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第八十四話:英雄の日常、そして違和感

あれから、半年が過ぎた。

俺たちの暮らしは、夢物語のように、穏やかで、満ち足りたものだった。


俺は、救国の英雄として与えられた子爵位を拝命し、『アルク・ブレイカー子爵』として、王都の一角に広大な屋敷を構えていた。

リリアは、その類稀なる才能を国王陛下に認められ、王立魔法学園の名誉教授に就任した。かつて彼女を呪われた存在と蔑んだ学園で、今や彼女は、新しい世代の魔術師たちに、力の本当の使い方を教える立場となっている。

バルガンは、王家のたっての願いで『王室筆頭鍛冶師』の称号を得た。国中のあらゆる希少金属を自由に使える環境で、彼は、もはや芸術の域に達した武具を、気まぐれに作り続けている。


誰もが、俺たちを羨んだ。

虐げられていた者たちが、全てを手に入れ、幸せに暮らしている、と。

仲間たちも、確かに幸せそうだった。リリアの笑顔は、日に日に輝きを増している。バルガンの工房からは、楽しそうな槌音が絶えることはない。


俺は、そんな二人を守るために戦ってきたのだ。

この平和こそが、俺が望んだ結末のはずだった。


なのに、なぜだろう。

俺の心の中には、日に日に、埋めようのない、奇妙な空洞が広がっていった。


執務室で、領地の運営に関する書類にサインをする。かつて、仲間たちの想いを乗せてきた俺の右手は、今や、ペンを握るための、柔らかな貴族の手に変わってしまった。

窓の外を見れば、冒険者ギルドから、若いパーティーが、希望に満ちた顔で旅立っていくのが見える。その姿に、俺は、どうしようもないほどの郷愁と、ほんの少しの嫉妬を覚えていた。


俺は、もう、あちら側にはいない。


その夜、俺は、屋敷のテラスで、リリアとバルガンと共に、静かに夜景を眺めていた。


「……なあ、二人とも」

俺は、ずっと胸の中にあった問いを、口にした。

「お前たちは、今、幸せか?」


二人は、一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに「もちろんです」「当たり前だろ」と笑った。

だが、その笑顔の奥に、俺と同じ、ほんのわずかな翳りがあるのを、俺は見逃さなかった。


「俺は……この平和を守るために戦ってきた。お前たちが、こうして笑って暮らせる日を、夢見てきた。だが、この平和の中に、俺たちの本当の居場所は、あるんだろうか」


俺の言葉に、二人は、黙り込んだ。

本当は、気づいていたのだ。俺たち三人が、心のどこかで感じていた、この埋められない違和感に。


バルガンが、ぽつりと呟いた。

「……最高の槌も、最高の炉も手に入れた。だが、何かが足りねえ。命のやり取りの中で、仲間のために、必死で知恵を絞って、一本の杭を作り上げていた、あの頃の熱が、ここにはねえ」


リリアも、静かに続けた。

「……たくさんの生徒に、魔法を教えるのは、とても楽しいです。でも、時々、思い出してしまうんです。アルクさんの背中を守りながら、一瞬の判断で、敵の弱点を突く魔法を付与していた、あの時の……スリルと、絆を」


俺たちは、英雄でも、貴族でもない。

俺たちの魂は、今も、あの冒険の日々にあった。


俺は、二人の顔を見て、笑った。

ようやく、俺たちの、本当の答えが見つかった気がした。


「――全部、捨てて、もう一度、旅に出ないか」


俺の提案に、二人は、悪戯が成功した子供のように、最高に輝く笑顔で、力強く、頷いた。

俺たち『ブレイカーズ』の物語は、まだ、終わってはいなかったのだ。

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