第九十一話:太陽の心臓
重々しい扉の向こう側にあったのは、これまでの通路とは比較にならないほど、広大で、神聖な空間だった。
巨大な球状の空洞。その壁には、まるでプラネタリウムのように、無数の星図や、理解不能な数式が、光の線で描かれている。
そして、その中央。
空中に、静かに浮かんでいたのは、巨大な、脈動する光の球体だった。
「……あれが……旧神の遺産……」
リリアが、畏敬の念に打たれて呟く。
それは、まるで小さな太陽そのものだった。それ自体が、尽きることのない膨大なエネルギーを生み出し、この巨大な塔の機能を、幾万年もの間、維持し続けてきたのだ。
俺たちは、そのあまりにも神々しい光景に、ただ立ち尽くしていた。
「――見事だ、『ブレイカーズ』」
その静寂を破ったのは、俺たち以外の、第三者の声だった。
俺たちが開いた扉の向こう、広間の入り口に、いつの間にか、数人の人影が立っていた。
「我々のために、道を開いてくれるとはな。感謝する」
先頭に立つ、冷たい笑みを浮かべた男。その両脇を固める、禍々しい魔力を放つ女魔術師と、ヘファイストスのゴーレム技術を応用したであろう、漆黒の全身鎧をまとった巨漢の戦士。
彼らこそ、ヘファイストスの背後で糸を引いていた、秘密結社の者たち。
「……つけてきていたのか」
「いかにも」と男は頷いた。「旧神の試練は、我々のような『合理主義者』には、少々面倒でね。君たちのような『物語の主人公』に、先に道を切り拓いてもらうのが、最も効率が良い」
男は、広間の中央に浮かぶ光の球体を、恍惚とした目で見つめた。
「あれこそが、『太陽の心臓』。無限のエネルギーを生み出す、旧神の遺産。これさえあれば、愚かな人間が繰り返してきた、争いの歴史を、我々の手で『初期化』し、完全な秩序の世界を、新たに創造することができるのだ」
その瞳に宿るのは、歪んだ、しかし、純粋な理想。
彼らは、世界を破滅させたいのではない。自分たちの手で、作り変えたいのだ。
「さあ、英雄諸君。道案内ご苦労だった。君たちの役目は、そこで終わりだ」
漆黒の鎧の戦士が、地を蹴って襲いかかってくる。
俺たちは、即座に戦闘態勢に入った。だが、試練を越えた直後で、俺たちの集中力は消耗していた。
「くっ……! 硬えだけじゃねえ、動きが、ヘファイストスのゴーレムより……!」
バルガンが、重い一撃を受け止めきれずに、後方へ吹き飛ばされる。
「きゃっ!」
リリアの祝福の魔法も、女魔術師が操る、影のような妨害魔術によって、うまく効果を発揮できない。
俺の射撃も、戦士の巧みな盾捌きによって、決定打を与えられずにいた。
じりじりと、俺たちは追い詰められていく。
その時だった。
「――アルクさん!」とリリアが叫んだ。「この場所は、わたしたちに力をくれます! 番人様がくれた『鍵』が、この『太陽の心臓』と、共鳴しています!」
そうだ。ここは、俺たちの、ホームグラウンド。
リリアは、足元の床から、そして中央の光の球体から、膨大な魔力を吸い上げ始めた。彼女の体から、黄金色のオーラが溢れ出す。
「バルガン、奴の鎧の、関節の隙間だ!」
「おうよ!」
俺の指示に、バルガンが、敵の戦士の動きを完璧に読み、その懐へと潜り込む。
そして、一瞬だけがら空きになった、鎧の膝の関節部分を、その巨大なハンマーで強引に叩き割った。
「――今だ、リリア!」
「はいっ!」
膝をつき、体勢を崩した戦士。その破壊された関節の隙間に、俺は、リリアが太陽の心臓の力を借りて、極限まで威力を高めた『破邪の光』を付与した、一本の『ブレイカー・ニードル』を、撃ち込んだ。
内部に侵入した光の針が、炸裂する。
漆黒の鎧は、内側から、聖なる光によって浄化され、塵となって崩れ落ちていった。
残るは、二人。
俺たちは、反撃の狼煙を上げた。
旧神の遺産を巡る戦いは、まだ、始まったばかりだ。




