第九十二話:遺産の守護者
「――やるじゃないか、英雄」
秘密結社のリーダーである男は、仲間が一人倒されたにもかかわらず、その冷静な笑みを崩さなかった。
彼が合図を送ると、隣にいた女魔術師が、その両手を広げる。
「だが、光だけがお前たちの味方だと思うなよ」
その言葉と共に、彼女の足元から、粘性の高い、純粋な闇が溢れ出した。
闇は、瞬く間に広間全体を覆い尽くし、あれほど眩い光を放っていた『太陽の心臓』の輝きすらも、完全に飲み込んでしまう。
俺たちは、完全な暗闇と静寂の中に、突き落とされた。
「幻影魔法です! 気を付けて!」
リリアの警告が響く。
闇の中から、無数の敵の気配が、四方八方から同時に襲いかかってきた。本物は、どれだ?
「――面白い!」
闇の中で、バルガンの獰猛な声が響いた。
「見えねえ敵を相手にするなんざ、慣れてるぜ! リリア、お前の出番だ!」
「はいっ!」
リリアは、もはや恐怖に怯える少女ではなかった。
彼女は、この絶対的な暗闇の中で、静かに目を閉じる。そして、自らの魔力を、足元の床から、そしてこの広間の中心にある『太陽の心臓』の脈動と、完全に同調させていった。
次の瞬間、リリアの体から、闇を切り裂く、後光のような、黄金の光が放たれた。
それは、闇を完全に払うほどの光量ではない。だが、その聖なる光は、女魔術師が生み出した『偽物』の幻影だけを、まるで陽炎のように揺らめかせ、その存在を暴き出していた。
「バルガンさん、左翼から来る二体は幻影です! 本命は、右斜め上!」
「おうよッ!」
バルガンが、リリアの指示通りにハンマーを振るい、闇の中から迫る本物の攻撃を完璧に叩き落とす。彼は、リリアの、絶対的な守護者となっていた。
「アルクさん! 敵の魔術師本体は、あなたの十一時の方向、距離は二十! リーダーの男は、その背後にいます!」
俺は、リリアという『心眼』を、完全に信頼した。
闇しか見えない空間に向かって、俺は、寸分の狂いもなく、一本の『ブレイカー・ニードル』を射出する。
「――がっ!?」
闇の向こうから、女魔術師の短い悲鳴が聞こえた。
俺の一撃が、確かに、彼女の腕を捉えたのだ。
術者の集中が途切れたことで、広間を支配していた闇の結界が、ガラスのように砕け散る。
再び、『太陽の心臓』の神々しい光が、全てを照らし出した。
そこには、腕を押さえてうずくまる女魔術師と、その前に立ちはだかる、リーダーの男の姿があった。
彼は、完全に追い詰められていた。
「私が手に入れられないのなら、誰にも渡すものか!」
男は、最後の手段として、自爆覚悟で『太陽の心臓』そのものに、破壊の魔法を放とうとした。
だが、その詠唱が完了するよりも速く。
俺が放った、威力を殺した鉄屑の一撃が、彼の足を見事に撃ち抜き、その場に崩れ落ちさせた。
戦いは、終わった。
俺たちは、秘密結社の者たちを、彼ら自身の魔法で固く拘束する。
そして、俺たちは、改めて『太陽の心臓』を見上げた。
この、あまりにも強大すぎる力。これを、どうするべきか。
答えは、決まっていた。
「――俺たちが、守るんだ」
俺たちは、番人から与えられた『鍵』の力と、リリアの魔法を使い、この神殿の入り口に、新たな封印を施した。俺たち自身の魔力パターンを登録した、俺たちにしか開けることのできない、絶対的な封印だ。
俺たちは、この遺産の、新たな『守護者』となったのだ。
再び、灼熱の砂漠の太陽の下へと戻る。
背後では、俺たちが施した封印によって、沈める尖塔が、再び地鳴りと共に、砂の海の底へと、その姿を隠していく。
俺は、アイテムボックスから、あの魔法の羅針盤を取り出した。
地図の上で、今しがた消えた光点の代わりに、新たな光が、海の向こうの、全く新しい大陸で、強く、輝き始めていた。
俺たちの、探求の旅は、まだ続く。




