カミサマ主催のミステリーショウ
「今日は十四時に中央銀座の劇場に行ってね。ミステリー好きなキミのために、殺人事件を用意したからさ」
「……は?」
「あ、ちゃんと前の世界でいう、ノックスの十戒ってやつは守ってるよ」
「なんて?」
「ぜひとも楽しんできてね」
「ちょっ……カミサマ説明プリーズ!!」
*****
時刻は現在十三時四十五分――
肩甲骨までの黒髪を、左右二つの三つ編みにして赤の細いリボンで飾って。それから、セーラーカラーの付いたミモレ丈の紺色のレトロワンピース、白のフリル付きの足首丈の靴下に黒革の厚底ローファーという、少しばかり他所行きの服装をして。指定時間の十五分も前にカミサマに指示された通りにやって来たのは、中央銀座と名の付いたこの町の商店街だ。
「不思議の国のアリステラ……」
煉瓦造りの劇場前で渡された演劇のフライヤーに描かれていたのは、どう見ても金髪碧眼に黒いリボン、水色と白いフリルのエプロンドレス、白いニーハイソックスに黒のストラップシューズという、某ネズミの国仕様のアリス・リデルだった。
「いや、カミサマこれって」
「アリス好きでしょ、キミ」
「え? あ、うん。――って、そうじゃなくて、何でアリスじゃなくて、アリステラ?」
「オリジナリティを出してみたよ」
まるで、えっへん、と胸を張っているような声音で返したカミサマにげんなりしていると
「おや、もう来てたんだね」
と、一人の涼やかな雰囲気の知らない女性が、とても親し気に現れた。
腰まである真っ直ぐで艶やかな緑の黒髪を靡かせ、袖にボリュームのある真っ白なブラウスに黒のボウタイ。それから、焦茶色の革製のコルセットで腰を絞り、伽羅色の細身のパンツに黒革のロングブーツ。そんな大正ロマンというよりスチームパンク要素が多めの、とても麗しい女性と目が合った。途端に、頭の中に湧いて出る、彼女についてのあれやこれ。
彼女の名前は真壁竜胆。兄が二人と姉が一人、そして弟が一人いる叩き上げの高級将校の四番目の子供。私の通う女学校の学友であり、一番仲の良い友人……らしい。急に友人を生やされて、どんなリアクション取ればいいか分からないよ。
それから、容姿端麗、頭脳明晰、時々脳筋、力 is power、女学校の王子様、宝塚の男役……いや、設定が大渋滞だよ、何だよこれ、何考えてるんだカミサマ、どういうこと!?
「私の方が先に着いていると思ったのだけれど、待たせてしまったようだ。すまないね」
眉尻を下げ、女性にしては低めな凛とした声で彼女が謝罪する。ああ、声もいい……って、そうじゃなくて!!
「ねえ、カミサマ!!」
「あははっ、キミの好きな要素を詰め込んでみたよ」
「いや、好きだけど。好きだけども!!」
びしっ、と彼女に向けて指を指す。本来なら失礼に当たるこの行為は、私以外には認識されないカミサマとの応酬の一部なので、誰に咎められることもない。
「頭の中覗かないでって何度も言ってるでしょ!!」
「えーなんで? これからは一緒に行動することが多くなるんだから、どうせなら好きを詰め合わせた方がいいでしょ?」
「トキメキが止まらないのですが!?」
「大丈夫、美人は三日で飽きるっていうし、多分その内慣れるよ」
やはりカミサマには人間の機微が分からないらしい。いや、だからこそのカミサマなのだけれど。すぅ、はぁ、と深呼吸を一つして、心を落ち着けた。
「あの……竜胆、さん」
竜胆――寒さに強い、凛として咲く美しい花。そんなイメージの名前を持ち、私の友人としての設定を与えられた、カミサマが作ったこの箱庭の住人。
「いつものように、竜胆、と。私達は友人だろう? 敬称など付けられたら、距離を感じて淋しくなってしまうよ」
その箱庭の住人に対して私がどう思うかを、カミサマはきっと理解しない――
「うん……ごめんね、竜胆」
「ふふっ、やはりそちらの方がいいね。――さて、折角君が観劇に付き合ってくれたのだし、何より、ここにいても仕方がないから中に入ろうか」
それから、お手をどうぞ、お嬢サマ? と差し出された竜胆の手を取り、竜胆と二人連れ合って劇場の中へと入る。大理石風の床を歩きロビーに出れば、煌びやかな巨大シャンデリアが天井を飾っていた。そのままホールへと入り、竜胆にここだよ、と笑顔で案内された観客席は、オーケストラピットを挟んだ最前列ど真ん中だった。
あまりの良席に驚いて竜胆を見れば、
「従兄殿がこの劇の主要キャストでね。是非観客席側にも華が欲しい、と頼まれてしまったんだよ」
苦笑いを浮かべながら答える竜胆に、なまじキャストより華のある華が客席にあるのもどうなんだろう、と疑問に思ったが、これはきっと、カミサマが殺人事件のために用意した舞台装置――設定なのだろう。深く考えるだけ、無駄である。
「ただ、私に観劇の趣味はなくて、ね。けれど、君と一緒ならば楽しめると思ったんだよ」
そう言いながら竜胆が浮かべる薔薇のような笑顔に、瞬時に顔が赤くなるのがわかった。性別関係なく、美形の笑顔は兵器である。
「あ……ありがとう、誘ってくれて」
「ふふっ、どういたしまして」
赤の天鵞絨で覆われた、観客席に腰を下ろした。体を包み込むように柔らかいのは、ここが特別席だからであろう。
開幕を告げるブザーの音と共に蒸気の力で歯車が回り、緞帳が開かれる。不思議の国アリス……否、不思議の国のアリステラの開幕だ。
話は何の捻りもなく、極々一般的な不思議の国のアリスが演じられていく。カミサマ、オリジナリティは何処行ったんだ。
そして、何事もなく劇が終盤に差し掛かった時
「ハートの女王。あの子が被害者だよ」
カミサマが真紅のドレスを身に纏った、ハートの女王が登場した場面でそう言った。
「――って、ネタバレするんかーい。……というか、ねえカミサマ、なんだかあの子、見たことある顔なんだけど」
「それはあるでしょ。だって、あの子中学時代にキミをいじめてた子でしょ? 被害者にピッタリじゃない?」
「ノー!!」
「えー駄目だった?」
ああ、いけない。観劇中に大声を出してしまった。たとえこのやり取りが認識されなくても、マナー違反は良くないよね。喋ってる時点で、あれだけど。でも――
「忘れたくて心の奥底にしまい込んでた人間を殺人事件の被害者役にされて、私が喜ぶとでも!?」
「ん? 喜ばないの?」
「喜ばないよ!?」
「えーそうなの? なら仕方ないなぁ……」
えーいっ、というカミサマの気の抜けた掛け声と共に、ハートの女王の顔が白饅頭に変わった。
「はぁ!?」
豪奢な真紅のドレスに、煌びやかな王冠をつけた白饅頭……って。
「何あれ!?」
「だって顔見たくないんでしょ? あ、白饅頭に見えてるのは君だけだから安心していいよ」
「安心って、何に!?」
「ほらほら、劇に集中しないと、話が進んじゃうよ?」
カミサマのその言葉に、はっ、となり、意識を舞台へと戻せば
「首を刎ねておしまい!!」
ハートの女王が叫んだ瞬間、ゴトリ、と大量の赤を噴き出した、白饅頭が舞台の床に落とされた。
◇
一瞬の静寂の後に、舞台上からも観客席からも、一斉に悲鳴が上った。劇は当たり前のように中止となり、何故か私と竜胆は楽屋へと呼ばれることになった。……これから推理ショーを最前席で眺めろってことですね!?
「失礼ですが、貴女方は?」
「私は真壁竜胆。劇に出ていたいかれ帽子屋役の従妹だよ。それから、彼女は私のとても大切な友人だ。正直なところ、何故私達がこちらに呼ばれたのか、全くわからないのだが……」
「とぼけないでよ! あの子を殺したのは貴女でしょ!?」
竜胆が警察官からの質問に答えていると、突然叫び声が聞こえてきた。竜胆を指差し、叫ぶのはアリステラを演じていた役者だった。赤く濡れた金髪を振り乱し、目を吊り上げる様はちょっとしたホラーだ。
「そちらが何を言っているのか、さっぱりわからないのだが?」
冷たく、斬り捨てるように竜胆が答える。確かにわからない。カミサマ、この流れはちょっと雑ではないですかね?
「私はこの被害者とは何の接点もないのだか?」
「なら、殺したのはアンタの友人でしょ!?」
「――誰であろうと彼女に謂れのない言いがかりをつけるのは、絶対に許さないよ」
「なによ、私も殺すっていうの!?」
「話が通じないな」
「なんですって!?」
そして、竜胆とアリステラが揉め出した。そんな二人に警察官は困惑している。……とりあえず止めなさいよ、警察官なら。
「ははっ、あっははは!!」
そんなカオスな状況の中、突然、笑い声が響く。
「僕の従妹殿がそんなことをするはずないだろう? する必要もない。何より、そんな無駄なことはしない子だよ、その子は」
歯牙にも掛けない人間は、視界にも入らない、と。楽屋内の視線を一身に集め、爆笑しながらいかれ帽子屋の名に恥じないことを言うのは、竜胆の従兄だった。
「自分の罪を、他人になすりつけるのはいただけないね、ねえ? アリステラ」
あ、名前アリステラなんだ。
「そのウィッグ、赤く濡れてるね。ああ、近くにいた君に血がかかったから……と言いたいのだろうけど、そのウィッグの中に混じってるだろ?」
ピアノ線が――問うてるようで、その実断定しているその言葉で、アリステラは膝から崩れ落ると、だって好きな男を取られたのー!! と泣き出し懺悔した。
……いや、いくらなんでもこれ雑すぎない? というか、ノックスの十戒全然守ってなくない!?
◇
「こんなことになってしまって、すまなかったね」
劇場を後にし、カフェでパフェを食べていれば、肩を落とした竜胆に謝罪された。
「竜胆のせいじゃないから、気にしないで」
そう、確実に竜胆のせいではない。
「だが――」
「でも、気になるっていうなら――」
「……なら?」
「またこうやって、出かけようよ、ね?」
「! 勿論だとも!」
真壁竜胆――私の友人として設定された、箱庭の住人。そういう存在として生み出されてしまった彼女に私ができるのは、彼女の友人として振る舞うことだけなのだろう。
*****
「ところでカミサマ。将校……って軍人よね? 大正時代って戦争もあったし、やっぱりこの世界にも戦争ってある……の?」
「うん? 戦争? ないよ?」
「え!? ないの!?」
「あった方がいい?」
「いらない! 本当にいらない!」
「だと思ったから、ね」
「うん……ありがとう」
「どーいたしまして」




