーライルの私兵であり、ザルキスもその一党だ。我が共和国政府が事を察知したのは現地からの事後報告でしかない』

「察知していれば止めていたか? 嘘を付け!」応じる鷲津の声が苛立っている。

『――そう思われても仕方が無い間柄であることは、遺憾ながら認める』

「…………」


 暫しの静寂――鷲津の沈黙を要望への是と解釈したのか、通話主は再び話し始めた。

『――健闘を祈る。このケイタイは持っておけ。必要に応じて私を呼び出すがいい。ガーライルは我が共和国にとっても、お前達ニホンにとっても生きた災厄。やつを止めなければ世界は闇に堕ちよう。遺憾ながらガーライルはもはや我が共和国の手の届かぬ処にいる。この点に関しては私も微力ながらお前達に協力する』

「協力?……だと?」

『――情報を提供する。我が共和国政府中枢及び国防軍の動静、それらの中で蠢くガーライルの細胞の動静……私が知り得る限りの全てをお前たちに伝えよう。可能ならばお前たちの行動に関し便宜も図る。それらをどう生かすかはお前達の自由だ。だが私がお前たち以外のニホン人と交渉を持つことは無い。この意味はわかるな?』

「わからん。おれ達は生憎戦闘以外の専門家じゃないからな」

『――お前達をサムライと見込んで、お前達をのみ信用することにしたのだ。サムライにとって、信義を違えることは最も不名誉な行為であり、他者の信用を失ったサムライは、死を以て不名誉を償うと私は聞いている。その意味ではお前達と通じ、祖国を裏切った私もいずれは死なねばならぬ』

「おれは死なねえし部下も死なせねえ。あんたが勝手に死ね。だがな、ガーライルはおれが今度こそ殺る。そのために必要な情報全てを提供しろ。しないというのなら、おれが直接アダロネスに乗り込んであんたを殺す」

『――驚きだな。その口振りだとお前もガーライルを前から知っているようだ。私自身、彼を殺す機会は過去に幾つもあった。だが……』

「…………」


 鷲津と回線の向こうの「誰か」――ふたりの意識は共にガーライルと交差した過去へと暫し遡っている様に俊二には見えた。再び静寂が生まれ、今度は鷲津が先に口を開いた。


「感傷に浸っている場合じゃないな。先ずは動かないと」

『――そうだ。お前達がまず為すべきは速やかに此処から立ち去ることだ。重要なことを教えよう。此処より南東、ノドコール共和国軍の一部が飛行場からの後退を始めている。ザルキスとの連絡が途絶えたことに浮足立っているのだ。間もなくザルキスの死を知り、此処に押し寄せて来よう。北の兵力配置は薄い。北へ逃れるのがいいと思う』


 的確な判断だ。と俊二は感じ、同じくそう感じた者は俊二の他にもいた。事前の作戦計画では、任務完遂後に司令部の北方に移動し、そこの山間部に設定した着陸地点で「回収」を要請するのも選択肢のひとつであったから――


「最後に聞いておく。あんたは誰だ?」

『――母なる共和国の未来を憂うる者。あるいはかつてのお前達の首班の死に、責任のある者』

 通話が切れた。同時に鷲津の表情に生気が戻るのが俊二には判った。「ガーライル」という名が出て以来、それまでの鷲津の表情は人形の様な土色であった。


「追撃を振り切れってことか。お前ら、聞いたな」

 隊員の沈黙――それは了解の意思表示であった。

「……で、信用するんですか? そいつを」ヤクローの言葉には、隠し様の無い危惧が満ちている。

携帯電話を翳し、鷲津は言った。

「まずは帰って、こいつの正体と言ってることの真偽を確かめないとな。そのためにはこの忌々しい場所から出ることだ。つまるところはな……」

一瞬口を噤み、鷲津は忌々しげに言った。

「……おれ達は此処まで呼び出されたってわけだ。この電話の向こうにいる見ず知らずのローリダ人に」


 思わず、ヤクローが声を上げた。

「呼び出すにしても、同胞を敵に売ってまでやることですか? 詐術(ペテン)と言いきるには、あまりにもヤバ過ぎる。そのローリダ人、少々どころじゃなく頭がイカれていやしませんか?」

「それだけ危機感を持っているってことだろ。ガーライルが野放しにされていることに」

「それで隊長、ガーライルってのは?」

「話せば長い。端的に言えばさながらこの世界に舞い降りた魔王さ。核カードまで手に入れたというから、魔王どころじゃあないか」

「核拡散ですか。まるで特殊空挺部隊(SAS)やネイビーシールズが出張る様な案件ですね。極東の島国のいち特殊部隊が関わっていい話じゃない」

 トウジが言った。語尾が笑っているのは、壮大な任務の可能性を前にした興奮によるものかもしれない。

「謙遜はよせ。海自のボンクラ部隊にはもっと任せられんからなあ。このヤマを片付けるのはこの世界広しと雖もおれ達しかいねえよ……いねえんだ」

 自らに言い聞かせる様に、ヤクローが言った。



「ガーライル!……もう一発あの面に()ち込んでおくべきだったぜ」

「ガーライル……」


 ガーライル――初めて鷲津二尉と赴いたあの波乱含みの任務の時も、彼はその名を口走っていたっけ――俊二は鷲津二尉を見返すようにした。俊二の視線に気付き、鷲津はその口元を皮肉っぽく歪める。


「特戦の初任務でコレじゃあ……お前さんもつくづく運が無えなあ」

「もう、諦めてますから」


 そうだ。もう諦めているんだ――俊二は確信している。これから自身の進む道に、一時の安寧など無いということに。




「Into The Bush 前編」につづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ