咲いてはならぬ花
——「深く息を吸って」
——「自分の中心と繋がって」
——「花に、応えさせなさい」
教授の声が、訓練場に澄んで響いた。
宙に浮かぶ魔法陣たちが、青白く揺れている。
生徒たちは、学院中枢に根を張る《目覚めの樹》の周りに集まっていた。
その大樹は、魔力核と繋がっており、
ここで生徒たちは初めて“実魔法”を顕現させるのが通例だった。
そして僕――
フローラルな制服に身を包み、
胸の中で壊れかけの太鼓みたいに心臓を鳴らしながら、
その輪の中に立っていた。
教授(視線を合わせず):「……準備はいいの?」
ハル:「わかりません、正直に言って」
少し先にいたアイリラは無言で僕を見ていた。
セレネは金の指輪を指で回していた。
ライラは静かに微笑み、
カエリスは魔力分析端末から目を上げもしなかった。
教授が杖を持ち上げる。
「第一段階:アストラルフラワーの投影」
「一人ずつ、自分の花を顕現させなさい。――ハル、君は最後」
(……その情報、先に欲しかった)
少女たちは次々に手を上げ、呼吸を整え、花を開かせていった。
炎をまとったバラ。
水でできた浮遊するユリ。
光を放つヒマワリ。
そのどれもが、美しくも危うい。
そして、僕の番が来た。
教授:「……ハル、前へ」
唾を飲み込む。
一歩前に出る。
目を閉じる。
“集中して。繋がって。咲かせて。”
……何も起きない。
ただ、熱と――圧力。
そのとき――
バキィィッ!
胸から衝撃が走り、粉塵が舞う。
魔法陣が一部崩壊。
その中心で、ひとつの《結晶の花》が静かに浮かび始めた。
音もなく回転する花。
その周囲に、軋むような緊張感と冷気が満ちる。
その瞬間、場が凍った。
数人の生徒が後退する。
教授は反射的に防御魔法を張った。
教授:「ハル!止めて!これ以上は――」
けど、僕は……
何もしていなかった。
花が、勝手に暴走していた。
足元に一枚、鏡のような光。
その隣にもう一枚。
まるで空間が、割れていくかのように。
そして次の瞬間――
すべてが静止した。
花は、自己崩壊するようにパリンと砕け、消えた。
残ったのは、静寂と――僕の荒れた息。
カエリス(無表情に):「……興味深いわ。空間歪曲を伴う花の記録は存在しない」
セレネ(小さく口笛):「爆発はしないって言ったけど……現実が壊れかけるとは思わなかった」
アイリラは何も言わなかった。
ただ、僕を見つめていた。
そして初めて……その瞳に“軽蔑”ではなく、“恐れ”が宿っているのが分かった。
その後、医務室。
教授が無言で魔力波を確認している。
教授(低く):「次からは、監視下以外での顕現を禁止する。いいね?」
僕は無言で頷く。少し手が震えていた。
教授(真剣な声で):「これは遊びじゃない、ハル。
君の花は――規則に従わない。
つまり、君自身も……“例外”なのよ」




