少女と青年と化け物
呪いの森。
それは、その森に囲まれた集落の人が、その森を指して使う言葉。
その昔。その森には、化け物が住むと言われ、集落の人は誰ひとり、森へと入ろうとしなかった。
――わたしは、“イミゴ”だから。
そんな呪いの森で、泣いている少女がいた。
真っ白な髪と、病的に白い肌。赤い瞳をした、10歳前後の少女だ。
彼女は、鬱蒼と生い茂る木々の間に身をひそめるようにして、泣いていた。
「なーに、泣いてるんだ?」
そんな森に不釣り合いな、陽気な声。
顔を上げた少女は、彼女を真上から覗き込む青年を認めた。
「……?」
「こーんなところで、なんで泣いてるんだ?」
青年は、明るい茶色の髪を陽光にきらめかせて、少女に笑いかけた。
少女はきょとんとして、青年の青い瞳を見入っていた。
「どった?」
「……誰?」
青年は、きょとんとした。
「おれ? おれは、アル。アルクゥっていうんだ。きみは?」
「私は、エル。エリス」
「んじゃ、エル。なんで、こんなところで泣いてるんだ?」
エルは、ボロボロの服の袖で、涙をぬぐった。
「村に、いたくないの」
「なんで?」
アルは、ジーンズのポケットに手を突っ込んだ。
「わたし、忌み子なんだって。だから、パパもママもいないの。村にいても、みんなにいじめられるから、ここにいるの」
「“忌み子”?」
彼は、首をかしげた。
「この、赤い目のせい。赤い目は、バケモノの証なんだって」
少女は、その血色の眼を伏せた。
「バケモノ、ねぇ」
アルは空を見上げた。木々の葉に遮られて、日の光はわずかにしか届かない。下地に草がすくないのは、そのせいだ。
「エル。実はおれも化け物なんだ」
にやりと、彼は笑った。
その笑みを浮かべた口が、見る間に裂けていき、耳も長くなった。むき出しの腕には長い毛が生え、骨格もどんどん変わっていく。
やがて、そこにいた青年の姿は、二足歩行する狼、物語に出てくるような狼人間へと姿を変えた。
少女は、呆気にとられたように、口を半開きにし、その様子を見ていた。
『どうだ? 化け物、だろ?』
大きく裂けた口から、くぐもった声を出して、彼は笑った。
少女の瞳が大きく見開かれる。
そして――
「すごい。アルも、わたしと同じだ!」
そう言って、少女は彼に飛び掛かった。
面喰って、彼は少女とともに、地面に倒れた。
「あちゃぁ。こうなるとはな」
その姿は、先ほどの青年のものへと戻っていた。
額に手をやり、空を見上げる。
「普通、そこで逃げ出すだろ?」
「だって、わたしもバケモノだもん」
にっこりと笑う少女の瞳には、もう涙はなかった。
「はいはい。まったく、こんな奴がいるとはな。お兄さん、びっくりだよ」
エルをひょいと抱き上げ、自分の上からどかす。アルは、上半身だけ起こした。
「でもな、エル。よく聞けよ。ここは、本当の化け物がたくさんいる。だから、もうここには来ちゃいけない」
「どうして?」
エルは、悲しそうな顔をした。
「わたしも、バケモノだよ? それでも、ダメなの?」
「エルは人間だ」
アルは、悲しげに笑った。
「おれとは、違うんだ」
「どうして? わたしは、村じゃバケモノって言われる。アルとは、違うの?」
彼は困ったような顔をして、後頭部に手を当てた。
「なんていうかなぁ。ともかく、エル、もうここには来ちゃだめだ。ここは危ないからな」
そのとき、どこからともなく獣の咆哮が聞こえた。
アルは素早く立ち上がり、耳を澄ませる。エルは驚いた様子で、アルの服の裾をつかんだ。
「エル、良いか? 嫌なことがあったら『悪い子は、森の化け物に食べられちゃうぞ』って言ってやれ」
エルの肩に手を置き、彼はしゃがんで笑った。
「村にいるのはつらいかもしれないけど、人生嫌なことばかりじゃない。前向きに考えていれば、自然と良いことが来るから」
それに、と言って、彼は立ち上がった。
「これは師匠の受け売りだけど。幸せって言うのは基準がないんだ。だから、どんな人でも幸せになれるんだよ」
エルは、アルをまじまじと見ていた。
「要は幸せだって思えたら、幸せだってこと。どうせ生きなきゃいけないなら、幸せだって思っていきたいだろ?」
にこりと、アルはエルに笑いかけた。
エルは、難しそうな顔をしていた。
「まだ、わかんないか。でも、そのうちわかるようになるさ」
アルは、エルの頭を撫でた。エルは、びっくりしたように、アルを見上げる。
「さぁ、行くぞ。ここは危ないからな。森の出口まで送ってやる」
「アル! アルは、なんでここにいるの!?」
エルは、あわてて言葉を紡ぐ。
アルは、笑った。穏やかな笑いだ。
「ここに大切な人が眠っている。その人と約束したんだ。その人が目を覚ますまで、おれがここを守るって」




