表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

密室だからできること

作者: 宵月しらせ
掲載日:2025/12/23

「明日から私たちも高校生だね」


 と井納彩紗(いのうあやさ)が、窓から桜の木を見ながらしみじみと語る。

 ちなみに咲いてはいない。うちの地方で桜が咲くのはまだ一週間は先。

 

「いよいよって感じだな……いや、なんとかって言うべきか。本当に大変だった」

「いやぁ……私の成績が悪いせいでご心配かけました」


 そう言って、彩紗は恥ずかしそうに頭をかく。

 彩紗はお世辞にも成績がいいわけではなかった。

 なのに、俺と同じ高校に行きたいということで、本来のレベルより高いところを目指したため、苦労はかのりのものだった。

 

 試験の一週間前の過去問で、不合格濃厚の点数を取った時は肝が冷えた。 

 今思えば、あそこでヤバいと思ったからこそラストスパートができて、合格点に滑り込めたのかもしれない。


 もし合格できなかったら……俺たちは同じ学校に通うことができず、それどころか、付き合うこともできなかっただろう。

 彩紗は「合格したら告白する、不合格なら死ぬほどツラいけどあきらめる!」と願掛けしていたからだ。


 運良く……それとも俺たちは付き合う運命だと神様に言われていたからなのか、二人揃って無事合格し、春休みが始まる直前から、俺たちは恋人関係になった。


 そして休みの間は、ほとんど二人で過ごしてきた。

 毎日、この部屋で――。




 この部屋――コーポ桜淵203号室――で。

  

 俺たちが二人の勉強部屋として使っているこの203号室は、どちらの家でもない。よくある単身者用の賃貸アパートだ。

 なんでこの間まで中学生だったやつらが、自宅でもないアパートを使っているかと言うと、ここがうちの物件だからだ。

 親の親がこのコーポ桜淵の所有者で、借主のいない一部屋を使わせてくれているのだ。


 このことを知っている人間は、友達の中にも誰もいない。高校で出会うだろう新たな友人たちにも話すつもりはない。

 家から徒歩で十分くらい離れているため、親が様子を見に来ることはない。なので、変なやつらの溜まり場になる恐れがあるため、俺は最初から存在を隠した。

 この部屋を知っているのは、彩紗だけ。


 そう、つまりこの部屋は、誰にも邪魔されず、彩紗と二人きりで過ごせる空間なのだ! 


 どこかに出かければ金がかかり、家にいればイチャイチャするのに家族の目が気になる。

 そんな不満を抱えた高校生カップルは多いだろう。

 だが、俺たちは違う。この部屋がある限り、俺たちは二人きりに困ることはない!


 電気、水道、ガス、ネット環境――インフラはすべて揃っている。テレビやゲーム、タブレットもあり、冷蔵庫や電子レンジ等の家電も一通りあって、生活するのに支障はない状態だ。

 単身者用のワンルームなので、二人で使うには少し狭いが、家の中のどこにいてもお互いの存在を感じられるということでもある。

 そんな最高な部屋なのだから、居心地が良くて入り浸るのも当然だろう。

 付き合い始めたのは最近だが、その数ヶ月前からここで一緒に過ごしてきた。

 もはやこの部屋で()()()していると言ってもいい。


 ……まぁ、その環境を活かして、普段から存分にイチャってるのか? と言うと、そんなことはないのだけれど。

 だって、まだ手を繋いだこともない。


 いや、さすがにそれはまずいだろう。

 明日から高校生になる彼女持ちだっていうのに、その彼女と手も繋いだことがないなんて。

 何も急ぐ必要なんてない、自分たちのペースで進めばいいんだ……とは言っていられない。

 これはさすごにそういう次元ではない。

 

 手を繋ぐくらいは、今日のうちに済ませておくべきだ。


 ……よし、やるぞ。


「彩紗」

「なに、理希(りき)くん」


 彩紗が俺の名前を呼んでくれる。

 付き合う前までは、名字で「坂城くん」と呼んでいた。でも、最近はすっかり下の名前で呼ぶのにも慣れたらしい。

 でも、俺はまだ慣れていない。彩紗に呼ばれるたびにドキッとしてしまう。それに、自分の名前が最近好きになってきた。


「手を繋ごう。あ、いや、もしよければ……繋いでください。少しでもイヤなら、別に……」


 話してるうちにどんどん自信がなくなっていく俺を見て、うちの彼女はクスリと笑った。 


「うん、繋ごう」


 彩紗は俺の右手を自分の右手で握った。

 うん、握ってはいるが、これではただの握手だ。もう少ししっかりにぎらないと。

 

 俺は彩紗の手の上に左手を添え、外側からも握った。

 彩紗も同じように、左手を俺の右手の外側に添える。


「ミルフィーユみたいだね」


 と、彩紗。

 まぁそう見えなくもない……か?

 手を握れば、もう少しロマンチックな空気になるかと思ったが、案外そうでもないな。

 彩紗の手の細さとか、皮膚のキレイさとかは伝わってくるが、手を通じて心まで触れ合うような感覚まではない。

 さすがにそれは望み過ぎか?


「理希くんの手、おっきいね。カッコいい……そのうち、この手で抱きしめられちゃうんだよね?」


 彩紗は顔を赤くして、俺が考えてもいなかったことを言い出した。


 たしかに、付き合っていたらハグもするだろう。

 しかし、手を握っている最中にそんなことを言うのは反則ではないか?

 想像してしまうではないか。

 こんなたおやかな指をした彩紗の体をハグしたら、一体どんな感じなのだろう?

 すっぽりと腕の中に収まってしまうんじゃないだろうか?


 試してみようか?

 でも、そんな急にしたらイヤがられる?

 いや、付き合ってるんだからそれくらいは……それくらいなのか、ハグって?

 どうすればいいんだろう? 女の子と付き合うなんて初めてのことだからわからない。

 ここは安全策、か……?

 とりあえず今は何もせず、後日またチャンスを窺うか。


「理希くん……まだ?」

「まだ? あっ、いつまで手を握ってるんだって話? ごてん、ついうっかり」

「そうじゃなくて、ハグ。する流れでしょ?」


 あ、やっぱり誘われてたのか。


「私はずっと我慢してたんだよ、受験が終わって告白できるようになるのを。理希くんとしたいことがたくさんあって、それを励みに勉強がんばった。そうしめ付き合えるようになったんだから、もっといろいろしたいなぁ」

「い、いろいろ……どこまで?」

「どこまで? したいこと全部だよ。ブレーキをかける必要なんてないでしょ? ここは私たちだけの部屋なんだから」

「それは……うん」


 もちろん俺だって健全な十五才。

 密室で好きな子と二人きりなのだから、したいことなんていくらでもある。

 しかし、付き合ってまだ二週間。さすがにペースが早すぎないか?

 

「彩紗、そういうのはじっくり時間をかけて」

「言いたいことはわかるよ。でも、だらだら時間さえかければいいものでもない。そうでしょ?」

「……たぶん」

「別に今日じゃなくていいんだよ。でも、ただ先延ばしするだけってのはなし。いつかするのかな? じゃなくて、たとえば誕生日になったらするとか目標を決めて、お互いに準備していこうよ」

「準備?」

「ダイエットとか。好きな人に見せても恥ずかしくない体に仕上げないと」


 キスの話かと思ったら、それよりだいぶ先の話してるな?

 早くも自分からねだってくるとは、彩紗、意外とエロいな?


「心の準備が今日整ってないのはいいよ。でも、だんだん気持ちを作っていって。ビビらなくていいから。私は理希くんのことは、何があっても嫌いにならない自信がある。だから、ガンガン行こうよ!」

「……わかった」

「とりあえず今日はハグをしよう」


 彩紗は握っていた俺の手を離し、一歩後退して両腕を広げた。

 飛び込んて来い、という堂々としたポーズ。

 慣れているのか? とも言いたくなるが、俺が初めての彼氏と言っていたので、たぶん彩紗も内心では緊張しているはず。


 ここまで誘ってもらって何もしないわけにはいかない。何があっても嫌いにならないと彩紗は言っていたけれど、ここでひよるような意気地なしはきっと例外だ。


 覚悟を決め、一歩を踏み出し彩紗を抱きしめる。

 細く小さな体は、やっぱり俺の腕の中にすっぽり収まった。

 服越しとはいえ、全身で密着しているので、体温がダイレクトに感じられる。

 それどころか心臓の音も。

 心臓の上に付いている胸の膨らみの大きさもダイレクトに伝わってくる。

 何やり髪から流れるように漂ってくる甘い香り。


 彩紗は華奢だし、温かいし、意外と大きいし、いい匂いだし……。

 情報過多で頭がくらくらしてくる。


「このまま永遠に離さないでいられたらいいのに」


 腕の中の彩紗が、俺の耳元に口を寄せてそう言った。

 すでに蕩けそうだった脳を、彩紗の甘い声が浸食してくる。

 彼女の吐息が、熱が、俺の脳から体からすべてを侵していく。


「理希くん、大好き。絶対に離さない……」


 この部屋は俺たちの愛の巣だけれど、もしかしたら、井納彩紗という少女によって張り巡らされた蜘蛛の巣なのかもしれない。

 そこに落ちた俺の心は、永遠にここから出ることを許されず、彼女に食べ尽くされてしまうのかもしれない。

 それはなんとも甘美で、幸福なことに思え、心が震えた。


「俺も大好きだよ、彩紗」


 思ったままのことを言うと、彩紗の体温が少し上がった気がした。


「そんな恥ずかしいこもを簡単に言って、私を照れさせる理希くんにはお仕置きだよ」


 彩紗はそう言ってから、俺の耳を噛んだ。

近いうちに続編も投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ