めじるしの鈴 霧尾の雪解け――めじるしのほうが、迷子になりました
わたしは鈴です。
目はありません。ですから、音で見ています。
鞄の持ち手に付いた、小指の先くらいの真鍮で、役目はめじるしです。空港や駅で、持ち主が自分の鞄を見分けられるように、そこにいます。
そのめじるしが、この三月、迷子になりました。
持ち主は藤谷ちはるさんといいます。二十二の夏に、駅前の土産物屋で三百八十円で買われてから、八年になります。
ちはるさんには、走る前や何かを始める前に、鞄の持ち手を握り直す癖があります。握り直されると、わたしは鳴ります。歩いて揺れて鳴るのは、鳴ったうちに入りません。握り直されて鳴るのだけが、わたしの音です。
去年の十一月、柿沢という町の宿で、わたしを通していた組紐が切れました。それからは、ちはるさんの髪のゴムで、持ち手に結ばれています。
鞄の内ポケットには、二つ折りの紙が一枚入っています。去年の三月、霧尾という町で、ある人がちはるさんに渡したものです。番号です、使わなくても大丈夫です、とその人は言いました。
その紙が開く音を、わたしはこの一年、一度も聞いていません。
三月の終わりに、その霧尾へもう一度来ました。宿も去年と同じ湯守屋です。
去年の霧尾は、重い雪が音を吸う町でした。わたしにとっては、目隠しをされたような旅でした。
今年は、雪が解けはじめていました。
軒のつららから水が落ちます。側溝を水が走ります。ときどき屋根の雪がずり落ちて、地面が一度だけ低く鳴ります。朝は凍った雪を踏む音が硬く、昼を過ぎると、踏むたびに崩れる音に変わります。
よく聞こえる町でした。聞こえすぎるくらいでした。
紙を渡したのは早見さんという人で、三月になると毎年この町へ来るのだそうです。ポケットのファスナーを、上げて、下げて、また上げて、下げる癖があります。
その音は、二日たっても、どこからもしませんでした。
ちはるさんは一日目も二日目も、ロビーのソファに長く座っていました。本をめくる音も、電話の画面を叩く音もしませんでした。玄関の戸が開くたびに、衣擦れの音が一度だけしました。
二日目の夕方、ちはるさんはゴムをほどいて、わたしを持ち手から外しました。そのゴムで、髪を結ぶ音がしました。
わたしは上着のポケットに入れられました。あとでね、と小さく言われました。
宿を出て、隣の土産物屋まで十四歩でした。
店の前で、ポケットから電話が出されました。時間を見たのだと思います。
わたしは、電話といっしょにポケットの外へ出ました。
落ちる音は、しませんでした。鳴ったのかもしれませんが、わたしにも聞こえませんでした。雪は音を吸います。まわりの音が急に遠くなって、すぐ上で、つららから水の落ちる音がしていました。軒の下の雪に沈んだのだと、それで分かりました。
店の戸が開いて、上のほうで鈴が鳴りました。人が来たことを知らせるための鈴です。わたしよりずっと大きな音でした。
しばらくして、戸のすき間から、高い鈴の音が一度だけ聞こえました。わたしと同じくらいの大きさで、わたしより高い音です。去年、ちはるさんがこの店で三分間手に取っていた鈴と、同じ高さでした。銀色の、雪の結晶のかたちの鈴で、千二百円。あのとき、ちはるさんが値札をそう読み上げていました。
それから、レジの開く音がしました。
何を買ったのかは、わたしには分かりません。
戸の上の鈴がもう一度鳴って、ちはるさんの足音が出てきました。わたしのすぐそばを通って、宿のほうへ十四歩、遠ざかりました。
ここにいます、と言う方法が、わたしには音しかありません。振られなければ、鳴りません。
少しして、店の屋根の雪が軒の下へずり落ちてきました。低くて長い音でした。音が止むと、まわりの音は、さっきよりもっと遠くなっていました。
夕方のあいだに、店の前を何人もの足音が通りました。止まる足音は、一つもありませんでした。
夜になると、水の音が止みました。雪がまた凍りはじめたのです。町は、去年の霧尾のように静かになりました。
湯守屋の玄関の戸が、勢いよく開く音がしました。
走る足音でした。八年聞いてきた足音なので、間違えません。
けれど、走りだす前の、ちりん、という音はありませんでした。ちはるさんが走る足音を、離れたところから聞くのは、初めてでした。
足音は、宿と店のあいだを何度も行き来しました。
「たしか、ここで時間見たんだけど」
ひとりごとでした。場所は合っていました。雪をかき分ける手の音が、わたしの二歩ぶん手前で、何度もしました。
わたしの上の雪は、厚すぎました。
明るくなってから、と小さく言う声がして、足音は宿へ戻っていきました。
まわりの音が、だんだん硬くなっていきました。凍っていくのが、それで分かりました。わたしの中に入った水も凍って、玉が動かなくなりました。もう誰かに揺らされても、わたしは鳴りません。
それで、考える時間ができました。
わたしが鳴って一秒もたたないうちに、何かが割り込んだことが、これまでに六度あります。停留所のボタン、団体のバスが二度、駅の発車メロディ、宿の人の知らせ、帳場の電話。そのたびに、誰かが言いかけていたことか、渡しかけていたものが、届かずに終わりました。取りこぼしたあと、ちはるさんはよく、まあ、いいか、と言いました。
組紐が切れた朝だけ、わたしは鳴りませんでした。その朝だけ、何も割り込みませんでした。
このまま見つからなければ、持ち手はもう鳴りません。鳴らなければ、たぶん、何も割り込みません。三百八十円のものが一つ、なくなるだけです。隣の店の棚には、千二百円の鈴もあります。
見つからないほうがいいのだ、と思いました。
その夜の部屋のことを、わたしは知りません。わたしがいなかったからです。
湯から上がって、何気なく鞄の持ち手を握ったとき、何も鳴らなかった。そうだった、と思って上着のポケットを探ると、鈴はなかった。
探しに出て、見つけられずに戻ってからも、手は何度も持ち手を握った。窓を開ける前も、電話を取る前も、そのたびに何も鳴らなかった。自分がこんなに何度も持ち手を握る人間だったことを、ちはるは初めて知った。
鳴ったあとには、いつも何かが来た気がする。
柿沢の朝は、鳴らなかった。あの朝だけ、間に合った。宿に戻って手を開いたら、鈴は手のひらの中にいた。
だったら、ないほうが、うまくいくのかもしれない。
そう考えて、考えたことが少し怖くなった。
この町で知っている人は、一人しかいない。今年もこの町にいるのかどうかは、知らない。ちはるは内ポケットのファスナーを開けて、一年ぶりに紙を出した。
電話は、かけなかった。三百八十円の鈴を一緒に探してください、と言う声を、自分の口から出せる気がしなかった。
二十四の夏の桟橋も、二十六の秋の山小屋も、二十九の秋の乗り換えの駅も、始まる前には必ずあの音がした。間に合わなかった旅を思い出すと、どれもあの音から始まっていた。
あの音がしなければ、何も始まらない。始まらなければ、間に合わないこともない。
ちはるは、それがいちばん嫌だった。
駅へ出るバスは、明日の昼の一本しかない。
紙を戻して、目覚ましを五時に合わせた。
まだ暗いうちに、凍った雪を踏む硬い足音が来ました。ちはるさんでした。
足音は店の前を行き来して、ときどき止まっては雪を掘りました。店のシャッターが上がる音がして、これ使って、という店の人の声がしました。金属の先が雪に入る音が、二つになりました。
店の人が、どんな鈴なのかと聞きました。
「小さい真鍮のです。三百八十円の」
「鈴なら、うちの棚にもありますけど」
「知ってます」
掘る音は、止まりませんでした。
わたしは凍ったままでした。掘る音がすぐそばまで来ても、返せる音がありませんでした。
昼が近づくと、町に水の音が戻ってきました。軒のつららから、また水が落ちはじめました。一滴ずつ、わたしの上の雪に穴をあけていきます。三秒に一度でした。落ちる音が、少しずつ近くなりました。
わたしの中で、玉が少しだけ動きました。
見つからないほうがいい、と思ったはずでした。けれど鈴には、鳴らないでいることを選ぶこともできません。
町のスピーカーから、昼の音楽が流れました。
バス、来てますよ、と宿の人の声がしました。駅へ出るバスは、昼の一本しかありません。玄関の前で、エンジンの低い音が続いていました。
ちはるさんの足音が、店の前を離れました。宿の玄関で、鞄を持ち上げる音がしました。
いつもなら、ここでわたしが鳴るところです。
ちん。
わたしが鳴りました。持ち手からではなく、軒の下からでした。落ちてきた水が、わたしの上に最後に残っていた雪を崩して、わたしを揺らしたのです。
誰にも握り直されずに鳴った音を、わたしは初めて、数のうちに入れました。
一秒もたたないうちに、クラクションが鳴りました。出ます、という合図です。
いつもどおりでした。
鞄が雪の上に落ちる音がしました。
足音は、バスのほうへは行きませんでした。鳴ったわたしのほうへ、人が走ってくる。そういう音を、わたしは聞いたことがありませんでした。歩けば十四歩のところを、九歩で来ました。
三秒たって、わたしはもう一度鳴りました。足音が、わたしの真上で止まりました。
乗られますか、と運転手さんの声がしました。
乗りません、とちはるさんが言いました。雪を掘りながらでした。
三度目の水が落ちる前に、まわりの音が急に近くなりました。わたしは持ち上げられていました。
バスは、出ていきました。
手のひらの中は、ちはるさんの脈の音でいっぱいでした。走ったあとの速さでした。
「……いた」
それから、少し笑う息がしました。
「呼んだでしょ、いま」
わたしは、呼んではいません。水が落ちてきただけです。けれど、違います、とは言えませんでした。鈴には口がありません。
乗らなかったバスのことを、ちはるさんは一度も、まあ、いいか、とは言いませんでした。
その日の夕方、ちはるさんはどこかへ電話をかけて、すみません、と二回言いました。帰りが一日延びたのです。
それから、わたしは新しい組紐に通されました。
「昨日、これ買いに行ったんだよ」
前の日に店で買っていたのは、千二百円の鈴ではありませんでした。
前と同じ赤にした、とも言いました。赤がどういうものかは、今もわたしには分かりません。
新しい組紐は、まだやわらかい音がします。
帰りの電車で、内ポケットのファスナーが開きました。
紙の音がしました。一年待っていた音です。
けれどそれは、初めて開く紙の音ではありませんでした。一度も開いたことのない紙は、折り目が離れたがらない音をさせます。この紙は、すっと開きました。
わたしのいない夜に、一度開いたのだと思います。一年待って、聞きそびれました。
紙はすぐに閉じられて、内ポケットに戻りました。
めじるしというのは、持ち主が自分の鞄を見つけるためのものです。
八年で初めて、わたしのほうが見つけてもらいました。




