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リストで生き延びます!~悪役令嬢、社畜スキルでハッピーエンドを手に入れる~  作者: 「大和 尚羅夢」小花羅夢一生推し


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8/19

露見と契約

医療改善案を提出してから二週間が経ち、アリシアは五つ目の提案書の準備を進めていた。

今回は、王都の下町の衛生問題だ。リリアンから聞いた話では、貧しい地区では下水設備が整っておらず、病気が流行しやすいという。

「ベル、このデータを見て。過去五年間で、この地区の伝染病発生率は他の地区の三倍だ」

【確かに……でもマスター、そろそろ危険じゃないですか? クラウド殿下にも疑われているんですよ?(;一_一)】

「わかっている。でも、やめられない」

アリシアは首を振った。彼女の机の上には、下町の詳細な地図と、各戸の衛生状況を記した調査資料が広げられていた。これらは、彼女が変装して実際に下町を歩き、目で見て集めた情報だった。

「明日、もう一度現場を確認しに行く。この地区には、新しい公共井戸が必要だと思う」

【でもマスター、そんな危険な地区に一人で行くのは――】

「大丈夫。昼間だし、変装もする」

アリシアの声には、もう迷いがなかった。彼女は既に、匿名の提案者としての活動に、ある種の使命を見出していた。


翌日、アリシアは質素な平民の服に着替え、顔の下半分をスカーフで隠し、下町へと向かった。

地区は確かに貧しかった。道は舗装されておらず、雨が降った後の水たまりが悪臭を放っている。子どもたちは汚れた服を着て遊んでいたが、その笑顔は純粋だった。

(ここに、井戸を……)

アリシアは小さなノートを取り出し、スケッチを始めた。井戸の適切な位置。水道管を引くための経路。予想される工事費用。

彼女はあまりに集中していたので、背後から近づく足音に気づかなかった。

「──何をしている?」

冷たい、鋭い声。

アリシアの背筋が凍りついた。その声は、もう聞き覚えがあった。

ゆっくりと振り向くと、そこにはアルベルト第一王子が立っていた。彼も平民風の服装だったが、その威厳と鋭い目つきは隠しようがなかった。

「で、殿下……?」

「聞こえなかったか? 何をしている、と聞いている」

アルベルトの目は、アリシアが握っているノートへと向けられた。

「それは、何だ?」

「こ、これは……ただのスケッチです」

「スケッチ?」

アルベルトは一歩前に出た。彼の身長差に、アリシアは思わず後ずさりした。

「下町の衛生問題を調査するために、わざわざ変装までしてやってくる。そして、詳細な測量図を描く。これが“ただのスケッチ”だと?」

アリシアは言葉を失った。彼が全てを見ていたのだ。

「こ、こちらこそ、殿下はなぜこんなところに?」

「私のほうが先に質問している」

アルベルトの声には、抗えない圧力があった。

「答えろ。アリシア・フォン・ローゼンベルク。お前は、ここ数週間、匿名で様々な提案を王立機関に送りつけているな?」

(やっぱり……バレていた)

アリシアの心臓が、狂ったように鼓動した。ベルが警告音を鳴らしているが、もうどうでもよかった。

「黙っているということは、認めたということか」

アルベルトの目が、さらに細くなった。

「では、もう一つ質問だ。なぜ、匿名なのか? これだけの提案ができるなら、名乗り出れば評価されるはずだ」

「……できません」

アリシアはうつむいた。

「私は、まだ……信用されていません。名前を出せば、提案そのものが無視されるかもしれません」

「ふん。それで、影で活動することを選んだと」

アルベルトは腕を組んだ。

「しかし、それには矛盾がある。お前は学園祭で、表立って成果を上げた。あの功績があれば、多少は信用も得られるはずだ」

「違います」

アリシアは思わず声を強めた。

「学園祭と、これとは違うんです!」

彼女はノートを握りしめた。

「学園祭は……学園内の、限られた問題でした。でも、これらは違います。人々の生活に、直接関わる問題です。もし私の提案に欠陥があれば、実際に人々を苦しめることになります」

彼女の目が、アルベルトをまっすぐ見つめた。

「だから、提案そのものが評価されるべきなんです。誰が提案したかじゃなくて」

一瞬、沈黙が流れた。

通りを馬車が通り過ぎ、子どもたちの笑い声が遠くで響く。

そして、アルベルトが口を開いた。

「……そのノートを見せろ」

「でも──」

「見せろ」

命令するような口調だった。

アリシアは仕方なく、ノートを差し出した。アルベルトはそれを取り、ページをめくり始めた。

彼の表情が、次第に変化していく。

最初は冷淡な評価の目つきだったが、次第に驚きに変わり、そして──真剣な考察の表情へ。

ノートには、単なるスケッチ以上のものが記されていた。

問題点のリスト。原因の分析。複数の解決案。それぞれの案に対するコストとベネフィットの比較。実施スケジュール。リスク評価。

そして、何よりも印象的だったのは、随所に書き込まれた“現場の観察”だった。

『井戸の候補地A:日照条件は良いが、隣家の老人が「ここは昔、汚い水が出た」と証言』

『経路B:最短だが、ここの店主が「雨の日は水が溢れる」と悩んでいる』

『注意:地区の子どもたち三人が、同じ皮膚病にかかっている。水質と関連ある可能性』

「これは……」

アルベルトが呟いた。

「単なる机上の計画ではないな。実際に現場を見て、人々の声を聞いた上での提案だ」

彼はアリシアを見上げた。

「これを、どれだけの時間かけてまとめた?」

「二週間です。毎日、少しずつ……」

「毎日? ということは、お前はこの二週間、毎日ここへ通っていたのか?」

アリシアはうなずいた。

「最初は資料だけでした。でも……数字だけではわからないことがたくさんあって。実際に来て、見て、話を聞かないと」

アルベルトは再びノートを見つめた。彼の指が、あるページを軽く叩いている。

「このコスト計算、少し甘いな。石材の値段は、今月から一割上がっている」

「え?」

アリシアは目を見開いた。

「そんな……報告書には、来月まで据え置きと書いてありました」

「報告書は一ヶ月前の情報だ。新しい情報は、昨日の商工会議で決定された」

アルベルトはノートを返し、腕を組んだ。

「机上の資料だけに頼るな。現場の情報は、常に変化している」

「……はい」

アリシアはうつむいた。悔しさと、同時に、もどかしさが込み上げてきた。

(まだまだ、足りない……)

「だが」

アルベルトの声が続いた。

「資料の不足はあるが、その分析方法、問題の捉え方は……評価に値する」

彼はアリシアをじっと見つめた。

「お前には、他の者にはない“眼”がある。問題の本質を見抜く眼が」

アリシアは息を詰まらせた。彼の言葉の意味が、すぐには理解できなかった。

「殿、殿下……?」

「聞け、アリシア・フォン・ローゼンベルク」

アルベルトの声は、低く、真剣だった。

「私は今、多くの問題を抱えている。王国の、地方の、人々の。どれも複雑で、簡単には解決できない」

彼の目が、下町の家々へと向けられた。

「役人たちは報告書を作り、学者たちは理論を語る。しかし、彼らの多くは、実際に現場に足を運ばない。この人々が、毎日どんな問題に直面しているのか、本当の意味では理解していない」

アルベルトは振り返り、アリシアを見つめた。

「しかし、お前は違う。変装してまで現場に来る。人々の声を聞く。そして、具体的な解決策を考える」

彼は一歩前に出た。

「私は、その“眼”が欲しい」

アリシアは言葉を失った。彼の言葉の意味が、ようやく理解できた。

「殿、殿下……それは……」

「私の下で働け」

アルベルトははっきりと言った。

「表立った肩書は与えない。あくまで、非公式の顧問としてだ。しかし、必要な情報へのアクセスは保証する。現場に行く許可も、場合によっては出そう」

「で、でも……なぜ私が?」

アリシアの声は震えていた。

「他にも、優秀な人はたくさんいます。経験も知識もある、立派な方々が」

「確かに、優秀な者は多い」

アルベルトはうなずいた。

「だが、彼らの多くは、すでに“立場”に縛られている。貴族は貴族の、官僚は官僚の、学者は学者の立場からしか物事を見られない」

彼の目が鋭くなった。

「お前は違う。少なくとも、今のところはな。貴族の令嬢でありながら、平民の服を着て下町を歩く。学園の優等生でありながら、匿名で提案書を書く」

アルベルトの口元が、わずかに緩んだ。

「それが、お前の強みだ。固定観念に縛られず、ただ問題そのものを見つめ、解決策を考える」

彼はもう一度、ノートを示した。

「このノートは、その証拠だ。お前の“眼”が、単なる夢想家のそれではないことを証明している」

アリシアは黙ったままだった。頭の中が混乱している。

(私を……欲しい?)

【マ、マスター! これは大きな転機です! でも、リスクもあります! よく考えて!(;゜Д゜)】

ベルの警告が脳内に響く。しかし、アリシアはもう、ベルに頼る必要を感じなかった。

彼女自身が、決断しなければならない。

「……お答えする前に、一つだけお聞きしてもよろしいですか?」

「何だ?」

「殿下は、なぜ今、ここにいらっしゃるのですか?」

アルベルトの眉がわずかに動いた。

「下町の問題を、直接確認するためだ。報告書だけでは、信用できない」

「それでは、殿下ご自身も、現場を見る必要があるとお考えなんですね」

「ああ」

アルベルトはうなずいた。

「役人たちの報告は、往々にして都合のいいように歪められる。真実を知るには、自分の目で確かめるしかない」

アリシアは深く息を吸い込んだ。

そして、顔を上げ、アルベルトをまっすぐ見つめた。

「では、お引き受けします」

彼女の声は、震えていたが、確かな意志に満ちていた。

「ただし、条件が二つあります」

「言ってみろ」

「一つ。私の提案は、常に真剣に検討していただきたい。たとえそれが、殿下の考えと異なっていても」

「当然だ。でなければ、お前を雇う意味がない」

アルベルトは即答した。

「二つめは?」

「私の活動は、あくまで“非公式”とさせていただきたい。学園の生徒としての立場は維持し、表立っては目立たないように」

アルベルトは一瞬考え込んだように見えた。

「……それは、なぜだ? 表立って評価されたいとは思わないのか?」

「思います。でも、今はまだ……時期尚早だと思います」

アリシアはうつむいた。

「私には、まだ信用が足りません。表立って活動すれば、殿下の判断そのものに疑問が向けられるかもしれません」

「ふん」

アルベルトは小さく鼻で笑った。

「それもまた、現実的な判断だ。よかろう、その条件は認めよう」

彼はアリシアに手を差し伸べた。

「では、これで契約成立だ。アリシア・フォン・ローゼンベルク。我が非公式顧問として、これからよろしく頼む」

アリシアは一瞬ためらったが、その手を握り返した。

王子の手は、彼の外見とは裏腹に、騎士として鍛えられた頑強な手だった。

「はい、殿下。精一杯、お役に立ちたいと思います」

アルベルトは手を離し、もう一度下町を見渡した。

「では、最初の仕事だ。この地区の衛生問題について、お前の案を聞かせてくれ」

「え、今ここでですか?」

「問題は待ってくれない」

アルベルトはきっぱりと言った。

「お前のノートに書かれた案は、概ね妥当だ。しかし、石材の値上がりを考慮すると、予算が不足する」

彼は地面に杖で線を引いた。

「ここに井戸を掘る案は良い。だが、同時に排水路の整備も必要だ。でなければ、井戸の水も汚染される」

アリシアの目が輝いた。彼の指摘は、まさに彼女が悩んでいた点だった。

「はい! 実は、私もそこが気になっていて……」

二人の議論は、一時間以上続いた。

通りかかった住民たちは、奇妙な光景を目にした。平民の服を着た若い男女が、地面に図を描きながら熱心に議論している。

彼らが誰だか知る者は、一人もいなかった。

夕日が傾き始めた頃、アルベルトは時計を取り出して見た。

「時間だ。今日はここまでにしよう」

「はい。でも殿下、もう一つだけ……」

アリシアはためらった。

「何だ?」

「この話……リリアンさんには、内密にしていただけますか? 彼女を巻き込むわけにはいきませんので」

アルベルトは一瞬、鋭い目でアリシアを見つめた。

「……あの平民の娘か。お前が最近、よく話をしているというな」

「はい。彼女からは、多くのことを教えていただいています」

「ふむ」

アルベルトは考え込むように眉をひそめた。

「よかろう。ただし、お前の活動が彼女を危険にさらすようなことがあれば、話は別だ」

「もちろんです!」

アリシアは必死にうなずいた。

アルベルトは軽くうなずき、歩き出した。

「では、明日からだ。朝、執務室に来い。最初の案件を説明する」

「か、かしこまりました!」

アリシアが深くお辞儀をしていると、アルベルトが振り返らずに言った。

「一つ、忠告しておく」

「はい?」

「お前のその“匿名”の活動は、もうやめておけ」

アルベルトの声には、冷たい響きが戻っていた。

「これからは、私を通して行動する。そうすれば、より効果的に動ける」

そう言うと、彼は去っていった。

アリシアは一人、下町の道に立ち尽くした。

夕日が、彼女の長い影を地面に伸ばしている。

(契約……か)

彼女はそっと胸に手を当てた。心臓が、まだ速く鼓動している。

【マスター……これで、本当に大丈夫なんですか?(´;ω;`)】

ベルの声には、心配の色が濃かった。

「わからない。でも……」

アリシアは振り返り、貧しい家々を見つめた。

「これが、私にできることなら。誰かの役に立てるなら」

彼女の目に、確かな決意が宿った。

リストは続く。問題は山積みだ。

しかし今、彼女には“味方”ができた。

強大で、怖いけれど、信頼できる――かもしれない――味方が。

アリシアはゆっくりと歩き出した。

学園へ戻る道のりは長いが、彼女の足取りは軽かった。

新しい章が、今、始まった。

影の顧問から、王子の非公式顧問へ。

ゲームのルールが変わった。しかし、プレイヤーは変わらない。

アリシア・フォン・ローゼンベルクは、これからもリストを作り続ける。

ただ、そのリストが、より大きな影響力を持つようになるだけだ。

彼女は小さく微笑んだ。

明日から、本格的に仕事が始まる。

楽しみだ。

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