第九十五話:龍の社への道
茶屋の老人の言葉は、俺たちの戦術に、全く新しい概念をもたらした。
これまで、俺たちが対峙してきたのは、破壊し、打倒すべき『敵』だった。
だが、次に俺たちが会う相手は、この国の人々が敬う、対話すべき『神』に近い存在。
工房に戻った俺たちは、夜を徹して、その神聖なる龍と、いかにして向き合うべきかを話し合った。
「――力ずくが通用しないなら、俺たちの『誠意』を示すしかねえ」
バルガンが、工房の炉に、静かに火を入れた。
「龍ってのは、伝説じゃ、賢く、そして、美しいものを好むと聞く。俺が、今出せる、最高の技術と、一点の曇りもない魂を込めて、一つの『供物』を打ち上げる。武器じゃねえ。ただ、俺たちの敬意を示すための、芸術品だ」
「……この国には、神聖な場所に立ち入るための、古くからの『儀式』があるはずです」
リリアもまた、茶屋で手に入れた古い書物を開き、この国の文化と作法を学び始めた。
「わたしたちが、この地の理を尊重する者だと、まず形から示さなければ、龍は、会ってすらくださらないでしょう」
そして俺は、彼らの『作り手』と『導き手』としての覚悟を、たった一人で龍に届ける『使者』としての役割を、自らに課した。
俺たちの、新たな挑戦が始まった。
バルガンは、工房馬車の中で、寝食も忘れ、ただひたすらに槌を振るい続けた。
俺たちは、馬車を進め、天衝く大樹がそびえるという、国の東方の山脈地帯へと向かった。
道中の村で、俺たちは、龍の社を守る一族の末裔だという、老婆に出会った。
リリアが、真摯な態度で、自分たちが何者であり、何をしたいのかを伝えると、老婆は、最初は訝しんでいたが、やがて、彼女の純粋な瞳を信じ、龍に謁見するための、古くからの儀式を、俺たちに授けてくれた。
数日後、俺たちは、ついに天衝く大樹の麓へとたどり着いた。
そこは、俗世とは完全に切り離された、神聖な空気に満ちていた。苔むした鳥居のような門が、ここから先が神域であることを示している。
俺たちは、老婆に教わった通り、近くを流れる清流で、旅の汚れと共に、心の穢れも洗い流す『禊』を行った。
身も心も清めた俺たちが、門をくぐり、山道を進んでいく。
木々の間から見える大樹は、もはや樹というより、天を支える柱のようだった。その巨大な枝葉は、雲を突き抜け、どこまで続いているのか、全く見えない。
やがて、俺たちは、霧の中に佇む、古びた社の前にたどり着いた。
龍の眠る社。
「――ここからは、お前が行け、アルク」
バルガンが、完成したばかりの『供物』を、桐の箱に入れて俺に手渡した。
それは、彼が三日三晩、不眠不休で作り上げた、魂の結晶。
「俺たちの覚悟は、全て、そいつに込めた」
「アルクさん、信じています」
リリアが、祈るように、俺を見つめる。
俺は、二人の想いが詰まった箱を、しっかりと胸に抱いた。
俺は、一人、社の境内へと続く、最後の石段を、ゆっくりと登り始めた。
戦士としてではなく、ただ一人の、敬虔な巡礼者として。
この国の神に、謁見を願うために。




