カミサマの思し召し、或いはサーカス×ワンダー
「ねぇ、カミサマ。今更ながらにこの世界の文化とかってどうなってるの?」
「あー、特に考えてなかったねぇ。ボクはこの世界をキミの好みを参考にして作っただけだから」
「え……適当過ぎない?」
「あはは、だってそんな風に作っても、世界はいい感じに補正と補完をしてくれるから問題ないよ」
「いや、ホントに適当過ぎない!?」
*****
「移動サーカス?」
「そう、移動サーカス。駅近くの公園広場があるだろう? そこに今来ているんだ。それで、明日の夜の部の公演チケットを蓮一兄さん——上の兄が友達と行っておいでと2枚くれたものだから、学校終わりに小夜も行かないかい?」
「え、行ってみたい。けど、私でいいの?」
「あぁ、もちろん。私は小夜『で』いいのではなく、小夜『が』いいんだよ。小夜と一緒に行きたいのさ」
あぁ竜胆は今日も、グラブジャムンのように、私に甘い。
◇
黄昏時のオレンジ色に染まる公園広場には、大きな移動サーカスのテントが設置してあった。
個を認識できない、影絵のような大勢の人々が、ゲートを潜りテントへと足早に歩いている。
ふと、敷地内の一画に人が集まっているのが見えた。
「ねえ、竜胆。あそこは何?」
不思議に思い、竜胆にそう問えば。
「あそこ?」
私が示した先を見た竜胆は、一瞬柳眉を顰め、フリークショー小屋か……と小さく呟いた。
「ふりーくしょー」
「私達が行っても楽しめないさ。……そんなことより、小夜はサーカスを見たことはあるかい?」
隣を歩く竜胆が、私に視線を向けながらそう訊いた。
「んー、こうやってサーカス会場で生で見るのは初めて、かも?」
「ふふっ、そうなんだね。かくいう私も初めてだ」
「楽しみ?」
「そうだね、楽しみだ。何より小夜も楽しみならば、誘って良かったと本当に思うよ」
「えへへ。あ、出店もいっぱいあるね」
「何か摘めるものを買ってから中に入ろうか」
竜胆と二人でサーカス会場のテントへと向かう流れから離れ、出店へと足を向ける。
「えっと、売ってるのはアイスクリーム、ビスケット、チョコレートにキャラメル、それからシベリア……シベリア?」
「カステラに羊羹を挟んだものだよ」
「へぇー、じゃあそれにしようかな?」
「ふふ、なら私もそれにしよう。すまない、シベリアを2つお願いするよ」
竜胆が財布からシベリア二つ分の代金を取り出し、店員へと渡した。
「え、自分で買うのに」
「柊哉兄さんから小夜と二人で楽しんでおいで、と軍資金をもらってあるから気にしないでおくれ」
微笑む竜胆に、とっさに目をきゅっと閉じた。美人は三日で慣れるというけれど、やはり油断をすると、竜胆の顔面力はとんだ凶器である。
◇
「Ladies and Gentlemen, 紳士淑女の皆々様、当サーカス団の公演へお越しいただき、心より御礼申し上げます。今宵、ほんの一時ではありますが、お楽しみ頂けますよう団員一同、誠心誠意努めさせていただきます。それではどうぞ、お楽しみ下さいませ」
舞台の上で燕尾服を身に纏い、被っていたシルクハットを脱ぎ胸に当て、そうして頭を下げたサーカス団の団長が開幕の口上を述べれば、最後に開演のブザーが会場に鳴り響く。そして、暗転。
数瞬の無音の後、小さなオルゴールの音色が会場内に流れ出す。その音に合わせ、ぽつり、ぽつりと星の光を模したような小さな灯りがテント内に灯り出した。
スポットライトが光り、道化師が姿を現す。ひょこり、ひょこりと伸びたり縮んだり、何かを探すような忙しない動きで、道化師は舞台上を動き回っていた。
そんな道化師の周りを、真鍮の骨組みに色硝子を嵌め込んだ羽を羽ばたかせる何匹もの妖精が、揶揄うように舞っている。
しばらくすると、道化師が何かに気づいたかのように口に手を当て、上空の一画を観客の視線を誘導するように指さした。示されたその先がぱっと明るくなれば、そこには空中ブランコの演技を始めようとしている演者の姿が見て取れた。
空中ブランコの演者が台から軽やかに飛び出すと、その軌跡に沿って会場内が煌々と明るくなっていき、それに合わせて音楽も軽快に大きくなっていく。そこで舞台上へと視線を向ければそこに、ジャグリングにナイフ投げや玉乗りなど、いくつもの大道芸が所狭しと行われていた。
「わぁ……すごい、目が追いつかない」
「ふふっ、小夜はずいぶんと楽しそうだ」
その後も、動物芸やトランポリン、アクロバットにイリュージョンなど、いくつかの演目が次々と披露され、それが終わるとゆっくりと照明が落とされる。
ゆったりとしたセレナーデが奏でられ、カラカラと歯車が噛み合って回る音と、そして何かが稼働する音が聞こえてきた。
しばらくすると、舞台が真ん中で二つに分かれ、巨大な水槽が奈落からゆっくりと迫り上がる。
「人魚……?」
その中で魚の尾を持つ二人の女性が、悠々と泳いでいた。
水槽いっぱいに満たされた水の中で、自由自在に舞うように泳いだり、二人で手を取り合い、内緒話をするように顔を寄せてみたり。水面から顔を出すことなく続けられるそれらに、目が離せない。
「綺麗……」
自然と、そんな言葉が口からこぼれ出た。
◇
サーカスが終わりテントを出れば、世界は夜の帳に包まれていた。
私は二人の人魚を思い出しながら、ほぅ、と溜息を吐いた。
「……楽しかったかい?」
「うん、すっごい楽しかった。特に、人魚の二人が!」
「あぁ、小夜は魅入っていたものね」
そう言うと、竜胆はぴたりとその場で足を止めた。
「竜胆?」
「ねぇ、小夜」
どうしたのかと竜胆の名を呼べば、すっと竜胆の手のひらが頬に添えられた。
「人魚の肉というのは、食べれば不老不死になれると言われているらしいね」
「……竜胆?」
「小夜となら、共に永遠を生きるのもきっと……」
竜胆が綺麗に咲う。
「りん……どう?」
「——なんてね、ふふ、冗談だよ、小夜。明日は休みだし、どうせならこのまま我が家に泊まりに来るといい」
さて、帰ろうか——するりと頬を撫でるように竜胆の手のひらが離れ、そのまま私の手を取り歩き出す。
「今日の我が家の夕食は母特製のビーフシチューなんだよ」
「あ、うん。楽しみ、だね」
「ふふ、本当に」
ねぇカミサマ。
私に向けられる病み感情は是非とも拒否させていただきたく存じ上げます。
——え? そんなことボクに言われても困るんだけど。
ちょっとカミサマ、この世界の創造主なんだから、製造責任者の責任ちゃんと取って!
*****
「ところで、ねぇカミサマ、この世界って本物?」
「ん? 突然どうしたの?」
「ここは私の頭の中の世界……ってことはない? 胡蝶の夢とか、水槽の脳とか、とにかくそんな風に」
「面白いこと考えるね。そうだね、なら小夜はどう思う?」
「ちょっと、質問を質問で返さないでよ」
「あはは」
「カミサマってば!!」
「まぁ、どっちだっていいじゃない。ここがボクが作った世界でも、小夜の頭の中で作られた世界でも。それにそんなの些細な違いでしかないよ」
だって、この世界は——小夜の希んだ世界なんだからさ。




