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第一章  「イズルド・セルミ PhaseⅠ」

一年前――――ミラン王国国内基準表示時刻10月15日 午後10時09分 王国首都ナブリア


 装甲兵員輸送車は悪路に揺られつつ、様々な思惑を車内に閉じ込め続けている。


 ただひとり、ローリダ共和国内務省中尉 オイシール‐ネスラス‐ハズラントスだけは、分隊を引き連れて車内に入って以来、この狭い空間に渦巻くいかなる打算からも自由であるように惰眠を貪り続けていた。それでも彼の意識の琴線が覚醒と昏睡の領域を振幅し、何度目かの覚醒の領域に達しかけたところで、彼の意識は完全な覚醒を見た。


「…………」

 視線が痛い――――そう感じたが故に、ネスラスは眼を薄く開けた。同時に眦を険しくし、不機嫌を装うのも忘れなかった。喩え虚勢であろうと、威嚇は獣に対するのに有効な途だ。獣――――ネスラスが眼を開けた先に、獣の様な眼の発する、黄色い光が待ち構えていた。

 

 黒い肌をした、林中に在って獲物の行く先を見定める猟犬の様な印象を受ける異種族――――それが小銃を抱き、共和国陸軍山岳猟兵の軍装を纏いネスラスの対面に坐している。漆黒の肌、精悍に過ぎる細身もそうだが、編み上げられた黒髪が束となり、その何れもが肩まで達する程の長さを有していた。軍人と言うより山野に潜む賊、子供の頃に読んだ空想物語上の獣人を思わせる風貌だ。


「…………?」

 その獣人が、ネスラスに煙草の袋を差し出した。軍制式の紙巻き煙草ではない、植民地産の葉巻だった。無言――――それを装ったまま突き出された煙草、ネスラスは異邦人の眼光から眼を離さぬままに手を伸ばし、一本を取る。保存料の臭いが鼻に付くそれを口に咥えるのと。安物のガスライターが突き出されるのと同時だった。ネスラスの煙草に火を点ける、その返す刀で男もまた口に咥えた煙草に火の手を延ばす。対面を睨みつつ一服すれば、豆スープのように空気の濁った車内に在って、一切の眠気がじんわりと消えていくのがネスラスには自覚できた。


「ダキよ」

 と、ネスラスは男の名を呼んだ。「どれくらい走った?」

「二十分程」

 と、名を呼ばれたダキは答えた。相手に対する友愛の念も、階級に基づく敬意もない。だがそのようなものはふたりして望んではいない。二年前、ふたりが初めて出会った日からずっと――――


 車が揺れた。と同時に、水を跳ね上げる音が僅かに聞こえた。雨が降っているのだとネスラスは察し、そこにまた、ダキが口を開いた。

「雨が降り出したようだ」

「ああ……面倒だな」

 とネスラスが応じたのは、純粋に仕事についての話であった。それも、まっとうな仕事ではない。その人生で早くから軍人たるを目指し、現実に軍人となった以上、国の守りを担い、武人としての名誉に準じ、あまつさえは長じて孫子に敬われる程の名声ぐらいは得たいと思う――――傍目にはささやかとも思える願いは、ローリダ共和国内務省中尉の階級にあるネスラスの場合、ほんの二年前に挫折を迎えた。彼と同じ憂き目を見、生命までも絶たれた者に至っては更に多く存在するであろう。


 ダキが言った。

「この忌々しい雨……セミル島(イズルド・セルミ)を思い出すな」

「思い出したくもないな……」

 烈しく揺れる車内で濃い紫煙を燻らせつつ、ネスラスは言った。過去から現在に至る記憶の途が逆に廻り、始まりの風景へとローリダの青年を誘っていく――――




さらに二年前――――ローリダ共和国国内基準表示時刻8月4日 午前9時10分 共和国本土南西部 セミル島沖合


 船が桟橋を脱して三十分も過ぎない内に、見渡す限りの海が靄の支配する処となっていた。視界は利かず、それ故に船の客となった人々の不安を掻き立てる。何よりも彼ら自身の辿った人生の経路が、今の彼らに恐怖を抱かせていた。ある者は国内の刑務所から、またある者は国外の流刑地から――――例外なく恩赦と減刑を引き替えに現在の境遇に至った者たちばかりであった。言い換えれば、平穏ならざる履歴の持ち主ばかりが満載された異状の下で船は走り続けている。このまま波間に潰えた方が、恐らくはより多くの人間を安堵させることとなるかもしれない。


 波間を割る度に船が揺れ、その度にオイシール‐ネスラス‐ハズラントスの胸中も揺れた……とは言っても傍観者を決め込むには使い古された囚人服、顔の左半分を塞ぐ薄汚れた包帯という出で立ちは、船上を取り巻く空気に深入りし過ぎている。


「怖いのか? そこの囚人」

 傍らから嘲るような声が投げ掛けられ、ネスラスの内心に隔意を生む。名前を呼ばれないが故に、ネスラスは敢えて声を無視した。そこに落雷のごとき蹴りがネスラスの頬を抉り、ローリダの士官は板敷きの甲板上に転がる。

「お前だよ。そこの包帯」

 苛立ちを含んだ声が、ネスラスの敵愾心を誘い、ネスラスは睨み返そうとして踏み止まった。今更のように自分に与えられた使命、そして仮初の素性が思い出された。

「今度無視しやがったら殺すぞ。二四三番」

「…………」

 憲兵の制服を纏った粗野な男の顔。それを見上げ、目元を卑屈に装って一礼し、ネスラスは再び甲板の隅に座り込む。大逆罪の罪人という肩書と同じく、仮の名前も与えられた筈が、肩書を得てから現在に至るまでその名前で呼ばれた回数は今のところ五本の指も出ていない。囚人になってからというもの、今に至るネスラスの全ては感情の入る余地も無い番号で判断され、定義されている。罪人とはここまで味気なく、惨めなものであるのか?


 先年、あの「スロリア戦役」の後、オイシール‐ネスラス‐ハズラントスは負傷療養を経て軍籍に復帰した。しかし原隊たる近衛騎兵連隊は当のスロリア戦役で壊滅しており、ネスラス自身、従軍の結果として若くして左眼を失ったとあっては、以後の軍歴にも少なからぬ瑕疵(かし)を生じる筈であったし、たとえ軍人以外に生きる途を見出しそうと試みたところで、その際の将来設計に関しネスラスはさしたる自信を持てないでいた。


 待命の中にも鬱々とした日々を過ごしていた中、舞い込んできた辞令に、ネスラスは独つしかない眼を疑わせたものだ。驚いたことには、共和国内務省への転属が、一枚しかない辞令には明快なまでに記してあったのだ。裏面の事情と言っては何だが、スロリア戦後に結婚した妻 タナ‐ラン‐ハズラントスが国政の中枢に準ずる然る人物に手紙を送り、良人(おっと)の現役継続を嘆願していたことをネスラスは後に知った。露見したところで、それを女だてらに出過ぎた行為として咎めるような狭量さは、今の彼には無かった。ただ、自分はいい伴侶を得たと、青年は純粋に考えた。


 それでも転属を果たした内務省において、ルガル――――共和国内務省保安局――――への配属を命ぜられたとき、ネスラスは驚愕と疑念がその脳裏で点滅するのを抑えることはできなかった。国事犯の摘発と国外の植民地独立運動の弾圧を主幹事項とするルガル。まさにその任務のために、内務省内にあって完全に独立した指揮系統と独自の機動力、実働戦力の保有を許されている「独立部隊」への参加を、病み上がりの若き元国防軍士官は命ぜられることとなったのである。組織の性格上、当人からしてあまりに不適格の観を免れ得ない人事。同時に抱くこととなった困惑と不安は、新調の制服を纏い、着任の挨拶のため執務室の敷居を跨いだ所属部門長の言葉によって混沌へと深化した。



「――――中尉、君を優秀な士官と見込んで、やってもらいたい仕事がひとつある」

「何なりとお申し付け下さい」

「恐らくは生命を賭けることになるかも知れぬ。それでもよいか?」

「小官の命など、スロリアの戦場でとうに捨てております」

 不動の姿勢を保ちつつ、半ば本気でネスラスは応じた。士官とはいえ小隊の指揮経験しかない他には、自ら銃を執って戦場に立つことしか知らぬ若造が、新天地とはいえ畑違いの場所でどうやって生きていけばいいのかという苛立ちを、ネスラスは引き摺っている。あるいは自棄(やけ)になっていたのかもしれない。

 そのようなネスラスの心情を知ってか知らずか、部門長は速やかに話を進めた。上司が眼前の新参者の胸中を斟酌するような馴れ馴れしさを示さなかったのは、ネスラスにはこの際却って有難かった。

「ハズラントス中尉。君には、これより罪人になってもらいたいのだ」

「…………?」

 発言の意味を図りかね、ネスラスは独つしかない眼を瞬かせた。暗い部屋、唯一の採光源たる執務机の背後から溢れる逆光の下で、鮮明な像を見せない上司が顔を笑わせるのが察せられた。食い付いてきた、と若者を笑う顔だ。

「最近になって、我が共和国本土南部のとある島に特殊な施設が開設されていることが判明した。有体に言えば、工作員の養成施設だ」

「…………!」

「どこが作らせた施設だと思うか?」

国防軍情報局(デルガル)ではないでしょうか」

 と応じつつ、ネスラスの思考は、内務省内外を取り巻く祖国ローリダ共和国の不愉快な現実に突き当たる。悪名の高さではこちらと比肩するナガル――――共和国中央情報局――――もそうだが、ルガルは他に競合する組織や勢力を国内に幾つも抱えていて、それら勢力間の、いわば「腹の探り合い」は、おそらくはネスラスが軍籍に入るずっと前から決まり切ったことと言っても過言ではなかった……とは言っても、ナガルは此方に簡単に出城の所在を嗅ぎ付けられる程愚鈍な組織ではない。

 政府の関知し得ぬところで「いかがわしく、後ろめたいもの」をこしらえること、さらにはその際の詰めの甘さでは人語に落ちない国防軍情報局が事態の大本である可能性は十分にあった。一例を上げれば、首都アダロネス北部郊外の山間部を占める「圧政打倒研修所」ことロスモスティウス記念学院は、表向きは友好国、従属国からの留学生に語学教育とローリダ式の政治学講義を行うための寄宿制学校ということになっているが、その実、将来親ローリダ派として出身国の国政を担う立場にある彼らに、反対勢力を弾圧するための苛烈な尋問法や拷問の手法、そして対叛乱戦術を教育するための「圧制者養成学校」としての性格の方が強い……


「…………」

 机を挟んだ沈黙――――眼前の青年士官の興味を十分に喚起したところで、部門長は口を開いた。

「南ランテア社……と言ったらどう思う?」

「国営企業が……?」

 純粋な驚きよりも、提示された可能性を確信したが故の感嘆の方が勝った。むしろ国外に多くの出城を有している以上、彼らのやり口はこちらよりもずっと巧妙だ。その規模と事業内容からしても、事実上共和国第四の軍隊といってもいい……いや、現実はローリダ共和国という主権国家の中に、南ランテア社というまた別の国家があるようなものだった。


「驚いたかね? 私も最初にそのことを聞かされたときは今の君と同意見だったが、どうやらこと(・・)は我々が当初考えていたよりもずっと深刻であるようだ」

 書類の束を部門長はネスラスに渡し、一読するよう促した。各地の刑務所及び流刑地に収容されている犯罪者の顔写真付き名簿。同じ内務省の別部門から回って来たものであろう。名簿の中には、近年市井を脅かした凶悪犯罪者や反体制組織の一員の名すら散見された……というより収監前の経歴、犯罪歴ともに内容、社会への影響度共に尋常ではない者ばかりが、故意に選りすぐられているように見える。

「妙な表現を使う様ですが……この道の精鋭ばかりですな」

「ハハハハ……私も同感だ」

 乾いた声で部門長は笑い、そしてネスラスに向け目を据わらせた。

「君にも、その犯罪者の仲間入りをしてもらいたいのだがな」



 二週間後――――船上。

 グスカロス‐ロイ‐カンベル 罪状は麻薬の売買、その際金銭上の(いさか)いから同業者を三名殺害。その死体を遺棄し懲役二十七年の実刑――――それが任務に従事するに当たりネスラスが得た仮初の名前と人生であった。南ランテア社の配下にある鉱山開発企業、彼らが共和国より別荘地開発のため買収した島に、ネスラス達囚人は運ばれている。


 「国家への奉仕」という条件――――それに従事し生還した際の刑の減免は、ネスラスの場合、身分を偽り咎人として刑務所に入れられて三日も経たぬうちに、刑務所所長直々に呼び出された取調室で知らされた。その場にはご丁寧にも志願誓約書まで用意してあり、彼ら幹部がこの手の「不正」に馴れた様子が窺えた。ネスラスからすれば、内務省の管轄下にある刑務所の幹部にもいち国営企業による懐柔の手が伸びているという、不可解かつ不愉快な現実を知らされた瞬間でもある。ただし志願にあたり生還の保証はできないと、ちゃんと明言された点では良心的な計らいであるようにもネスラスには思えた。



 潜入捜査というやつか――――警備兵に烈しく蹴られた頬を撫でつつ、ネスラスはすでに見えなくなった本土の方角を見遣るようにした。先刻まで理不尽な暴力に晒されていた若い囚人に対する、周囲の興味はすっかり消え失せ、正真正銘の囚人たちは思い思いに車座を作り、小声で話し合っている。ただし、どう見ても近い将来に対する希望を込めた声ではなかった。不安が、狭い甲板上に広がり始めていた。


「…………?」

 そのとき、自身からも、囚人たちの環からも離れ、独り甲板に腰を下ろす男に気付き、ネスラスは思わずひとつしかない眼を細めた。

 背の高い、筋肉質の男だった。黒く長い頭髪は、長期に亘り不衛生な環境に置かれていたことを声高に示すかのように脂ぎっていた。しかし削げた頬。それでいて顎の形は逞しく、大きな黒い眼が水晶の様に厳かな光を湛えつつ海原と水平線を廻っている。年齢の頃は自分より一回り上。

 一目で、「らしくない」やつだとネスラスは思った。本物の咎人が漂わせるどす暗い瘴気(しょうき)が、その男には無かった。ただ感じ取れるものと言えば、自分が為したことに対する自信のようなものだけであった。その上で彼は、聖人のような真摯さで今在る彼自身を受け入れているように見えた。どう見ても、犯罪者の持つべき雰囲気ではなかった。それ以前に――――


「――――先住民(ディギヴィアン)か……」

 と、ネスラスは思わず呟いた。顔立ちがローリダ人の形質ではない。四百年以上前にローリダ群島の外よりこの土地に渡り、共和国(パプリアース‐ディ)ローリダを創って来た人々の子孫が引き継ぐべき人種的特徴の持ち主では無かった。人と獣の合いの子と思える程の、野趣に溢れた身形(みなり)の男――――何時しか眼を険しく凝らし、ネスラスの意識は自然と「先住民」に傾注している。

「…………」

 はて……何をやらかしたやつなのだろう?――――ネスラスは男の「観察」を決め込むことにした。だがそれは結局挫折を見た。観察を始めてから少しも経たないうちに、音程の外れた悲鳴が突如甲板上に響き渡ったのである。男の場所とは別の方向だった。


「眼がぁ! 眼がぁー!!」

 激痛に耐えかねて甲板を転げ落ちる男が一人。片目を抑え、這いつくばって逃げるその男を追うように足を踏み出したもう一人の男の顔に、ネスラスは思わず「あっ!」と声を上げた。

「串刺しストーク……!」

 長い栗色の髪の毛、右眼のみが異様に大きく見開かれた、均衡に劣る異相――――知った顔であった。しかも、ネスラスの様な治安関係の人間に限った知名度では無い。主にアダロネスの庶民区で、女子供を獲物に歪んだ悦楽に導かれるがまま殺人と死体損壊を繰り返していた凶悪犯。それもスロリア戦役の前から市井で「串刺し魔」と悪名を轟かせていた連続殺人犯だ。先年に漸く捕まった際、アダロネスの主要各紙が号外を流した程その残虐ぶりはローリダでは知れ渡っている。

 こいつも一緒なのか?――――戦慄に神経を硬直させるネスラスの眼前で、その「串刺しストーク」は傷付けた男の背後から馬乗りになり、恐らくは隠し持っていたのであろう尖った得物を、背中といい後頭部といい躊躇なく、何度も振り下ろし、突き立てる。肉を抉る度に舞う血飛沫が両者の服と肌を汚し、やがて大量の血が床にまで散り始めた。


「――――!?」

 愕然として、ネスラスは見張りの警備兵の姿を探った。だが慌てた彼の視線の先で、銃を持った警備兵は眼前で進行している犯罪を前に半ば超然として談笑を続けている。初めは甲高いまでに上がっていた男の悲鳴が、刺突が繰り返されるにつれて弱くなり、やがてはか細い呻き声と笛を吹くような呼吸音に取って代わった。その下にはおどろおどろしいまでの血の池が出来ている。

「――――!」

 舌打ちし、ネスラスは立ち上がろうと試みる。男が助かるかどうかは判らないが、眼前の蛮行はさすがに見逃すことが出来なかった。そこに――――

「ファ――――!?」

 より振り上げられた得物を握る手を、誰かの太い手が掴む。同時に伸びたもう一方の手が「串刺しストーク」の顔を掴み、そのまま甲板に叩き付けた。ネスラスが眼前の急展開を前に唖然としたそのときには、先刻眼を凝らした「先住民(ディギヴィアン)」が、「串刺しストーク」を甲板に圧し付ける様にして抑え付けていた。

「お前……いい加減にしろ」

 太いが、好感の持てる口調だと思った。ストークを男に任せ、ネスラスはそれまで彼に襲われていた男を抱き上げる。出血はもはや手の施し様がない程激しく、すでに痙攣すら始まっていた。口と鼻から交互にどす黒い血を吐き出す中年男の眼から、次第に生気が失せていく――――


「二四三番、そいつを海に捨てろ。もう助からん」

「…………!」

 信じられない言葉を、それも警備兵から投げ掛けられ、ネスラスは警備兵を見上げた。その途端、警備兵の顔が憤怒に歪み、手にした散弾銃の銃口をネスラスに向けて彼は声を荒げる。

「命令通りにやれ! でないと貴様もそいつの後を追うことになるぞ!」

 思わず目礼し、ネスラスは再び殺人を犯そうとしているストークを顧みる。「先住民」がなお暴れるストークの上に体重を掛けつつ、険しい目つきでネスラスを凝視していることに彼は気付く。

「…………」

 言う通りにした方がいい――――彼は明らかに眼で、ネスラスにそう語りかけていた。



 海上でさらに時が過ぎる。霧に阻まれて水平線こそ拝めないが、それでも船が目指す島の輪郭を、囚人たちは眼前に見出すことが出来た。

 気持ちのいい光景では無かった。もっとも、船が目的地に近付く頃には囚人たちの間に生じた恐慌は頂点に達していた。船上で繰り広げられた殺人に対し無関心な警備兵の姿が、彼らをして課せられた仕事における彼ら自身の生命の価値を再認識させたが故であった。彼ら看守にとって先刻の殺し合いなど、鶏舎に詰め込まれた鶏が日々繰り広げる喧嘩にも等しい。罪人であった頃、あるいはそうなる前よりも今の彼らの命は軽く、その軽さは彼らの予想をも遥かに越えていた。出航時の、釈放された時にも似た解放感はとっくに霧散し、顔から感情を消した囚人、あからさまに肩を震わせたままその場に座り込んで動かない囚人が、甲板上に増え始めていた。


「セルミ島か……」と島陰を眺め、欄干に凭れ掛りつつネスラスは言った。共和国本土より海を隔てた南、地図上では辛うじて共和国本土の中に含まれる小島には、例の工作員養成施設の他には古くからそこに居住する人々の住む集落と、例の鉱山採掘企業の社員及び作業員専用の宿舎しかない。特に後者は表面上はいち企業の施設を謳ってはいるが、その実、(くだん)の施設に関係する人間のための施設であるかもしれない。ルガル本部で見せられた航空写真から窺える、施設周囲を固める警備施設の厳重なまでの配置が、ネスラスをしてそのような予測を可能にしている。


 これではまるで戦場と同じだ……新任少尉の頃、本国から遠く離れたノドコールの首都キビル、その広大な地下水道を舞台に繰り広げた独立派勢力との戦闘がネスラスには思い出された。あの時の自分には背中を預けるに足る部下がいたが、今の自分にはそのようなものはいない。今のネスラスは背中に迫る影に怯えつつ、単独で任務を果たさねばならない……


『――――護送班各員へ、本船は間も無く接岸する。積荷の所在を確認せよ。繰り返す。積荷の所在を確認せよ』

 拡声器の発する濁った声の直後に、天に向けられた乾いた銃声が二発、三発と続く。まるで草原に放牧した羊を集めるかのような感覚、その上に船上を支配する彼らが囲う積荷に対する、明らかな嫌悪の感情が重なる。


「屑ども下船だ! さっさと集まれ! 十秒以内に集まらんとぶち殺すぞ!」

 積荷と呼ばれたある者は血相を欠き、またある者は億劫そうに警備兵の指示す甲板の中程に歩み寄る。その人間らしい生を奪われた群の中に、ネスラスも身を埋める様にして歩み寄る。犇めき合う薄手の囚人服の上から肉付きの程、そして刺青の所在すら判る。内務省に着任したての頃、刺青の柄で囚人の犯罪歴が判ると教えてくれた同僚がいたが、服に隠れていてはさすがにそこまでは判然としなかった。

 囚人を威圧する銃声は相変わらず続き、そこに囚人を一箇所に押し込めるための警棒、そして蹴りが肉体を打つ鈍い響きが重なる……その間、這う様な速度にまで落ちた船足が、積荷たる囚人たちを桟橋まで導いて行く――――クラッチの外れたが故に生まれた甲板の浮遊感、桟橋に向かいロープを投げる船員、桟橋に詰める警備兵がそれを捉え、覚束ない手付きでそれを結わえている。甲板上の巻き上げ機が悲鳴の様な駆動音を立て、船を陸へと引き寄せる――――接岸。


「降りろ! 屑ども降りろ!」

 空に向かって銃を撃ち、警棒で囚人を打ち据えつつ警備兵が怒鳴る。囚人たちはやはり家畜の如くに船上から追い立てられ、漸く一歩を標した桟橋もまた、彼らにとっては休息の場所では無かった。更に追い立てられるように前進を強要された先の陸地、集められた岸壁の一隅―――― 一段高い台に制服を纏った中年男が登り、ネスラスは我が目を疑う。

「南ランテア社……!」

 カーキ色の野戦服には見覚えがあった。南ランテア社の傭兵部隊制式の野戦服、胸の徽章から佐官級の人間であることがわかる。共和国国内ではまず見られない服装であった。まず見られない……と言えば佐官の左右を固める警備兵の姿もそうだ。野戦服は当然として、その上に重なるようにして兵の上半身を包む鎧の様な防護服――――

「――――」

 ネスラスは思わず目を険しくした。あの防護服は見たことがある。スロリアで戦ったニホン兵が、あの様な防護服を纏っていた……というより、迷彩の柄こそ違え、彼らが着ているのはニホンの防護服そのものだ。まさかとは思うが、ニホン製のものを独自に入手するルートを整えることなど、彼ら南ランテア社には造作もないことなのかもしれない。


 手にしている銃もニホン製だ。被筒や銃床といった部品に木製特有の野暮ったさがひとつも見えない、プラスチックと鋼のみで構成された黒い小銃。軽くて狙いが付けやすい、よく弾が(あた)る銃だとネスラスは人伝(ひとづて)に聞いている。その小銃、ニホン人が「89(アハノウン)」と呼ぶこの小銃すら彼らは装備している。この光景一つを取っても、アダロネスの政府が与り知らぬ処で彼らが増長し、飽くなき肥大を続けている証の様なものであった。


 佐官は、言った。傲然と。

「――――諸君! 諸君らに贖罪(しょくざい)の機会を与える!」

「…………!?」

 荒くれ者、心に拭い難い闇を抱える者であろうと、壇上に在って佐官が投げ掛ける言葉には彼ら咎人を惹きつけ、しかし至近の未来に止め処ない懸念を抱かせる響きすらその中には含まれていた。彼らなりに人生の様々な場面で、尋常ならぬ修羅場を潜っていようと、彼らの多くが込み上げて来る不安を避けることはできなかった。しかし、その不安が無形の雲となり漂い始める中で、平然として壇上の指揮官を見上げる男たちもいる。実のところ、ネスラスもそのひとりであった。


 だが――――

「――――これより我がセルミ島守備隊訓練兵の選抜試験を行う! 選抜試験を生き残った暁には、諸君らは訓練兵として正式にセルミ島守備隊に配属され、正隊員となるべく必要な訓練を受けることになる! 諸君らは贖罪を望んだ咎人としてこの地に赴いた以上、とうの昔に人間としての生を捨てているものと本官は信じる! これから始まる選抜試験を生き残り、引き続きこの島で訓練に従事することが偉大なる共和国ローリダへの貢献であるとすれば、これより始まる選抜試験において不運にも生命を失い、海の狭間に骸を沈めることになるのもまた共和国への貢献である! どのような人間であれ何時かは死ぬ。だがその何時かは、キズラサの神の采配に拠る。これより行う選抜試験は、キズラサの神が諸君ら罪深き者共に賜った贖罪と救済の機会であることを銘記せよ!」


「――――!?」

 呆然、唖然、そして愕然……三様の反応が囚人たちの群から同時に生まれ、それは次には抗弁の怒号を生んだ。恩赦と減刑の代償としての国家への貢献、生還の保証はできないことも、彼ら囚人たちは此処に来る前から教えられている。しかしその生命を賭すべき機会が早々と訪れたことに、彼らは明らかに困惑していた。怒りと恐怖に満ちた一群の中で、ネスラスはと言えばただ感情を消し台上の佐官を見上げ、そして睨む……佐官の言わんとしていることが、ネスラスにすらわからない。自分が不条理な状況に導かれたこと以上に、たかが入隊試験で生命を賭けねばならないという、その状況の意味を計りかねたことに対する困惑であった。いつの間にか、囚人たちの周囲を固める南ランテア社の警備兵が、彼らに小銃の銃口を向けていた。


 佐官は、厳かに告げた。

「――――これより選抜試験 狐狩りを始める! なあに簡単なことだ。お前たちはこれより前方の森に向かい、そこで一時間を過ごすことになる。その間、お前たちは武装した狩人(ハンテル)たちの追撃を回避し、あるいは反撃して自分の力で生き抜け。森から出ようなどと考えるな。森の周辺には狙撃手が配置されている。制限時間内に一歩でも森から出たら……お前たちはそこで終わりだ」

 そこで佐官はニヤリと笑い、彼の説明を締め括った。

「お前たち囚人に、キズラサの神の気紛れあらんことを――――」




「屑共動け! 演説は終わりだ! 前進、前進せよ!」

 それまで銃を構えつつも、平静を装っていた警備兵が怒鳴り、囚人たちに前進を促した。それも走れと言わんばかりの怒声だ。ネスラスはと言えば早くも走り出し、いち早く森へ入るべく努めている。その彼に並ぶように走る影がひとつ……ディギヴィアンだとネスラスは直観し、それは正しかった。先住民の足はその長身に似つかわしくない程早く、ネスラスを忽ち抜き去っていく。それも、兵士とは別の意味で洗練された、戦う人間の身のこなしであることにネスラスは気付く。


 成程……そういうことか――――走りながら、「狐狩り」の意味についてネスラスは考えた。

 死を以て適正のある者を選りすぐり、生き残った彼らに専門の訓練を課すことで、ごく短日時の内に破壊工作に長じた人材を育成しようという、南ランテア社の深謀遠慮が……である。深い考えだか、常軌を逸した発想であるようにも思えた。喩え殺さずとも、試験の「やり方」によっては志願者の脱落という形でそれに近い状況を作り出し、選別も成る筈である。


 しかし――――

 一体何処に、これ程に苛酷な選抜試験を課す意義があるのか?――――そこまで考えたところで、ネスラスの思考はある恐るべき可能性に行き当たる。

「……あぶり出そうと言うのか?」

 森の奥に向かい走りつつ、ネスラスは呻く様に呟いた。間諜を、である。

 いきなり殺し合いをさせることで自分のような外部からの間諜を始末し、あるいは囚人内の危険因子を排除することも叶う。走り続けるネスラスの背後に甲高い、烈しい音が生まれ、それは中空の一点で破裂する。信号弾、それも「狩り」の始まりを告げる信号弾だとネスラスは思った。

 更に走り、目ぼしい木陰に伏せて潜み追撃者を窺う。追撃者の姿を見られるのではないかという目論見は外れ、自分と同じ追われる立場の囚人が三名、森に迷い込んだ少年義勇兵宜しく、恐怖に引き攣った眼を遊ばせつつ進んで来るのをネスラスは見た。衝撃はそのすぐ後に訪れた。滑り込むように彼らの背後に回った影、逆手に握る軍用ナイフを翻す前段階たる当て身すら疾く、しかも顎や腎と言った急所を的確に衝いていた。三人の最後尾がまず斃され、前を行く二人も応戦する間もなく忽ち彼に続いた。結果として生まれた腹を裂かれた骸、首を裂かれた骸……その中央に立つ女の影に、ネスラスは思わず息を呑む。


 異種族か――――高くは無い背丈、だが躯のラインに密着した戦闘服姿から窺える、豹を思わせるしなやかな細身は、長身では無い故に女とは思えぬ精悍さを醸し出すことに成功していた。頭の後ろで束ねられた青黒い髪、透き通るような白い肌……美形であることもそうだが、尖った耳と切れ長の蒼い眼が、人ならざる神々しさすらネスラスに思わせた……と同時に、戦闘服に覆われた背後に繋がれた無線機、そこから延びたコードが彼女の長い耳に繋がっていることにネスラスは気付く。

「――――ダミア、三匹殺害。狩りを続行する」

 ローリダ語、だが堅い響きだとネスラスは思った。話し手の生まれ育った系譜の判らない響きだ。しかしその外見に、あらためて驚嘆の念を禁じえないでいるネスラスがいたことも事実であった。この島の部隊、国防軍や内務省の与り知らないこの部隊は、正規軍よりも装備面では遥かに恵まれている。このような部隊を作った人間は、一体何を考えて彼らをローリダ本土の南の端に置いているというのだろうか?


「…………」

 無線機にダミアと名乗った女が、周囲を見回すようにした。新たな気配を探っていることに気付いたネスラスは木陰に伏せ、気配を殺そうと努める。ネスラス自身、軍人として格闘戦の心得はあり、実戦でそれを用いた経験もあるが、その彼をしても前に出て戦いを挑むのを躊躇わせる程、あの亜人のナイフ裁きは疾く、身のこなしは凄まじい。

「――――!?」

 森の何処かから悲鳴が聞こえた。駆られる側か、あるいは狩る側か――――隠れつつ暫し考えるネスラスの前で亜人の女が踵を返し、そして森のさらに奥へと駆け出した。そこに銃声が数発重なる。森から出ようとした囚人が撃たれたのだとネスラスは察し、周囲を見回しつつ地面から身を擡げた。犇めく木々を掻い潜る様に奔り、そして地に潜って迫る気配をやり過ごす。気配は何れもニホン兵のような戦闘服を纏った連中……共に海を渡った囚人がそれ程生き残ってはいないことをネスラスは悟る。それを証明するように、森の何処かしこからも断末魔の悲鳴が重なり始めている。


 狩人が列を成して狭い路を走っている。大木の影に隠れそれらの通過をやり過ごす。最後のひとりが大木を過ぎろうとした瞬間、ネスラスは腕を突き出し兵を引き摺り倒した。勢いを付けて後頭部から地に転ぶ兵、ネスラスは馬乗りになりその顔に拳を叩き付ける。

「そこにいるぞ! 殺せ!」

 悲鳴のような声が背後からする。兵が持つナイフを奪うのも忘れなかった。倒れた木と窪みを乗り越えて走り、ネスラスは只管逃げに徹する。悲鳴は尚も時折、森の何処かで上がっていた。追跡者を引き離し、更に足を踏み入れた先――――


「――――!」

 斃れた狩人が三人、三体の骸から距離を置き、生き残りと思しき狩人がひとりナイフを握り締めて震えていた。背後を警戒しつつ再び木陰に潜み、ネスラスは狩人の様子を窺う。狩人が誰かと正対していることにネスラスは気付いたが、それが誰かであるのかはこの時の位置からはよく見えなかった。

「…………!」

 ナイフを構えつつ狩人が動く。ぎこちない動きから彼が正対する敵を恐れていることが判る。位置が変わるのと同時に眼前に現れた敵の姿に、ネスラスは思わず我が目を見張る。

「――――?」

 先住民が、ネスラスの眼差しの先にはいた。完全に脱力した自然体のまま立つその男、だが窪んだ眼窩の中で彼の眼が、まるで獲物を見出した肉食獣のそれのように爛々と光っていることにネスラスは気付く。その目から逃れようとして、狩人はもがいている。

「…………!!」

 絶叫と共にナイフを振り上げ、狩人が一歩を踏み出した。縦横に振られるナイフ裁きからして、訓練を受けた人間の動きであることが判った。だがそれ以上に距離を詰められ突き出されたナイフを、身構えもせずにまるで流れる様な、自在な身のこなしでかわす先住民の姿に、ネスラスは何時しか眼を奪われていた。狩人のナイフ遣いが次第に粗くなり、何合目かに突き出されたナイフを握る手を、先住民が掴む――――もう一方の手が無防備な喉を抉り、同時にナイフを握る手が音を立てて折れた――――昏倒。狩人の頭へ振り下ろされた脚の一撃に、狩人の首が折れる音が続く。悲鳴を上げる暇も与えられずに狩人は死んだ。


「…………」

 全てを殺し終え、悠然とその場を去る先住民、彼の後姿を目で追うネスラスには思い当たる話があった。あのニホン人と同じように、先住民は古来よりその手足を使い相手を制圧し、殺す技に長じている。共和国ローリダの建国以来続く先住民への抑圧と、それに伴う武力を伴う居住区への押込めが進行する過程で、それら格闘術の中には継承されず散逸してしまった技も多いが、それでも少なからぬ数の技が彼らの共同体の中で細々と受け継がれているとネスラスは聞いたことがあった。

 脅威が消えたのを目で確かめ、大木の陰から外に足を踏み出そうとしたネスラスの背後を不意に誰かが襲い。ネスラスは木に烈しく叩き付けられる。

「――――!」

 反撃を試みようにも腕を抑えられ、更には身体が密着しているが故に足も動かせなくなった。粗い息、饐えた男の体臭がネスラスの五感を驚愕に震わせた。と同時に、獣を思わせる粗い吐息がネスラスの耳朶にまで迫っている。

「囚人か……驚かせる」

「黙れディギヴィアン……!」

 先住民は、その場から去ったのではなかった。その第六感で察知した新たな獲物を、有利な位置から襲うためにわざわざ移動しただけなのだ。ネスラスがその事に気付いた時には彼の身体は凄まじい膂力で顔から地面に押し倒され、熊のそれを思わせる巨大な掌がネスラスの後頭部を抑え付けていた。そこに腕を走る激痛――――あと少しの力で、腕の骨を砕かれるかと思える程に腕を捻る腕力は強かった。


 先住民は、言った。

「……妙なものだな。お前には、罪の臭いを感じない」

「咎人が言う言葉か……!」

「おれは正義に従って戦っただけだ。咎人では無い」

「下等種族め……!」

「おまえ、官憲のような言葉を使う……!」

 粗い吐息の続く中に、鼻で笑う声を聞く……と直後、心身を捉えていた圧倒的なまでの圧力が掻き消え、同時に複数の気配に取り巻かれているのをネスラスは察した。羽根のように飛び上がり、ナイフを拾い上げた時には、既に身構えていた先住民の他、自身もまた狩人たちに取り囲まれているのに彼は気付く。

 六人?……いや、八人か――――狩人の数を数え、そしてネスラスは絶望する。二人で何とかなる数では無いように思えた。これでお終いか――――潜入捜査が果たせないことよりも、再び妻の許に戻れないことに、ネスラスはさらに絶望を覚え始めている。

 狩人がにじり寄り、すでに彼らの誰もがふたりに対し容易に斬り込める距離にまで迫ったそのとき――――

「――――!」

 芯を震わす程に甲高い信号弾の発射音には聞き覚えがあった。かつては狩りの始まりを告げる響き、そして今となっては森に生きている人間に狩りの終わりを告げる救済の響きであった。今に飛びかかりそうな体勢を取っていた狩人たちが退き、彼らの長らしき男がふたりの前に進み出る。


「今日のところは命拾いしたな。新入り」と、彼はネスラスに握手を求めた。言葉の響きが柔らかい。所謂「いいとこの出」かと、ネスラスは漠然と邪推しつつ握手に応じる。彼は先住民には握手を求めず、むしろネスラスの方が彼のことを気に掛けた。狩りを止めた狩人たちの後に続きつつ、ネスラスは先住民に言った。

「おれの名はグスカロス。グスカロス‐ロイ‐カンベルだ。宜しくな」と、同行する先住民に向かい手を差し出す。それに頭を振って応じ、先住民は言った。

「おまえとは、仲良くならない方がいいように思える」

「名前ぐらい教えろよ。墓を立ててあげられないだろう?」

白鷲(ブランフェザー)」とだけ先住民の大男は言い、ネスラスは鼻白む。先住民はキズラサ教会に登録すべきローリダ人としての名前の他、古くから伝わる独特の名前を持っている。ネスラスの問いにそのローリダ人名で返さなかったという振舞いからして、獄に繋がれる前から政府に対し反抗的な人間であることが察せられた。白鷲と名乗った先住民はこれ以上ローリダ人と話すことは無いと言いたげに歩調を上げ、ネスラスは何時しか彼の背後を追う形になっている。


「…………」

 その逞しい背筋を凝視しつつ、ネスラスは考える――――白鷲……こいつは、一体何をやらかしたのだろう?




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