第一五章 「Hide and Destroy」
ノドコール国内基準表示時刻12月29日 午後2時52分 ノドコール中部
弾丸が交差するのが見えた。それも周囲に、かつ無数に――
「――――!」
木々の間を駆けつつ、アイアンサイトに挟まった人影に向かい躊躇なく引鉄を引く。少し引き絞っただけでザミアー82自動小銃の銃身が震え、射弾に捉えられた影が崩れる様に倒れた。直後至近距離に現れた影――向けられた銃口から身を翻して木に背を預け、同時に引き抜いたUSP自動拳銃の弾丸を木陰から叩き込む。銃を取り落とし斜面を転がり落ちる敵影――
敵の技量は決して高くは無い――この場所に行きつくまでに斃した敵兵の感触から、二等陸曹 高良 俊二はそう感じていた。敵は森の中に紛れた積りだろうが、挙動の荒さが俊二の研ぎ澄まされた勘を前にその気配を明らかなものとしている。前進しつつ新たに現れた敵影にザミアー82を構えて引鉄を引き絞る。連続しない、だが小気味良い射撃音は、ザミアーが使い手の正確な照準の下、セミオートで弾丸を放っていることを傍目からも物語っていた。乗機を撃墜され、ローリダの民兵と一戦を交えた後に持ち変えたザミアーの新型銃。この銃で殺した敵兵を、俊二は既に十名までは数えている。反動制御の容易な小口径、射撃姿勢の保持に有利なグリップと分離した銃床を有するザミアー82。日本の89式小銃にシルエットの良く似たそれは、俊二の知る他の如何なるローリダ製銃器よりも扱い易く造られていた。
『――前へ! 回収地点は近いぞ!』
骨伝導式イヤホンに、指揮官たる鷲津二尉の弾んだ声を聞く。反響し重複する銃声が澄んだ空気を掻き乱す様に響き渡る。鷲津二尉の「決心」から始まった戦闘は、それが始まってすでに15分が経過していた。
遡ること10分前――
期せずして対空レーダー一基を破壊した後、俊二たちは新たな足を得た。チームは装具の上にローリダの軍服を纏い、鹵獲したトラックを駆り山間の道を進む。素性を悟られぬよう顔全体を覆うバラグラヴァと、上腕に巻いた布が敵味方を識別する目印だった。道の終端で車を棄て、分隊は散開し森へと分け入った。胸騒ぎが奥へと進むにつれて込み上げて来た。浸透と戦闘の連続――部隊レンジャー課程の最終想定を思わせるそれは、当事者の心身に疲労を招来する筈が、今ではむしろ冒険に臨む高揚感のみが俊二の胸を満たしていた。
「――――!」
レシプロエンジンの爆音として頭上から迫り来る気配が、俊二をして灌木の間に足を向けさせ、身を潜ませる。空を見上げる俊二の眼前で、気配は編隊を組み西へ向かうヘリコプターの編隊となった。迷彩の無い、銀色の腹を見せながら悠然と低空を過ぎる異形のヘリコプター編隊――敵が遂に独自の航空戦力をも動かし始めたことに俊二は内心で危惧を覚える。同時に、隊の中枢を担う鷲津二尉が手振りで集合を命じるのを俊二は見る。警戒動作を繰り返しつつ集まった先で、通信機を背負ったトウジを従えた鷲津は厳かに告げた。
「――ベース‐ソロモン守備隊が襲われた。通信が途絶している」
「では……」
ヤクローが声を出し掛けて、次には息を呑む様な顔をした。怒りを押し殺した時の、彼特有の表情であった。同じく言葉を失った分隊を前に、鷲津二尉は同じく傍に控える壹岐三佐に目配せし告げた。
「以後の作戦行動に変更はねえ。異議は無いな」
「…………」
自身の眼の色が熱を持ちつつ変わるのを俊二は自覚する。異議など持ち様も無いし、喩え持った処で既に退路は失われている。破局が生じる前から、彼らの為すべきことは決まっていたのだった。
再び散開し、分隊は森の深奥へとさらに浸透している。
『――コンタクト!……前方に車両を視認』
鷲津二尉の声と共に俊二は身を伏せる。匍匐を維持し木々の間を目指す。見えた……荷台に機関銃を据え付けたトラックが二両、その奥で民兵に守られつつ回転を刻み続けるレーダーアンテナが一本――偽装網を被せられたそれらを凝視する内、一人の兵士が構えている火器に俊二は暫し眼を留めた。グリップと照準鏡の付いた細長い円筒形の物体。如何にも重そうな表情で円筒を抱え直す兵士の姿を見る限りでは、それが単なるロケット弾とは到底思えなかった。
「まさか……」
携帯地対空ミサイルか――内心に戦慄ではなく、納得した様なものを覚えつつ、俊二はさらに匍匐を進める。散開する前、鷲津二尉が告げた作戦と「回収」の手順を俊二は脳裏で反芻する。
先刻の移動レーダー襲撃の成果として、Dチームは武装勢力がノドコール中部に張り巡らせた対空ミサイル陣地の規模と所在とを掴むに至った。具体的にはミサイルの配置図なのだが、以後の情勢を考慮すれば放置して離脱するわけには行かず、襲撃を察知した敵が配置を変更する前に可能な限りこれらを捕捉し叩く必要がある。特にベース‐ソロモン周辺に所在する防空網の排除は、以後の友軍の作戦行動を考えれば愁眉の急であった。
よってDチームは敵中に浸透し防空網――特にレーダーを破壊する。完全に脅威が消えた後始末として、Dチームの要請を受けスロリア方面より発進した空自機が「片を付ける」。
「――何処かに目標追尾レーダーがある筈だ。そいつを破壊すれば全てが終わる」
と、浸透前に持たれた簡易なブリーフィングの中で、壹岐三佐は言った。配置図には標されていなかったが、防空システムの構成上、少なくとも発射器の周辺には、ミサイルを目標まで誘導する専用のレーダーが存在する筈である。Dチームはローリダ兵に偽装し敵陣に浸透、作戦の開始を待つという運びとなる……
浸透を完璧ならしむる上で生じた誤算と言えば、ローリダ兵に偽装する上で持ち変えたザミアー82自動小銃は、当のローリダ軍の中でもそれ程行き渡っているわけではないという事実が、浸透を実施して初めて判明したことだ。特に農民服姿の民兵には、旧型のザミアー銃すら満足に行き渡っているとは言い難かった。そのような中でローリダ人の中に紛れこんだとしても、装備からして却って目立つかもしれない。但し彼らがピアッティスと呼ぶ対装甲ロケット弾と携帯地対空ミサイル発射器だけは、兵力の規模に比して異様なまでに充足しているように思える。それだけ彼らが、陸空からの脅威に敏感になっているということだろうか……
森を抜け、茂みに身を顰めたままの俊二の眼前で、トラックと自動車の入り混じった車列が止まる。銃や金具を触れ合わせつつ各車から武装した人間がぞろぞろと降りるのを俊二は見る。最後尾の乗用車がその後部座席からやはり武装した民兵を吐き出すのを見届け、俊二は叢から身をもたげた。歩を進め兵士の群に混じり掛けた時、指揮官の腕章を付けた男が、覆面姿の俊二を身咎める。
「何だ貴様?」
「…………」
さり気無く俊二は軍服の腹を擦り、苦々しげに頭を振った。
「野糞か……早く行け」
ローリダ人の険しい顔が綻び、やはりローリダの言葉を吐き出すのを聞く。延長教育で教わったローリダ語の発音より荒々しい、話に聞いた「下層民訛り」というやつだろうか? 俊二に背を向け、そのローリダの男は集まって来た部下に指示を飛ばし始めた。
「指示通りに動け。お前らは対空砲の設営準備、お前は指揮所への報告。お前たちは――」
残りの集団に加わる様に俊二に促し、男は続けた。
「――俺に続け。誘導用レーダーの警備だ」
「――――!」
俊二は目付きを変える。隊列を整える間際、俊二は背後の森をさり気無く顧みる――それまで木陰深くに在って、俊二の浸透ぶりを伺っていた気配が消えた。動き出した隊列の中、最後尾に付いて歩く俊二に、横から話し掛けてくる者がいた。
「君は……本土からの志願兵?」
「…………?」
眼鏡を掛けた、線の細い若者だった。農民服姿だがその佇まいは農民のそれではないと、俊二にはすぐに察せられた。第一野良仕事向きの体格では無い。愛国心、あるいは単なる冒険心から未開の植民地に足を踏み入れた義勇兵といったところか……
「何故?」
「なぜって……それ」
と、青年は軍服の胸を指差す。自身の胸を飾る赤いリボンが、青年の農民服の胸をも飾っていることに俊二は今更ながらに気付いた。
「君のそれ……志願兵の証でしょ?」
「ああこれ……」
胸のリボンを、俊二は撫でるようにした。戸惑いも束の間、俊二は青年に眼で笑い掛けた。
「……まあね」
青年の顔に、安堵を思わせる緩みが生じるのを俊二は見た。
「よかった……この隊に配属された志願兵はぼく一人だと思っていたから」
それから、隊列は一人もそこから外れることなく進んだ。俊二と青年の服装と同様、隊列の装備は区々だ。軍制式のザミアー銃はもとより、それ以前の年代物の小銃、猟銃同然の外見の長銃身の銃を背負っている者もいる。その中に見た限りでは、例の対装甲ロケット弾を持った人間は二人ほど……
進むにつれ、周囲に蠢く人間の気配が増すのを感じる。交通路を脱して車道の側道、自分が即製の防空陣地の中に踏み入ったことを俊二は察する。地対空ミサイルという、さすがに専門性が要求される兵器だけあって、周辺に硬質な、軍人の空気を漂わせている気配が増えていることに気付く。隊列の横を通り過ぎるトラックが一両、四連装の対空機関砲を牽引して走るそいつの荷台を、満載同然に埋めるローリダの軍人たち、その中の一人、荷台に腰掛けて俊二を見下ろす覆面姿と俊二の眼が合った――トウジか――覆面の下で、俊二は軽く苦笑する。季節がらか防寒用の覆面姿は多いが、理由は単に寒いからだけでは無い。自分たちのこれまでの「仕事」に、全てを白日の下に晒されてもその正当性を主張し得る要素がまるでない事を、彼らも知っているからだ。
こうして歩いている間にも、傍らの青年は俊二に盛んに話し掛けて来た。故郷のこと、家族のこと、そして生まれて初めて足を踏み入れた「植民地」という世界――それに対し相槌だけを打ちつつ、内心で感銘に近い感情を覚える俊二がいた。とうの昔にそれを知っている筈なのに、一個の人間としてのローリダ人は、そのものの考え方も道徳観も日本人とはさして変わらないことへの驚愕。だが現在、ベース‐ソロモンの件といいここノドコールの地で残虐非道な行いに手を染めているのは紛れも無いこの連中なのだ。
「君は、生まれは何処?」と、出会った頃よりだいぶ打ち解けた口調で青年が聞いた。青年は多弁であった。恐らくは生まれた初めて一人で踏み入ったノドコールの地に対する不安、それを分かち合う同志を見出した安堵が、この青年をしてマシンガンのように言葉を吐き出させているのだろう……と、俊二は内心で思案を巡らせる。
「アダロネスだよ。ルビナールってところ」
乏しいローリダに対する知識を総動員し、俊二は言葉を返した。途端に青年の目付きが変わった。それは驚愕の眼差しだった。
「ルビナール!?……金持ちの街じゃないか! ぼくの下宿は隣の区なんだ。カロンゼル区だよ」
青年は自分が地方の地主の次男で、アダロネスに出て大学で文学を学んでいたことを教えてくれた。志願に当たり大学は辞めて来たと彼は続けた。
「親には言ってあるの?」
「まさか……言っても反対されるだけだから」
「……だろうね」
言葉を濁した俊二の顔を、青年は覗き込むようにした。
「君は……アダロネスでは何をしていたの?」
「おれは……その……商売の手伝いさ。その金持ち相手の」
言葉を濁し、俊二は俯く。青年が自身の困惑を誤解してくれる方向に、俊二は賭けた。
「……その商売が嫌になって、志願して来たのか?」
「まあね」
さらに話し掛けようとした青年の口が固まる様に止まった。同時に俊二の足も止まる――停止し整列に掛かり始めた隊列の遥か前方。ミサイルを乗せた装軌車二両を従えるようにして停まる、巨大な円眼鏡を思わせる誘導アンテナを乗せた装軌車が一台……それを見据えつつ、俊二の思考が常人のそれを越えた速度で循環を始めた。周辺の警備は決して厚くは無い。指揮官が横隊への整列を命じ、慌てて取り掛かり始める一団の中で、俊二はこちらに向かって来るミサイル部隊の幹部連を観察する機会を得た。その中のひとりは女――
「…………」
――その女が只者ではないことは俊二には一瞥で判った。青白い顔をした反っ歯の女だ。
「報告いたします!――」
俊二たちの眼前で、隊容を整えた指揮官の報告を受け、反っ歯の女はのっそりと進み出る。それだけでも、眼前に立った幹部連の中で彼女が最上位、あるいは最先任であることがわかる。距離が詰まり、俊二は彼女の姿に改めて目を見張る。まさかと思ったが、嵩張る弾倉入れ等を綴ったサスペンダーの下で彼女が着ているのは、紛れも無い日本のパーカーとジャージだった。だらしない着こなしといい、ぼさぼさの髪の毛といい、日本では深夜の歓楽街を屯していても違和感の無い外見であることに、俊二は内心で感動すら覚えた。
その女性幹部が言った。
「誘導弾中隊のルガー大尉である。お前たちには対空陣地設営作業に取り掛かってもらう。我々の当座の目的は、この対空陣地を恒久化し、近い将来に迫り来るニホンの侵略に対抗することにある……」
以後、各隊の配置と作業完遂に要する所要時間を告げられて解散となる。俊二は誘導レーダーから遠い陣地を構築する班に振り分けられた。その誘導レーダーに隣接する平地で、先刻俊二たちを追い越して行ったトラックが止まり、牽引していた対空機関砲の据え付けが始まるのを俊二は見る。対空機関砲を所定の位置に押し引く複数のローリダ兵、その中で覆面をした一人が作業に混じりつつずっとこちらを伺っている……解散する隊に付いて行こうとした俊二を、女の声が不意に呼び止めた。
「……おいおまえ、止まれ。そこの覆面」
ルガー大尉と名乗る反歯の女。踵を返して不動の姿勢を取る俊二の顔を、彼女の濁った眼差しが凝視していた。女なのに一ミクロンの情欲すら催さない饐えた体臭が、俊二の鼻腔を擽った。
「……おまえ、いい銃持ってるな」
「交換しますか? 大尉殿」
ルガーという名の女の、その背に負った小銃を見遣り、俊二は応じた。自分のローリダ語が存外に通じることに、今更ながら驚く俊二がいる。だが次の彼女の言葉は、俊二にとって単なる冗談では済まなかった。
「此処で82なんて持っているのはわたしとおまえだけだ……派遣部隊の兵すら持っていない銃を、何故ただの義勇兵のおまえが持っている?」
「……戦死者のものと取り換えたのであります」
「おまえ、その覆面脱げ」
「…………」
「おまえ、兵隊にしてはやけにふてぶてしいんだよ……だから顔見せろ」
「…………」
何時の間にか、他の幹部が無表情を保ったまま俊二の側面に回っていた。腰のホルスターの覆いが既に外れている。特殊部隊員としての自分が取るべき行動を即座に制限――否、制圧し得る位置であることはすぐに判った。ルガーの目配せで進み出た兵士が俊二の両肩を抑え、ルガーの手が俊二の覆面に延びる――
『――――!』
サイレン音が一帯に響き渡った。小銃を背負った兵士が側車を駆って近付いて来て、荒々しく止まった。
「境界部レーダーサイトより報告、ニホンの戦闘機が境界を越え複数接近中!」
「――――!」
ルガーは舌打ちし、俊二を睨むようにした。同時にルガーの指が先程の青年に延び、彼女は声を荒げた。
「こいつを連れて行け! それとおまえ、この男を見張っていろ!」
狼狽ぶりから恐らくは想定外であったのだろう。敵機の襲来に対する戸惑いと沸騰する敵愾心が、一帯の慌しさに拍車を掛けようとしていた。トラックが走り回り、既にミサイルの周辺に付設の終わった対空機銃座には人間が付いて銃身を上下左右に動かしている。俊二はと言えばそのまま引き立てられ、敵兵に引き摺られるように仮設兵舎の陰に入ったその時――
「――――!?」
俊二の左右を固めていたふたりの兵士に取って、それは唐突に始まり、一瞬で終わった。腕を掴んだ手から即座に堪え難い力で下へと引き摺られ、姿勢を崩したところで一人の天地が逆転する。地面に頭部を強打し動かなくなった兵士、その後には何事も無かったかのようにその場に立つ俊二と、銃を構えたまま為す術もなく立ち尽くすローリダの青年が残される――
「ヒッ!?」
それは眼鏡の青年にとっても一瞬の出来事であった。一瞬である上に理解の外を越えていた。大して力を加えた風でも無いのにいきなり体幹を崩され投げ飛ばされた友軍の兵士――それ故に惹起した恐怖が青年に銃を構えさせる。向けられた銃口など意に介しないかのように俊二はそのまま青年に近付き、そして銃身を握った。
「安全装置……解除シテナイ」
「…………」
片言のローリダ語であった。今更ながら、この男とは出会った頃から違和感を覚えていた様な気がする、さらには今となってはそれがごく当然の理である様に思えてくる。同時に、本国の港からノドコールへ向け海を渡った際、同じ義勇兵たちから聞かされた噂話のひとつが、青年の脳裏に急激に頭を擡げてくる――
「――虜囚経験者から聞いた話だが、ニホン人の中には恐ろしい術を使うやつがいるそうだ。それは自分よりも立派な体格をした相手、自分よりも力のある相手を、指一本で投げ飛ばしたり弾き飛ばしたりできる術らしい」
現在自分の眼前にいるのは、そのような「ニホン人」なのだと青年は思った。思うと同時に、背筋が凍った。生命を奪われることへの恐怖だと感じた。
沈黙を保ったまま、覆面の男は握り締めた銃身を持ち上げた。次には抗い難い力で銃を取り上げられた。強い力を見せつけられているのに、彼の動きには何故か荒々しさが感じられなかった。むしろ質量すら感じられない。まるで実体の無い幽霊を相手にしているかのような――
「――――!」
腰が震え、それは次には青年から立つ力すら奪う。完全に戦う意思の失せた青年を尻目にその男は猟銃の装填レバーを動かして全弾を排出してしまう。手際は自分よりも巧いと青年は思った。銃を放り、覆面の男は青年の胴に馬乗りになる。極限値に達した恐怖に、薄れゆく自我を必死に引き戻そうと青年は試みる。
「オイオマエ」
「…………!」
失禁――もはや自身の制御を越えたそれに、青年は眼を瞑って耐えた。恐怖によるそれは、たった一言の片言で引き起こされた。次の瞬間には馬乗りになった覆面の男が、無感動に青年の顔を覗き込んでいた。覆面の奥に光る空虚な眼光、それは生粋のローリダ人たる青年にとって、「聖典」に出てくる悪魔に勝る恐怖の象徴である様に思えた。
「クニヘカエルンダナ。オマエニモカゾクガイルダロウ?」
「…………」
囁きに近い声に、何と返答したのか判らない。ただその言葉が、この日最後の青年の記憶――
「ハイ!」と引き攣った声で応じた青年は、そのまま白眼を剥いて動かなくなった。
「――こちら高良、配置に付いた。これより状況開始」
隠し持っていた喉頭式マイクに報告し、奪われた装備を整えつつ、俊二は失神した青年に苦笑する。仮設兵舎の陰、そこからは稼働を始めた対空ミサイル発射器と誘導レーダーの配置を手に取る様に把握することができた。誘導レーダー車の後部ハッチが開放されたままなのはご愛嬌か。発射態勢に入ったミサイルから、噴煙を恐れて周辺警戒の兵士が距離を置き出すのを見計らい、俊二は駆け出した。そこで同じく浸透を果たしたトウジと合流する。
『――シュンジ、こちらコブラ、誘導レーダーに向かえ。援護する』
「――了解!」
配置に就く者、陣地設営が途上であるが故にそれが叶わぬ者は森の中か退避壕へと向かい縦横に駆けている。彼らの間を縫い、あるいは彼らに紛れて二人は目指す誘導レーダーの近くへと迫った。これでは昔の継続訓練と全く同じ――否、それ以上に楽だ。誘導レーダーを左右に動かしている装軌車の後方に潜み、半開きになっている乗降ハッチの隙間から俊二は車内を伺う。オイルと金属の混じり合った不快な臭い漂う車内、薄暗いその中はオペレーターの怒声と回路版の瞬きに支配されていた。トウジに背中を預け、俊二は無言で手榴弾を取り出し、脳裏でカウントして放り込む――
「――手榴弾!」
オペレーターの絶叫が生じるのと、俊二が力任せに扉を閉めるのと同時、車内で破裂した手榴弾の破裂に装軌車の巨体が激しく震えた。再び扉を開き、駄目押しのもう一発目を放り込む。惨劇の巷と化した車内から、金属と血肉の焼ける不快な臭いが重なる――再び炸裂。
「――――!」
異状を察知し装軌車に迫るローリダの兵士、だがそれを待ち構えていたトウジの反応が早かった。正確なセミオート射撃で一人、また一人と斃されていく敵兵、それに俊二も加わり、混乱の中で活路を啓いて行く。前後を入れ替えて銃身を翻し、二人は眼に入る限りの敵に向けて撃ち、そして斃した。遮蔽物を見出して潜んだところで、俊二は喉頭式マイクを抑えて告げた。
「コブラ、誘導レーダー車を破壊した。これより回収地点に向かう!」
「シュンジ!」
トウジが力任せに肩を叩いた。陣地の広がる一帯のさらに一隅、火柱が上がるのを俊二は見る。捜索レーダーの位置で上がった火の手、先行した鷲津二尉たちの仕事だと直感する。
『――デルタよりセイバーフィッシュ、レーダーを破壊した! いつでもいいぞ!』
『――こちらセイバーフィッシュ、侵入点通過、攻撃まであと3分!』
鷲津二尉と空自機の交信を聞く。兵士を満載したトラックが向って来て前のめりに止まる。荷台より重機関銃を乱射するトラックの荷台よりぞろぞろと飛び降りる敵兵――それは殺到と言っても良かった。重機関銃の弾幕から逃れつつ、斃した敵兵の手から転がり落ちる携帯ロケット弾発射器に飛び付き、俊二は砲口をトラックに向ける。
「――――!」
ロケットの照準は正確だった。射撃と同時に白煙を引いて飛ぶ火矢を受け、トラックが飛び上がり炎上する。着弾の衝撃波に散開しつつあった敵兵が弾かれ、そのまま動かなくなった。
「シュンジ! ミサイルを狙え!」
トウジが後背から次弾を装填し俊二の後頭部を軽く叩く。再び廻った砲口から飛び出した対装甲ロケットがミサイル発射車両を貫き、それはミサイルの燃料に引火し禍々しい火柱を噴き上げるのだった。さらに三撃目で、防空システムを構成する全てのミサイル車が粉砕される―― 一帯に炎の海が生まれ、閉じかけた包囲網に綻びが生じた。
「引き上げだ!」
トウジが俊二の肩を叩いた。発射器を放り出し俊二はトウジの誘導に従う。追跡をかわすべく森に入るのと、低空を舐めるジェットエンジンの爆音が響き渡るのと同時であった。反射的に見上げた上空を、防空陣地へ駆ける機影がひとつ――F‐15Jか?
『――セイバーフィッシュ、目標補足!……爆弾投下!』
真っ黒い弾体が空を切るのが見えた。それが大地に刺さるのと同時に一帯が激しく揺れた。それも一度では無かった。怒涛の如き爆弾の着弾。炸裂は衝撃波を生み地上に存在するあらゆる物体を薙ぎ倒し粉砕する。着弾の爆発音と同時に生じた生温かい突風が何度も森林を揺らす。F‐15Jによる地上の蹂躙は一航過では終わらず、次には機関砲の発射音が天を揺るがしていく――怒りの咆哮だと俊二には思われた。
10分後――
疾走――
「敵接近ッ!」
手にしたザミアー銃を再び前方に向け構え直す。叫ぶと同時に放たれた二発は、伏撃を掛けようとした新手の敵兵を完膚なきまでに撃ち斃した。同時に敵の得物がそれまでのローリダ兵のものとは全く違うことに気付く。しかしじっくりと検分する余裕は既に無かった。多方向より飛び交う弾丸から身を翻して逃れ、俊二とトウジは相互の死角を補完しつつ弾幕を展開する。凡そ眼に入る限りの敵を撃ち、その半数以上を斃しつつ二人は駆けた。射撃音の相違から、トウジが既に新しい銃に持ち替えていることに俊二は気付く。
「グナドスの銃か!?」
「そうだ!」
ローリダのそれとはだいぶ垢抜けた形状、それもブルハップ構造の銃を構えつつトウジが言う。セダム‐ワピツーレ騎兵銃――俊二の知識が正しければそいつは五年前までグナドス王国唯一の軍制式ライフルだった筈だ。合成樹脂とプラスチックを多用した外観を有し、弾倉と銃床が一体化したが故に銃身は短く取り回しは容易い。しかもトウジが持っているものはご丁寧にホロサイトまで付いている。
「装填っ!」
全弾を撃ち尽くし、トウジが空の弾倉を落とし新たな弾倉を繋ぐ。それをカバーする過程で俊二はザミアーの全弾を撃ち尽くしてしまう。弾倉のストックは既に無かった。軍服の下に隠匿していたUSP自動拳銃を引き抜いて驚異の消えた山肌を奔る。
「シュンジッ!」
トウジが斃した敵から剥がした銃を放って寄越す。外皮の全てが強化プラスチック製、長方形の一体構造に引鉄を引くグリップだけが付いた様な単純極まる形状の小銃。内心で新鮮な感動と共に俊二はそれを抱え、二人は再び駆け出した。
「リゲリオンは使えるか?」
「説明書は読んだことがある」
「じゃあ大丈夫だな」
余裕ある口調でトウジは言った。リゲリオン――最近になって制式採用が発表されたばかりのグナドス軍最新自動小銃だ。
「――――!」
山肌の斜面、高度の優位を生かして襲い来る敵兵にリゲリオンの引鉄を引く。ワピツーレよりもさらに間隔が早く、かつ抑制された連射音が濃密な弾幕を張り、即座に彼らを制圧する。薬莢は出なかった――それこそが、まさにリゲリオン最大の特徴だ。
その射撃にあたりリゲリオンは紙製の特殊な薬莢を使用する。薬莢は40発入りの透明プラスチック製弾倉内に密封され経年劣化を防ぐ仕組みになっていた。薬莢は撃発時に完全燃焼するが故に排莢動作を省略でき、その恩恵は2000発/分という、同クラスの小銃に比して驚異的な発射速度となって現れている。
「――――!」
ダットサイトで眼前に敵影を捉え引鉄を引く。フルオートで放たれた一連射が全て敵兵の胴体に集中するのを俊二は見る。集弾性は良好。さらには射撃時のコントロールも容易だ。噂には聞いていたが、ここまでいい銃とは――
『――こちらグランブルー、コブラ、回収地点に敵の浸透を確認! 着陸できない!』
『――そう慌てなさんな。新人か? 北に谷がある。そちらに向かってくれ』
『――グランブルー、了解!』
『――コブラより各員へ、プランBに移行する! 異論は生残ってから聞いてやる。以上!』
「了解……!」
救難ヘリとの交信、応答と同時に込み上げる苦笑――浸透前に脳内に叩き込んだ防空陣地周辺の地形、その中に設定した予備の回収地点の位置を俊二は思い返す。プランB――予備回収地点への移動……否、後退をそれは示していた。
山中の急斜面を駆け登り、二人はあっという間にその頂に達する。木々を縫うように武装兵が散開して行く様が見えるのと同時、銃声が重複して響き渡るのを聞く。あれ程斃したのに、敵の数は一向に減らない。むしろ先程のローリダ人とは敵の質が明らかに異なっている。ローリダの民兵、ともすれば正規軍の兵士よりも銃の扱いに慣れた連中だ。
『――ローリダ人じゃない! こいつら異種族の傭兵だ!』
ヤクローか?――無線越しに声を聞くのと同時に、ふたりは予備回収地点の方向へ斜面を滑る様に駆け降り始める。直下に敵!――彼らよりも早く放たれた俊二たちの弾幕が彼らから応戦する余裕を永遠に奪った。撃ち斃される間際、彼らの一人が取り落とした照準鏡付きのザミアー小銃を俊二は取り上げ、大木の根元に滑り込むようにして構える――
「――――!」
照準鏡の中心に分隊支援機関銃を腰だめに構える一人を捉える。即座に引いた引鉄は、照準鏡の中で頭部を割られて鮮血を噴き上げつつ斃れる敵兵を映し出した。銃口を廻らせ、続けて引鉄を引く度に斃れる敵、敵……また敵!――俊二は弾丸を撃ち尽くした狙撃銃を棄て、そこにトウジの弾んだ声が続く。
「前方クリア! 先導する!」
持ち変えたリゲリオンを構え、俊二は後背から両側面にかけて警戒しつつ奔る。敵の追跡をかわして完全に森を脱し、期せずして脱出に成功した分隊の仲間たちと合流を果たすことに成功する。
「――――!?」
地形図から覚悟はしていた積りではあったが、予備の回収地点は峻嶮な谷となって俊二の眼前に広がっている。これで援けが来なければ、完全に詰みだと思う。
『――躊躇うな! 谷間まで走れ!』
俊二の抱いた困惑を見透かしたかのように、壹岐三佐の声がイヤホンに響く。気付いた時には彼は俊二の傍らを走っていて、その手にはザミアー82自動小銃が握られていた。弾丸が複数、空を切る音を間近に聞く。行く先知れずの状態であっても、決して立ち止まれない状況にあることを俊二が痛感した瞬間――
「――――!」
軽快なローター音が谷の向こうから迫って来る。それは次の瞬間には俊二たちの眼前遥か先で、谷の向こうからせり上がる様に浮揚するヘリの機影となった。ネイビーブルーのUH‐60J。航空自衛隊の救難ヘリだ。
『――グランブルー、援護する!』
ドア搭載の7.62ミリミニガンが咆哮し、ばら撒かれた弾幕が森を舐める様に切り裂く。キャビンから二人の人影が飛び降り、銃を構えて此方に向かって来るのが見える。特殊作戦群仕様と同じ軽量ヘルメットに、分厚い防護服の組み合わせを纏った男達だ。降下救難員か――俊二の眼前で彼らも森へ向かい射撃を始めている。彼らが構えている銃のいずれもMINIMI5.56ミリ機銃であることが、その外見と発砲音からもすぐに判った。一人の降下救難員が発砲しつつ鷲津二尉に近付き言った。
「――これで全員か?」
「――そうだ。敵が迫ってる。さっさとずらかろう」
『――グランブルー、ロケット弾を視認!』
絶叫に近いパイロットの声と同時に、ヘリが谷から飛び上がる様に浮揚した。急旋回を繰返し、フレアーを捲きつつ上昇するUH‐60J、それを追うようにロケット弾が白煙を曳いて空に伸び上がるのが見えた。それまで森の奥から銃撃を続けていた敵影の多くがすでに森の外に出、俊二たちもまた崖っぷちで応戦を強いられる。残弾も少なく、より正確な射撃を要求される中、蒼空を占める雲々の合間を縫い銀翼を煌めかせる機影を俊二はその眼差しの片隅に見出すのだった。AC‐130J――救難飛行隊に随伴する支援輸送機だ。
「ワルプルギス、こちらグランブルー。航空支援を要請。森一帯を掃射してくれ。敵が広範囲にいる!」
彼自身MINIMIの弾幕を森へばら撒きつつ、降下救難員がインカムに怒鳴る。俊二の使うリゲリオンの弾丸が、この時尽きた。尚も迫り来る敵影に向かいUSPを引き抜き、闘志の赴くままに引鉄を引き続ける。弾丸切れ――
「――装填っ!」
『――ワルプルギス、これより攻撃!――』
熱を伴った質量が乾いた空を裂き、次々と森に突き刺さる。生じた火柱は衝撃波を生み、その周囲に居合わせた全ての無機物と有機物を吹き飛ばすのだった。榴弾砲の威力は凄まじい、追跡者たちは完全に沈黙に転じ、そこに駄目押しの機関砲の弾幕が続いた。悪魔の息吹を潜り抜けた者たちを待ち受ける鋼鉄の雨だ。それこそが追跡者たちに弑虐への欲求を奪い逃走へと志操させた。再び着陸コースに転じたUH‐60Jが、ミニガンより銃撃を繰り返しつつ高度を落とし、絶壁の先端で静止する。
『――撤収だ!』
鷲津二尉が怒鳴った。壹岐三佐がいち早くキャビンに飛び移り手本を示す。それに全ての隊員が倣う。俊二と鷲津二尉は最後まで踏み止まり、森の中で蠢く敵意の具現に向かい、尚も得物の引鉄を引き続けた。
「装填!」
「シュンジ! 引き上げだ!」
俊二の肩を叩き、鷲津二尉が声を弾ませた。彼らの背後でUH‐60Jはローターの回転を増し再び浮揚を始めていた。意を決した二人がキャビンにしがみ付く様にして飛び込むのと、キャビンに控える降下救難員がMINIMIを斉射するのと同時だった。追い縋る武装兵がMINIMIの弾幕に捉えられて斃れ、執念深く彼らに続く敵影に向かいキャビンのミニガンがさらに咆哮する。フレアーを捲きつつUH‐60Jの機首が廻り、高度2000フィートに達した機は南からスロリア方面に抜けるコースを取り始めていた。その上空で左旋回するAC‐130Jが、太い飛行機雲を曳いているのを俊二は無心に見上げる。
『――グランブルー、Dチームを回収。基地に帰還する!』
天空を支配する雷神の怒りを具現化した様なAC‐130Jの掃射は、それ自身自機防御用のフレアーをばら撒きながら尚も続いていた。かつては鬱蒼とした繁りを広げていた森はその半分近くが焼かれ、その残虐さをノドコールに轟かせた武装兵の墓場となり果てている。さらに南に機首を転じたUH‐60Jが薄い雲海を飛び越えたとき、その眼下に広がる光景に息を飲まなかった者は機内には皆無であった。
「――――!?」
森を貫いて走る道が一筋。死と破壊がそこを占有している。その主体が基地を明け渡し東方への退避を図っていた友軍と現地民である事は今更他言を要するものではなかった。雲海に届かんばかりに高々と噴き上がる黒煙が複数。それは折からの風に乗って地上の無念と怨嗟の声をヘリのキャビンにまで運んで来た。操縦席から聞こえてくる慌しい交信が、それらを代弁していた。
『――こんな残酷なことが!……許されていいのか!?』
「…………」
操縦士の怒りを、俊二はキャビンの床に躯を預けつつ聞いた。思えば三年前の不条理に対しても叫ばれた怒り――だが今では、そこにまた別の怒りが重なるのを俊二は覚えた。
「――ちきしょう! なんて醜態だ!」
ケンシンが叫び、拳で内壁を打った。眼下の惨劇――これを防ぐためにおれたちはここノドコールに遣わされたのではなかったのか?……それは自分たちの作戦が虐殺の回避に繋がらず、結果として蛮行を見過ごしてしまったことに対する自責の怒りであった。
そして自分たちは何も成し遂げないまま、今まさに此処を離れようとしている――向け処の無い怒りを押し殺そうとして、俊二は唇を噛締めた。2000フィート以上の高度差を経てもそうと判る、完全に生気の失せた襲撃現場を、俊二は無言の内に見詰めるしかない。
「――まだだ。まだ終わっちゃいねえよ」
吐き捨てる様な、だが強い意志を篭めた言葉を俊二は背中に聞く。鷲津二尉だ。その声は苛立っていたが、復仇への強い意思に満ち満ちていた。それは闘志だと俊二には思われた。
「そうだな……我々がやるべきことは未だ残っている」
壹岐三佐の声が続いた。状況に似合わず落ち着いた声がチームの注意を惹く。そこに再び鷲津二尉の言葉が続いた。
「まずは独立派との合流だ。むしろこれからだ……これから独立派がどう動くかでノドコールの運命は変わる」
機上整備員が無線機の送受話器を壹岐三佐に差し出す。それを掴み耳に充てた壹岐三佐の眼差しが、急激に険しさを増した。
「本部からだ……現地情報隊にゴーサインが出た」
鷲津二尉が嘆息する。キャビンに飛び込んだ時の荒い息遣いがすでに消え、彼はただ無心に眼下の大地を見下ろす。
「猟犬が放たれたか……俺らの分も残してくれるんだろうな」
「それはどうかな」
壹岐三佐が苦笑する。俊二には思い当る節があった。極秘裏に作戦予定地域に展開し、後続する主力部隊の作戦行動に必要な情報を収集するべく創設された現地情報隊。編成上は防衛大臣直轄の陸上自衛隊中央情報隊隷下の一支隊だが、彼らの任務には決して公にはされない一側面が存在する。主力部隊の作戦行動に際し障害となり得る一切の事物の排除がそれで、むしろ現地情報隊という名称自体が、その任務を遂行するために存在すると噂される専属班の隠れ蓑であるという噂が存在する程、数多くの秘密作戦に関与していると噂されている。部内名称で「X」とも称されるごく少数の専属班、所属する戦闘員個々の能力は特殊作戦群以上とも言われ、四年前のローリダ軍スロリア侵攻の際、彼らの侵攻作戦を挫折しせしめたノドコールにおける現地人反乱もまた、彼ら専属班の「仕事」だったと俊二は訓練生時代に聞いたことがある……
……警戒空域から脱し、直線飛行に転じたUH‐60Jの機上、鷲津二尉が言った。
「仕切り直しだ。今日中にまたノドコールに戻るぞ」
『了解!』
新たな目標を与えられたことで、チームの声には弾みが戻り始めていた。俊二もまた、ホルスターから抜き出したUSPを握り締め、使い込まれた銃身をまじまじと見詰める――
「…………」
ロメオ狩りだ――揺れ動く内心を、任務への忠誠へと傾けようと俊二は努める。
それはまた、彼自身の遠い記憶になおも住んでいた一人の女性の、拭い難い影に対する決別をも意味していた。
来週5/18(日)掲載分でEpisodeⅡは終了となります。読者の皆様には以上ご報告申し上げます。




