第九十三話:砂漠を越えて、次なる海へ
旧神の遺産『太陽の心臓』の守護者となった俺たちは、再び灼熱の砂漠へと戻った。
だが、俺たちの旅は、来た時とは全く違うものになっていた。
一度はこの身を埋めるかと覚悟した砂嵐は、今や、風の流れを読むことで、その進路を予測できる。砂の中を泳ぐ魔物たちの気配も、リリアの魔力探知と、俺の研ぎ澄まされた直感で、事前に察知することができた。
俺たちは、もはや砂漠の脅威に怯える旅人ではなかった。
その掟を理解し、その厳しさを受け入れた、砂漠の支配者の一角となっていた。
数週間後、俺たちは、懐かしい潮の香りがする港町ザフィーラへと、無事に帰還した。
俺たちの工房馬車『ブレイカー・ベース』の後ろには、秘密結社の者たちを乗せた、バルガン特製の檻が、厳重に繋がれている。
俺は、王都のギルドマスターから渡されていた、緊急用の魔法通信機を使い、これまでの経緯を報告した。
『―――第一の遺産を確保。敵対組織の人員を拘束。今後の指示を請う』
返信は、すぐさま来た。
『見事だ。王家の高速船をそちらへ向かわせる。捕虜の引き渡しと、正式な報告を頼む』
王家の船が到着するまでの数日間、俺たちは、このエキゾチックな港町で、束の間の休息を取ることになった。
バルガンは、サンドレヴィアタンの甲殻を使った、新しい防具の研究に没頭し、地元の職人たちと技術を巡って熱い議論を交わしている。
リリアは、好奇心の赴くままに、露店に並ぶ珍しい果物やスパイスに目を輝かせ、この土地の文化を、全身で楽しんでいた。
そんな二人を見ていると、俺の心も、自然と安らいだ。
やがて、ザフィーラの港に、俺たちの故郷である王国の、純白の船体を持つ、美しい高速船が姿を現した。
現れたのは、エレオノーラの腹心である、若き騎士団長だった。彼は、俺たちへの敬意を隠すことなく、捕虜の身柄を丁重に引き取っていった。
「――アルク殿。エレオノーラ様より、伝言です。『君たちの進む道に、我らグリフォンの誓いの、そして王家の祝福があらんことを』、と」
「……感謝する、と伝えてくれ」
騎士団は、俺たちにも王都への帰還を促したが、俺たちは、丁重にそれを断った。
俺たちの旅は、まだ終わっていない。
騎士団の船が出港していくのを見送った後、俺たちは、新たな船を探した。
幸運なことに、あの女船長イザベラの船が、ちょうど港に停泊していた。
「ハッ! あんたたち、本当に生きて帰ってきたのかい! しかも、なんだかまた、とんでもないことに首を突っ込んでるみたいじゃないか」
事情を話すと、彼女は面白そうに笑い、俺たちの次の目的地である、東の大陸への航海を、快く引き受けてくれた。
再び、俺たちは、船上の人となった。
背後には、俺たちに最初の試練と、大きな成長を与えてくれた、黄金色の大陸が、ゆっくりと遠ざかっていく。
そして、目の前には、水平線しか見えない、広大な海。
俺は、アイテムボックスから、あの魔法の羅針盤を取り出す。
砂漠の光点は、今はもう、静かな輝きを放っているだけだ。
代わりに、遥か東の大陸で、次なる旧神の遺産が、俺たちを呼ぶように、強く、強く、脈打っていた。




