第八十九話:流砂の海
サンドレヴィアタンとの死闘から、さらに数日が経過した。
俺たちは、地図に記された最後のオアシスで、馬車を満タンの水で満たし、ついに未知の領域へと足を踏み入れた。
案内人が言っていた、『流砂の海』だ。
その名の通り、そこは、もはや固定された大地ではなかった。
風が吹くたびに、巨大な砂丘が、まるで生きているかのように、その形を刻一刻と変えていく。昨日まであった丘が、朝には深い谷になっている。目印となるものは、何一つ存在しない。
俺たちは、ただ空に浮かぶ太陽の位置だけを頼りに、この黄金色の迷宮を進んでいった。
そして、その日は、突然やってきた。
それまで青く澄み渡っていた空が、地平線の彼方から、急速に黄色い壁に覆われていく。
「――来たか。砂嵐だ」
バルガンが、運転席で忌々しそうに呟く。
次の瞬間、俺たちの馬車は、昼間だというのに、完全な夜の闇と、全てを打ち砕かんとするような暴風の中に叩き込まれた。
ゴオオオオオオッ!!
耳を塞いでも意味がないほどの、凄まじい轟音。
馬車の窓には、弾丸のような砂粒が叩きつけられ、バチバチと火花を散らしている。
「このままじゃ、生き埋めにされちまうぞ!」
バルガンが、必死にハンドルを操作し、馬車が砂に埋まらないよう、もがき続ける。
だが、風の力はあまりにも強大だった。
「リリア!」
「はいっ! 『防砂の結界』!」
リリアが、残された魔力を振り絞り、馬車の周囲に半透明のバリアを展開する。
激しく叩きつけていた砂が、その結界に阻まれ、馬車への直接のダメージはなくなった。だが、リリアの顔には、みるみるうちに疲労の色が浮かんでいく。この規模の嵐を防ぎ続けるのは、彼女にとっても、あまりにも過酷な消耗戦だった。
俺は、アイテムボックスから、予備の金属板を、馬車の風上側の地面に、アンカーのように次々と射出した。砂に深く突き刺さった金属板が、風の力をわずかに受け流し、馬車への負担を軽減する。
俺たち三人は、それぞれの持てる全ての力を使って、この自然の猛威に、ただひたすらに耐え続けた。
どれほどの時間が経ったのか。
悪夢のように続いた嵐が、やがて、嘘のように静まった。
俺たちは、疲労困憊の体で、馬車の外へと這い出した。
そして、その光景に、言葉を失う。
俺たちの周りの景色は、完全に一変していた。どこを見ても、見覚えのない砂丘が広がっているだけ。俺たちが進むべき方角は、もはや誰にも分からなかった。
「……完全に、迷ったな」
俺が呟いた、その時だった。
砂嵐によって、大気中の塵が洗い流されたのか、西の空が、これまでに見たこともないほど、美しい茜色に染まっていた。
そして、その夕日に照らされて。
遥か彼方の地平線に、何かが、キラリと、光を反射した。
それは、巨大な砂丘の頂上から、わずかにその先端だけを覗かせた、ガラスか、あるいは水晶のような材質で作られた、巨大な塔の先端だった。
「……あれは……」
砂嵐が、俺たちの道を閉ざしたのではない。
厚い砂のカーテンを取り払い、俺たちが進むべき道を、示してくれたのだ。
『沈める尖塔』。
旧神の遺産が眠る、伝説の場所。
俺たちは、ついに、その入り口へとたどり着いたのだ。




