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第一章  「戦火、なお遠からず」 (2)




 ――給油を終えた二機のジャリアーMkⅡはそのまま「飛行禁止空域」に入り、以後2時間余りを戦闘空中警戒(CAP)任務に費やした。


 空中警戒任務は、ノイテラーネ条約で運用の禁止された戦闘用航空機、その他の飛行計画に無い航空機のスロリア東方への侵入を阻止するために行われている。その任務のために現在ノイテラーネには航空自衛隊、海上自衛隊より作戦機部隊が分遣されている。スロリア亜大陸西端のエインロウに展開し空域監視に当たるE-767AWACS 2機と、警戒任務を実行するF-15EJが6機、これらはノイテラーネ空港を根拠地とする空中給油機の支援を受けつつ、24時間体制で警戒任務を受け持つ。これにスロリア亜大陸南方の公海上に展開する「(ホーム)」を根拠地とするジャリアーMkⅡ 8機が加わる。


 この他、同じくエインロウには海上自衛隊のP-3C哨戒機4機が展開し、やはり24時間体制でスロリア南方海上の警戒監視任務を行う。ただし哨戒機の任務は海上を往来する不審な船舶の捜索であり、その上で発見した不審船の追跡と通報とに限られている。ノドコールの領海上には海上保安庁の巡視船が常時2~3隻展開しており、哨戒機による不審船情報通報の後は彼らが不審船の追尾と臨検を担当する事になっていた。


「――ノドコール領海内の艦船の配備はノイテラーネ条約で禁止された筈だ。ニホン人は早速条約に違反しようというのか?」

「巡視船は本来海上で警備救難活動を行うための船舶であり、軍事作戦を行うための戦闘用艦船ではない。従って巡視船によるノドコール領海内での警備行動はノイテラーネ条約に違反しない」

 ローリダ側の抗議を、日本は文字通りに一蹴した。かといってローリダに日本と同様の芸当は難事であった。ローリダ共和国にも海上の治安維持にあたる組織や専用の船舶は存在するが、それらはあくまで海軍の一部門でしかない。軍事行動を担当しない、純粋な海上警察としての洋上作戦単位へのニーズなど、ローリダでは未だ想像の外であった。結果的に日本が管轄しないノドコール北部海域からはローリダ艦隊の艦影が消え、所属不明の武装商船の行き交う処となっている……


『――――』

 吐息を反響させつつ、南部一尉は計器盤の多機能表示端末(MFD)を見遣った。電子戦モードに切換えていた表示は、機首から向かって左手の位置に表示された脅威指標(シンボル)と、それが同心円状に発信する不快な電波の奔流を簡易に表示し続けている。脅威指標の傍に表示された指標の正体に、南部一尉は目を細めた。

『――RADAR――』


 航空機による越境こそ禁止されてはいても、電波によるそれを禁止することなど条約に明記されてはいないし、物理的にも不可能である。


 ノドコールとスロリア中部間の境界に沿ってローリダ軍が設置したレーダー網が、その表面的な名実こそ気象観測ではあっても、実態が防空システムの構築にあることは日本の防衛関係者の間ではもはや常識となっていた。もし三年前の「スロリア紛争」時に、日本政府が積極的な意思を以てノドコール「解放」を実行に移していれば、PKF航空部隊は容易にノドコール境界を突破し、その未熟な防空体制を殲滅し得ていただろう。結果として日本が武力行使の範囲をスロリア中部までに止めたことは、結果として敵に敗戦の教訓を生かし、防衛網の再構築の時間を与えたという点で大いなる過失だったのかもしれなかった。


 地上のローリダ人は、恐らくは……否、確実に空中のこちらの動きをモニターしていることだろう。そう考えつつ、南部一尉は機体を右に傾ける。HUDの時刻表示は、交替の一個分隊2機が到達する予定時間を刻もうとしている。現高度30000フィート。このまま右旋回を続けて南に向首し、再び海岸線を越えて海に出る――

「――バンシー、こちらイカロス、われ現空域より離脱する」

『――バンシー了解(ロジャー)高度10000で(エンジェル10)回廊を通過せよ(インコリドー)

「イカロス了解(ロジャー)

 機首を下げ、下層雲の拡がりへと飛び込むように進む。MFDの地形表示が、二機がスロリア南部特有の山地帯に差し掛かりつつあることを教えてくれる。機首を上げ、雲海の上スレスレの位置を維持しつつ南部一尉はさらに飛んだ。HUDに、円形の飛行方向(ディレクション)指示指標(シンボル)が浮かび上がる。「(ホーム)」の発する誘導電波を、ジャリアーの航法システムが受信した証だった。なかなか雲が途切れない……ということは下の天候はさぞや悪いのだろう。これは早朝の気象ブリーフィングの通り……さらに30分程で、ジャリアーは海岸線を再び越える。天候が良い日にはずっと高度を下げて山間部スレスレを飛ぶ。阻止攻撃の訓練をも兼ねた低空飛行の訓練をするためだ。低空飛行と言えば最近、地元民とは明らかに風体の違う人影が山の頂上や中腹に現れるようになっている。後で知ったことだが、それは低空飛行を繰返すジャリアーを撮影しようと待ち構えている民間のカメラマンだった。本土の訓練空域では絶対に撮れないダイナミックな構図で、それも自衛隊の戦闘機の写真が撮れるとあって、スロリア中部の山地帯はカメラマンにとって人気の撮影スポットとなりつつあるのだ。彼らの撮影したジャリアーが写真として軍事専門誌に載り、あるいは飛行(フライト)の様子がインターネットの動画サイトにアップロードされる……というわけであった。



 ……まったく、防衛省の許可取ってんのかよ――ぼやく内に機は完全にスロリア亜大陸から脱し、孤影を海原に投掛けるのみであった。

『――イカロス、こちら「あかぎ」、貴機はこちら(ユーアーアンダー)の管制下に入った(マイコントロール)針路(ステア)1-8-5。高度そのまま(ステディ)

「イカロス了解(ロジャー)……」

 霧が酷い、ひょっとしたら嵐が近付いているのかもしれない。機が完全に海上に出たのを確かめ、下層雲のさらに下へと機首を向ける。雲中で振動する機体に耐えつつ、その先に鉛色の海原の揺らぎを見出す。水平線の先に見出した「(ホーム)」は小さく、大海の只中で所在無げに揺られているように見えた。南部一尉の「同業者」間で言い古された表現を用いるならば、さながら「海に浮かぶ針」――



(ホーム)」――その名は海上自衛隊 航空護衛艦 DCV-101「あかぎ」。


『――イカロス21、着艦コースに入った(オンコース)着艦フック展開(フックダウン)…自動着艦モード切替完了(ALSクリア)

『――「あかぎ」了解(ロジャー)…着艦誘導レーザー照合完了(GLオールグリーン)現姿勢を維持せよ(キープユアポジション)

 

 先行きの険しい洋上では、飛行甲板上で誘導灯が瞬きを始めていた。航法装置と連動したHUDの表示する母艦位置表示シンボルが、降りるべき母艦への道標を照らし出す。

 

 海上自衛隊 航空集団第600航空群 第602航空隊「あかぎ」分遣隊所属のジャリアーMkⅡ「イカロス21」は、自動着艦装置(ALS)を起動させ、航空護衛艦 DCV-101「あかぎ」より発信される自動着艦誘導レーザーに従い直進を続ける。着艦態勢に入るジャリアー、コックピットの操縦士はただ、その広角HUDに表示されたALSシーカーが、航空護衛艦、略して「空護」の飛行甲板のど真ん中を捉え続けていられるよう操縦桿上のトリムスイッチを微調整してやれば全ては上手くいくようになっている。自動着艦誘導装置そのものはすでに哨戒ヘリコプター用の機材が存在しており、その改良型という意味合いから開発と配備そのものは極めてスムーズに進んでいた。後はそれを使用するパイロットの慣れ、という訳であった。


『――イカロス21へ、交信を着艦誘導士官に切替えろ(スイッチマーシャル)

『――イカロス21、了解(ロジャー)……』

 HUDの距離計は、機がすでに「マーシャル」こと着艦誘導士官(LSO)との交信が必要な距離にまで迫っていることを示していた。ジャリアーは艦橋からの管制を離れ、後は母艦の飛行甲板に配置されたLSOより指示を受けつつ機体の状態を調整し、着艦を狙うこととなる。

 

「……――……――……」

 酸素マスクの下で息を整え、誘導灯の並ぶ飛行甲板を睨む。艦尾側方、照明のようなライトの連なりを見る。

 着艦誘導レンズの光の連なりは緑の横一列(オールグリーン)、「イカロス21」が着艦に適した正常な姿勢にあることを示していた。


『――イカロス21、着艦誘導レンズを視認(ロジャー・ボール)……!』

『――イカロス21、姿勢そのまま(ステディ)!』

 LSOの声をイヤホンに聞く。LSOもまた母艦から着艦体勢に入るジャリアーの挙動を見張っている。彼自身熟練したパイロットでもあるLSOの判断は手厳しい、操作を誤れば燃料の続く限り何度も「着艦やり直し(ボルター)」を命ぜられることになる。


「――――!」

 息を呑む数秒――急激に迫り来る巨大な艦影を、眼をいっぱいに開けて捉える。


『――イカロス21、艦尾変わった!』

 後席の日浦二等海尉が言った。着艦体勢に入った機体が完全に艦尾を通過した瞬間を確認し、後席員はそうコールする手順になっている。何故ならその状態で飛行甲板上に達すれば極端な話、直前に何らかのアクシデントで誘導が途絶しても後は操縦士がスロットルを絞るだけで機体は沈み、艦尾に機体を引掛けることなく自然に着艦するからだ。これは、「前世界」の旧大日本帝国海軍航空隊における空母着艦手順を参考にしている。つまりはこの点において旧海軍の伝統が引き継がれた形となった。



 直後――


 下から突き上げてくるような衝撃――それは不意に南部一尉と彼の同乗者たる日浦二尉を襲い、次には主脚(ギア)が飛行甲板の感触を拾う細かな振動が伝わって来た。着艦用に強化された主脚が見事に飛行甲板を捉え、ジャリアーがその飛行の最終段階に入ったことの何よりの証であった。

「――――!」

 反射的に全開にしたスロットル――再びの加速は、甲板上に配されたワイヤーを捉えたフックの働きにより急減速し、最後には壁に突き当たったかのように止まる。

『――イカロス21、エンジン出力落とせ(リデュースパワー)

『――イカロス21、了解(ロジャー)

 LSOの指示に従いスロットルを絞る。前に立った誘導員が誘導灯を振りつつ前進を促している。ワイヤーの拘束を解いたジャリアーはゆっくりと滑走を始めた。着艦するのはイカロス21だけではない。後続する僚機のためにも、迅速に甲板を空ける必要があった。

 

 管制室と一体化した艦橋を横目に機を進める。就役時のヘリコプター護衛艦(DDH)からの主要な改装点の一つである、傾斜角12度の傾斜構造の艦首が眼前にせり上がって来るように見えてくる。誘導に従って駐機スペースに機首を転じ、先に着艦していたジャリアーの隣に機体を寄せる。母艦の横を、距離を取ってホバリングするSH-60K哨戒ヘリの機影、機体や尾部から瞬きを続ける識別灯がはっきりと見える程、艦隊の展開する海原は未だ薄暗い……母艦周辺の警戒もそうだが、離着艦の失敗等不意の着水時に脱出したジャリアーの搭乗員をいち早く救助するのが、彼らの役割だった。眼前に立った誘導員が誘導灯を交差させるのが見える。停止の合図だ。


「イカロス21、エンジンカット」

 出力を絞ったエンジンの回転が、既定値で安定するのを見計らい、エンジンを停止させる。横開き式のキャノピーのロックを解いて押し上げる。氷の様な冷たさと、潮と鉄、油の匂いの入り混じった湿った風が、照準システムと一体化したヘルメットを脱いだ瞬間、南部一尉の顔面に飛び込んできた。全長260メートルに達する巨艦が、柄にも無く揺れているのをこの時初めて感じる。下から架けられた梯子を伝って甲板に足を下し、待ち構えていた整備員に機体引継ぎの手続きを済ませた直後、南部一尉たちの眼前を一機のジャリアーが出力全開で駆け抜け、スキージャンプの滑走台のような艦首飛行甲板から飛び上がる――南部一尉の列機だった。おそらくはフックがワイヤーを拾い損ねたか、進入時にヘマをやらかして、そこをLSOに見咎められたのだろう。但し、こちらの燃料残から勘案すれば、彼が「やり直し」をする余裕は実のところあと数度ほどしかない……


「…………」

 やれやれ……と言いたげに頭を左右に振ると、南部一尉は手荷物を提げて艦橋へと足を向けた。日浦二尉も続く。後で戻って来る列機と飛行終了後のデブリーフィングを終えたら、残っている書類を片付ける。それから以後の飛行計画(フライトプラン)に目を通して、シャワーを浴びて……いろいろと予定を抱えていても、次の警戒飛行(フライト)まで最低三時間はぐっすりと眠れる筈だ。始終離着艦する艦載機の衝撃で、不気味な軋みを立てる幹部居住区の狭いベッドに潜り込んで――



 ――不意に湧いた欠伸を噛み殺しつつ、南部一尉は艦橋へと歩を進めていく。



うーん、短すぎたかな……長すぎるとPCによっては反応が重くなるのもあるようなので。


一回の分量で12000字程度が適当か、それとも4000字程度がいいのか、少し試行中です。


あと、字体によってはルビが外れるというのは何とかならんもんかね……

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[一言] T-4で空母に着艦?!ないわー
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