第九十話:沈める尖塔
俺たちは、夕日に照らされた巨大な塔の先端へと、工房馬車を進めた。
間近で見ると、その異質さはさらに際立つ。それは、石でも、金属でもない。継ぎ目一つない、巨大な水晶か、あるいはガラスのような、半透明の物質で作られていた。表面には、古代のルーン文字が、内部から淡い光を放ちながら、ゆっくりと明滅している。
「……どうやって、中に入るんだ……?」
バルガンが、その滑らかな壁を叩いてみるが、びくともしない。扉らしきものは、どこにも見当たらなかった。
その時、リリアが、お守りのように懐にしまっていた、番人から与えられた魔力結晶を取り出した。
彼女が、その結晶を塔の壁に近づけると、二つが共鳴するように、ひときわ強い光を放ち始める。
「――道が、開きます」
リリアの言葉と共に、俺たちの目の前の壁が、水面のように揺らめいた。そして、その一部が、音もなく内側へと溶けるようにして消え去り、地下へと続く、緩やかな螺旋階段が現れた。
旧神の遺跡は、正当な『鍵』を持つ者だけに、その門を開くのだ。
俺たち三人は、意を決して、その内部へと足を踏み入れた。
一歩中に入ると、背後で入り口が、何事もなかったかのように閉ざされる。中は完全な闇かと思われたが、俺たちの進入に反応してか、通路の壁自体が、星空のように、柔らかい光を放ち始めた。
「……すごい……」
そこは、俺たちが知るどんな遺跡とも違っていた。
埃一つなく、空気は清浄で、ひんやりとしている。まるで、昨日まで誰かが使っていたかのように、完璧な状態で保存されていた。
螺旋階段を降りきった俺たちは、巨大な円形の広間に出た。
広間は、深い奈落によって、向こう側と完全に分断されている。そして、その中央には、無数の水晶が宙に浮かび、光の回路が複雑に絡み合った、巨大で、しかし、今は沈黙している装置があった。
俺たちが広間に足を踏み入れると、目の前の壁に、光るルーン文字が浮かび上がった。
リリアが、番人から与えられた知識を元に、その古代文字を読み解いていく。
「……『道は、調和によって開かれる』……」
「調和?」
「はい。『創造主は、礎を築け』。『祝福されし者は、流れを導け』。そして……『器なる者は、火花を灯せ』……と」
それは、俺たち三人の、役割そのものを問う、試練だった。
「礎、だと? なるほどな!」
バルガンが、広間の隅にある、祭壇のような操作盤へと駆け寄った。そこには、いくつかの窪みと、素材となる金属のインゴットが置かれている。彼は、即座に携帯用の魔力炉を取り出すと、その場で金属を叩き、窪みに完璧に適合する、いくつかの小さな部品を、驚くべき速さで作り上げていった。
彼が最後の部品をはめ込むと、宙に浮かぶ装置に、光の回路が奔流のように流れ始めた。
だが、その流れは、あまりにも荒々しく、安定しない。
「――次は、わたしですね!」
リリアが、その光の奔流に向かって、杖を掲げる。
彼女が紡ぐのは、破壊や強化の魔法ではない。荒れ狂う魔力の流れを、あるべき形へと『調える』ための、繊細で、高度な付与魔法。
彼女の杖の先から放たれる優しい光に導かれ、光の回路は、次第に安定した一本の、美しい橋の形を成していく。
だが、その橋は、まだ半透明で、渡ることはできそうにない。
最後の仕上げ。俺の役目だ。
『器なる者は、火花を灯せ』。
俺は、アイテムボックスから、ただの小さな石ころを、意識の中に呼び出す。そこに込めるのは、破壊の意志ではない。仲間たちの仕事を完成させる、ただ一点の、純粋な『願い』。
俺が放った石ころは、光の橋の、ちょうど中央にある、受け皿のような水晶に、寸分の狂いもなく吸い込まれた。
その瞬間、俺の『意志』という火花が、装置全体に点火する。
広間全体が、眩い光に包まれた。
そして、光が収まった時、俺たちの目の前には、虹色に輝く、実体を持った光の橋が、完璧な形で架かっていた。
俺たちは、互いの顔を見合わせ、頷く。
そして、その先にある、本当の『遺産』へと続くであろう、巨大な扉が、ゴゴゴ……と、重い音を立てて、ゆっくりと開き始めた。




