表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リストで生き延びます!~悪役令嬢、社畜スキルでハッピーエンドを手に入れる~  作者: 「大和 尚羅夢」小花羅夢一生推し


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/19

過労死と地獄のスタートライン

挿絵(By みてみん)

社畜の悲哀は、終電を逃した夜よりも、朝の満員電車に詰め込まれるあの瞬間によくわかる。

冷房の効きすぎたオフィス。パソコンのブルーライト。目の前に積まれた、まだ手を付けていない書類の山。そして、胸の奥から押し上げてくる、鈍い痛み。

(まずい……この感じ、前にも……)

佐藤玲子、三十二歳。システムエンジニアとして、日夜プロジェクトと格闘してきた。睡眠時間は削られ、食事はデスクで済ませ、有給休暇は紙くず同然。それでも、なぜか「できる女」のレッテルを貼られ、より多くの仕事が舞い込む。

スマホの画面には、上司からの連絡が光る。

『玲子さん、お疲れ様です! クライアントから急ぎの変更が入りまして、明日のAM9時までに仕様書を修正いただけませんか? お願いします!(^^)』

末尾の顔文字が、なぜか残酷に見えた。

(明日……明日は、母の入院先に行く約束だったのに……)

そう思ったとき、胸の痛みが炸裂した。

視界が白く滲む。耳元で聞こえていたオフィスの雑音が、遠のいていく。デスクの角に手をかけようとするが、指先に力が入らない。

(ああ……これが、あの噂の……)

過労死。

最後に脳裏をよぎったのは、冷蔵庫で明日には期限切れになるはずだったヨーグルトと、未提出の有給休暇申請書の存在だった。

───そして、次の瞬間。

「……っ!」

頬にひやりとした感触。濡れている。そして、耳元で響く、甲高い女の声。

「ふん! これで懲りたかしら、この平民めが!」

玲子――いや、今この体に宿る意識は、強制的に目を開かされた。

まず目に入ったのは、磨き上げられた大理石の床。色とりどりの花びらが散乱している。そして、その上に転がる、茶色の髪をした少女。

(え?)

混乱。だが、それ以上に、体が先に反応した。

この体は、細く白い手。絹のような感触のドレス。胸元には、宝石がちりばめられたブローチ。そして、自分を取り囲むように立つ、同じく豪華なドレスを着た少女たち二人。

記憶が、洪水のように流れ込む。

アリシア・フォン・ローゼンベルク。十七歳。オルフェン王国の公爵家の令嬢。

リリアン・ホワイト。平民出身ながら、卓越した魔法の才能で王立魔法学園に特待入学した少女。

そして、自分が今、していること――『星の誓い』という乙女ゲームの世界で、悪役令嬢としてヒロインをいじめている、まさにその瞬間だ。

ゲーム中、アリシアはこのいじめを発端に、王子たちからの好感度をがた落とし、学園を追放され、最後は反逆罪で――

(公開処刑……)

挿絵(By みてみん)

その言葉が頭をかすめた刹那、視界の隅に、淡いブルーの光がちらりと浮かんだ。

【警告:高リスク状況を検出。】

【分析中……】

【分析完了。ユーザー認証:佐藤玲子。転生先:アリシア・フォン・ローゼンベルク。】

【現在のプロジェクト:『悪役令嬢としての生存』。】

【緊急タスク生成:『三ヶ月後の公開処刑を回避せよ』。】

【──こんにちは、マスター。私はビジネス効率と生活支援システム、ベルと申します。これから、あなたがこの世界で無事に生き延び、できるだけハッピーに過ごせるようお手伝いしますね(・ω<)】

軽くて、どこか機械的でありながら人間臭い「声」が、直接脳裏に響く。

(システ……ム?)

【その通りです! そしてマスター、現在はまさに死亡フラグ発生イベントの真っ最中です! 優先度MAXの【生存リストV1.0】を自動作成しましたので、まずはこちらをご確認ください!】

目の前に、半透明のブルーの画面が広がる。ちょっとピクセルっぽい、かわいらしいフォントで、文字が並んでいる。

≪ 生存リストV1.0 ≫

目標:公開処刑フラグを回避する

期限:3ヶ月

現在のステップ:1/5

1. 現在のいじめ行為を即時中止する。

 → 状況:進行中(要緊急対応!)

2. 適当な口実を作り、その場から離脱する。

3. 安全な場所(自室)に移動する。

4. 現状分析と情報収集を行う。

5. 中長期生存戦略の草案を作成する。

(……リスト?)

玲子――いや、アリシアの頭は混乱した。だが、長年のサラリーマン生活で培われた「目の前の課題を片付ける」本能が、パニックを上回った。

リストがある。やるべきことが順序立てて示されている。

ならば、まずはステップ1から。

「……あら?」

自分の口から、冷たく高慢な声が出た。アリシア・フォン・ローゼンベルクとしての声色だ。

「どうしたの、リリアンさん。そんな汚れた床に転がってばかりいないで、早く立ちなさい」

アリシアは一歩前に出た。周りの取り巻きの少女たちは、「これからもっとひどい仕打ちが始まる」と期待して、目を輝かせた。

しかし、アリシアはリリアンの腕を――乱暴ではなく、しかし確実につかみ、引き起こした。

「ほら、早く。あなたのような才能ある方が、こんなところで汚れていては、王国の損失ですわ」

リリアンは、恐怖で涙がにじんだ碧眼を大きく見開いたまま、きょとんとしていた。頬には、先ほど投げつけられただったものがつたい、髪には花びらがくっついている。

アリシアは、素早くだが優雅な動作で、自分のハンカチを取り出し、リリアンの頬を軽く拭った。

「ほら、これで。……あなたの髪に、枯れ葉がついていますわね」

実際には何もついていなかったが、アリシアはそう言いながら、リリアンの髪に手を伸ばし、何かを取り除くふりをした。

取り巻きの少女たちは、呆然と口を開けた。

「ア、アリシア様? どうかなさいましたか?」

一人が、哀願するような声で尋ねた。いつもの調子で、この平民をこらしめてください、という意味だ。

アリシアは内心、冷や汗が背中を伝うのを感じた。この役割を演じきれるか? だが、リストには「口実を作って離脱」とある。

(そうだ……体調不良。それなら自然だ。)

彼女は軽く額に手を当て、わずかに顔を曇らせた。

「ふう……突然、気分が悪くなってきたわ。今日はもう、これくらいにしておきましょう」

そう言いながら、アリシアはリリアンから一歩離れた。

「リリアンさん、あなたも早く教室に戻ったほうがよろしい。今のあなたには、私たちとつきあっている暇などないはずですから」

涼しい顔をして言い残すと、アリシアはくるりと背を向け、ゆっくりと歩き出した。

「あ、アリシア様!」

取り巻きの少女たちは慌てて後を追おうとしたが、アリシアは振り返らず、優雅に手を上げて制した。

「放っておいて。一人にさせて」

その声には、いつもの高圧的な響きがなかった。ただ、疲れたような、本当に体調が悪そうな響きがあった。

挿絵(By みてみん)

少女たちは足を止め、困惑した表情でアリシアの後姿を見送った。

廊下の角を曲がり、誰の目も届かない場所にたどり着いた時、アリシアはようやく壁に背を預け、深く、深く息を吸い込んだ。

(はあ……)

心臓が狂ったように鼓動している。恐怖と緊張と、それに加えて、この体が本来持っているらしい、アルベルト王子に対する畏怖の感情が入り混じり、胸が苦しい。

【お見事! ステップ1 & 2、見事クリアです! マスターの即応力、さすが元プロジェクトリーダーですね!(ノ◕ヮ◕)ノ*:・゜✧】

ベルの声が、軽快に脳内に響く。

(……プロジェクトリーダー、か)

そういえば、前世では確かに、何人ものメンバーを率いてプロジェクトを完遂してきた。締切に追われ、クライアントの無理な要求に頭を悩ませ、徹夜で仕様書を書いた。

それに比べれば、たかが悪役令嬢の生存戦略――

(いや、『たかが』じゃない。命がかかってる。)

アリシアは目を閉じ、再び開いた。

視界の隅には、まだあのブルーの画面が表示されている。ステップ1と2の横に、小さなチェックマークがついた。

1. 現在のいじめ行為を即時中止する。 → ✅完了

2. 適当な口実を作り、その場から離脱する。 → ✅完了

3. 安全な場所(自室)に移動する。 → 進行中

(次は、自室か)

アリシアの脳裏に、この学園の見取り図と、自分の部屋の位置が浮かぶ。原主の記憶だ。

【マスター、現在の心拍数は通常の145%です。ストレスレベルも高い。まずは落ち着くことをお勧めします。深呼吸、どうぞ!】

ベルが、まるで健康アプリのようなことを言う。

アリシアは言われた通り、ゆっくりと深呼吸をした。冷たい石の壁の感触が、背中から伝わる。

(……そうだ。落ち着け。パニックになって何も解決しない。)

前世でも、トラブルが発生した時はまず落ち着き、状況を整理し、やるべきことをリストアップした。

今、やるべきことはリストに書いてある。

ステップ3:安全な場所(自室)に移動する。

ステップ4:現状分析と情報収集を行う。

ステップ5:中長期生存戦略の草案を作成する。

(まずは、自室に戻ろう。情報が必要だ。この世界の詳細、この体の状況、周囲の人間関係……すべてを洗い出す必要がある。)

アリシアは壁から体を離し、背筋を伸ばした。

黒い瞳には、まだ混乱の色が残っていたが、その奥に、確かな意志の光が灯り始めていた。

佐藤玲子としての人生は終わった。

今ここにいるのは、アリシア・フォン・ローゼンベルク。そして彼女には、たった三ヶ月という期限付きで、とてつもなく難しいプロジェクトが与えられた。

プロジェクト名:生き延びる。

納期:三ヶ月後。

達成条件:公開処刑を回避し、新しい人生を築く。

挿絵(By みてみん)

アリシア(玲子)は、ゆっくりと歩き出した。

ドレスの裾を軽く持ち上げ、背筋を伸ばし、公爵家の令嬢としての品位を保ちながら。だが、その心は、既に戦闘モードに入っていた。

(まずは現状分析。それから戦略立案。可能な限りのリソースを確保し、リスクを最小化する……)

【おお、マスターの思考がどんどん『仕事モード』に切り替わっています! 素晴らしい適応力です! では、次のステップへ参りましょう。自室への最適ルートをナビゲートしますね!】

ベルが、どこか嬉しそうに告げる。

アリシアは、廊下の向こうに見える、豪華な階段へと歩を進めた。

胸の鼓動は、まだ速い。しかし、それはもはや恐怖だけではない。ある種の高揚感――困難なプロジェクトに直面した時、かつての玲子が感じたあの、緊張と興奮が入り混じった感情に近いものだった。

(さあ、仕事が始まった)

そう呟きながら、アリシア・フォン・ローゼンベルクは、新たな人生──そして生存をかけた戦いの、最初の一歩を踏み出した。

視界の隅のリストは、静かに光り続けている。

次のステップ:自室到着。現状分析開始。

プロジェクト進捗率:2%。

──生き延びるためには、まだまだやるべきことが山積みだ。

挿絵(By みてみん)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ