第四章 「闇の戦士」 (2)
日本国内基準表示時刻12月20日 午後10時50分 首都東京 千代田区 有楽町駅前
夜が深夜の段階に片足を没しかけてもなお、喧騒は留まるところを知らなかった。駅を降りた8時には、すでに都心の職場より郊外の住宅地に帰宅する人々でごった返していた駅前広場は、11時に近い今ではその改札口より駅内に取り込み、あるいは駅内から吐き出す人間の波の密度をだいぶ希薄化させていたが、駅前を行き交う人々の織成す喧騒の中から伺える弾んだ口調は、駅前広場のベンチに腰を下す佐々 英彰には新鮮な驚きすら催すのであった。駅を取巻く様にして居並ぶ満艦飾の高層ビルディングの森、その合間にぽっかりと穴が穿たれたかのように有楽町駅は佇んでいる。
実際、国外への工業製品及び資本輸出の堅調なることもあってここ三年程景気は良い。テレビ番組の識者によっては「転移」より遥か以前の時期に日本全土を包括するに至った「バブル景気」の再来と胸を張って豪語する者すらいる。「人類史上、最も幸福なる時代」――「前世界」の「バブル景気」を、現在の歴史家の中にそう総括する者がいることを佐々は知っている。
佐々 英彰は、東京の防衛省内局に籍を置く運用計画立案の担当幕僚で、この職に付いてすでに半年が経過している。階級は二等陸佐、前職は陸上自衛隊第2普通科連隊の連隊長で、三年前は文字通りの戦場にいた。都合300名から成る部下と、スロリア中部の最前線に――
「スロリアの嵐」作戦の佳境、佐々の率いる陸上自衛隊第12旅団隷下の第2普通科連隊は空中機動を以てスロリア中西部のイル‐アムに展開し、武装勢力「ロメオ」地上部隊主力に対する包囲網の一角を形成した。後方連絡線を遮断され包囲殲滅の危機に晒された「ロメオ」とて決して手を拱いていたわけではなく、彼らは北、東、南の三方より迫るPKF地上部隊により圧迫され、漸減されつつあった兵力から一個旅団分の希少な戦力を割き、包囲網の突破を図ることになる……それが、後に言う「イル‐アム渓谷の戦い」の始まりであった。そして戦いは、数的に圧倒する敵軍の攻勢を前に寡兵を以て応じた「佐々支隊」の壮絶なる死闘の記憶と、敵の最終攻勢を破砕すべく実施された戦闘地域全域に対する無制限爆撃という劇的な終幕から、陸上自衛隊史に残る激戦として記録されることを運命付けられることとなった。佐々自身もまた、「スロリアの嵐」作戦を主導した統合幕僚部や現地PKF司令部の将官、幕僚と並び、前線指揮官の代表的な存在として日本国内外にも広くその名を知られることとなった。
「スロリア紛争」の翌年、現地で停戦の既成事実化を見届け、連隊と共に帰国を果たした佐々は、連隊長職を解かれ東京の陸上自衛隊幹部学校への入校を命ぜられた。2年に及ぶ履修期間を経た後、防衛省 統合幕僚監部付きを命じられている。それでも一等陸佐への昇進を以て遇されなかったのは、「スロリアの嵐」作戦の、望外の成功に伴い参加幹部に昇進人事が続いた結果、一等陸佐の定員がすぐに充足してしまい、定員から漏れた者に対しては教育機関に配属させるか、前職より重要度の高い役職を与えることで戦功に報いるしかなかったという事情もあった。それでも、大学卒業後に幹部自衛官の道へ進んだ佐々のような「U幹」にとっては実質上の栄転……と言えるかもしれないし、当の佐々は階級の上下にはさして拘る人間では無かった。
その佐々 英彰は、スーツ姿で有楽町駅前にいる。
外見だけならば、図抜けて恰幅のいい体躯であることを入れても、都心で働く一般企業のサラリーマンの数多い一人であるようにしか佐々は見えない。ただ、スーツ姿でも隠しようが無い、同年代に比して精悍さのかさ増しされた彼の容貌に、違和感を覚える者はいるかもしれない。つまるところ制服でも着ていない限り、彼が衆目より自衛官と見られることはまず無いし、用もなく制服を着て街中を歩く指向とは佐々は無縁であった。今や隊の若手高級幹部の中には、「スロリアの嵐」作戦成功を契機としてこれ見よがしに制服を着て街中を歩き、さらにはそのままナイトクラブや料亭に繰り出す者もいるようではあるが……
片肘を付き、有楽町駅の特徴ある高架下付近に、佐々は眼を細める。高架下の入口、家路を急ぐ傍ら、宝くじ売り場に列を成す人々。高架下で聞き慣れぬ音色の楽器を弾き鳴らす異種族の奏者、それを物珍しげに取巻く人々の群、そして駅に隣接するショッピングモールは、深夜の端緒に入りかけてもなお買い物客で賑わっている……その情景は、「転移」前より微塵も変化を来たしていなかった。つい三年前に未知の侵略勢力と食うか食われるかの戦争をしていたことが嘘の様だと、柄にも無い感慨に佐々は捉われている。その佐々の眼前で黒いハイヤーがつんのめる様にして止まり、人影を独り置いて走り去って行った。
「おっ……」
「英ちゃん、お久だ」
上等なスーツに着られた童顔は、大学で共にラグビー漬けの日々を送っても、渋谷や新宿で共に夜遊びを繰返しても、そして共に大学を卒業し社会に出、共にかなりな年季を経ても、さらには「転移」を経て共に一年の過半を日本国外で過ごすことを強いられるようになっても、最後まで年齢相応にはならなかった。それが彼の親友である佐々を内心で安堵させた。岬 誠人 大手総合商社 隅友商事海外事業部の幹部。大学時代からの友人である彼に誘われ、佐々はこうして夜の街にいる。
「唐突だったな。会社を辞めて起業する決心がついたのか?」と、佐々は立ち上がり際に冗談を混ぜて笑い掛けた。笑顔で頭を振り、岬は応じる。
「いや、オレ、久しぶりに東京に戻って来たからさ。そういう場合、親友に逢いたいと思う気持ちぐらい、ちょっとは起こるだろ?……まあ、そんな感じだよ」
二人は並んで歩き出す。そのままごく自然に人混みの中に融け込み、より繁栄を振り撒く夜の街へ向け二人は駅を脱した。
「マサトは何時日本に帰って来たんだ?」
「二日前だ。カディアとアルディアの国境紛争は大概収まったから、戻るなら今がいいと思ってね」
「ふーん……で、また向こうに行くのか?」
「まあね」といいつつ、岬は苦笑を隠さない。
「らしくない仏頂面だな英ちゃん。『スロリアの英雄』ともあろうものが」
「変わるんだよ。年をとればな……」
賑わいの絶えることの無い街中、高層ビルの一角を占める巨大端末、それまで映画や芸能関連の宣伝を大音量で映し出していたその画面が切替り、次の瞬間には、民放の定時ニュースを映し出していた。人混みの中で幾人かが途中で立ち止まり、ニュース動画を見上げるのだった。
『――イリジア中央空港において、「キナレ‐ルラ」号シージャックグループの身柄を確保するべく展開した海上自衛隊シールチームと、同時に空港敷地内に展開したエルタニア治安機関との、「クヴァテール」号を挟んだ睨み合いは、発生から三時間が経過した現在でも続いています。日本政府はエルタニア、イリジア両国に、事態打開の協議を行うために特使を派遣する用意があることを伝えました。これに対し両国は未だ沈黙を守っています』
交差点の対岸から臨む高層ビルの合間、立体的に居酒屋の犇めく通りを佐々は指差した。
「チェーン店でいいだろ? 始発まで呑めるし」
「おいおい……公務員と違っておれは明日も仕事なんだぜ? 週末も午前様だといつか女房に殺される」
「はははは……冗談だ」
佐々は付いてくるよう促した。「本題の前に、少し話して行こう」と告げて。それを断る理由を、彼の友人は持っていなかった。
市井では有り触れたチェーン展開の居酒屋。その自動ドアを潜った佐々の姿を認めた瞬間、客席で誰かが弾かれたように直立不動の姿勢を取る。それに釣られ、同席の者も瞬く間に席を蹴って彼に続く。
「佐々連隊長に敬礼!」
「…………?」
号令一過、自分に向け不動を保ち、敬礼を送る若者の一群を、佐々はキツネに抓まれた様な眼で凝視する……それも束の間、次には慈しむ様な眼差しで、佐々は彼らを遇する。服装こそラフで、週末の街中に満ち満ちている若者のそれと変わらなかったが、そのような外見を透かしてしまう程にピンと伸ばされた背筋の逞しさは、鍛え上げられた自衛隊員特有のものであることを佐々は知っていた。答礼し、佐々は彼らに笑い掛けた。
「君たちは?」
「自分とこいつは三年前、2普連におりました。あの時自分らは佐々連隊長に命を拾われたと思っております。こうして直にお会いできて光栄です」
「それは君たちの実力だよ。それとお互い運が良かっただけだ。だが俺は、死んで行ったやつらには何もしてやれなかった……」
「……そんな事言わんで下さい。連隊長のお陰で、こうして自分らは生きていられるのでありますから」
佐々は頷いた。不覚にも目頭に熱が籠るのを覚える。
「君たちは今何処にいるんだ?」
「自分らは西部方面普通科連隊におります。今は暫く富士に出向し、集合教育を受けている途中であります」
「そうか……だから……」
『……東京にいるのか』という感慨を、佐々は胸の奥に仕舞い込む。笑顔で彼らと別れ、ホールスタッフに案内されて空いた席に向かう途上、岬が言った。
「英ちゃんはスロリアでいい仕事をしたんだな。部下にああも慕われるなんて……」
「彼らは戦友だよ。部下じゃない」
と、佐々は言った。片付けの済んでいない奥まった座敷を指差し、寂しげに笑う。
「マサト、座敷に行こうか?」
スタッフの了解を得て、未だ皿や飲みかけのジョッキの残る座敷を片付けてもらっている最中、佐々は背後に視線を感じる。入り際に会ったかつての部下達のそれとは違う、冷たい、無感動な視線――――
「――あれが佐々 英彰か」
「――挨拶ぐらいはしておくべきかな」
「――やめとけ、U幹風情に俺達が……」
「…………」
片付いた座敷に上がり際、さり気無く視線の方向を見る。座敷に屯する濃紺の学生服が四人。佐々のような自衛官にとっては、見覚えのある学生服だった。
「防衛大か……おれ受かってたけど蹴っちゃったんだよな」
と、佐々と同じ方向を見ていた岬が言った。腰を落ち着け、注文を取りにやって来たスタッフにビールと小鉢を注文したところで、佐々はテーブル席の一角を指差した。
「あと……向こうの席に居る若いのに、何か腹に溜まるものを人数分都合してやってくれませんか……」
岬がしんみりとした口調で言った。
「よかった……英ちゃんは昔のままだ」
「昔……?」
「英ちゃんは、気配り上手だったからな。後輩からも慕われてたし……野口のこと覚えてる? あいつ、いつか佐々先輩と一緒に飲みに行きたいって言ってたよ。六本木案内してやるんだって……」
「野口は確か……映通だったっけ?」
「営業部のエース……いや、ボスとしてバリバリやってるみたいだよ」
と、大学卒業後に大手広告代理店に進んだラグビー部の後輩の名を挙げ、岬は笑った。
「マサトは向こうで何をやっていたんだ? 後ろ暗い事ってわけじゃないんだろ?」
「実は……後ろ暗い事かも知れない」
「……」
やや上目づかいに、佐々は彼の友人を見詰めた。軽々しい冗談を言う男では無い事を、佐々は長い付き合いから知っている。
「そりゃあ、日本を食わせて行くための仕事だもの……多少はそういう話もあるだろうな商社さんは」
「厳密に言えば、中古機器の回収事業だ。日本で回収して、カディアがそれを輸入する形をとっている。そしてカディアで『処分』する」
「……環境保護団体あたりが黙っていなさそうな話だな。下手をすれば技術の不正輸出にも抵触するかもしれない」
「で……この話には先がある。此処では話せない先が……」
「……」
すでに中身が半分に減った、水滴の滲むジョッキに触れつつ、佐々は岬を凝視した。鷹の様な眼光の先で、商社員となった友人は、無垢な少年の様に微笑んでいる。
座敷から出て来た人影を二人、再び見出した時、二等陸曹 松中 建斗は二杯目のレモンハイを取り落としたのを無視して立ち上がり、不動の姿勢を執った。
「佐々連隊長に敬礼!!」
それに同席の四名が続き、周囲の客が何事かと注視する中、五名は眼前を通り過ぎる二人を敬礼の姿勢で見送る様にする。その中で長身のスーツ姿が松中二曹を見遣り、口元を綻ばせた。
「御馳走様でしたっ!!」
「夜遊びも程々にな」
と、男は松中の肩を叩き、今度は背を正して五人に向き直った――答礼。二人のスーツ姿がレジを過ぎ、完全に店の外に出たところで、松中二曹はそれまで溜めていた息を吐くように肩を落とした。眼を落した先、割れたグラスに濡れた床。
「現場に戻らねえのかな……いい人なのに」
と、割れたグラスを片付けつつ松中二曹は言った。それを手伝いつつ、成宮 覚 三等陸曹が応じる。
「戻って来るんじゃないですか? 何てったって野戦の専門家だし」
「戻るわけねえだろ。只でさえ居心地がいいんだから。ケツがでかいWACもわんさかいるしな」
と、席から投掛けられる声。思わず見上げた先で、高津 憲次 一等陸曹が焼酎のロックを片手に苦り切った表情を浮かべていた。彼と対面に座る一人がすかさず応じる。
「……自分は戻ると思うな。ゆくゆくは一個師団……いや、方面隊を率いる器量の人ですよ。あの佐々って人は」
躊躇いがちな口調の主を、高津一曹は唖然として睨む。その睨まれた先で、口調の主――――山崎 徹 三等陸曹はそれ以上を言い出せずに恐縮するのだった。その山崎の隣、それまで無表情にウーロンハイを呷っていた青年が口を開いた。長田 勇 二等陸曹。
「西普連に来て貰えんものですかね。何なら熊本の総監部でもいい……全体の運用を見てもらえば大分変ると思うんだけど」
「いや……うちの連さんも良くやってる方だと思うよ。現に、就任してから俺らが教育に行かされる頻度も増えたし。訓練効率も結構上がってるし……」
「何時の間にか俺ら、ガチの特殊部隊みたいになってますからね。人に言えない仕事ばかりやらされるようになってるし……」
「仕方ねえよ……本職の特戦ですら人間足らなくて四苦八苦してんだ。俺らが仕事しねえでどうするよ」
高津一曹の言葉は、「転移」後の自衛隊の内包するひとつの「現実」を詳らかにしていた。少なくとも四年前から、陸海空自衛隊内で精鋭部隊より人員を抽出し編成された小規模な「任務部隊」が秘密裏に編成され、情報収集、秘密工作を目的として異世界の紛争地帯や未開地に送り込まれている。その「任務部隊」の編成と運用を円滑に為すべく、陸海空三自衛隊の有する特殊部隊及び精鋭部隊間の共同訓練の頻度が増している。当の高津一曹と松中二曹もまた、日本の友好国サニジリアに巣食う、麻薬密売組織の壊滅作戦に協力すべく編成された「任務部隊」の一員に加えられ、先月に任務を終え帰国したばかりであった。実数で常時十名を越えることが無い任務部隊は、その存在を組織に気取られることなく練度の低い現地の政府軍に訓練を施し、現地協力者を確保し、情報収集活動を行う、さらには訓練の完了した政府軍が、麻薬密売組織の本拠を迅速に制圧できるよう、事前の偵察や脅威となり得る事物の排除といった「お膳立て」まで行う……しかも作戦の成果は全て政府軍の功績、あるいは武勲となり、影で作戦を支援した「任務部隊」はその仕事の内容はおろか存在すら明らかになることは無い……それでも高津一曹は彼の仕事が好きだったし、所属している部隊に誇りを持っていた。何より「任務部隊」は陸海空の精鋭に始終取巻かれているという快い緊張感の下、自分のペースで活動でき、装備まで好きに選べるのがいい。
「――貴様! 国家への奉仕者に飲ませる酒もないというのか!!?」
「申し訳ございませんっ!!」
女性スタッフの声に、食器が割れる音が続く。何事だろうと高津一曹が見遣った先、平身低頭するスタッフを座敷から罵倒する青年らの出で立ちには、見覚えがあった。
「ありゃあ防大生じゃないか……」
と、山崎三曹が言った。山崎ら五人、さらには他の客が息を飲み注視する中、濃紺の学生服姿の四人組は箸を投げ付けてさらなる罵声をぶつける。
「貴様の様に、碌に注文も取れない馬鹿を守るために我々はロメオと戦ったのではない! あの酒は我々が先に注文したんじゃないか! 切らしているというのなら買いに行って来い! 店長に買って来させろ! 我々を何だと思ってい――」
三白眼を剥いてスタッフを怒鳴りつける学生の表情が固まったのは、顔を上げられない彼女の背後に、ニット帽を被り、デニムやパーカーを着崩した若者らを見出したからであった。彼らの中で特に肩幅が大きく、眼光の鋭い男が、虎の様な声を絞り出す。高津一曹だ。
「……へーえ、その口振りからして小原台の生徒さんたちは、さぞや実戦経験が豊富なんでしょうなぁ……で、三年前はスロリアのどの戦線にいたんですかね?」
「貴様らの様なゴロツキどもには関係ないだろうが! 国防の大義を理解すら出来んクズ共が!」
「俺とこいつらは西普連でイル‐アムにおりました。そしてこいつは第12旅団で同じ場所。そしてこいつは……お前、何処だったっけ?」と、高津一曹は背後の成宮三曹を顧みた。
「増強第2旅団でゴルアス半島ですよ」と、成宮三曹
「……」
濃紺の学生服は、呆気に取られたように高津一曹を見返した。その歪んだ視線の先で、高津一曹の厳めしい表情が一層に険しさを増して行く――
「……で、栄えある防衛大学校の生徒さん方は、あの時何処の部隊にいらっしゃったので?」
「そ……それは……」
言い返すべき言葉を見つけられず、視線を右往左往させる学生たちを前に、高津一曹の感情の箍が、栓が抜けたように弾け飛んだ。
「仮にも将来の幹部自衛官になるべき人間が! 人の褌で相撲を取る様なマネするんじゃねえ!!」
「――!!」
「酒が飲みてえんなら、飲ましてやるよ……!」
未だビールの残った卓上のピッチャーを掴むや、高津一曹は学生の頭上でそれを引っ繰り返した。ビールの琥珀色の滝が、学生の顔と眼鏡、そして濃紺の学生服をビショビショに濡らしてしまう。陸曹らの気迫に圧倒され、それでも時折高津らにガンを飛ばしつつ縺れ合う様にして店を出て行く学生達……他の客が息を呑んで注視する中、そして安堵したホールスタッフらの礼を背に元の席に戻り際、長田二曹が言った。
「あいつら逃げちゃいましたよ……告げ口でもされたらどうします?」
「知らねえよ」と、どっかと腰を下し高津一曹は吐き捨てる。
「その程度の了見しかないやつが、無事に防大卒業できるもんかよ。卒業できたとしても……俺は辞めてもういない」と、高津一曹はニヤリと笑う。
「逃げ切れればいいんですがねえ……最近、どこの人事も必死でベテランの引き留めやってるし」
と松中二曹は混ぜ返した。山崎三曹がそれに続く。
「あれでしょう?……近々本省が発表するっていう、戦力増強計画との絡みでしょう」
「それそれ、予算承認が下り次第大量に新兵入れるから、今の内にそいつらの教育と増える部隊の指揮に必要な人材を確保しとこうっていう魂胆なんだよ。時勢が時勢だけに、多少人員増やすだけなら簡単に査定通るだろうしな」
考える素振りをしつつ、高津一曹は言った。
「そんなに兵隊増やして、何処と戦争するんだ? まさかロメオの本国にでもカチコもうって積りなのか?」
「ロメオを攻めるってのなら、俺は喜んで任期更新るけど……」と長田二曹。松中二曹がこれに続いた。
「違います。お上の戦争相手は共和党なんですよ」
「共和党だぁ?」
「ホラ、来年の七月に総選挙じゃないですか? それで共和党が選挙公約とかで独自案打ち出す前に、自民党と財務省が組んで、財政への影響を抑えた自民案を既成事実にしておこうって話なんですよ。いま週刊誌とかで出てる共和党の戦力増強案……富士学校の幹部連中、何て言ってるかご存知ですか?」
「不愉快だな。もったいぶらずに言えよ」
「『ぼくがかんがえたさいきょうのじえいたい』計画」
「そいつは傑作だぁ!」と、成宮三曹が笑った。事実、彼はインターネットの掲示板で共和党の防衛力整備計画を知ったし、その際に抱いた感慨も前述の富士学校の幹部達のそれと軌を同じくにしている。その「防衛力整備計画」とは――
・自衛隊の名称を廃止、日本皇国軍とする。
・平時の防衛費の対GDP比を10%にまで拡大する。なお、これは予算編成上の最低比率として憲法に改めて規定する。
・憲法を改正し統帥権を明記。皇国軍の最高指揮官を天皇とし、統合参謀総長 (統合幕僚長を改称)を直属せしめる。
・皇国軍の総兵力を100万人にまで拡充。それ以外に予備役を300万人確保する。
・戦略弾道ミサイル原子力潜水艦8隻、攻撃型原子力潜水艦8隻を建造し、海中機動打撃部隊となり得る「新世界八・八艦隊」を編成する。
・排水量10万トンクラスの原子力航空母艦を7隻建造、空母機動群を常時3群、同時運用可能な態勢を構築する。
・主力戦車の保有数を5000両、各種装甲車両の保有数を7000両にまで拡大する。
・現在開発中の次期主力戦闘機を、多目的戦闘機として早期に就役させる。その際、アメリカ系の色の濃い既存の作戦機は全廃し国産戦闘機に置き換える。
・マッハ2級の速度を有し、巡航誘導弾搭載可能な戦略爆撃機を開発、配備する。
・核兵器保有の明文化。地上発射式弾道ミサイル及び航空宇宙戦略を管轄する戦略宇宙軍を新設し、北海道、東北、北陸、関東、近畿、中国、四国、九州に均等に核兵器を配備する。
・上陸作戦を主任務とする海兵隊の新設。専用の強襲揚陸艦の建造、配備を推進する。
・皇国軍の任務に孤児の保護育成、少年犯罪者の矯正を付加する。
・幹部養成機関として新たに「幼年学校」を新設する。
・皇国軍軍人への司法権の付与。
・皇国軍の国外展開に要する国会決議及び諸手続の簡素化。
・反軍的、反核的な言動を刑事訴追の対象とする。
・小中高における「国防」及び「日本精神」の授業の新設及び義務化。高校、大学における「国防教練」の付加。
「――なんだこりゃ……」
鷹の様な眼を丸くして、高津一曹はスマートホンの画面に表示された共和党の「防衛力整備計画」を見遣った。「あしたのための十七条」――そう銘打たれた表題の傍らで、野戦服を着た長い黒髪の美少女キャラが、それを見る者に決断を迫るかのように高々と人差し指を突き付けている。スマホを覗き込んだ成宮三曹が、苦笑を隠さずに言った。
「『前世界』に戻ってアメリカと戦争でもしそうな勢いでしょ。連中、本気でこれ実行する積りなんでしょうかね?」
「でもこれに騙されるやつって結構いるんだよな……出来もしない公約に」
「テレビの討論番組とか見た限りでは、連中、本気みたいですよ」
高津一曹は呆れたように頭を振り、言った。
「宇宙人と戦争するわけじゃあるまいし、こんな戦力いらんだろ」
「しかし、ロメオのこともありますし、現状では未だ戦力は不足ですよね。さすがに共和党のはやり過ぎだと思うけど」
「仮にこれを全部実現させて、奴等の言う日本古来の美風とやらを取り戻したとして、その時には日本は別の大切なものを失くしているような気がするな」
「大切なもの……?」
「わからんか? 人間らしい生活だよ」
そう言い、高津一曹はだいぶ氷の融けたロックを飲み干した。氷を先輩格のグラスに放り、焼酎を注ぎつつ、山崎三曹が話題を変える話を始めたのは、そのときだった。
「そういやさっきの防大生で思い出したんですけど、最近本省で妙な噂が流れてるの御存じですか?」
「何だ? WACの高級売春クラブでもあるのか?」
「違いますよ! まあ似たような似てない様な話ではあるんですけどね……」
「……?」
場の関心が一気に自身に向くのを確かめ、山崎三曹は続けた。
「これは警務で本省勤務の同期から聞いた話なんですけどね、週末……まあ、今の時間帯ぐらいなんですけど、都内のある場所が本省の高級幹部やOBでえらく賑わうってんですよ。本人は公用車を運転してお偉いさんを何度もそこまで送り迎えしてたからよく知ってるんですけどね」
「吉原か?」と、長田二曹が目元を嗤わせて聞く。
「違いますって!……公用車で風俗行くなんてバレたら大問題じゃないですかっ!」
「碌でもないことに公用車使うんだから、似たようなもんじゃねえか」と、松中二曹も言う。
「赤坂ですよ。赤坂にある高級クラブ」と、山崎三曹。
「何?……赤坂って昔韓国クラブとかロシア大使館とかあったあの辺りか?」と、高津一曹。
「そう、そこですよ……」
声を潜め、山崎三曹は続けた。
「……半年ぐらい前かな、そこに一際豪華な異国風クラブが出来ましてね。例によって何処の国かは判らないんですけどね。異国のお水関係で、登記書類上の国籍と実際の国籍が違うって話、ザラにあるみたいだし……でも、それはもう……異国の美酒と美女をよりどりみどりに取り揃えたすごい店らしいんですよ。中に噴水付きの庭園まであるっていうし……サービスの良さもそれこそ毎月赤字なんじゃねえかってぐらい……」
「へえ……今から行ってみようか? 俺らの財布の中身を合わせれば、一時間ぐらいは遊ばせてもらえるかもしれないぜ?」と、松中二曹がからかう様に言った。
「でも変な店だな……気前のいいお大尽なら東京には防衛省以外にもいっぱい居るだろうに……お客は本当に自衛隊の人間だけなのか?」
「同期が言うには、そうみたいなんですよね……しかも今度、そこに若手の、防大卒の幹部ばかり集めて親睦会やるっていうし」
「ふーん……」
何時の間にか、高津一曹の表情から柔和さが消えていた。眉を顰め、考え込むような素振りを見せている。不意に訪れた沈黙――何時しかそれを心配そうに取巻く四人の内、最初にそれを破ったのは松中二曹だった。
「何を……考えておられます高津さん?」
「いやさ……おれのおじきが昔あすこでバーテンやってたから、多少はその頃の話聞いてんだけどさ、赤坂って、その筋じゃあ結構曰くつきの場所なんだよな……まあ、何を今更って気もするけどさ……」
「その筋って?」と、成宮三曹。
「つまり、諜報関係で色々あった処って事だよ。ロシアとか、北朝鮮とか、韓国とか……」と、長田二曹が補足するように言った。
「……」
内心で、成宮三曹は後悔している。彼自身の無知が、場の空気を一層重くしようとしていることに――
眼下で蠢く光の奔流が、その空間からは手に取る様に伺うことが出来た。そして地平線の高さにまで視線を動かせば、電気の灯を絶やすことのない高層ビルの林が、夜にその領域を委ねている空の醸し出す効果もあり、見る者の眼前に一種の奇観を広げている。見る者を圧倒し、やがてはその美しさに陶酔させる奇観――
「――ほんとはさ、銀座のクラブで女の子侍らせながら楽しく話をしたかったんだけどさ、こればかりは二人っきりで話をしないといけない……」
岬 誠人は申し訳なさそうに言った。それでも、東京駅に程近い高層ビルディングの上層を占める、抑制気味な照明に照らし出された赤と黒の壁と床、ブランデーの芳香とピアノの生演奏の流れるその広大な空間が、ここに踏み入ることのできる人間を択ぶ場所であることを、そこを支配し続ける硬質な静寂の内に物語っている。
「じゃあ、今度誘ってくれよ」
と、佐々 英彰は言った。窓際の最も隅の二人席、花瓶に活けられた白薔薇が二人に背を向け、物憂げに下界を見下ろしている。スーツを着こなしたウェイターが、ワイングラスに満たした酒、そしてハムとチーズ、クラッカーの盛り合わせを丁寧に置き、足早に立ち去っていく。グラスの中でさざめくエメラルド色の液体に、佐々は眼を細めるようにした。
「フレイコット‐ワイン?」
「そう、正真正銘のフレイコット‐ワインだ」
岬は笑った。癖の無い、舌を蕩かす様な味わい。その上に肌と体内の新陳代謝を促す作用を齎すとあっては、フレイコットという希少な果実は、異国の物産消費ブームに沸く現在の日本ではより珍重される種類の品である筈だった。その果汁を発酵させ、熟成させた果実酒たるフレイコット‐ワインは、複数の有名芸能人のブログで取り上げられたことから人気に火が付き、今では偽物が出回る程の流行を現出している。二人は異世界の果実酒の芳香と味を暫し堪能し、それから佐々は口を開いた。
「……それで、話は何だい?」
「今の俺の仕事について、少し……耳に入れておいて欲しい事があるんだ」
「……」
ワイングラスの中身を揺らしながらの佐々の沈黙に、岬はやや唇を躊躇わせる。それを見て取り、佐々は切欠を作る必要を感じた。
「俺の仕事とも関わりのある話か?」
「……まあ、そうなんだ」
さらに唇を躊躇わせ、岬は続けた。
「俺はいま、フレイコットの輸入をやってる」
「それは……結構な事じゃないか」
「俺は先方からフレイコットを買い、先方は俺からスクラップを買う。品は用廃になった工作機械や、ゲームの電子部品だ」
「違法では……ないよな」
法的知識に関わる記憶の糸を手繰りつつ、佐々は言った。
「じゃあ、先方のバックにいるのが、佐々の業界で言う『ロメオ』だとしたらどうかな……」
「何時……それを知った」
佐々の眼に、険しさが籠った。同時に岬の顔から、一切の柔和さが消えた。
「取引を始めて、半年が経った頃だ。こちらから懇親会という名目で会合をセッティングした……そのときに、先方のオーナーが来た」
「オーナー?……どんな人間だ?」
「『ロメオ』……向こうで言うローリダ共和国だが、その国でも重要な地位にある人間で、富豪としても有名な人物だ。彼が向こうの実質上の経営者だった」
「先方がそう言っているだけじゃないのか?……ほら、騙り商法ってこともあるだろう?」
「そうでもない……向こうの別荘みたいな場所に行って話もしている。実を言うと、そのフレイコットの産地というのが『ロメオ』の植民地なんだ。書類上の産地は色々と工夫して他の場所にしてあるが……」
岬の発言に憔悴の色を見て取った佐々は、彼に笑い掛けた。
「マサト、不安がることは無いよ。正直に打ち明けてくれるのなら、此方としても色々と手の打ちようがある。それでだ……」
「……?」
「……連中は、何を要求している?」
「いや……そこまで話は進んでいない。今はただそういう難しい状況にあるとだけ、英ちゃんに伝えたかっただけだ」
さり気無く、佐々は窓の外へと視線を転じる。眼下の道路を行き交うヘッドライトの連なりは途絶えるところを知らず、光の流れは、佐々たちのいる高層ビルの隣り合う皇居を、ネックレスの様に取り囲まんばかりの豊かさを誇っている。同じく外に視線を流しつつ、岬が呟くように言った。
「変わっちまったな……」
「『転移』前からこうだったろう?」
「いや……俺たちがだよ」
「……」
何かを言おうとして、佐々はやめた。経験は人間を変える。だがこれまでに辿った異なる経験の連続が、互いの友情まで変質させてしまうとは思いたくなかった。手近な連絡先を交換した後、二人は席を立つ。入口が見える距離にまで二人が歩を進めたそのとき、背後から佐々を呼び止める声があった。
「あれ? 佐々君じゃないの」
「…………?」
声が佐々を絶句させ、そして声の主を顧みたところで佐々は驚愕を隠さずに声の主を見遣る。紺色のスーツに身を包んだ長身、細身に比して異様なまでに広い肩幅、そして猿類のそれにも例え得る異相に、佐々はかつて彼と交差した人生の場面場面を想起させられる。『転移』前、共にある事件に関わった時分、昇進したての一等陸尉であった頃の佐々に比して、彼は警視庁公安部内の一部局の指揮官であった……それが現在では――
「八十島……官房長?」
「覚えていてくれたか……よかった」
黄ばんだ歯を見せ、八十島 景明は笑った。その背後には彼と年齢の変わらない、やはりスーツ姿の一団を従えていた。彼らのことを他所に八十島は佐々たちに近付き、そして彼は佐々の傍らの岬を凝視する様にする。
「お友達かい?」
佐々は頷いた。
「大学の同期です」
「私はこういう者です」
岬が名刺を取り出し、両手で恭しく八十島に差し出した。おそらくは彼もまた、何か個人的な繋がりから八十島の名を知っていたのかもしれない。八十島は名刺を抓む様に取り上げ、翳す様に一読して顔を綻ばせた。職務上、八十島から一般人に名刺を渡すことはまずない。岬もその事を知っているから彼からは名刺を貰えずとも失望は覚えない。
「ああー……隅友商事」
「官房長には、お目に掛かれて光栄に存じます」
「あそこの子会社には私の同期が世話になっていてね……この場を借りて御礼申し上げます」と、八十島は岬に頭を下げた。発言もそうだが、2メートル近い長身故かその動作がとても間が抜けた、大仰なものであるように佐々には見えた。あるいは故意か……?
「同期?……世話?」
それでも言葉の真意を掴めず戸惑う佐々に向け、八十島は半身を屈めた姿勢から佐々を見上げる様にした。
「相変わらず肝心なところで鈍いなぁ佐々君は……天下りってやつだよ」
「……!」
「いいんだいいんだ。事実なんだから……」
と笑い、再び佐々を見遣って言う。
「……で、これから飲み直しかい?」
「まあ、そんなところです」
不意に、八十島の長身が佐々に迫り、八十島は佐々の耳元に囁くように言った。
「……赤坂はやめといた方がいいよ。今は変な虫がいるから」
「ご忠告、有難うございます官房長」
「……」
目を合せなかったが、耳元で八十島が笑う気配を佐々は感じた。佐々から離れ、あとは彼の配下を従えて案内された席へと向かっていく官房長の後姿。内心で安堵を覚える佐々の背後で、やはり安堵の溜息の洩れる音を聞く。振り返り、目が合うや、岬は興奮を隠さず言った。
「驚いたな……英ちゃんがまさか警察庁のトップと知り合いだなんて……」
「あの人も、ちょっとした『戦友』みたいなもんさ……ところでマサト、飲み直そうか」
「いいのか?……奥さんのとこに帰らなくて」
「付き合えよ。そういう気分なんだ」
「じゃあ……どこにする? 新宿ならいいとこ知ってるけど」
「そうだな。下でタクシーでも拾って……」
共に語り合い、入口まで歩を進めつつ、佐々は戦慄にも似た感慨が背筋を奔るのを覚える。三年前……あるいはそれ以前と同じく、途轍もなく大きく、不気味な「何か」が軋みを立てて動き出そうとしている?――
都市国家ルジニア基準表示時刻12月20日 午後11時14分 首都ルジニア ルジス中央港沖合10海里付近
雨雲が過ぎ去り、その次には満天を占める星々が夜の海原の支配者となった。天界の遥か彼方より星の投掛ける光が万単位にあったところで、光の量は海原の黒い全容を照らし出すには未だ遠く、それには天界の主が太陽に代わるまでのかなりの時間を経ねばならない。
そのような海原を、三隻のRHIBボートが間隔を開いて疾走している。
完全装備の兵士一個分隊を収容するに十分な船体を有したそれは、「ロメオ」ことローリダ共和国の影響下に在る都市国家ルジニアに於いて、情報収集活動中であった「資産」の回収という任務を果たした海上自衛隊特殊部隊の隊員を載せ、彼ら自身の回収海域を目指し疾駆を続けていた。強化ゴムとFRPを組み合わせた特注の艇体は、大きさにして漁船程度のそれが波浪の只中に在っても無事に乗り切るに十分な強度と凌波性を有していたが、全開にした発動機に任せるがまま疾駆を続ける途上、時折海原から跳ね上がり、再び叩き付けられるという動作を繰り返している現状では、それに身を委ねる者に航海の安全を保証するものでは無くなっている。
だが――
「――あんた達! もっと速度落としなさいよ! 転覆するでしょうがっ!!」
漆黒の海に、癇の強い女性の声が響き渡る。上下に烈しく動揺する艇内で、それは死地から脱してもなお緊張に身を委ね続けるシールズの面々にとって、彼らの頑丈な神経を苛立たせる性質を有していた。ボートの尾部でハンドルを握る艇指揮官が作り笑いを浮かべ、舳先に陣取る髪の長い美女に呼び掛ける様にして言った。
「悪いな姉ちゃん、回収ポイントまでこの速度で行く決まりになってるんだ。速度は落とせないな」
柳眉を逆立て、女性は怒声を以て応じる。
「回収方法にも程度ってもんがあるでしょうが! あたしぐらいのVIP助けるんだったら飛行機で来なさいよ飛行機で! 何よこの遊園地みたいなゴムボート!」
「やかましい! これ以上喋ると此処から突き落とすぞ!!」
舳先からいきなりに怒声を投げ付けられ、女性は唖然として舳先に向き直った。機関銃を構えた特殊部隊員が独り。顔の輪郭はブッシュハットと暗視ゴーグルに覆われて判然としなかったが、若い声から、彼が特殊部隊員として新顔に属する人間であることを彼女は一瞬で悟った。反射的に延びた細長い手が男の暗視装置を掴み、同時に暗視装置の視界一杯に凶暴なる資産の顔が拡がる。
「言っとくけどあたしの彼氏は強いわよ。特殊作戦群の隊員なんだから。あんたみたいなもやし男なんか速攻で首の骨折られるんだから……!」
「じゃあそいつに言伝ぐらいはしといてやるよ。おたくのセフレはロメオの強姦魔ども相手に懸命に抵抗したのも虚しく、発見された時には色情狂になっていて手の施しようもありませんでしたってな」
「ムカツクこの男っ!!」
「立つなっ! 転覆するっ!!」
腰を浮かし、銃手に掴み掛かろうとした資産に降り懸かる怒声――それは艇指揮官の傍らに在ってセンサー端末を覗く隊員の声によって掻き消される。
『――逆探に感! 本艇の左舷後方!!……エコー高い! 急速に接近中!』
『――おいでなすったな……!』
余裕ある口調で応じつつ、艇指揮官は周囲を見回すようにした。それまで左右を並走していた僚艇が二隻、一気に間隔を空け海上の闇に融け込むように消えていった。事前の計画通りの機動だ。
『――ダイダロス、こちらレイヴン1、現在ロメオの哨戒艇に追跡されている! 回収まだか!?』 『――こちらダイダロス、現在カササギが二機、回収ポイントへ急行中!……到着まで後五分!』
『ビーコンを消せ! 敵に探知される』
傍らのセンサーマンに命じ、艇指揮官は続けた。
『――艇長より達する! 敵の追跡部隊が接近している。総員戦闘準備!……準備完了ならば応答しろ』
直後に、疾走する艇上の四隅に詰めた隊員の声が通信回線に重複する。交信の最後、舳先に詰める74式機銃の装填レバーを引きつつ高良 謙仁は告げた。
「チョッパー、準備完了!」
艇指揮官の指示は矢継ぎ早で、明快だ。
『――レイヴン1より各艇へ、戦闘態勢を取れ!』
『――ツー了解』
『――スリー了解!』
速度が上がった。頬に受ける風と、鼻腔に飛び込む潮の匂いの量からそうと判った。初の実戦任務を経て忘れかけていた心臓の高鳴りが、機銃を構えるうちに蘇って来るのを覚える。だがそれが常人の場合の様に恐怖へと転化するには、謙仁はこの夜の内にあまりにも多くを経験してしまっている。
「……」
さり気無く、謙仁は彼の詰める背後を見遣った。つい先程まで威勢の良かった資産は、未だに意識を取り戻さない真壁三曹の躯に縋ったまま、微動だにしていなかった。謙仁としては、彼女のことよりも真壁三曹の状態の方が気に掛かる――
『――照明弾! 複数!!』
怒声の直後、空を占める暗黒の領域は、刺す様な光の、縦横無尽な炸裂に浸透される。それも一瞬で――夜が一転し、いきなり太陽が昇ったかのように視界が開け、併走する僚艇の影まで見出すことが出来た。
『――八時方向に船影! 哨戒艇と確認!……撃って来た!』
RHIBボートの側面を、追い縋る様に曳光弾の礫が延びる。それはRHIBボートの前方遥かで着弾して海面を切り裂き、水柱を弾き上げた。右旋回に転じた直後で左旋回――――これを繰返しつつRHIBボートの艇体が海面を弾き飛ばす。追跡者の照準を狂わせるための機動だった。
『――艇長より各員へ、交戦を許可する!』
「――!」
再び左旋回に入ったRHIBボートの舳先で、謙仁は74式機銃の銃身を巡らせた。装着されたホロサイトの照星はその光量を抑え、夜間でも不自由ない照準を可能にする。ホロサイトの照星に重なる追跡者の影――「ロメオ」の武装快速艇。
「――!」
ハンドルを握り、親指で発射ボタンを押した。重厚な響きを立てて曳光弾が闇の海を裂く。冷え切った銃身から飛び出した一連射が白波を蹴立てて迫る快速艇の影に吸い込まれ、同時に着弾の火花を走らせた。同時に着弾した89式カービン、MINIMI分隊支援機関銃の形成した弾幕が船体を捉え、それらは快速に特化した故に薄い快速艇の装甲板を貫き、弾幕の前に不用意に接近した快速艇を疾駆させながらに炎上させた。
『――快速艇、接近する!!』
『――回避!』
炎上し、破片を撒き散らし傾斜しつつ迫って来る快速艇を右旋回で回避する。オレンジ色の業火を纏い、それ故に夜空の下で全容を晒すこととなった快速艇の姿を、謙仁は至近距離から目の当たりにすることとなった。迷彩した艇体、木甲板、艇首と一体化した操縦室、あらぬ方向を向いた機銃座……そして、制御を失い暴走する艇体から海中へ身を投じる乗員と思しき人影――
「…………!」
二隻の航跡が交差し、開けた前方に飛び込んできた船影に、謙仁は表情を強張らせた。艇体を上下に動揺させつつ急旋回に入った遥か後方で、被弾した快速艇が爆発し、紅蓮の炎と破片とを闇の海原に撒き散らしつつ沈んでいく。
『――前方、哨戒艇!!』
艇指揮官の怒声が通信回線内に響き渡る。その船影は基礎教育を受けていた時期に座学で何度も目にした事があった。快速艇より遥かに大きな船体、武装と装甲もまたその巨体に準じた「ロメオ」の航洋型哨戒艇――最高速度で30ノット/時程度のそれは、速力では最高40ノット/時のRHIBボートや快速哨戒艇に及ばないながらも、銃撃回避のため転舵を繰返していた彼女の獲物を、十分に持てる火砲の射程内に収め得るだけの機動力を有していた。
『――!』
謙仁が絶句するのと同時に大型哨戒艇の船影の一点が煌めき、緑色の太い火矢が空をしなって海原を抉った。僅か一斉射の試射の後、哨戒艇は持てる砲門を全開にして不埒な侵入者を殲滅に掛かり始める――同時に周囲の闇を切り拓くかの様に投掛けられた探照灯の光が、艇に向かい直進するRHIBボートの姿を完全に照らし出した。
そのまま詰まり行く距離――
『――チョッパー!』 艇指揮官の怒声が謙仁のイヤホンを叩く。
『――チョッパー此処にっ!』
『――軽MATは使えるか!?』
『――使えます!』
一人の隊員が、収納箱から取り出した01式軽対戦車誘導弾を有無も言わさず謙仁に押し付ける様にして渡す。それを両手で受け止めた謙仁の耳を打つ、更なる怒声――
『――あの哨戒艇を狙え! 外すなよ!』
『了解ッ!!』
誘導装置の電源を入れ、夜間照準に切換えたファインダーを覗く。同時に起動した自動光量調節装置が、投射されるサーチライトの光線を抑え、明瞭な緑の船影を謙仁の網膜に与えてくれる。動揺を繰返す艇上で、誘導弾本体の画像照準シーカーがファインダーの中を忙しげに一巡し、向い合って突っ込んでくる哨戒艇の船影を完全に囲んで止まる――目標捕捉の表示。
「テッ……!」
引鉄を引いた直後、空気が抜ける様な音と共に空へ飛び出した誘導弾は、そこから急角度に上昇し、そして哨戒艦の直上で急降下に転じた。その頭上から自らに襲いかかろうとしている異変に、哨戒艦が気付いた時には全てが終わっていた。上甲板を直撃し喰い破った成形炸薬弾頭は炎の槍となってそのまま機関部に達し、一撃で哨戒艇の全機能を奪ってしまう。洋上に停止し、火焔に巻かれつつ緩慢に死にゆく船体の傍を、舳先に留まったままの謙仁は片頬に灼熱の気配を感じつつ俊足で航過する。
『――こちらツー……敵追跡部隊の撤退を確認!』
『――こちらレイブン1、各艇状況知らせ』
『――こちらツー、一名負傷。生命に別条なし』
『――こちらスリー……エンジンが一基故障……20ノット以上出せない』
『――各艇交戦やめ、集合しろ! このまま離脱する』
『――敵追跡部隊、遠ざかる!』
「…………」
もう少し早ければ……旋回に入りつつ帰投コースに復帰する艇上から、謙仁は先程彼自身が葬った哨戒艇を見遣った。炎の勢いは愈々強く、その艇体は喫水の過半を海面下に没しかけている。船体の各所から弾ける様に何かが爆発し、炎に照らし出された海面に破片が落ちるのを謙仁は見る。弾薬に引火したのか?
『――こちらカササギ、ダイダロス、レイブンを視認した。船が炎上していい目印が出来てる! これより降下!――』
弾んだ声を、共通回線を通じて聞くと同時に、頭上を質量ある何かが航過するのを見、反射的に謙仁は上空を見上げた。JV-22――巨大なフロップローターを回転させながら夜空を飛び回るオスプレイの機影、それは上空を旋回しつつ次第に速度を落とし、やがてはプロペラ部分を完全に垂直方向へ転じたホバリング形態となって海面スレスレの高度で静止した。ドンピシャリの、RHIB部隊が舳先を向けた方向だった。速度を落として接近する内、目指すオスプレイの尾部貨物扉が開き、矩形の口を空けるのを謙仁は見た。
『――スリーから先に入れ。スリーが先だ』
命令が飛ぶ一方で、謙仁の艇も戻るべき処へと迫っている。RHIBボートは快速を維持しつつ寸分違わない正確な操船でタラップからオスプレイの貨物室に乗り上げて滑り込み、同時に謙仁はロープを貨物室で待ち構えていた機上整備員に放った。訓練通りに、速やかに固縛される艇体。間髪入れず海原から脱し、速度と高度を上げ始めるオスプレイ。
『――レイブン1、エンジンカット!』
『――カササギ離脱する! 針路0-5-5』
開けっ放しになっていたカーゴドアから、謙仁は眼下の海原を見遣る。同時に、先程の哨戒艇からさらに炎が噴き上がるのを謙仁は見る――爆発!? それは一瞬、周辺の海原をオレンジに染め、直後には終焉が訪れた。船尾から速やかに沈みゆく哨戒艇……自分が斃した相手の断末魔を前に何時しか息を呑み、遠ざかりゆく海、あるいは死闘を経た海を無言で凝視する謙仁――
「――!」
不意に肩を強く叩かれ、驚愕と同時に謙仁は背後を振り返った。そうと判るほど鼻を歪に折った真壁三曹の痛々しい顔が、謙仁の視界一杯に迫っていた。唖然とする謙仁の眼前で再び鼻っ柱を折って真っ直ぐに直し、鼻血を噴き出させて手で拭う……そして彼は、流れる鼻血も、そして折れた前歯もそのままにニヤリと笑った。
「借りが出来たな。チョッパー――」
「…………」
あまりのことに言葉を失った謙仁に畳み掛ける様に、真壁三曹は謙仁の耳元に顔を近付けた。
「……本土に帰ったら、ハニーを抱かせてやる」
「ははは……」
苦笑と共に、謙仁は再び眼下に離れゆく海を見遣る。そこにもはや海は無く、上昇しつつ高速飛行形態に転じたオスプレイは今や星々の明かりを吸い込み、白銀の連なりを横たえるだけの雲々の世界を飛んでいた。一つの任務が終わり、そして一人の新たな闇の戦士が生まれる――
『――カササギ、これより帰還する!』
都市国家ルジニア基準表示時刻12月21日 午前9時54分 首都ルジニア ルジス中央港
嵐は去ったが、その痕跡は今なお港湾一帯に巡らされた警戒線という形で残されていた。
埠頭に横付けした船腹から荷物を下し、あるいは荷物を積み込むという営みこそ、「転移」前に遡るその開港以来変わらない光景ではあったが、白波を蹴立てて湾内を行き交う警備艇の隻数、そして埠頭に在って荷役作業を監視する濃緑の軍服姿はそれまでより目立って増えていた。そこに、普段は前面に出ることのない武装回転翼機の姿まで上空に散見されるとあっては、港を覆いつつある張り詰めた空気を感じずに居られない部外者は皆無であったろう。埠頭に面した街々の主たる現地人はもはや完全に締め出され、ただ火薬と燃料の匂いのみが、夜の内にそこで起こったことの全てを主張していた。
その埠頭の一角――屋上の崩れ、外壁の所々に弾痕の穿たれた石造りの建物を取巻く様に、警戒網は一層に分厚さを増していた。何せ、昨夜の掃討作戦で、討伐側のローリダ共和国内務省警備部隊から出た死傷者は、かつて港湾組合の会所であったこの塔を取巻く一区画に集中している。それも、尋常ではない数の死傷者であった。共和国内務省保安局 ルジニア支所にとって、本来ならば牛乳配達程度の「業務」でしかない筈の「ダニどもの一斉駆除」に投入された一個連隊相当の警備部隊の内、優に一個中隊を構成するに足る数の警備部隊員が、今や此処にはいない「誰か」と交戦し、その生命を断たれたのである。病院にて天界に旅立つ準備をしている者、当面現役復帰の叶わぬ重傷を負った者を加えれば、彼らの被った人的損害は倍に膨らむものと推算された。
破局の切欠は、会所に逃げ込んだ「叛徒どもの首魁」を追いこむ形で形成された包囲網の一角で発生した爆発であった。一台の指揮官用装甲車の爆発が燃料輸送車を巻き込み、警戒線を形成していた各車を連鎖的に紅蓮の熱風で巻き込んでいったのだ。尤も、それ以前に破局の予兆はあった。叛徒どもの退路を断つ形で闇市へと続く橋の一本を固めていた一個分隊が、何者かの襲撃を受け急変を告げる間もなく全滅していたのだから……掃討部隊の幹部達がその事に気付いた時には、全てが遅きに過ぎた。包囲網を破る様に広がった爆発によって生じた物理的、精神的な間隙、「誰か」はそれを見逃さず、塔に逃げ込んだ「叛徒どもの首魁」を連れてまんまと夜の海に消えていった――
――そう、「誰か」は海から現れ、そして海へと去った。
包囲網の跡から離れた、寂れた埠頭に向け走る黒い車が一台。そこにさえ張られていた警戒線に在って車を見咎めた内務省の警備兵が、目を怒らせ手を上げ、止まるように強いた。
「此処から先は立ち入り禁止だ!」
言い終わるよりも早く、運転席から突き出されるようにして示された身分証を前に、警備兵は一転し表情を強張らせた。追い打ちの様に若い、だが低めの声が続いた。
「内務省保安局だ」
「けっ敬礼!」
捧げ筒の姿勢のまま、警備兵は道を空ける。泣く子も黙る内務省保安局とは言っても、此処を仕切っているのは結局のところ中央から遠い「支所」でしかない。身分証に印された「本部」を意味する「アダロネス」の略称には、無条件の平伏を強いられる他ない――黒い車は埠頭を臨む一隅で停まり。車から降り立った男の眼前には、袋に入れられ、今まさに運び去られようとしている亡骸がひとつ。
「待て」
「…………?」
遠方から呼び掛けられ、担架を担ぎ上げようとした隊員の腕が止まる。灰色のコートを羽織った金髪の青年。だが隊員らに緊張を与えたのは、美貌に属する青年幹部の左目を塞ぐ黒い眼帯だけでは無かった。青年個人の立ち居振る舞いより醸し出す凄みを篭めた波動が、下級の隊員らを内心で圧倒し、たじろがせた。地面に置かれたままの死体袋に屈み寄り、青年は死体の顔を覗き込むように正対する。ごく有触れた、内務省警備部隊の隊員、彼の顎を掴んで頭を動かし、延髄部に彼の生命を断つに十分な刺傷を見出したとき、青年の口元が微かな笑みを含んだ。警備部隊の下士官が早足で青年の傍に駆け寄り、大仰に敬礼して見せた。
「報告致します! たった今もう一体の死体を海中より発見致しました」
「一刺し……それも背後から反撃する間も与えず延髄を断ったか……」
「は……?」
真意を掴めず、不審げに顔を歪めた下士官に、青年幹部は正対した。単眼の青い瞳、だがその眼力は下士官の眼を幾つ揃えたところでその眼光の鋭さに於いて拮抗するべくもなさそうであった。射竦められ、呆然とする下士官に、隻眼の青年幹部はもう一体の死体まで案内するよう促した。歩を進めた先、海際から引き揚げられた死体が一体寝かされ、死体袋による収容を待っていた。頭部の横一閃に穿たれた銃痕……それ以外に何の外傷も無い隊員の変わり果てた姿を、青年は外目では慈しむように目を細めた。
「……信じられません。こうも争った形跡も無く、而してここまで鮮やかに急所を突くとは。野蛮なる叛徒の仕業とは思えない……」
「本職だな……」
「は……?」
「本職の人間がやったと言っている」
コート姿の青年、内務省保安局大尉 オイシール‐ネスラス‐ハズラントスは立ち上がった。小振りな波の押し寄せては退く埠頭の外れ。醜悪な炭色に彩られた焚火の痕を暫く凝視し、ネスラスは溜めていた息を吐き出す。波打ち際から港湾の全容に眼差しが移ったとき、彼の眼前を曳船に曳かれてきた船の、焼け爛れひしゃげた変わり果てた姿が横切るのだった。船体に穿たれた無数の弾痕と思しき孔の連なり……遠ざかりゆくそれを目で追いつつ、ネスラスは言った。
「先夜、『やつら』を追って行った警備艇か?」
「はっ、そのようであります」
「『やつら』は此処から陸に上がり、『やつら』の協力者を連れて再び海へと逃げて行った……『やつら』は、海から来たのだ」
「『やつら』……?」
「長時間を海中で待ち、時を見て陸に上がり任務を完遂する。そして再び海へと還る……このような事が出来る連中は、この世界にひとつしか存在しない。『やつら』しか、な」
「ニホン軍でしょうか……?」
「……」
「……!?」
肩越し、振り向き様に睨まれ、下士官は目を竦ませた。自分が何か、彼の気に障る様な事を言っただろうか?……などと内心で戸惑っているかのような表情であった。
「……そうだ。ニホンの『闇の戦士』だ」
「……」
はっきりと言われ、返す言葉を失った下士官。彼に引き続き現場の保全を命じ、ネスラスは車へと元来た途を歩く。報告――首都に在る彼らの本部と「総研」への、此処で彼が見、知って来た事一切の報告――その文面を、内務省の若き幹部は脳裏で纏め始めていた。