第八十七話:砂漠の掟
灼熱の港町ザフィーラ。
俺たちがまず直面したのは、故郷との、あまりにも大きな文化と環境の違いだった。
太陽は、肌を焦がすように容赦なく照りつけ、人々はゆったりとした薄手の衣服をまとい、日中の最も暑い時間帯は、家や店の奥で静かに過ごしている。
俺たちの最初の仕事は、この新しい土地での情報収集だった。
魔法の羅針盤が示す光点は、この大砂漠の、遥か奥深く。何の知識もなしに踏み込めば、死は免れない。
俺たちは、街で最も多くの砂漠の民が集まるという、大きな酒場へと向かった。
そこで、紹介されたのは、砂漠を知り尽くしているという、一人の年老いた案内人だった。
「――ほう、『沈める尖塔』へ行きたい、と?」
俺たちが、書き写した地図の目的地を見せると、老人は、深く刻まれた皺の奥にある目で、じっと俺たちを見据えた。
「無謀なことを考える旅人さんだ。あそこは、砂漠の民ですら近づかん、呪われた場所だ。古の時代、天まで届いたという神々の塔が、一夜にして砂に飲まれた場所。そこへたどり着き、生きて帰ってきた者は、一人もおらん」
老人は、忠告と共に、この砂漠の掟を、俺たちに教えてくれた。
第一に、水を制する者が、砂漠を制する。
第二に、夜の砂漠は、昼よりも恐ろしい魔物たちが目を覚ます。
第三に、そして何よりも、砂嵐には、決して逆らうな。
「……だが、あんたたちの目には、ただの命知らずとは違う、何かがあるようだ」
老人は、俺たちの覚悟を認めると、地図にいくつかの点を書き加えてくれた。それは、砂漠に点在する、貴重なオアシスの場所だった。
「この先は、道なき道、『流砂の海』だ。砂丘が、まるで生き物のように、日々その姿を変える。地図は、何の役にも立たん。自分たちの運と、空の星だけを頼りに進むしかねえ」
俺たちは、老人に丁重な礼を言うと、すぐさま砂漠を越えるための準備に取り掛かった。
バルガンは、工房馬車『ブレイカー・ベース』のエンジンに、強制冷却の魔法装置を取り付け、車内に熱がこもらないよう、断熱材をさらに追加した。俺も驚いたことに、彼は、大気中から水分を抽出して、一日数リットルの飲料水を作り出す、小型の装置まで作り上げてみせた。
リリアは、そのバルガンの発明品に、さらに効率を上げるための魔法を付与し、俺たちの衣服には、常に涼しさを保つ『冷却の祝福』をかけてくれた。
俺は、アイテムボックスに、大量の水と、保存食、そして、万が一のための薬草を、これでもかと詰め込む。
数日後。
完璧な砂漠仕様へと生まれ変わった『ブレイカー・ベース』と共に、俺たちは、港町ザフィーラの門をくぐった。
目の前に広がるのは、どこまでも続く、黄金色の砂の海。
風が、砂の粒子を運び、遠くの地平線を、陽炎のように揺らめかせている。
俺たちの、全く新しい冒険。
神々の遺産を求める、灼熱の旅が、今、始まった。
俺は、熱せられた馬車のハンドルを、強く握りしめた。




