切ることしかできないなら……守ることもできるのだろうか
夕食には行かなかった。
もう視線も、ひそひそ声も聞きたくなかった。
ただ、少しだけ息がしたかった。
中庭に座り、枝の間を舞う浮遊灯を眺める。
まるで魔法のホタルのように、静かに瞬いていた。
そして――まるで俺の居場所を知っていたかのように、ライラが現れた。
「……隣、いい?」
顔を向けずに頷くと、彼女はそっと腰を下ろした。
何も話さない。
それが、彼女の一番好きなところだった。
必要のない言葉を使わないところ。
「ねぇ、私が初めて花を manifest した時……」
ライラは葉を見つめたまま言った。
「一番に思ったのはね、“誰も傷つけませんように”ってことだった。」
俺は目を瞬く。
「でも、君の花は攻撃的じゃないだろ。あれは調和の花だ。」
「そう。でもね……あれも育つの。止めなければ、どこまでも。」
彼女の声が少し震えた。
「訓練中に、一度だけ……仲間の首を締めちゃったことがあるの。
根が勝手に伸びて、絡んで……息ができなくなって。」
言葉が出なかった。
「みんな、怖いんだよ。
でもね、ハル……
あなたはその“怖さ”を、人前でずっと抱えてる。
それって……ちゃんとした勇気だと思う。」
何も返せなかった。
深く息を吸う。
そして初めて、自分が“劣っている”と思わなかった。
ただ――違うだけだと。
だが、その静けさは長く続かなかった。
空気を裂くような、魔力の悲鳴。
人の声じゃない。
花の警報だ。
魔力の腐敗獣が、結界を破った時だけ鳴る合図。
俺もライラも立ち上がった。
「今の……“黙森”の方よ。
でも、今日は封鎖されてたはず……」
周囲に誰もいない。
「ライラ、教官を呼んで。俺は様子を見に行く。」
「ひとりで?」
「うん。もし深刻だったら……
他の誰かじゃなく、俺が行くべきだ。」
彼女は迷ったが、強く頷いた。
「……気をつけて。」
俺は走り出した。
森は暗く、重かった。
葉は一枚も揺れず、空気は煙のように濃い魔力で満ちていた。
そして――見つけた。
それは“生き物”と呼べる形ではなかった。
破れた魔法に侵された、枯れたキメラ。
黒い棘と空洞の眼だけでできた、歪んだ塊。
俺に気づくと、獣のように吠え――
突進してきた。
俺は手を上げた。
花が現れる。
「……頼む。
今度こそ……切るべきものだけを、切ってくれ。」
獣が跳んだ。
その瞬間、
クリスタルの花が回転し、光を返し、そして――切った。
空気に、鮮やかな線が走った。
生まれて初めて――
俺は“誰かを守るために”切った。




