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第二章  「強襲上陸 中編」

ノドコール国内基準表示時刻1月4日 午前05時32分 ノドコール南部洋上 航空護衛艦 DCV‐101「あかぎ」


 幹部居住区から起き出して待機室に入った時、艦内全体を支配していた夜間照明の赤が、出撃命令を受けて待機室を出たときには綺麗さっぱりと消え去っていた。通例より早く、昼が「あかぎ」の艦内を支配し始めていた。ヘルメットを収めた用具入れが、それを提げる片手にはズシリと重く、それが艦内通路を飛行甲板に向かい急ぐ彼の足に若干の躊躇いを与えた。


「早くしろ。置いてくぞ」

 元来た待機室に通じる途を顧み、一等海尉 南部 一郎は呆れたように言った。ただし口調に悪意は無く、新参者に対する労りが多分に彼の語尾には含まれていた。南部一尉によって一度閉じられた扉が勢い良く開き、次には飛行装具を重々しく纏ったか細い体躯が、飛び出すように現れる。か細い女性の体躯であるが故に、上半身の救命ベストから足先までを包む耐加速度服に至る飛行装具全てが、まるで鎧のように分厚く南部一尉の目には映った。飛行服の襟から覗く階級章は准海尉。待機室から数歩出たところで彼女は足を縺れさせ、慌てて向き直った南部一尉にしがみつく様にして踏み止まる。

「墜落して敵中でお前と二人っきりなんて、御免だからな」

 嘆息――苦笑気味に言った南部一尉に、速水 千里准海尉は作り笑いで顔を引き攣らせる。先週、戦火より遥かに遠い本土より「あかぎ」に着任してもなお拭い切れない初々しさを、南部一尉は彼女の顔に見る。


 海上自衛隊航空学生課程を経て、前年に高速洋上哨戒機航空士教育課程を修了、本土の実施部隊で「修行中」だった彼女が輸送機とオスプレイを乗り継いで「あかぎ」に文字通り「辿り着いた」のには、正当な理由があった。否、彼女だけではなく少なからぬ数の航空機操縦士と搭乗員、整備員、さらには曹士が速水准尉と同じ経路を辿り、彼女たちと入れ替わる形で同数の乗員もまた開戦に先立ち「あかぎ」を飛び立っている。

 つまりは人員の交替であった。前年の六月に日本を発ち、警戒任務に就いていた「あかぎ」の場合、本来の予定ならば十月中に本土への帰還が叶った筈が、まさにその帰還予定月に端を発する一連の事件によって、彼女とその乗員の帰還は引き延ばされて続けている。来るべき実力行使に際し航空支援を提供するプラットホームに対する需要、航空護衛艦の種別を冠する護衛艦が二隻という現状が、艦とその乗員にかくの如き過重労働を強いていた。


 派遣期間が異例の長期に及ぶにつれ、艦自体より先にそれを動かす人間の心身の摩耗、それに起因する不測の事態が懸念されたわけで、本土の護衛艦隊司令部はある意味力技を行使しこの懸念を払拭することに努めることに決めた。具体的には本土に帰還する展開部隊の護衛艦に交代要員を便乗させ、その逆に本土からは新たな要員を警戒任務に合流する護衛艦に便乗させる。それでも間に合わない場合は、オスプレイによる人員輸送を実施する――特に搭載機の操縦士、整備員にこの手段が適用され、速水准尉もまた岩国の「ジャリアータウン」から彼らの列に加わったというわけであった。

 何も人間だけではなく、航空機、艦船用の予備部品、資材もまたオスプレイの異形の翼の担ったところであった。陸上の拠点と外洋に展開する艦隊を繋ぐ航空輸送手段としての価値を、オスプレイの破格の航続距離と機動力は証明して見せたのだ。


 艦橋に繋がるラッタルを軽々と登り、登り切ったところで南部一尉は階下を顧みた。彼の頼るべき相棒は、馴れない艦内に在ってすでに肩で息をしている。よりによってこんなやつを前線に寄越すとは……本土のお偉方に対する怒り、そして前線に放り込まれた新人に対する同情が交差し、それはそのまま彼女と入れ替わる形でオスプレイに便乗し本土に帰って行ったかつての相棒への郷愁となった。山口県小月 海上自衛隊航空教育隊の教官職、それが先週までの彼の相棒、日浦 昌之 二等海尉の今の任地と肩書である筈だ。


「どうしてるかな……あいつ」

「一尉、何か?」

 ラッタルを登って来た速水が、怪訝な顔をしている。頭を振って何でもないと応え、南部一尉は飛行甲板に続く扉を開けた――



「――――ッ!?」

 舗装の刺々しい飛行甲板を踏み締めた南部一尉の背後で、若い女性航空士が絶句するのを彼は察した。飛行甲板を荒れ狂う冷たい風の勢いに気圧されたこともあるが、その風に乗って嗅覚を刺激する燃料、金属、火の混じり合ったきつい臭いに驚いたと言った方がいい。それはこれまで彼女が生きてきた本土の飛行場とは違う、洋上に浮かぶ航空基地の「濃い臭い」であった。

「艦尾だ」

 そこまで言い、南部一尉は「行くぞ」と顎をしゃくる。意を決して飛行甲板に一歩を踏み出した速水准尉の眼前、艦尾側から二機続けて発艦したSH‐60K哨戒ヘリコプターが、メインローターの爆音と風圧で飛行甲板上の空気を掻き乱しつつ彼女のすぐ頭上を通過して行った。吹き飛ばされかけたキャップを、すんでのところで抑えて止める。顎紐を結えておくべきであった。

 やや小走りに南部一尉を追い、「あかぎ」の艦尾、斜め方向に居並ぶ乗機の列線に彼女は辿り着く。海上自衛隊の正式名称、ジャリアーMkⅡ 高速洋上哨戒機。書類上の冗長な呼び方を無視すれば、単にジャリアー艦上攻撃機という名で片が付く……その名の通り、創隊以来70年余りにして海上自衛隊が初めて手にした「空母艦載機」だ。中等練習機の延長線上というその素性故に、操縦士としての南部一尉と兵器操作員としての速水准尉を受け入れる余地が、そのコンパクトな機体には内包されていた。

 

 増槽二本、統合直接攻撃弾(JDAM)キット付500ポンド爆弾を二基、さらには胴体下に25㎜機関砲ポッドを一基――特に翼下に吊下された二発の航空爆弾を目の当たりにした時、弾体一面に亘って書き連ねられた文字に、速水准尉は文字通り目を見張った。「天誅」、「お年玉一発目」、「この一発が全ての隊員の生還の礎とならんことを」……そして「ベース‐ソロモンで死んだ同胞の仇」――およそ考え得る限りの戦意と敵意の発露が、弾体全体に亘り寄せ書きされていた。


「准尉も書きますか?」

 と、翼下で待ち構えていた機付整備員が白マジックを手に速水准尉に聞いた。少し躊躇った後に准尉はマジックを受け取り、弾体の空いたスペースにマジックを走らせる――「特別休暇を返せ、ロメオのクソ野郎」――とっくに操縦席に上がっていた南部一尉は機体を叩き、准尉に早く上がるように急かすのだった。


 列線を形成する各機の中には、エンジンの始動を始めている者もいる。当の南部一尉にしてからか、その左手は既にサブパネルのエンジンコントロールに伸びていた。覚醒したエンジンを束ねるスロットルレバーを始動から暖気の位置に倒し、エンジンの状態が完調に近づくのを回転計で見守りつつ、南部一尉はヘルメットを被った。ヘルメットに繋げたHMDデバイスを起動させ、同じく起動させた火器管制装置との同調を試みる。その間、後席に腰を下ろした速水准尉は慣性航法装置(INS)を起動させ、飛行計画の入ったメモリーカードをフライトコンピューターに読み込ませる操作に掛かっていた。岩国で何度も繰り返し、母艦上でも何度も打ち合わせた緊急発進の手順だ。前後席で始動操作を分担し、迅速な発進を行うための――


『――ちょっとしたお使いだ。そう思えば怖くない』

 デジタルマッピングモードに転じた多機能表示端末、その中に浮かび上がる飛行経路と攻撃目標の位置――ヘルメットを被り、酸素マスクを付けつつも速水准尉はその様にあらためて息をのむ。早朝のブリーフィング通りに事が進めば、即時発進したジャリアー隊はそれから三十分後にはロギノール港よりさらに北の奥に到達、ノドコール共和国軍を僭称する武装勢力の補給段列を空爆することになる。ただの段列ではなく、そのすぐ隣には仮設飛行場の造営が始まっているという情報すら「あかぎ」にはもたらされていた。


 航空機の隠匿すら無人偵察機(UAV)により確認されている。その内訳はジェットエンジン搭載の小型輸送機が三機、軍用小型ジェット機が四機――これらを誰が撃ち取るか、空爆参加部隊のパイロット達の間には競争が生じていた。爆撃が主任務である以上、それらが未だ地上に在るうちに撃ち取らねば意味がなかった。風防ガラスを閉める。吹き付ける冬風の唸りが、飛行甲板を烈しく駆け抜けるのが一層はっきりと聞こえてくる。


 編隊長機をはじめとする列機が、甲板員の誘導に従い続々と飛行甲板に乗り出し、センターラインより艦橋寄りの位置に並び始める。南部機は四機編隊中の第二分隊二機の長機の位置、編隊長機から数えて三機目の位置にいる。増速を始めた母艦、管制室の許可を得た編隊長機が最初にセンターラインを跨ぎ、甲板員からの合図を受けて飛行甲板を滑走し始めた。甲板に在る側から見れば流れ作業そのものの発艦作業の始まり。送り出された全機が艦首のスキージャンプを難なく超え、灰色の冬空へと鋼の銀翼を煌めかせる。「あかぎ」より四機、距離を置いて南西に在る「かつらぎ」より二機――それらが、ロギノールの深奥に第一撃を叩き込む艦載機編隊の全容であった。


「――――!?」

 飛行甲板を蹴って海上に飛び出し、高度が一万フィートに達しかけたとき、速水准尉は眼下で繰り広げられていた光景に驚愕した。

「ミサイル……?」

『――護衛艦隊がさっそくおっ始めてやがる……露払いにしては派手なもんだ』

 と、操縦桿を握る南部一尉が言うのが聞こえた。

 彼らが見たのは航空護衛艦の全周を固める護衛艦群による、対艦ミサイルの一斉射撃だった。撃ち出されたミサイルは適度な高度でその方向をロギノール港に転じ、後は降下し、海原を這う蛇の如くに低空飛行に移り始めている。SSM‐2新対艦誘導弾による港湾施設攻撃の光景。作戦発起に先立って打ち上げられた即応小型衛星(RMS)、さらには艦隊随伴の掃海母艦MST‐465「きい」より発進した無人偵察機(UAV)の捉えた港湾部の敵軍、重要施設の位置を各艦が受信し、ミサイル群はそれらの誘導を受けて個々の目標に向かい飛翔しているのだ。


 低空からロギノールに迫るミサイル、高空よりロギノール上空に到達するジャリアー群――それらの位置関係と経路は、多機能端末(MFD)の戦術情報表示を用いれば手に取るように把握することが出来た。爆装したジャリアーに比して身軽なそれらは、低空飛行でありながら悠々と先行した筈のジャリアー群を抜き去っていく。それは計算の内で、事前の計画では港湾の敵が対艦ミサイルへの対処に忙殺されている間隙を縫い、ジャリアー群は内陸へと進攻するという手筈なのであった。さらに距離が迫れば、単装速射砲による艦砲射撃も始まるかもしれない。先週、オスプレイと交替の護衛艦に積まれて急遽運ばれてきたロケットアシスト付GPS誘導砲弾が、その際に威力を発揮することになるだろう。


『――三時方向、タクティカルトマホーク!』

「――――!?」

 南部一尉が注意を促すように声を出し、それに惹かれて速水准尉は真横を顧みる。SSM‐2とは明らかに影の形が違う誘導弾がひとつ、海原を舐めるようにジャリアーと並航している。SSM‐2より射程に優れた巡航誘導弾が何処から射ち出されたのか、彼女にとっては今更思索を要するものではない。現状では潜水艦とイージス艦の他、この海域に展開する海自護衛艦の中で同誘導弾の運用能力を付与されている艦は二隻しかない筈である。

 

 DLH‐1001「はくば」とDLH‐1002「たかちほ」――「スロリア紛争」の翌年とさらに翌々年に竣工し、先々日にスロリア派遣護衛艦隊に合流を果たしたばかりの二隻は、海上自衛隊史上初の本格的多機能護衛艦という性格を進水時より有していた。「あきづき」型護衛艦に匹敵する洋上打撃力と防空戦闘能力に、今となっては既に退役した「おおすみ」型揚陸輸送艦に匹敵する兵員輸送能力を併せ持っているが故に、本型は程なくして「海上自衛隊のペガサス級」と、半ば冗談半分で称せられるに至っている……


 

 海原を這う誘導弾から徐々に距離を置く様に上昇して灰色の雲海を潜り、ジャリアーは各機の間隔を開きつつ陸地を目指す。慌ただしい発艦とは対照的なまでに静かな空の旅、まるで本土に在って基地間の移動を思わせる飛行であった。が、次の通信がそうではないことを緊張と共に速水准尉に痛感させる。


『――同時弾着(TOT)まであと一分!』

 旗艦「あかぎ」にあって、艦隊全体の対艦ミサイルの発射と管制、弾着を一手に掌握する戦術管制官の声が聞こえる。艦隊を構成する艦個々に作戦行動の全てを委ねるのではなく、データリンクにより繋がった各艦より構成される艦隊そのものが、まるで一つの艦艇のように各艦の探知能力を活用し、各艦の兵装を活用する。対艦ミサイルの同時発射はまさにその一例であった。


『――同時弾着……いま!』

「――――!?」

 絶句――薄い雲海の狭間から垣間見えるロギノールの海岸線から、無数の瞬きが同時に生じる。

 港湾施設攻撃機能を有する対艦ミサイルによって引き起こされた同時多発的な破壊――――同時弾着の瞬間、港湾部にあって侵攻するニホン人に備えていた筈のローリダ人は、恐らく全ての抵抗力を失った筈であった。敵は初動から対処を誤った。水際での防御を捨て、港湾よりさらに後方に引き、ロギノールの街を盾にニホン軍に膠着を強いるべきであったのだ……あるいは、ことあるに備えてそのための兵力を割き、ロギノールの市中に潜ませているのかもしれない。鮮やかなまでの初撃の成功を前に唖然とする速水准尉のイヤホンに、編隊長宮野三佐の檄が飛ぶ。


『――編隊長より全機へ、道は啓いた。このまま突っ込むぞ!』

『了解!』

 南部一尉と速水准尉は同時に叫ぶ。突撃を決意したと言っても、今のところは目標までのコースを、高度二万フィート以上を維持しつつ進むしかない。開戦前にもたらされた情報から、武装勢力には地対空ミサイル(SAM)及び携帯式地対空誘導弾(MANPADS)が充足していることが航空部隊には知れ渡っている。これらの射程の及ばない、あるいは十分に対処する時間と空間を確保できる高度が侵攻には必要であった。


『――速水、電子妨害装置(ECM)は動いているか?』

「はいっ! 順調です!」

 と、MFDを切り替えた電子妨害装置の管制表示を睨みつつ速水准尉は言った。ジャリアーの胴体と尾部に埋め込まれる形で搭載された電子妨害装置、これもまた開戦に先立ち急ピッチで本土から艦隊に持ち込まれ、現地改修同然の形で搭載された装備だった。それ故に調整の不完全なることを南部一尉は恐れたが、我が602空の整備員はいい仕事をしてくれたようだ。あるいは、開戦前に行われた「かつらぎ」搭載機による偵察飛行で収集した敵地対空ミサイルの発振電波サンプルが、機器を大成させることに繋がったのかもしれない。


『――目標視認(ターゲットインサイト)! このまま東側から爆撃コースに入る』

了解(ロジャー)……!」

 南部一尉が声を上げ、速水准尉が応じるや、ジャリアーは左方向に傾きつつ機首を転じ始めた。同時に速水准尉は加速度に耐えつつ目まぐるしく上半身と首を動かし、周囲に障害が存在しないかを視認する。もう少し身を乗り出して攻撃目標の全景を見てやりたかったが、遊覧飛行ではない以上還るためにはちゃんと仕事をこなさなくてはならない。編隊を構成する各機は異なる方向から同時に、あるいは時差を付けて攻撃目標に接近、これを攻撃する手筈である。多方向からの襲撃を演出することで地上の敵を混乱させるためだ。機体から怒涛のごとく吐き出されたフレアーの残光がキャノピーガラスに反射し、ジャリアーの機内すら派手に照らし出す。


『――301、侵入点(IP)通過!』

「――JDAM起動!……起動よし(オールグリーン)!」

 急旋回から水平飛行に服したジャリアーの機内、MFDの兵装管理表示内のJDAMを起動し、同時に戦術情報表示を爆撃照準表示に切り替える。内蔵されたGPSによって表示された目標位置が、四角形の目標指示(TD)ボックスとなって照準表示画面内に現れる。次には縦一本線が画面を割るように現れた。投弾軌道を表すステアリングライン、このまま直線飛行を続け、ラインが目標指示ボックスと重なった瞬間、二発の500ポンド爆弾は自動的に投下され、目標を目指し突入する。前席の南部一尉は、速水准尉がMFDで注視している画面をHUD上で見ている筈である。その際投弾時期までのカウントダウンを読み上げるのもまた、後席の仕事であった。


「――投弾まであと四十秒……三十秒…………十、九、八……三、二、一――投弾いま!」

 重しが外れ、不意にジャリアーが浮き上がったように体感する。攻撃機動の制限から解かれたジャリアーが再び垂直旋回の姿勢に転じ、再度フレアーを捲きつつ緩やかな上昇に入った。加速度がじんわりと耐加速度服を締め付け、速水准尉はそれに耐圧呼吸を維持しつつ耐えた。段列の上空を抜け、再度の左旋回から戦果を確認しようと二人は上半身を動かした。


『――速水、見えるか?』

「見えます!……火の海であります!」

 歪なまでに曲げた頭、その眼に映ったのは、花火の如き地上の爆発であった。爆発と同時に、驟雨の如き火玉が四方に散る。弾薬庫に引火したのだとふたりは直感する。隣接する飛行場にも攻撃の手は既に及び、駐機場ではかつては飛行機だった何かが炎上し、その周囲を車や人間が右往左往している様子すら手に取るように見えた。

「南部一尉!……滑走路!」

『――――!?』

 地下に掘られたトンネルから誘導路に登り、滑走路に出た機影がひとつ……否、ふたつ――――特徴的な細い胴体と直線翼が、南部一尉をしてローリダ製のヴェロム‐07ジェット中等練習機であることを直感させた。そいつらはこちらの襲来が過ぎ去ったと思ったのか、炎上する飛行場施設を尻目に離陸準備を始めていた。

『――速水、あいつをやるぞ!』

「了解っ!」

 地上掃射か?……あるいは空戦か?――応答しつつも速水准尉は戦慄を抑えることが出来ないでいた。速水准尉にとって空戦なんて、本土と母艦を合わせても訓練で五回ほどしかやったことがなかった。再度の左急旋回が、失神寸前の烈しい過重を対価にジャリアーの機首を飛行場方向に惹き付ける。高度が一気に下がり、鋼板を敷いただけの暗灰色の飛行場が眼前に迫る。同時に耳障りな低空接近警報がイヤホンを叩き始める。向き直った眼前で、二機の敵機は滑走路をまだ半分も残した状態でそのか細い機影を浮き上がらせつつあった。


 まだ遠い!?――

『――301、発射!』


 南部一尉が低く叫び、ジャリアーが小刻みに震えた。時間にして僅か一秒の射撃――しかし、急機動を終えたばかりの小柄な機体では胴体下部に繋がれた25㎜機関砲の発する衝撃を吸収し切れず、その結果として弾道も安定しない。MFDの火器管制端末の中でばらけた光弾、それらのうち数発が遅れて離陸する一機の片翼を折り、同時に南部一尉は二撃目を放った。直後に自転し滑走路に叩き付けられた一機を追い越し、先行するもう一機との距離がさらに詰まった。

「――――!」

 二撃目は、先行する一機の胴体中央、それもエンジン部に着弾し発火させた。そこに燃料の漏洩が続き、ヴェロムの航跡を紅蓮に彩った。機体に回った炎はヴェロムから外板や翼を引き剥がし、炎の塊と化したヴェロムはそのまま滑走路に突っ込んで四散した。

「撃墜!?……二機撃墜! 撃墜です! 二機も……!?」

『――301、二機撃墜! 離脱する!』

 半信半疑と歓喜を織り交ぜにした速水准尉の一方で、操縦桿を握る南部一尉は平静そのものであった。低空から上昇に転じたジャリアーの機内、名残惜しそうに速水准尉は半身を捩り遠ざかりゆく飛行場を見守る。恐らくは作戦空域を離れるまで、彼女は「撃墜」の二文字をうわ言の様に繰り返していた……



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