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第六章  「爆撃の夜」



ノドコール国内基準表示時刻12月23日 午前1時31分 ノドコール中北部 



 森の草木ですら、睡魔の虜となり果てたかのような静寂が、一帯には漂っていた。


 降り立った時には、時折山間に響いていた鳥の声さえ、森の深奥に踏み込む内に吸い込まれる様にして消えてしまった。だが山間特有の足場の悪さにも関わらず、木々を縫って進む影の歩調は機械の様に一定で、しかも速かった。さらに言えば、影からは遠方からその動きを察知させるような気配を、全く感じ取ることが出来なかった。彼らからは質量を感じさせる一切が消え、もはや実体と一切の物理法則の頚木から解き放たれた幽霊のような、およそ非現実的な空気の流れでしかなかった。


「…………」

 自分たち以外に何も動くものの無い静寂に満たされた森の深奥で、二等陸曹 高良 俊二は自らの意識をゆっくりと、慎重に覚醒させた。つい二時間前、前進拠点としたノドコール中部、PKF飛行場「ベース‐ソロモン」をCH-47JA輸送ヘリで発ち、ノドコール中北部奥地に降り立ってからずっとそうであったように、なるべく森と一体でありたかった。自我を強調する事で森との調和を乱し、余計な波紋を立てる事を俊二は何よりも恐れた。


 常に静寂(サイレント)たれ 戦うときも死ぬときも――それは此処に来るまでに幾度も経験した過酷な訓練と演習において、特殊作戦群隊員の隊員及び候補生に特に要求された特性であったし、俊二自身もまたその必要性を痛感するところであった。足を標した戦場に於いて個を殺し、環境と一体化することで、特戦群の戦闘員(オペレーター)は完成される……!


 闇に馴れた眼は、彼を先導する形で進む分隊の姿を、実像というよりは気配――否、空気の流れ――として捉えている。聴覚、嗅覚、触覚――それらに留まらず、五体を巡る全ての感覚器官が静寂の中で躍動し、直感的あるいは本能的な意味で俊二に暗夜を駆ける路を示していた。分隊を先導する「コブラ」ことD分隊隊長、鷲津二尉と殿を務める俊二の間をやはり分隊の5名が相互を支援しうる距離と位置取りを維持したまま進んでいる。視覚ではなく、眠った森を流れる張り詰めた空気の流れ――何か超自然的な「触覚」――を手繰りつつ進む俊二には、距離を置いてはいても彼らとの位置はおろか彼ら個々の息遣いまで手に取る様に察せられた。


 身体に当たる空気の流れが変わった。歩速を上げつつ俊二は直感する――森が、啓ける!

 

 鬱蒼とした木々の合間を縫って踏破した路は終わり、森の只中で開けた草原を前に瞳孔が収縮し、視界に余計な光を取り除かんと反応する。訓練の末一瞬で適正な視界を取り戻した眼前には、拳を上げて分隊に停止を促す鷲津二尉と、それを受けて歩を止め、各個のポジションから反射的に警戒態勢に入らんとする分隊の仲間たちがいた。殿として背後を顧み、俊二もまた元来た路へ向かい屈射の姿勢を取るのだった。

「――――!」

 息を整えつつ、俊二は銃を構える。

 64式小銃――俊二の装備である。但し、世間一般で想像されるところの金属製、木製銃床の陸上自衛隊制式小銃では無かった。まず外見上の大きな特徴には、レーザー照準器とライト、フォアグリップの上に、倍率変換用ブースター付きホロサイトを嵌め込んだピカディニーレールは、強化プラスチック製のハンドガードと一体化している。さらに合成樹脂製のグリップと伸縮式の銃床、そして機関部に繋がれた30発入りの弾倉もやはり強化プラスチック製で、銃の心臓たる銃身と機関部のみを残し、それ以外の全ての外見が目新しく軽量で、機能的な部品に換装されていた。日本独自の改良ではなく、「転移」後、64式小銃のライセンス生産権を購入したとある友好国が自国用に開発したオプション装備を、「試験用」という名目で特殊作戦群独自のルートで逆輸入したものだ。64式小銃は中~長距離の威力と射程に於いて最新の小銃に見劣りしない性能を有していたが、それでも特殊作戦に適した性能を満たすには大掛かりな改善を必要とする。部品を改良し新規に製造した方が手間を要さずに済む筈が、しかし銃器……それも減価償却のとっくに終わったような旧型銃を改造するのにあたり、防衛省の上層部や財務省の主計官にいちいち目くじらを立てられるような時勢とあっては、これ以上に有効な手法は見つからなかった。


「…………」

 照準の先に自分たちの後を追う影を俊二は見出せず、そして此処に来るまでに追跡者の気配すら感じなかった。何時の間にか俊二の背後に迫った影が、軽く俊二の背を叩き前進を促す。服部カンゾウか?……という直感は、当たった。分隊で誰よりも――否、この分隊では群を抜いて――気配の消し方が巧い人間。それ故に俊二は察したのだ。平坦な忍者の面の下に、一切の過去と感情と気配を封じ込めた異形の特殊部隊員。当初はふざけているのかとも思ったアニメの無表情な忍者の面が、今では一切の恐怖を超越した凄みを以て俊二に迫って来ている。


 先頭を行く鷲津二尉が手振りで散開を命じた。縦列の幅を膨らませ、広範囲を捜索する隊形に転じ、分隊は一転し緩慢な足で歩き始める。平穏に進むか?……という微かな希望にも似た読みは、即座に外れた。

「――――!?」

 前方!?――いや、後方!――身を翻し、俊二は膝を屈して64式小銃を構えた。銃身の大部分を軽量化してあるだけに取り回しは容易く、そして屈射時の照準も即座に安定する。睨んだホロサイトの先で、後背の平原に蠢く気配を見る。数はふたり……いや、三人だ。分隊の存在に気付いているのだろうが、叢に潜み彼らを狙う俊二自身の存在には気付いていない……絶対に。

『――デルタ撃つな。交戦やめ』


 不意に骨伝導式(DB)イヤホンに飛び込んできた声に、構えた銃に篭めた腕の力が緩んだ。それでも構えを崩さない俊二に耳に響く、更なる命令――

『――デルタ集合(ジョインナップ)……問題無い、全員俺の近くに来い』

「…………」

 ゆっくりと息を吐きつつ、俊二は64式小銃の銃身を下し立ち上がった。先刻まで俊二が狙っていた三人はすでに叢から脱し、こちらに歩み寄って来る。服装と顔は判然としないが、彼らもまた銃を持っていることは判った。ゆっくりと顧みた前方、そこでは口で戦闘の回避を命じつつも、当の鷲津隊長たちと闇の中から現れた影の群との間で沈黙を伴った対峙が続いていた。銃を構えたまま歩を進める内、闇の支配する前方から新たな人影が浮かび出る様に見えた。平原を支配する星明りの下、こちらに近付いてくるにつれ明らかになる、片腕で小銃を掲げた人影――「我に交戦の意思なし」……か。

「…………」

 星明りの下に進み出た姿に、俊二は思わず両目を見開くようにした。特殊作戦群の隊員と同じ服装と装備、そして黒いニットキャップと顔の下半分を覆うマフラーの下で仏の様に微笑む顔に、俊二は見覚えがあった。

「『導師(マスター)』……?」


「お久しぶりです……クルジシタン以来ですね」

「貴官も、悪党ぶりに一層磨きが掛かっている様で何よりだ」

 鷲津の弾んだ声に、同じく弾んだ、耳触りのいい声が応じている。忘れもしない二年前の「選抜訓練」のあの日、疲労の極に在った俊二を他所に、峻嶮な山岳地帯をものともせず悠然と昇り切った「導師」の顔……それでも緊張は瞬く間に融け去り、互いに素性の知れぬ両者は、今や一つの組織であるかのように纏まり始めていた。その光景を前にして、俊二もまた今次の任務で最初の関門を越えた事を確信する。


 ノドコール中北部に潜伏したD分隊は、現地人の反ローリダ勢力と接触。彼らの支援を得てローリダ人民兵の武器弾薬集積所を捜索する。そして位置を評定し――「たかなみ」から移動を果たした「ベース‐ソロモン」で行われたブリーフィングの席上、そこで設与(タスキング)された任務を脳裏で反芻しつつ、俊二は歩き出した。

『――各員聞け。これよりD分隊は現地協力者(アセット)と共同作戦を行う。作戦の最終的な目標は、敵性武装勢力の武器弾薬集積所の破壊である。目標地点までの行程上に跨る障害の一切は、実力を以てこれを排除する。もう後戻りは効かねえ。腹を括れ……交信終わり(アウト)

「……了解(ロジャー)

 喉頭式マイクで短く応答し、以後は沈黙に徹する……D分隊の誰もがそう応じる様に、俊二もまた倣った。


 そのとき、俊二たちを先導するべく分隊の列を足早に追い抜く現地人の兵士……その手に構えられたものに、俊二は我が目を疑った。

「M1……カービンだと?」




スロリア亜大陸基準表示時刻12月23日 午前1時45分 スロリア亜大陸南西海域上空



「――隊長機より全機へ、増槽落とせ(ドロップタンク)


 完全に燃料を使い切った増槽を切り離した前と後とでは、操縦桿とフットバー越しの感覚は拍子抜けするほど代わり映えしなかった。


 明灰色の支配する視界には、スロリア亜大陸南部の特徴的な海岸線、その奥に横たわる山々の稜線が拡がっていた。それらは9000フィートの高度に在っても海岸に押し寄せるさざ波のうねりから断崖の皺一本に至るまで明瞭な像となって俯瞰する事が出来た。まるで身一つで夜空に飛び出し、鳥と化して旅を続けている様な、子供の頃に見た夢の様な感覚だ。逆に現在、自分自身が戦闘機の操縦桿を握り、一つの任務を果たすために空路を辿っている事の方が夢の世界の出来事の様に思えてくる。しかし下方の展望から前方に向き直った時、嫌でも自身の置かれている現実に直面させられることになる。


 それが航空自衛隊北部航空方面隊第3航空団 第3飛行隊所属 三等空佐 佐々木 義人の駆るF-35J戦闘機の特徴であった。前を向いた瞬間、間を置かずして視界が夜間仕様に光量を抑えた計器盤に切替り、一切の計器の無い、二面の広角ディスプレイから成る計器盤は、他分割表示で地形、飛行経路、機体の状態に関する情報を、一瞥で判る程明瞭に伝えてくれる。以前に彼が乗っていたF-2にはあったHUDはこの機には無く、代わりにヘルメットと連動したディスプレイが、操縦士の網膜に代わりの情報を淡い緑の光で照らし出していた。


 全般的に目を引く特徴の無い、平滑な外見。ただしその表面に一切の突起も機体接合の痕を示す継ぎ目もない。その機首から尾翼に至るまで、F-35Jはそれ自体が一体の空に棲む生物の様に滑らかで、機械に付きものの、その工業的な背景を感じさせる無機的な痕跡が極めて少なかった。さらには、先刻に投棄した増槽の他、その翼下に吊下している装備はミサイルの一本も見受けられない。全体的に小柄で特徴の乏しい機影の上に、機体前面を染める暗灰色一色のカラーリングが、見る者によってはこの機体の存在意義について言い知れぬ後ろめたさを覚えさせるかも知れなかった。


 先日の23時に沖縄県嘉手納基地を発進して3時間――その間佐々木三佐以下4機のF-35Jは途上で一度給油機と会合し、そしてスロリア南岸に達している。このまま北西へ飛べば「ロメオ」がノドコール――スロリア境界沿いに配置した対空警戒網に察知されるだろう。だがF-35Jの性能は――

『――――』

 酸素マスクの下で熱い息を吐きつつ、佐々木三佐は多機能表示端末(MFD)の一角を凝視した。スロリア南岸の地形図と、目標までの飛行経路を示す黄色いライン。南岸の海岸線と海の境界で蠢く、絶えず変動する数値に彩られた4つの緑の輝点は、佐々木三佐たちの編隊の所在と状態とを表している。但し、事前の取り決めで4機のF-35Jからレーダー波は発していない。現在のF-35Jは、機体搭載の慣性航法装置(INS)地上位置表示システム(GPS)に加え、スロリア上空を飛ぶ早期警戒管制機 E-767の収集した情報を、機体間データリンクを以て共有している形となっている。

 

「――これより諸君らは内閣安全保障会議(NSC)の指揮下で行動する」

 日本本土から長駆「ロメオ」の占領地域に侵入し、敵性武装勢力の重要施設を叩く――先週、長距離展開訓練の名目で進出した沖縄県、航空自衛隊嘉手納基地で作戦の実行を知らされたとき、佐々木三佐以下6名の第3飛行隊のパイロット達の抱いた感触としては、「まさか」というよりも「やはり」という種類のそれに近かった。何よりもF-2戦闘機からの機種転換以来、第3飛行隊、ひいては同じF-35J装備の第6飛行隊の戦闘単位としての性格は一変している。何れの飛行隊とも、編成完結を以て従来通りの方面航空隊指揮下から離れ、より上級の、日本の国防政策を一手に掌る内閣安全保障会議の直接指揮下に置かれることとなったのだから――彼らの操縦するF-35Jの、あまりにも破格と言える兵器としての「性格」が、佐々木たちをかくも特別な立ち位置に置くこととなったのは明らかだった。

 

『――ホルスへ、こちらシリウス。電子妨害手段準備(ECMスタンバイ)。発動まであと五分』

「――ホルス了解(ロジャー)

 「ホルス」ことF-35J編隊に先行し、ノドコール――スロリア境界上空に到達した「シリウス」ことRF-15EJ偵察機の役割は、「ロメオ」防空網の撹乱だった。ECMポッドを装備したRF-15EJは1機、「シリウス」はECMを以て「ロメオ」の防空レーダー波と同じ周波数を有する妨害電波を発し、探知目標の位置を誤認させる効果を期待されていた。その結果形成された索敵電波中の間隙――通称「回廊(コリドー)」――を潜り、「ホルス」は「敵地」へと侵入する。

 多機能表示端末(MFD)の機体位置表示システム上に標された地形表示。境界の一点に跨る、「ロメオ」の索敵電波覆域に重なる飛行経路を示すラインが赤から緑へと変わる。「シリウス」のECMが効果を発揮し、待ち望んだ「回廊(コリドー)」が開かれつつある瞬間――


「――隊長機(リード)より全機へ、編隊を解く(フライトブレイク)……いま(ナウ)! これより無線封止」

 左方向へのロール機動により生じた加速度に反応し、足先から胸までを覆う新型耐加速度服(Gスーツ)が操縦士の胴、そして下半身を締め上げる。同時にヘルメット照準ディスプレイ(HMD)上に投影された飛行姿勢指示バーが右へと傾くのを見る。横転の姿勢を維持したまま計器盤から目を離し、機外へと視界を転じるのと、瞬間的に切替ったHMD上の画像が、明灰色の大地を映し出すのと同時だった。空を流れる雲の形、遥か眼下で犇めかんばかりの木々の並び、川のせせらぎすら手に取る様に判る明瞭さであった。このコックピットに座っている限り、天候を問わず上下左右どちらを向いても良好な視界を得られるということ自体、F-35Jが従来の戦闘機とは一線を画した存在であることの何よりの現れであるとも言える。


 電子光学分配開口システム(EO-DAS)――F-35Jの機体各所に計6機埋め込まれたセンサーとそれを集約処理するフライトコンピューターから成るそれは、F-35Jを取巻く全周360度にわたり隙の無い空間把握機能をパイロットに与える。パイロットはHMDでEO-DASと繋がっている限り、機体構造上の障壁を越えて全周囲に亘り目標を捜索し、視認する事が可能になっている。対地、対艦、そして対空においてもそれが絶大な威力を発揮し得るということは、練成の過程で行われた数々の訓練や演習で幾度も実証された事実であった。


 編隊の制約を解かれ、高度を上げたF-35Jが回廊の入口に達する。電子妨害手段(ECM)の有効範囲から漏れた敵レーダーサイトから索敵波を投掛けられることを覚悟していたが、直進する間、敵性レーダー波照射を示す不快な警告音は一秒たりとも響かなかった……いや、たとえレーダーの照射を受けることがあっても、電波吸収材を多用し、機体構造面でもレーダーの反射を徹底的に研究し尽くして完成されたF-35Jにとっては何の問題にもならないかもしれない。だがRF-15EJの投入が「そのまさか」に備えた保険、言い換えればその実入念な「乗員保護策」の一環である事を佐々木三佐たちは知っている。ただしこの世界に関し、自国上空に迫るF-35Jを「危険な侵入者」として認識し得る対空索敵システムなど、当の日本以外には実は皆無なのではないか?……と思える程、F-35Jのステルス性能は洗練され、完成されている。


 統合直接攻撃弾(JDAM)――GSP誘導装置付き500ポンド爆弾――が4基、自衛用のAAM-5空対空誘導弾が同じく4基、それらを抱えている素振りも、あるいは外見からすらそれを伺わせることもなく、4機のF-35Jは軽快な機動で回廊を抜け、そして雲海に入った。やはり索敵電波の反射を抑えるため、空気抵抗を減らすためにF-35Jにおいて全ての兵装は、全般的な作戦の初動に限り機内に内蔵されるのが通例なのであり、その「初動」としての敵重要施設への痛撃――それこそが、日本国航空自衛隊(JASDF)におけるF-35Jの真の存在意義であった。一有事あらば政府の決断を受け、敵対者に対する日本国の断固たる意思を世界に知らしめるための「切り札」。



 境界を越えても尚、順調に空路を重ねる乗機。事前に想定された脅威の出現は無く、共に嘉手納を発った部下たちも健在であることは、GPS、機体間データリンクに加え早期警戒管制機とのデータリンクからもたらされる相互の位置情報からもわかる。


『――デルタよりホルスへ、目標近傍に到達。目標位置の評定を完了……これより座標データを送信する』

「――ホルス01、了解(ロジャー)

 佐々木三佐が交信する間、機が新たな変針点に達し、自律飛行プログラムに支配されたF-35Jの機体が傾いた。出撃前、慣性航法装置(INS)に入力した飛行ルートに大きな変更を加えずに済んだのは僥倖だった。操縦操作の自動化、計器表示の最適化技術が進歩した結果、パイロットに掛かるワークロードが、従来機に比べて著しく低減されているという点でも、F-35Jはそれ以前の戦闘機とは明らかに一線を画している。目標までの最適な針路を、最適の高度、速度を自動的に維持しつつF-35Jは飛んでくれる。「デルタ」とは、F-35J編隊をその攻撃目標へ誘導するべく先行して目標近辺に潜伏した陸上自衛隊 特殊作戦群(SFGp)偵察チームのコードネームだった。防衛省内局で囁かれ始めている「新しい戦争」――決定を下した者以外、誰も知らない内に始まり、誰も知らない内に終わる戦争――任官して以来、そのような戦争に自身も関わる身になるとは、編隊長として操縦桿を握る佐々木三佐すらこの日までは想像の外であった。しかし秘密戦争の常態化により、軍人としての栄誉が損なわれても余りある程戦闘機としてのF-35は素晴らしく、そして強い。


 多機能表示端末(MFD)内の兵器管制表示に、攻撃目標地点の座標が数列となって羅列されていく。同時に地形表示ビューに攻撃目標の位置、相対距離が輝点となって表示される。佐々木三佐はディスプレイの座標に直に手を延ばし、流れる様な指裁きで僚機に個々の狙うべき目標を割り振った。それら全てを終えるのに五秒と要しなかった。目標到達まであと五分――再び前方、星の支配する夜空に向き直り、スロットルレバー上のボタンに指を触れ、EO-DASに留まらないF-35Jの新たな「眼」を起動させる。


「――ホルス01、兵装倉展開(ウェポンベイオープン)……レーダー起動(オン)……電子光学目標指示システム(EOTS)起動(アクティヴ)……!」

 EO-DASの作り出す電子の視界中に、重なる様にして表示された目標指示(TD)ボックスが4つ、その上でカウントダウンを続ける数列は自機と目標までの距離を示している。同時に、HMD上に表示される目標地点の画像……機首下面に搭載されたEOTSを構成する空対地前方監視赤外線(FLIR)が、入力された目標座標に従い自動的に目標を捕捉しているのだ。


兵器(ウェポン)マスタースイッチ起動(オン)……投下モードダイレクト、投弾間隔自動……」

 攻撃に向けてタッチパネルに向かい指を動かし、手順を反芻するかのように唇を動かす間も、さらに詰まる目標までの距離――

 そこに三角形の新たな指標――シュートキー――が浮かび上がった瞬間、佐々木は眦を決した。

「――ホルス01、爆弾投下(ナウ)!」

 空を滑るように飛ぶF-35Jの兵器倉から、間隔を置いて切り離された統合直接攻撃弾(JDAM)は4発……その何れもが個々に割り振られた目標まで正確に滑空し、これらを直撃した。




ノドコール国内基準表示時刻12月23日 午前2時37分 ノドコール中北部



 焔の柱――それに追いすがる様に耳を貫く爆発音が続き、そして夜の森に破壊が生まれた。


 その数4、立て続けに起こったかと思えた爆発の後、再び別の場所で吹き荒れる破壊の息吹、それは瞬く間に破壊の暴風に成長して森の一体を覆い、爆風の余波のみならずそれに煽られた火の粉が、此方にまで飛び込んでくる程の凄まじさであった。


 爆撃――高良 俊二はそれをスロリアでの記憶と共に見ていた。焔の風の中で焼かれ、砕かれ、そして天へと還っていく文明の所産と人の躯……三年前にイル‐アムで経験したそれは、爆弾を抱えた戦闘機が生んだ全てであったし、今こうして彼の眼前で繰り広げられている光景もまさに同じだった。

「デルタよりホルスへ、目標の完全破壊を確認……全弾命中だ」

『――デルタ、帰投する(RTB)交信終わり(アウト)

「…………?」

 目標を一望できる大岩の頂上に座り、マイクを片手に淡々と空自の作戦機と交信する鷲津二尉を俊二は見上げた。交信を打ち切り、凡そ精鋭部隊の指揮官とは思えない、飄々とした挙動で岩から飛び降りると、鷲津二尉は現地人民兵と共に爆撃の一部始終を見守っていた「導師(マスター)」に向き直った。

「目標への誘導、有難うございました。これで東京のお偉方も枕を高くして眠れるでしょう」

「そうでもないかもしれないぞ。君らの仕事が、却って頭痛の種にならなければいいが」

 鷲津は苦笑し、分隊に撤収を命じる。但しベース‐ソロモンには戻らず、以後暫くは山間に設けられた「導師」たちの本拠地にあって「時を待つ」ことになる。その撤収の間際、俊二とその「導師」との眼が合った。男は眼を逸らさずに俊二を黙って凝視し、そして微笑んだ。どう見ても歴戦の勇士らしい野趣溢れる笑いでは無く、より教養のある、知性に満ちた青年の笑みであった。特殊作戦群には、そんな人間が多い。本当の意味で強く、そして恐ろしい人間が――


「思い出した……そうか、君は限界を越えたのだな」

「あの時は、声を掛けて下さり有難うございました」

「導師」は頭を振った。

「特戦に入隊出来て良かった、とはぼくは言わない。だが、君が望むものになれたという点だけは祝福しよう」

「申し遅れました。高良 俊二 二等陸曹であります」

 敬礼した俊二に、男はおどけ気味に答礼した。

「壹岐 護 三等陸佐です。短い間だろうが宜しく」

「…………」

 直に名前を聞き、俊二は改めて緊張する――やはりそうだ。おれの前にいるのは、「導師(マスター)壹岐(いき) (まもる)……特殊作戦群でも、生きた伝説と呼ばれ隊員の畏敬を集める男――




※第七章は2月9日(日)に投稿いたします。

最近中古で買った「DELTAFORCE BLACKHAWK DOWN」にハマってる。

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