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だから 森は 呪われた  作者: ALS
2/3

森と炎と人間と

「やはり、これ以上人が増えれば……」

 大きな部屋で、大人たちが額を突き合わせていた。

「そうですね。食糧不足、それに住む場所もありません」

「あの森さえなければ、外の世界と接触できるのに」

「そうすれば、これらの問題もなくなるだろうな」

 大人たちは皆、スーツを着ていた。きちんと顎髭や髪も整えられている。

「やはり、森を焼き払うべきか」

「しかし! あそこは呪いの森。化け物がいるのですぞ!」

「だが、森は森。火をつければ燃えてなくなる」

「今日も、少女がひとり、森に迷い込んでしまった。何事もなかったから良かったものの、今後このようなことが起こっても、無事に済むとは断言できまい」

 大人たちの中で、最も恰幅の良い、そして上等な服を着た男が、腰を上げた。

「明日の明朝、森を焼き払おう。万が一のために、女子供は家の中に避難させろ。村中の武器を集めて、男たちに装備させろ」

 その男が見渡すと、大人たちは次々と頷いた。





――わたしのせいで。

 エルは息を切らして、森を進む。森の奥へ行くほど、木々は増え、道をふさぐ。道らしき道などないけもの道を走り、走っては転びながらも、彼女は足を止めない。

――わたしのせいで、アルが!!

 少女を突き動かすもの。それは、罪悪感か。

 昨日、少女が森へ入ったことが大人たちにばれた。大人たちは、森を焼き払うことを決めたのだ。

――お願い、アル。無事でいて!

「きゃっ!」

 むき出しの木の根につまずき、エルは派手に転んだ。

 膝をすりむき、血が流れていた。手のひらにも土がつき、洋服も泥だらけだ。

 泣きたくなるのもこらえて、少女は立ち上がる。にじむ涙を手の甲でぬぐい、彼女は走る。

「エル!?」

 いつの間にかたどり着いた開けた場所。

「アル!」

 アルは驚いた様子で、それでも抱きつくエルを何とか抱き留めた。

「なんで森に? 入っちゃいけないって、昨日言っただろ?」

「だって! 森が焼かれちゃうの! わたしのせいで! アル、逃げて!」

 支離滅裂になる言葉。

 アルは困惑した様子で、横を見やる。

 そのときエルは、そこに何かがいるのに気が付いた。黒色の毛並みをした、獅子のような生物。

 それが、低く吠えていた。

『ニンゲンが……なぜ、ここにいる』

「喋った!」

 エルはびっくりして、アルにより一層抱きつく。

 アルはエルをかばうようにして、彼女を抱きしめた。

「よせ! この子がここに来ても、師匠は何も反応しない。彼女には敵意はないんだ!」

 獅子はしかし、威嚇をやめない。エルの周りをうろうろと歩く。

 エルの表情に恐怖が宿る。

 そこへ――

「バケモノめ! 退治してくれる!」

 そんな怒鳴り声と、幾人もの足音。

 木々の隙間から、焔が見えた。

「村の大人たちだ! 森に火を放つって!」

 エルの表情が一転。焦りに変わる。そして、アルに向かって逃げてと叫ぶ。

 アルは、ただ微笑むだけ。

「大丈夫だよ、エル。それに、おれは逃げないって。約束しちまったんだ」

 獅子を見やると、その獅子は声のする方へと向かって走り出す。

 間もなく、大人たちの叫び声が聞こえた。

 バケモノめ。助けてくれ。痛い。死にたくない。

 その声が聞こえてきて、エルは耳をふさいだ。

「大丈夫、エリス。もう怖い声は聞こえないぞ」

 そのふさぐ手に、アルは自分の手を重ねて、囁く。

 エルが驚いたように、彼を見上げた。

 彼は、優しく微笑んでいた。

「アル?」

 耳をふさいだまま、エルはアルを見上げる。

 アルの表情が変わる。何かを決意した表情だ。

「エルはここにいろ。良いな?」

「待って! アル!」

 その声は、アルに届かない。

 彼はあっという間に見えなくなってしまった。

 残されたエルは、呆然と立ち尽くしていた。






「バケモノめ!」

――そう、何度言われたっけな?

「死ね!」

――そう、何度殺されそうになったっけな?

「助けてくれ!」

――そう、何度叫び声を聞いたっけな?

「死にたくない!」

――そう、何度怒りを感じたっけな?

 一声鳴くと、アルは狼人間へと姿を変えた。

 先に戦場に出て、人々へと襲い掛かる獅子の手助けをする。

 剣や斧を手に迫る人間を、その鋭い爪で薙ぎ払う。弓矢や銃を発砲してくる人間を、その鋭利な牙で食いつく。

「ヒィっ!」

 悲鳴。怒号。銃声。

 それらが混ざって、まるで音楽のよう。

 すべてを破壊しようとする、自分の中の何か。それに突き動かされるままに、爪を、牙をふるう。

「化け物め! 死んでしまえ!」

 横合いから飛び出してきた男を、爪で薙ぎ払う。

 直後、銃声が聞こえた。

 びくりと体が震え、熱を感じた。そこから、ずきずきと痛みが走る。

 撃たれたのだと、どこか遠いところで感じた。

 そこから流れる血の匂いが鼻につく。その匂いに、酔うかのように、より凶暴になる自分を感じた。

 本物の獣のように吠え、人を襲う。

 血が、臓器が、骨が、肉が地面を穢し、自分の体にまとわりつく。

「っくそ! 火を放て!」

 あたりの木々が燃え始めた。焦げた匂いが鼻につく。

――森は……守らないと。

 いつ負ったのだろうか。まったく感じていなかったが、体のあちこちに傷があった。おそらく、自分が殺した人間が、つけたのだろう。

 その痛みさえ、もう、ろくに感じない。

「まだ死なないか!」

「火の勢いを強めろ! すべてを焼き払え」

――そんなこと、させない。

 火を燃やしている現場へと行き、そこにいる人間を薙ぎ払った。

 ばらばらになりながら、宙を舞っていく人間たち。

――どうやって、火を止めようか?

 不意に、背中に衝撃を感じた。

「よくも、村の皆を……」

 押し殺した声は、少年のようだ。

 振り返れば、目に涙をためた少年。その服は真っ赤に染まっている。

――なんで?

 そして、背中に違和感があった。

 手を背に当ててみれば、なにか生ぬるい液体を触った。

――血?

 思考がついていかない。

――なんで? どうして、こんなに出血している?

 痛みが、熱が、あいまいな感覚に消えていく。

 ようやく、自分の背中に斧が刺さっていると分かったときには、もう体に力が入らなかった。

 目の前で燃えている炎。あれを消すんだ。そう頭で命令しても、体は動かない。

――あの人と、約束したのに。

 炎は徐々に大きくなり、木々を呑みこんでは、焼いていく。次々と火は燃え移り、木々が倒れる音が響く。

「……アル……」

 視界がかすむ。耳が遠くなる。

 それでも、誰かが自分を呼んでいるのがわかった。

「アル……じゃ、だめ」

 でも、意識は白に呑まれていく。





「アル、死んじゃダメ! アル!」

 エルは、血まみれのアルを何度も揺さぶった。

 炎は、もうじきこの辺りを囲んでしまうだろう。それでも、彼女は何度もアルの名を呼ぶ。

 大人たちは、火が勢いづくのを見て、逃げ出した。巻き込まれたくなかったのだろう。

 獅子も、すぐ近くで地面に横たわっていた。生きてはいるだろうが、立ち上がる気力もないのだろう。その毛並みには、べっとりと血がついていた。

「アル! アルってば!」

 アルは人の姿に戻っていた。だが、その顔色からは血の気も失せ、辺りに血だまりができていた。

「ねぇ、アル……お願いだから」

 エルの服は、アルの血で真っ赤に染まった。その手も血で穢れた。

 エルの目から、涙がこぼれた。次々とあふれるそれは、地面に吸い込まれていく。

「ねぇ……アルゥ……」

 涙声が、徐々に消えていく。しゃくりあげる声だけが、響く。

「ねぇ、誰か……誰か、助けてよ!」

 必死になって叫んでも、もう誰もいない。炎が上がり、木が倒れた。

 村の人間は、ここにはいない。ほかに、人もいない。

「ねぇ……誰か……誰か!!」

 声をからして叫んだ。

 ぽんと、誰かの手が、頭に置かれて、エルは顔を上げた。

 そこにいたのは、金髪の青年。優しそうな微笑みを浮かべて、彼女を見ていた。

「誰?」

「そこで寝ている奴の師匠、かな」

 その青年は、ゆったりとした動きで、アルの首筋に触れる。

 その動きを、エルは見ていることしかできなかった。

「……心配ないよ。彼は大丈夫だ。仲間たちの中でも、とりわけて丈夫だからね。そのうち、目が覚めるよ」

「本当?」

「本当」

 そして、彼は立ち上がり、獅子を見やる。

 獅子は、ゆっくりと上体を起こし、彼を見た。

「それと、アルは泣き虫なんだ。目が覚めたとき一人だと泣いてしまうだろうから、君がそばにいてあげてくれるか?」

 エルは、満面の笑みでうなずいた。

 青年は、獅子を見やった。

「ヴォルグ! 動けるなら、二人を森の奥へ導いてやってくれないか?」

 獅子は、立ち上がり、よろめきながらも三人の下へとやってきた。

 その頭を、青年が撫でてやる。

「少しだけ、俺の力を分けてやるよ。運んだら、少し寝ていて良いから」

 獅子は、一つ鳴くと、アルの服を口でつかんだ。そしてそのまま放り投げると、器用に背中に乗せた。

 そして、ついてこいとばかりに、エルに向かって鼻を鳴らす。

「あれに付いて行けば良いよ。安全なところに連れて行ってくれる」

 獅子はエルがついてくることを確認すると、先ほどとはうってかわって力強い足取りで歩き始めた。

「アルが目を覚ましたら、ありがとうって伝えておいてくれ!」

 その言葉に、エルは振り返り、笑顔でうなずいた。






「さて、と」

 青年は焼け残った木に触れた。

 そこから、ふわりと風が巻き起こり、未だ燃え盛っている炎を消した。

「まったく、外に出たければ、勝手に出れば良いものを」

 ひとりぐちった彼は、村のある方角を見る。

 今度は地面にそっと触れた。

 すると、何かが動く音がした。彼の目の前の木々が移動をはじめたのだ。

「いちいち大事にするなよな」

 しばらくすると、木々がない、一本の道ができた。

 そのことに気づいた村人たち。驚くもの、不安がるもの、喜ぶもの。反応はまちまちだ。

「……でも――」

 彼の前を、ひとりの大人が駆け抜けていった。道ができ、外の世界と交流ができることを喜んだのだろう。

 それに続いて、何人かの村人が気づく。その誰もが、彼に気づかない。

「やった! 外の世界だ!」

「これで、やっと――」

 喜びの声が、銃声にかき消される。

 村人たちは踊り狂った。次々と放たれる弾丸が、村人の体を貫く。

 森の向こうにあったのは、城壁。そこの上に上った兵士が、村人を狙い撃ちしていた。

「何だ!? なんで、森が!?」

「ともかく、一人残らず殺せ!」

 銃声に気づいて、何人かが森の中へ飛び込んだ。すると、また悲鳴。森の中から現れたのは、黒い体をした大小さまざまな獣たち。それが、村人を襲う。

「森の向こうの悪魔どもめ!」

「死ね!」

「数百年にわたる封印を解いたのか!?」

「化け物どもめ!」

 村に残った人たちは、開けた道から見える場所で起きた出来事におびえ、家に閉じこもってしまった。

「――外に出たって良いことなんてないだろうに」


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